【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
それと最終回は既に書き方を決めているのにそれ以外はノープロットという、無惨戦どうしよっかなぁ。
『結晶ノ御子』が生み出した『霧氷・睡蓮菩薩』の掌が直撃する――その寸前。
頭上を覆い尽くしていた絶対零度の巨大な掌は、炭治郎のすぐ頭上にまで迫ったその一瞬、突如として激しい亀裂を走らせ、サラサラとした灰のように崩れ去ったのだ。
冷気の暴風も、命を砕く重圧も、一瞬にして霧散する。
炭治郎の頭部に直撃する瞬間は、ついに訪れる事はなかった。
「……っ!?」
あまりの出来事に困惑し、そのまま固まってしまう炭治郎。それは隣に立っていた玄弥も全く同じであり、鬼化によって黒に染まった両目を驚愕で大きく見開いていた。
先刻まで、死を覚悟せざるを得ないほどの極限状態に置かれていた二人は、ただ呆然と空中に舞う微細な氷の粒子を見つめるしかなかった。
「一体何が……」
鬼が消えていく時の、あの灰のような匂いを嗅ぎながら。
あまりにも不自然な現象に対してそう呟く炭治郎に、玄弥が代わりに答えた。
「……本体がやられた」
吐き捨てるようなその声には、深い驚きと、どこか不服そうな苦々しさが混じっていた。
「一瞬だった。多分、抵抗もできずに一方的にやられたんだ。だからこっちの人形の動きが変わる事もなかった」
「……それは」
どうしてそんなことが分かるのか。そんな疑問を濃厚に孕んだ炭治郎の視線を受け、玄弥は僅かに気まずそうに目を逸らした。
そして、意を決したように自らの秘密を打ち明ける。
「俺は、鬼を喰って一時的に鬼になれる」
それはどれほど鍛錬を重ねても呼吸が使えず、それでも兄の背中に追いつくために選んだ手段。
『鬼喰い』という、鬼殺隊の長い歴史でも滅多に見ない才能の秘密を開示しつつ、続けて玄弥は言葉を紡ぐ。
「それでさっきの人形……それを作ってた上弦の弐と近い存在になれてたから分かるんだよ」
「!?」
「もうとっくに消えてるぜ」
その発言は、炭治郎を驚かせるには充分過ぎた。
(上弦! しかも弐だって!? それを倒すなんて……)
炭治郎の脳裏に、あの遊郭での凄惨極まる死闘が鮮烈に蘇る。
『ふたりでひとつ』その言葉通り、兄妹が命を共有していた『上弦の陸』。あれとの死線ですら、『音柱』宇髄天元という強者の片腕と片目を奪い、引退と引き換えにしてようやく掴み取った勝利であったのだ。
だが、それよりも遥かに格上の『上弦の弐』という怪物。それを相手に、抵抗すら許さず一方的に討ち果たした存在。
おそらく里のどこかで刀を振るった『柱』の誰か、それこそ無一郎の可能性もあるだろうが、とにかく。
炭治郎はただ、その圧倒的な強さで鬼の頸を斬った剣士に対し、深い敬意と尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
と、その時。
「ムー!」
「わっ……」
不意に背後から、温かな感触とともに強く抱き着かれた。
「ムー! ムー!」
ポロポロと安堵の涙を零しながら、必死に炭治郎へしがみついてくる禰豆子。
自分たちの無事を確かめ、恐怖から解放された妹のその姿に、炭治郎の表情が柔らかく緩んだ。
「大丈夫だ禰豆子。ありがとうな、よく頑張った」
「ムー!」
「……よし」
優しく頭を撫でて妹をあやす炭治郎であったが、すぐに表情を引き締め直した。
肺の奥深くまで空気を吸い込み、周囲の気配を五感で探る。
「……まだ匂いが残ってる」
立ち込める硫黄の匂いや燃える木々の煙に紛れる形で、未だ強い存在感を放ち続けている粘つき混じる鬼の腐臭。
それを、炭治郎の嗅覚はしっかりと捉えた。
そうだ、上弦の弐の人形が消滅しようとも、この里を襲う脅威の全てが去ったわけではない。
まだ戦いは終わっていない。その事実を深く理解し、炭治郎はしっかりと足を踏みしめて立ち上がった。
「玄弥、里の人たちを助けに行こう!」
炭治郎は決意を込めた瞳で里の方を向き、それから先ほど嗅ぎ取った匂いから推測できる鬼の異能と、一刻の猶予もないことを伝える。
「消えたり出たり……多分瞬時にどこかへ移動できる血鬼術を持った鬼がいる! 里の人たちもまだ避難し切れてない、そいつが人を襲う前に頸を斬らないと……!」
「……チッ、言われなくても分かってんだよ!」
玄弥は苛立ったように舌打ちをし、乱暴に鼻を鳴らした。
不服そうな態度は崩さないものの、炭治郎の言葉を否定することはなく、銃と日輪刀を握り直す。
それから二人は傷ついた肉体を押し進め、燃え盛る里の中心部へと疾走を開始した。
「こっちだ! こっち!」
「うるせぇ! 分かってる!」
そこから始まったのは、混迷を極める凄絶な追撃戦。
壺による瞬間移動を駆使して消えては現れ、狭い隙間へと滑り込んで惨めな逃走を試みる玉壺を追い詰め、彼らは文字通りの血を吐くような『鬼ごっこ』を繰り広げた。
刃を振り抜き、泥に塗れながら追い詰めていく戦い。極限の状況下で互いの存在を支え合い、一歩も引くことなく刃を繋いでいく。
――そして。
死闘の果てに、玉壺の頸を寸分違わず断ち切ったその瞬間、東の空から白んだ光が差し込み始める。
夜明けと共に彼らが目の当たりにしたのは、太陽の光を浴びながらも消滅せず、静かに微笑みながら立ち尽くす禰豆子の姿という、驚愕と奇跡の光景だった。
朝陽が山並みの端を茜色に染め上げ、刀鍛冶の里を包み込んでいた長き夜の帳をゆっくりと押し広げていく。同時に陽光に焼かれ、塵一つ残さずに崩壊していく玉壺の肉体。
だが焼かれ切る前、ほんの少し残った玉壺の細胞を通じて、ある衝撃的な光景が血脈のネットワークを駆け巡った。
それは、細胞が最期に記憶し、焼き付けた奇跡の光景――降り注ぐ太陽の光を全身に浴びながらも、皮膚が一筋も焼けることなく、穏やかな笑みを浮かべて佇む竈門禰豆子の姿。
その記憶と確信は果てしない距離を超え、ある閑静な邸宅に一瞬で到達した。
薄暗い書庫の中で、その少年は古びた医術書をめくっていた。
彼は製薬会社の富豪に養子として引き取られた、親から『俊國』という名を与えられた病弱な少年……という『設定』だった。
「……」
その時、本を繰る白く細い指が、突如としてピタリと止まる。
「――――」
俊國の瞳孔が限界まで収縮し、紅い虹彩が激しく脈動を始めた。
彼の手下が、その細胞が滅びゆく寸前に送り込んできた情報。それが脳髄に直接叩き込まれた瞬間、全身の細胞が一斉に跳ね上がり、歓喜の悲鳴を上げた。
「ッ――! ついに!!」
千年の孤独。そして千年の屈辱。
昼の世界を奪われ、燦々たる太陽を恐れて影に潜み続けてきた屈辱の歴史。
『青い彼岸花』を追い求めるも、幾多の人間を鬼に変え続けても、ずっと現れなかったその答えが、今、目の前の脳裏に完璧な形で提示されたのだ。
「ついに太陽を克服する者が現れた……!」
歓喜に震える俊國――否。
その正体は千年前に全ての始まりとなり、多くの悲劇を生み出した鬼の始祖、鬼舞辻無惨。
「よくやった、玉壺!!」
声が部屋の空気を震わせる。
その歓喜はあまりにも巨大で、そしてあまりにも強烈であり、彼が纏っていた小さな少年の肉体ではもはや溢れ出る欲望を抑え切れなくなっていた。
皮膚の下で無数の血管が太く、黒く浮き上がり、蛇のようにのた打つ。骨が歪み、関節が甲高い音を立てて組み替わっていく。
少年の華奢な身体が、内側から引き裂かれるように膨張し、肉体が再構築されていく。艶やかな漆黒の髪が波打ちながら伸び、鋭い爪が指先から伸長する。
「これでもう『青い彼岸花』を探す必要もない。クククッ」
俊國という偽りの姿は瞬時に霧散し、そこに現れたのは鬼舞辻無惨、彼の真の姿であった。
「永かった! しかしこの為、この為に千年もの間! 増やしたくもない同類を増やし続けたのだ……!」
彼にとって、かつて自分を鬼に変えた薬の材料である『青い彼岸花』など、もはやどうでもいい。
十二鬼月の中、それも上弦の壱にすら不可能であった陽光への耐性。
稀有な体質。選ばれし者。それさえあれば薬など不要。
そう、太陽を克服した鬼の肉体――竈門禰豆子さえ、あの少女さえ手に入れれば、自分はついに死すらも克服した真の完全なる存在へと昇華するのだ。
刀鍛冶の里という要衝を突き止め、鬼殺隊の戦力を削いでこちらの機嫌を良くしようと躍起になっていた玉壺と、それに乗る形で参加した童磨。
そんな彼らの存在すらも、もう既にほとんどが消えかけている程に気分が高揚する無惨。
「あの娘を喰って取り込めば、私も太陽を克服できる!!」
「俊國……? どうしたの、すごい音が……」
その凄まじい異音と気配を察知し、廊下から足音が近づく。
部屋の扉が気遣わしげに開けられ、俊國を実の子のように可愛がっていた養母が顔を覗かせた。その後ろには、同じく異変を感じ取った女中の姿もある。
しかし、彼女たちが目にしたのは愛らしい少年の姿ではない。
闇の中で妖しく光る血のような赤眼、そして室内の空気を歪める程に溢れ出る、悍ましい生への執念による暴風であった。
「あ……ぁ……?」
養母の口から、恐怖で引きつった声が漏れる。
無惨は彼女たちの方へとゆっくりと視線を向けた。だが、その瞳に映っているのは人間に対する嘲りでも、偽りの家族に対する愛着でもない。
もはや情報収集をする必要すらなくなったのだ。太陽を克服する明確な手段が手に入った今、この身分も、目の前にいる人間全ても、自分の足元に転がる塵芥に過ぎない。
故に無惨が彼らに向ける視線、それは絶対零度の冷たさであり、無関心そのもの――。
その後は言葉すらなかった。
凄まじい速度で空気を切り裂いた無惨の右手は、開け放たれた扉の向こうにいた養母と女中の肉体を一瞬で粉砕した。
悲鳴を上げる隙すら与えられない死。鮮血が豪雨のように壁と天井を染め上げ、砕けた骨と肉片が畳の上へと乱雑に散らばる。
部屋全体が、瞬時に生臭い血の海へと変貌した。
だが、無惨は眉一つ動かさず、自身の足元に広がる赤い溜まりを踏み越えて、静かに扉の近くに向かう。
「鳴女」
無惨が低く、しかし絶対的な命令を空間に向けて発した。
その声に応じるように、空間の隙間からベン! と甲高い琵琶の音が鳴り響いた。
無惨が向かった扉の向こう側――本来であれば廊下が続いているはずの空間がグニャリと歪み始める。
重力を無視して上下左右に反転する畳、果てしなく続く階段、整然と並びながらも狂気を孕んだ木造建築の群れ。
その空間の名は『無限城』。
足を踏み入れた途端、無惨の足元の空間が更に反転し、彼は滑らかにその異空間の深淵へと落ちていく。
そして、この広大な空間を全て掌握し、創造する琵琶女――鳴女を見下ろす位置に無惨は降り立った。
「この世に存在する全ての鬼――残る上弦から使い捨ての有象無象に至るまで、一匹残らずこの無限城へ集めろ」
低く、しかし逆らう者を即座に塵へと変える絶対的な声が空間を打つ。
「鬼殺隊は太陽を克服した鬼――竈門禰豆子が私の手中に落ちるのを防ぐ為、無駄な抵抗をするだろう。故にこちらもそれを利用する。集めた有象無象には私の血を与えて肉体を限界まで肥大化させる。剣士どもの体力を削る肉の壁と化せばそれでいいからな」
「はい」
「お前にも後で血をやろう、死んだ玉壺の代わりとしてだ」
「光栄です」
言葉を発しながらも、無惨の脳内は猛烈な歓喜の嵐に支配されていた。
千年間、探し求めても決して見つからなかった、昼の世界を歩むための唯一の鍵。
それさえ、それさえ手にできれば――。
自分は『限りなく完璧に近い生物』から、更に一歩先へ到達できる。
(ついに……ついに私は、死すらも超越する『完璧』となる……!)
その猛烈な歓喜。
そして狂おしいほどの全能感は、無惨の思考をより合理的に、冷静に変化させる。
しかし一方で、彼にとっては決して無視をしてはいけない何よりも重要なもの――それの判断力を見事に焼き尽くしてしまっていた。
ほんの僅かな違和感。――あの赫刀。
(……)
違和感。
(――――)
――違和感。
(チッ、童磨め)
それは、もう一方の配下がもたらした、童磨の細胞に焼き付いた決定的な危険信号。
目が眩む程の閃光と剣撃、上弦の弐ですらも容易く屠る存在。まるであの男のような――。
(全くもって話にならない。上弦であるのにこの体たらく、少しだけ期待していたのだがな)
――だが。
それらは彼の脳裏から、急速に零れ落ちていってしまった。
(尤も、死んだ今はどうでもいい。竈門禰豆子を手に入れ、同時に目障りな鬼狩り共も全員始末してやろう――)
あまりにも巨大な歓喜と、目の前にぶら下がった『完全』という甘美な毒。
それに呑み込まれた無惨の意識の中で、童磨が相手した規格外の脅威についての意識は、まるで風に吹かれる砂のように儚く薄れ、思考の優先順位から完全に消し去られてしまった。
「産屋敷……今は精々勝った気でいるがいい、だが最後に嗤うのは私だ」
――後に、彼はこの瞬間の判断を激しく後悔する事になる。
無惨様の日光克服は色んな説がありますが、本作では禰豆子を取り込めばちゃんと無惨様はパーフェクト無惨様に進化できる設定です。
なおその難易度。