【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
刀鍛冶の里が鬼の急襲を受けてから、早くも一週間という時が流れていた。
山深い密林の奥底に隠され、守られていた伝統の郷への、上弦の弐と上弦の伍という鬼の最高幹部二体による襲撃。
本来であれば、その戦力差から里そのものが跡形もなく壊滅し、鬼殺隊の命脈が根底から絶たれていてもおかしくはない程の絶望的な危機であった。
しかし、その場に居合わせた柱たちの活躍により被害は最小限に抑えられた。
だが――『最小限』という言葉の裏にはやはり、取り戻せない犠牲が確かに存在している。
鬼が放つ血鬼術で息絶えた者。瓦礫の下敷きとなって還らぬ人となった者。彼らを護るために盾となって刃を振るい、短い生涯を閉じた若き刀鍛冶たち。
救えなかった命の重みと、遺された者たちの流した血涙が、焦げ付いた土に深く沁み込んでいることに変わりはなかった。
しかし、時間は止まらないのだ。
どれほど人が惨めに命を落とそうと、残された者が涙を流そうと、容赦なく陽は昇り、世の巡りはどこまでも続いていく。
だからこそ、悲しむ暇はどこにもない――。
そして、同じ日の昼下がり。
産屋敷邸の静寂に包まれた広間には、異様な緊張感が漂っていた。
庭園の樹木が風に揺れ、落ち葉が静かに畳の縁を撫でる中集っていたのは、鬼殺隊の最高戦力である『柱』たち。
招集されたのは、急遽開かれることとなった『緊急柱合会議』のためであった。
腕を組み、不機嫌そうに畳の上に胡坐をかいていた一人の男が、そんな沈黙を打ち破るように鼻を鳴らした。
「あーあァ、羨ましい事だぜェ」
吐き捨てるような、そして心の底から悔しそうな残念そうな声。
身体中に刻まれた無数の傷跡を覗かせながら、鋭い眼光で天井を睨みつけているのは、風柱・不死川実弥。
「なんで俺は一度も上弦に遭遇しねぇのかねェ」
「こればかりはな」
実弥のその愚痴に、隣に座っていた蛇柱・伊黒小芭内が返す。
小芭内は淡々と、しかし重みのある口調で続けた。
「遭わない者はとんとない。むしろ煉獄と宇髄のを含めた、ここ最近が奇跡だろう」
百数年もの間、誰一人として倒すことができなかった上弦の鬼。
それがここ数ヶ月の間に、無限列車での『参』、そして遊郭での『陸』、そして今回の刀鍛冶の里の『弐』と『伍』という形で、連続して遭遇できているのは奇跡としか言えない。
しかも、『参』以外の鬼は既に討ち取ったという事実。これは時代の大きな転換点である事を、小芭内は正確に理解していた。
小芭内は一息つくと、少し離れた場所に座っていた小さな影へと視線を向けた。
「無一郎、肺の調子はどうだ」
声をかけられたのは、霞柱・時透無一郎。
今回の里での死闘において、小芭内と共に上弦の伍と戦った若き天才剣士である。
無一郎は大きな丸い瞳を小芭内へ向け、素直に頷いた。
「一応蝶屋敷でも診てもらいました。やっぱり大丈夫みたいです」
「そうか、ならいい」
無一郎の言葉に短く答え、小芭内は視線を戻した。
そんな無一郎の隣に座る一人の若い剣士、無一郎の双子の兄であり、月柱である時透有一郎がふんっと鼻を鳴らす。
ぶっきらぼうな態度でありながらも、その目元には隠しきれない安堵の色が浮かんでいる。
「お前が居ないと周りに迷惑がかかるんだよ」
吐き捨てるように放たれたその言葉。
だが、それが弟の無事を心から喜び、安息を確かめたが故の照れ隠しである事は、その場にいる全員には一目瞭然であった。
その素直じゃない言葉選びと兄弟の絆に対し、周囲にいた柱たちの何人かが生暖かい視線を向けた。
「嗚呼……柱の誰も欠けることなく上弦を二体倒した……これは実に尊いことだ……」
ポロポロと大粒の涙を頬に伝わせ、ジャラリと重厚な数珠を打ち鳴らしたのは、岩柱・悲鳴嶼行冥。
彼は盲目の目を天に向け、慈悲に満ちた声で念仏を唱えながら、無一郎と小芭内、二人の柱の健闘を心から称えている。
「えぇ、本当に良かった」
それに同意するように、可憐で温かな笑みを浮かべたのは花柱・胡蝶カナエ。
彼女は羽織を柔らかく揺らし、優しい眼差しで隣の者へ視線を注ぐ。
「麗ちゃん、あの上弦の弐を倒したのね」
話しかけられたのは、澄んだ黒曜石の瞳を虚空に向けていた煌柱・花柳麗であった。
麗は取り乱すこともなく、背筋をピンと伸ばしたまま、静かにカナエの瞳を見つめ返して頷いた。
「はい」
短く、しかし一切の揺らぎのない声。
「あの時の借りはしっかりと返しました」
「凄いわ」
カナエは胸に手を当て、心からの感嘆と感謝を込めて嬉しそうな言葉を零した。
かつて自分を救ってくれた少女の心残り。宿敵である上弦の弐を見事に討ち果たした麗の成長と強さに、深い感慨を覚えていたのだった。
柱たちがそれぞれの想いを口にし、どこか安堵の空気が広がりかけたその時。
「……」
一人、一切の表情を変えずに静かに座していた男が口を開いた。
瞳に深い静寂を宿した水柱・冨岡義勇。彼は場の空気に流されることなく、冷静に核心を突いた。
「だが、今日集められたのはそれだけが理由ではないだろう」
その静かな一言に、柱たちの視線が一斉に義勇へと集まる。義勇は視線を落としたまま、淡々と続けた。
「まだ煉獄も来ていない。……恐らくそれを含め、お館様からの新たなお話がある筈だ」
上弦の二体同時撃破という大快挙。それに対する慰労や報告だけであれば、これほど急な『柱合会議』が開かれるはずがない。
それに、義勇が先ほど口にしたように、無限列車での戦いで片目を失ったものの、既に『炎柱』として復帰を果たしている筈の煉獄杏寿郎の姿がないのだ。
彼ほどの男が『柱合会議』を無視する等あり得ない。
その言葉に、普段義勇の事を嫌っている実弥や小芭内、更には有一郎ですら同意し、苛立ちと共に肯定の舌打ちをする。
そして、義勇のその言葉が終わると同時。
静寂に包まれた廊下から、スッと滑らかな音を立てて襖が開いた。
「失礼します」
透き通るような、しかし凛とした佇まいを感じさせる声。
だがその声の主は、そこに現れたのは、皆が敬愛して止まないお館様――産屋敷耀哉ではなく、彼の妻である産屋敷あまねと、その子供たちであった。
その姿を目にした瞬間、柱たちの間に緊張の糸がピンと張り詰める。
耀哉本人が姿を見せずに、妻と子だけが出てくる事の意味。それを察した柱たちにより、広間の空気は一瞬にして冷ややかに塗り替えられた。
静まり返った広間にあまねが静かに正座し、その脇に幼い輝利哉が控えた。
あまねは深く、丁寧におじぎをし、そして顔を上げた。その静謐な表情には、どこか悲痛な影が差し込んでいる。
「本日の柱合会議。産屋敷耀哉の代理を産屋敷あまねが務めさせていただきます。そして……」
語られた内容は、やはり予想通りだった。
耀哉は病状が悪化した事で、とうとう誰かの前に姿を見せる事すらも不可能となった。
その事実に柱たちは静まり返り、一堂にあまねへ平伏の姿勢をとった。誰一人として言葉を挟まない。
あまねは彼らの痛切な空気を感じ取りながらも、意を決したように背筋を正して言葉を続けた。
「既に御聞き及びとは思いますが、日の光を克服した鬼が現れた以上、鬼舞辻無惨は目の色を変えてそれを狙って来るでしょう。己も太陽を克服する為に」
『…………』
誰も喋らない。
しかし、その場にいる全員の体幹に鋭い緊張の糸が走った。
「大規模な総力戦が近づいています」
あまねの凛とした声が、重く広間に響き渡る。
それはもはや、いつ起こるとも知れない遠い未来の戦いではない。
今この瞬間にも、鬼舞辻無惨が軍勢を率いて、鬼殺隊の喉元へと喰らいついてくるかもしれないのだ。
「その為に、柱の皆さまにお伝えしなければならない情報がございました」
あまねがそう言うと同時に、隣に座っていた輝利哉が静かな所作で、膝元から一冊の古びた手記を取り出した。
まだ幼さの残る輝利哉であったが、その佇まいは父である耀哉の面影を色濃く残していた。彼は手記を大切そうに両手に抱え、澄んだ声で、しかし堂々とした語彙と弁舌で柱たちへ語り始めた。
「この手記は先日、『炎柱』煉獄杏寿郎様より直々に賜ったものでございます。無限列車での死闘ののち、杏寿郎様はご自身の実家である煉獄家に赴き、一族の歴史が記された書物を確認してくださいました。その際、ご実家に代々伝わる資料について私どもが重ねて詳細な事情聴取を行い、内容の精査を進めてまいりました」
輝利哉の言葉を受け、あまねが引き継ぐように静かに頷く。
「しかし、その中の『歴代炎柱の書』は前・炎柱である愼寿郎様の手で引き裂かれており、現在も修復の最中です。……ですがその中で、ある部分は既に復元が完了しております」
柱たちの視線が、輝利哉の手にある手記へと集まる。
修復されたというその内容――そこに、来るべき総力戦の鍵が隠されているのだと全員が悟っていた。
あまねはその核心について、静かに話を切り出した。
「かつて戦国の世、鬼舞辻無惨を追い詰めたという始まりの呼吸の剣士
『!?』
柱たちの間に、息を呑むような動揺が走った。
「伝え聞くなどして、御存知の方は御存知です」
「…………」
あまねの言葉を聞きながら、行冥は静かに考え込んでいた。
齢十九の頃から鬼殺隊に在籍し、組織の奥深くに触れてきた行冥にとって、その『痣』という言葉には聞き覚えがあったからだ。
しかし、同時にそれが歴史の表舞台に語られなかった理由について思い当たる節があったのだ。
沈黙を破ったのは実弥であった。彼はあまねを見つめ、そして問う。
「俺は初耳です、何故伏せられていたのです?」
実弥の問いは至極真っ当であった。
それほどの強さを引き出す鍵となる情報が存在するならば、何故もっと早く隊士たちに共有されなかったのか……と。
あまねは目を伏せ、その問いに答えた。
「痣が発現しないため思い詰める方が大勢いらっしゃいました。それ故に」
「…………なるほど、理解しました」
「そして『始まりの呼吸の剣士』の一人の手記にこのような事が書かれていました」
実弥の言葉の後に輝利哉が手記を開き、幼くも毅然とした声で続けて語る。
「――『痣の者が一人現れると、共鳴するように周りの者たちにも痣が現れる』……と」
手記を大事そうに持ちながら話す輝利哉の言葉に、柱たちの息が詰まる。
共鳴――つまり、細かな原理こそ不明だが、少なくともこの時代に一人でも『痣』を出現させた者がいれば、それを引き金として他の剣士たちにも連鎖的に痣が発現する可能性があるという事に他ならないからだ。
あまねはここで一度言葉を区切り、静かに広間を見渡した。
「今、この世代で初めに痣が現れた方……」
あまねの視線が、ちらりと一瞬だけ――麗に向けられる。
だが、あまねはすぐに視線を中央へと戻し、言葉を続けた。
「柱の階級ではありませんでしたが……竈門炭治郎様。彼は
「……? 待ってください」
その妙な言い回しに、実弥が即座に眉をひそめて問いただす。
「二人目? なのに『最初』とは……」
実弥の疑問は当然だった。
二人目であるならば、なぜ『最初に痣を発現させた』という事になるのか。言葉の前後が矛盾している。
問い詰められたあまねは僅かに口元を引き結び、言葉を濁した。
「……それは」
言い淀むあまねの様子に、広間の空気に微かな緊張が走る。
しかし、その時――。
「いいですよ」
静かで、澄み切った声が広間に通った。
声を上げたのは、他ならぬ麗であった。
彼女は黒く美しい瞳で真っすぐにあまねを見つめ、柔らかな笑みを浮かべて言った。
「僕は何も気にしないので、お気になさらず」
「…………」
麗のその言葉を聞き、あまねは深く息を吐き出すと、静かに頷いた。
「……感謝いたします、花柳様」
そして、隠されていた真実を全員に向けて口にする。
「不死川様、この世代において最も早くから『痣』を有していたのは……他ならぬ花柳様なのです」
その言葉に、柱たちの視線が一斉に麗へと注がれた。あまねは続ける。
「炭治郎様は戦いの中で後天的に痣を『発現』させた者として、この世代で一人目の存在です。ですが、花柳様はそうではありません。……花柳様は生まれたその瞬間から身体に痣を有していた――『生まれつきの痣の者』なのだと伺っております」
「何……!?」
実弥の目が見開かれた。
小芭内も、そして義勇や行冥すらも隠しきれない僅かな驚きを表情に浮かべた。
生まれつき痣を持つ者。
たった今知った概念ではあるものの、それを生まれつき有していたという事実が、一体どれほど異端かは簡単に理解できる。
しかし一方で、麗の実力を詳しく知るカナエと時透兄弟のみが、どこか納得した風な様子だった。
「あぁ、なるほど。道理でね」
「……ま、だろうな」
無一郎と有一郎はそう言葉を零す。
二人はかつて、麗の下で死線を超えるような修練を重ねていた日々を思い返し、何度も頷き合った。
自分たちがどれほど必死に食らいついても、決して届かないと感じていた師範の底知れなさ。その理由の一端が『生まれつきの痣』という特異な才能にあったのだと知れば、呆れと同時にどこか腑に落ちるものがあったからだ。
「うーん……」
無一郎は腕を組み、首を傾げながら麗の姿を上から下へとじっくり観察し始めた。
視線を何度も往復させ、麗の顔立ちや首元、手に至るまでを見つめる。
だが――。
「あれ、でも痣ってどの辺りにあるの? 顔にも手にも、見えてる場所にはそれっぽいのはなさそうだけど……」
「……!」
無一郎の素朴で純粋な疑問が、静まり返っていた広間に静かに響いた。
その言葉を聞いた瞬間、ぴくりと肩を跳ねさせて反応したのは、麗ではなくカナエだった。
「えっと、それはね……」
カナエの可憐な顔に、僅かな困惑と躊躇の色が浮かぶ。
その理由は、かつてカナエは蝶屋敷にて定期的な診断の際、麗の身体を何度か診察したことがあった。そして、その際に彼女の肌の上に刻まれた『それ』を、ハッキリと目撃していたのだ。
麗の胸、そこに妖しくも神々しい光を放つように広がっている、太陽のように美しい紋様。
(麗ちゃんの痣は胸のあたりに広がっているんだけど……)
それをこの場で、男性の柱たちが一堂に会している柱合会議の最中に正直に説明してよいものだろうか。
いくら戦術的な情報共有の場であるとはいえ、女性の肌に刻まれた痣の位置を公然と口にするのは、あまりにも配慮に欠けるのではないか。
そう思い悩み、カナエは珍しく言葉に詰まって視線を泳がせた。
「……??」
しかし、当事者である麗本人はカナエのそんな葛藤や周囲の視線などどこ吹く風であった。
元より己の肉体に対して無頓着なところがある麗は、無一郎の素直な疑問に対してあっけらかんと応じる。
「あぁ、痣の場所? ちょっと待ってね」
そう言いながら、麗は何の躊躇もなく己の隊服の第一ボタンに指先をかけた。
パチン、と小さな音が響き、首元が緩む。
更に彼女はごく自然な動作で第二ボタン、第三ボタンへと手を伸ばし、隊服の前衣を滑らかに開き始める。
そして、麗の白く美しい肌がちらりと見え――。
「――ッ!!??」
その瞬間。
――ドッ!! と、畳を爆破したかのような凄まじい音が広間に炸裂した。
風を切る鋭い移動。常人の目では視認すら不可能な速度での踏み込みにより、一閃の影が麗の目の前へと割り込んだ。
そして。
「な・に・や・っ・て・る・ん・だ!!!!」
雷鳴のような怒声が広間に轟いた。
一瞬で距離を詰め、麗が自身の隊服を肌脱ぎにしようとしていたその両手を、ガチリと力任せに掴んだのは有一郎。
彼の顔は、耳の裏や首筋に至るまで真っ赤に染まり上がっており、両目はカッと見開かれ、額には青筋が幾本も浮かび上がっている。
有一郎は麗の両手首を固く握りしめたまま、必死の様相で彼女の胸元が開くのを全力で阻止していた。
「あんたは馬鹿か!? 阿呆なのか!? 何を考えたらここで服を脱ぎ捨てようなんて発想になるんだよ!! 男がこんなにいる前で何をやろうとしてんだ!?」
「場所を聞かれたから、見せた方が早いかなって……」
「早いかなじゃない!! 見せるな、脱ぐな!! 少しは恥じらいとかいう概念を学習しろ!!」
怒涛の勢いで捲し立てる有一郎の姿に、広間に集まっていた柱たちは完全に呆気にとられていた。
実弥は手を出しかけた格好のまま目を丸くし、小芭内は蛇の鏑丸と共に固まり、義勇は理由が分からずただパチパチと瞬きを繰り返している。
行冥すらも数珠を鳴らす手を止め、あまねと輝利哉に至っては言葉を失って事の成り行きを見守るしかなかった。カナエだけが『あらあら……』と苦笑しながら胸を撫で下ろしている。
麗の両手を掴んだまま、ハァハァと激しい息を吐きながら真っ赤な顔で仁王立ちする有一郎。
その重苦しくも滑稽な沈黙の渦中。
ぽつりと、あまりにも静かで清々しい声が響いた。
「……兄さんってば大胆」
犯人は、すぐ近くで一部始終を見つめていた無一郎だった。
彼は兄の真っ赤な顔と、麗の手首をガッチリと掴み込んでいるその手をじーっと見つめながら、そんな呟きを落としたのだ。
有一郎の理性の糸がブチリと音を立てて絶ち切れた。
「無一郎……!」
「何? 言い訳は見苦しいよ。助平な兄さん」
「――ッッッ"ッ"ッ"ッ"!!!!」
有一郎はキレた。
先刻までの緊張感は嘘のように瓦解し、あまりにも賑やかな不協和音が広間を包み込んでいった。
始まりの呼吸の剣士たち()