【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
突如として、身体から足場という概念が完全に消え去った。
「――ッ!?」
内臓が浮き上がるような強烈な浮遊感。つい数瞬前まで足を乗せていた確かな大地の感覚が霧散し、真菰の身体は吸い込まれるように垂直な暗闇の中へと投げ出されていた。
視界が目まぐるしく回転し、風を切り裂く轟音が耳元を激しく叩く。体勢を整えようと視線を開いたその瞬間、真菰はあまりにも突飛で、常識を遥かに超越した眼下の光景に言葉を失い、息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、まさに『無限』という言葉をそのまま形にしたかのような、常識の壊れた巨大な巨大な異空間だった。
(この空間……まさかこれも血鬼術!? なんて規格外な……!)
頭上にも、足元にも、そして果てしない左右の深淵にまで、無数の日本家屋や城郭の構造物が幾何学的に、そして重力を完全に無視して敷き詰められている。
ある場所では畳敷きの回廊が天に向かって直立し、ある場所では逆さまになった屋敷の瓦屋根から、無数の柱が下に向かって伸びていた。
格子状に張り巡らされた無数の階段、交差する廊下、開かれ放たれた無数の襖。それら巨大な木造建築群の隙間からは、行灯や提灯が放つ琥珀色と赤銅色の怪しげな光が漏れ出し、どこまでも続く底知れぬ奥行きと絶望的な高低差を浮き彫りにさせている。
人間の理や建築の理屈を嘲笑うかのような、異形の巣窟。
落下する真菰の視線の中で、光と影の交錯する歪んだ城郭の光景が、激しい速度で上空へと去っていく。
「ッ、とにかく着地を……」
急激に加速していく自身の身体。
風を切り裂く速度は勢いを増し、衣服と髪が激しく煽られる中、視界の奥で眼下に存在する巨大な木造の階層――その『底』となる板敷きの地面が、凄まじい勢いで直下に迫りつつあるのを認識した。
このまま激突すれば、どれほど身体を鍛え上げた隊士であろうと骨肉が砕け散る。
だが、真菰の瞳に悲鳴や動揺の色はなかった。
絶望的な落下の渦中にあっても、彼女の頭脳は冴え渡っており、既に自らの生存のための解を導き出している。
落ちながら、真菰は流れるような所作で腰の刀を引き抜き、柄を両手で力強く握り締める。
(落下の衝撃を和らげる! それから……)
眼前に急接近する板敷きの床。
真菰は空中での体勢を極限まで絞り込み、身を丸めるようにして刀の先を一直線に、迫り来る地面へと向けた。
全集中の呼吸を一段深く巡らせ、肺胞の隅々まで酸素を送り込む。
筋肉が一瞬で膨張し、澄んだ気が全身を貫く。
「水の呼吸――」
目前に迫る木目の輪郭。落下の最終局面。真菰は全身のバネを解き放つように、刀を一直線に振り下ろした。
「――捌ノ型
ドガァンッ!! と、真菰を中心に刀身から迸る鬼殺の絶技が、地面に向かって垂直に打ち込まれた。
強烈な衝撃波が板敷きを抉り、真菰を押し上げようとする反作用の力となって、直下の空間を強く揺らす。
真菰は絶妙な角度調整でその反動を全身で受け止め、自らの小柄な体躯も生かして、落下の衝撃を完全に殺し切ってみせたのだ。
凄まじい勢いだった落下速度が、技が生み出した風圧で一瞬でゼロになる。
ふわりと、羽毛のように軽やかに地面へ足をつけようとした、まさにその瞬間。
――ベン!
静寂を破り、異空間のどこかから悲痛で鋭い琵琶の音が一つ、響き渡った。
「ッ――!」
刹那、真菰がまさに着地せんとしていた足元の板敷きが、音を立てて木枠の巨大な『襖』へと変化し、勢いよく左右へ開かれた。
足場が、ない。
「また――ッ」
再び全身を包み込む、強烈な浮遊感。
しかも今度は、一度地面に降り立とうとして膝を緩めた瞬間の完全なる不意打ちの落下。
先ほどとは違い、空中での体勢が著しく崩れ、踏ん張りが一切利かない。下手に呼吸を整える猶予すらないまま、真菰の身体は開かれた襖の暗闇へと引きずり込まれようとしていた。
技を出すよりも、まずは体勢を立て直すのが先決。
真菰は落ちていく視界の中、すぐ側を通り過ぎようとしていた建築物の柱や木枠の突起に向かって、必死に手を伸ばした。
――その瞬間。
ガシッ、と、空中へ伸ばされた真菰の華奢な手首を強く、けれど温かく掴み寄せる存在があった。
「――え」
二度目の落下を開始しようとしていた真菰の身体が、強烈な筋力によって軽々と引き上げられ、宙を舞って確かな平地の上へと着地せしめられる。
自分を引き上げた者の顔を見て、真菰は一瞬で警戒を緩めた。
その者は真菰の腕をそっと放すと、可憐な動作で首をちょこんと横に傾けた。
藍鼠色の美しい髪を揺らし、透き通るような双眸で自分を見つめてくるのは――煌柱・花柳麗。
「大丈夫?」
あまりにも理不尽で狂気じみたこの異空間の中で、麗の醸し出す空気だけは、普段と何一つ変わらない穏やかさと透明感を保っていた。
そのいつも通りの佇まいに、真菰の胸の奥に広がっていた緊張がふっと解けていく。
真菰の唇から自然と笑みが溢れ出し、彼女の顔には満開の花が咲くような可憐な笑顔が浮かんだ。
「麗!」
真菰は胸を撫で下ろし、心からの安心感を声に乗せる。
「ありがとう。助かっ――」
その言葉の途切れた隙を、見逃すまいと隠れていた気配が襲う。
真菰の背後の上空、吹き抜けの階層から、カサカサと不気味な音を立てて異形の鬼が牙を剥き出しにしながら飛来してきた。人間の倍以上はある巨躯に、数本の腕を生やした見るからに凶悪な異形。その爪が、真菰の首元を割らんと迫る。
だが、麗はその奇襲に対して身構える素振りすら見せず、あえて一切の反応を示さなかった。
それは冷たさからではない。
何故なら麗の特別な視界は、既に真菰の筋肉の動きと意志を完璧に察知しており、何より真菰という剣士を誰よりも信頼していたからだ。
故に、麗が動く必要など最初から無かった。
「水の呼吸――」
襲撃に気づいた真菰は、お礼の言葉を途中で切り替えると同時に、流れるような動作で半身を反転させた。
「壱ノ型
シュッ、と空間に描かれる水平な刃の軌跡。
澄んだ剣跡が宙を走り、真菰の放った一閃は飛来した異形の鬼の太い首を、何の抵抗もなく滑らかに切り落としていた。
着地することすら叶わず、宙で首を飛ばされた鬼はそのまま床に転がり落ちると同時に、ボロボロと灰になって崩れ去っていく。
だが、安らぎの時間は一瞬たりとも与えられない。
鬼の頸が消え去っていく最中にも、二人を囲む『無限城』の構造そのものが、ギギギ……と地鳴りのような不気味な鳴動を上げて変形を開始していた。
上下の部屋が移動し、まるで何列もの巨大な列車がすれ違うかのように、左右から巨大な回廊が激しい速度で移動してくる。
そして、新しく接続された回廊や襖の奥から怒涛の如く溢れ出てきたのは――理性を完全に失った、無数の異形の鬼たちの群れであった。
「ゥアアアアッ!!」
「ォ、ギァアアアアッッ!!」
鬼舞辻無惨から限界まで血を与えられ、自我と引き換えに破壊力と腕力だけを異常に増幅させられた使い捨ての駒たち。
数十もの鬼で構成された津波が、自らの身を遮る襖や周りの太い支柱をバリバリと破壊しながら、真菰と麗に向かって雪崩のように襲い掛かってくる。
だが、その圧倒的な暴力の奔流を前にしても、真菰の瞳に迷いはない。
「水の呼吸」
真菰は大地を強く蹴ると、軽やかな身のこなしで鬼の群れの真っ只中へと飛び込んだ。
舞を踊るかのような、滑らかで美しい軌跡を描いて刃が舞う。
「参ノ型
水流が揺らめくように、真菰の身体が鬼たちの隙間をすり抜けていく。
流れるような足さばきと共に繰り出される斬撃は、空間を水で満たすように無駄なく連なり、襲い来る鬼たちの首を正確無比に、次々と斬り落としていった。
右へ左へと滑るように舞い、何体もの鬼を瞬く間に沈める真菰。
そして、彼女が鮮やかに技を放ち終え、残された隙を突こうと背後から群がり寄ってきた残り数十体の鬼の大群――その全貌へ向けて。
「星の呼吸――」
真菰の後方から、静かだが空間を圧迫するような重圧を伴って、麗が踏み出した。
万力のごとき、天与の身体能力で強く握りしめられた日輪刀。燃え盛るような『赫色』に染まったその刀身を、麗は凄まじい速度で一閃させた。
「漆ノ型
放たれたのは、単なる斬撃の領域を超えた破壊の力。
まるで空間そのものを引き裂く巨大な龍の鉤爪のごとき、凶悪で緻密な複数の斬撃群が、激しい雨となって上空から一気に打ち降ろされた。
鋭利で、白く赫い光芒が十重二十重に交差し、襲い掛かっていた数十体の鬼たちは勿論のこと、彼らが踏み台にしていた太い支柱や床、壁に至るまでが、まるで紙屑のように粉微塵に刻まれ、粉砕されていく。
凄まじい衝撃波と木の破片が舞い散る中、異空間の仕掛けは休む間もなく次の牙を剥いた。
ギギギギギギギッ……!
その異音と共に頭上、足元、左右。麗と真菰を完全に挟み込む形で、周囲の四方八方に配置されていた巨大な木造の壁群が、二人を押し潰し、圧殺せんと凄まじい速度で迫り寄ってくる。
退路はない。前後左右、あらゆる角度から壁が密閉するように迫る。
だが、二人の呼吸は言葉を交わすまでもなく、完璧に同調していた。
「水の呼吸 陸ノ型・
「星の呼吸 捌ノ型」
真菰は踏み込んだ足元を軸に、上半身と下半身を雑巾を絞るように激しくねじり上げた。
それはかつての、今はもう姿も声も感じられない兄弟子――今は亡き、狭霧山の『彼』から教わった絶技。身体に『ねじり』を加えると同時に、刀を力強く振り抜く事で生み出す風圧によって周囲の地面を抉り取り、巻き上げる。
同じ瞬間、麗もまた天与の肉体が生み出す爆発的な柔軟性と筋力による『ねじり』を加えた。
そして刀身全体で、空間を刈り取るような巨大な面の斬撃を放つ。
「ねじれ
「
二人が放った技が融合し、空間に超巨大な青と白による二重の渦が生み出された。
真菰の巻き上げた激しい水の渦動と、麗の解き放った赫い星光の斬撃が重なり合い、周囲の空間を破砕する暴風となって炸裂する。
迫り来ていた四方の巨大な壁は、二人の生み出した強烈な渦に巻き込まれ、圧殺の役目を果たす前に内側から派手に破裂。木屑と瓦解した建具の群れとなって四方八方へと吹き飛んでいった。
凄まじい風圧の中、真菰が軽やかに着地を決めたのとほぼ同時に、頭上の空間が再び揺れ、砕けた壁の直上から更なる第二の巨大な壁が二人を押し潰そうと垂直に降り注いできた。
着地の反動が残る真菰に代わり、今度は麗が地を蹴った。
重力を感じさせない軽やかな跳躍。真上に向かって垂直に飛び上がった麗は、迫り来る巨大な壁の面に対し、流れるような手首の返しの連打で大きな『×』の字を刻み込む。
「星の呼吸 玖ノ型
斬撃が生み出す鮮烈な赤と、深みのある紫――それら二色の光輝を帯びた交差斬撃が、真上の空間を切り裂いた。
直降していた巨大な壁は、その『×』字の軌跡に沿って一瞬で十数個の残骸に裁断され、麗の放った風圧によって木端微塵に消し飛ばされる。
だが、衝撃で粉々になった壁の向こう側、そこには、まるで押し入れに詰め込まれていたかのように大量の鬼たちが密集していた。
壁が破砕された事で解き放たれた何百もの鬼たちが、咆哮を上げながら破壊された壁の破片とともに雪崩となって落下してくる。
その光景を、空中に留まる麗は透き通るような瞳で見つめた。
――刹那。
「星の呼吸 拾ノ型」
トン、と空中で小さく踏み切るような所作。
その瞬間、真菰の目をもってしても捉えきれないほどの極限の剣技が破裂した。
凝縮された時間の中、空中に刻まれたのは、何百、何千という果てしない数の『赫色』の斬撃。
それらの剣撃の線は、まるで宙に咲く大輪の幾何学模様。
あるいは、精密に描かれた仏画の曼荼羅のごとき神々しさを伴って空間を覆い尽くした。
「――
――ゴシャアアアアアアッ!!!!
上空から雪崩れ込んでいた何百頭もの鬼たちの体が、その曼荼羅の軌跡に触れた瞬間に一つ残らず細切れの肉片へと変わり、着地する前に赫刀が放つ超高熱の斬撃によって即、灰へと昇華されていく。
空間を埋め尽くしていた鬼の大群が、たった一つの技によって綺麗に消滅した。
それから、すたっ、と。
何事もなかったかのように軽やかに着地を決め、刀を収める麗。
その圧巻の光景を目の当たりにして、真菰は無言のまま『ねじれ渦・遠天』を放ち終えた体勢の姿で固まっていた。
「…………」
静寂が流れる。
あまりにも圧倒的すぎる麗の戦いぶりを前に、真菰の思考が一瞬完全に停止していた。
固まった体勢のまま、真菰の頭の中で、改めて強い戦慄が渦巻いた。
(……やっぱり麗が凄すぎる……)
分かってはいた事だったが、やはり彼女の実力はとてつもない。
(私が動く前から何の技を出すか把握して、互いに邪魔にならないように動いて斬る。……いや、というか技の威力がおかしすぎるよ。ナニアレ……)
敵の能力も、自分たちの連携も、そして技の破壊力も次元が違いすぎる。
そんな真菰の思考を知ってか知らずか、技を終えた麗は、すっと真菰の方へと向き直し、じーっとこちらを見つめてきていた。
その双眸は、まるで『上手にできた?』とでも言いたげに、爛々と輝いている。
(……視線を感じる。すっごくキラキラしてる……。可愛いなぁ、そんな事考えてる場合じゃないのに……)
緊迫した戦場であるはずなのに、そのあまりにも素直で愛くるしい視線に、真菰の胸が甘く満たされていく。
それから、とうとう真菰は麗のまっすぐな視線に耐え切れなくなり、深く息を吐く。
そして、ゆっくりと固まっていた体勢を解いて立ち上がった。
刀を鞘に納めながら、優しく微笑んで話しかけた。
「凄いね、麗」
すると、麗はまるで褒められた子供のように、胸を張って嬉しそうに微笑んだ。
「でしょ?」
心底誇らしげに、そして無邪気に笑う麗の顔を見て。
真菰は『やっぱり可愛いなぁ』と、改めて心の中で思いを深めるのだった。
作者の星の呼吸の推しは現在『羅睺重々』です、口に出すと気持ち良いので。
皆の推しは何になるのかな。