【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
空間の概念が狂い倒した異空間――『無限城』。
そこでは頭上にも、足元にも、そして左右に果てしなく広がる暗闇の深淵にまで、幾何学模様をなして無数の日本家屋や城郭が連なっていた。
そんな絶望的な構造の中で、壮絶な死闘が繰り広げられていた。
「来るぞ! 構えろ!!」
「押し返せ! 一歩も引くな!!」
怒号と悲鳴、そして地鳴りのような咆哮が交錯する。
そこは無限城の一角、何重にも重なる広大な板敷きの階層。そこに結集していたのは、鬼殺隊の何十人もの隊士たちだった。
彼らは皆必死に日輪刀を握りしめ、仲間と肩を並べて刃を振るっていた。
彼らの目の前からは、まるで雪崩のように無数の異形の鬼たちが押し寄せていた。
鬼舞辻無惨から血を大量に与えられ、適応し切れず『血鬼術』にも目覚めないまま、完全に自我を喪失した鬼の捨て駒たち。その姿形は人間の理から逸脱し切っていた。
頭部に無数の不気味な眼球が蠢く鬼、額から何本もの角を生やし巨大な口から唾液を撒き散らす鬼、背中や胴体から何本もの不揃いな腕を生やした鬼、あるいは獣のように四つん這いで畳を掻きむしり迫る鬼――。見る者の正気を削ぐような悪夢の群勢が、壁や天井、襖を破りながら津波となって溢れ出してくる。
本来であれば、それは絶望に呑み込まれてもおかしくない醜悪な光景だ。
だが、隊士たちの目に諦めや恐怖の陰りはない。
「ハッ!!」
鋭い掛け声とともに繰り出される一閃が、迫り来る鬼の頸を次々と刎ね飛ばしていく。
かつての彼らであれば、これほど密度の濃い鬼の群れを前にすれば瞬く間に蹂躙されていたかもしれない。だが、今の彼らは違っていた。
彼らには、あの地獄のような『柱稽古』を乗り越えてきたという自負と、揺るぎない身体の土台があった。
あの地獄の稽古を経た事による、呼吸の精度の上昇、踏み込みの強化といった結果は、たとえ技術的な洗練が『力』だけであったとしても、彼らの戦術価値を劇的に引き上げていた。
無惨の血によって下弦の鬼並みに強化されている有象無象の鬼たち。
本来であれば一筋縄ではいかないはずの強大なそれらの鬼に対し、隊士たちの振るう日輪刀は、容易くその頸を斬り裂いていく。
「ウガァアアッッ!!」
巨躯を誇る一体の異形の鬼が、何本もの不気味な腕を振り上げ、雄たけびとともに一筋の男へ殴りかかった。
爪が空気を引き裂き、凄まじい風圧が巻き起こる。
しかしその攻撃を、紙一重の踏み込みで見切り、滑り込むように交わす男がいた。
黒髪を短く整えた、どこにでもいるような極めて平凡な顔立ちの隊士――村田である。
村田は鬼の振るう太い腕の軌道を、最小限の身体の捻りで回避する。
そして、すれ違いざまに腰の引きつけを利用して力強く日輪刀を振り抜いた。
その瞬間、彼の刀身から微かな水の波紋が立ち昇る。
だが――他の隊士と違い、その男が振るう刀が映し出す水の幻像はあまりにも『薄い』。
柱をはじめとする練達の剣士たちが放つ、濃密で重厚な水流の幻像とはほど遠い、それはまるで日差しにかざした水たまりの表面のように儚く、消え入りそうなほどの淡い水面だった。
呼吸の練度としては、お世辞にも『一流』とは呼べないものだろう。
だが、それでも鬼の命を奪うには充分だった。
「水の呼吸……!」
柱稽古の成果によって鍛え上げられた筋力と、正確に捉えた頸筋への狙い。
その刃は滑らかに鬼の太い皮膚を裁断し、骨を断ち切った。
「弐ノ型 水車!」
村田は叫びながら、空中で前方に勢いよく一回転した。
回転の遠心力を乗せ、迫り来る鬼の懐へと高速で接近する。振り下ろされる鬼の巨大な爪を危なげなく避けつつ、回転刃によってその巨大な腕を一節ずつ鮮やかに切断。切断面から赤黒い血液が吹き飛ぶ中、村田は無駄のない動作で着地を決めた。
着地の勢いをそのまま軸足に乗せ、即座に振り返る。
「壱ノ型 水面斬り!」
回転の残波を伴い、再び、薄い水の幻像とともに刀を一閃させた。
水平に描かれた真っ直ぐな刃の筋が、鬼の太い頸を正確に真横から捉える。
手応え――確かな断ち切る感覚。
ドスン、と音を立てて異形の頭部が畳に転がり、同時に胴体が崩れ落ちていく。崩壊する肉体はボロボロと灰になって砕け散り、確実な滅殺を完了する。
「村田! 無事か!」
背後から、同じく群がる鬼を退けた同僚の隊士が切迫した声を投げかけてきた。
村田は肩で息を吐きながら、素早く刀を構え直し、後ろを振り返らずに応える。
「問題ない! 次は――」
だが、村田がその言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
――ガゴンッ!! と、不気味な重低音が空間全体を揺らす。
その音と共に、無限城の城郭がまるで生き物のように不吉な音を立てて大きく移動を開始したのだ。上下の空間が急速にスライドし、目の前の巨大な壁に嵌め込まれていた無数の畳敷きの襖が一斉に、勢いよく開かれる。
「な……ッ!?」
村田の目が大きく見開かれた。
開かれた襖の暗闇から溢れ出してきたのは、先ほどの倍の数にも及ぶ、新たに投入された鬼の捨て駒たち。
『ギ、ギギァアアアアッッ!!』
何十という異形の鬼が、もはや隙間なく空間を埋め尽くす。
先ほどまでの『柱稽古』の成果を実感できていた余裕は、一瞬にして圧殺されかねない密度の暴力へと変わった。
「くっ、多すぎる……!」
「押されるな! 陣形を崩すな!」
士気を落とさないよう、声を張り上げる隊士たち。
しかし数で勝る鬼たちは、自らの身が切り刻まれることすら厭わず、爪を立て、噛みつき、圧殺しようと雪崩れ込んでくる。
隊士たちは懸命に刃を振るうものの、次から次へと重なる鬼の肉壁を前に、傷を負わないように的確な回避を繰り返しつつも、じりじりと後退を強いられる事となった。
「落ち着け! 間合いを取れ!」
「引きながら斬れ! 囲まれるぞ!」
次第に追いつめられていく隊士たち。靴底が畳を擦り、背後に迫る壁の気配が逃げ場を失わせつつある。
だが、それでも、彼らが諦めることは決してない。
誰一人として刀を離さず、誰一人として背を見せて逃げ出そうとはしない。
この無限城のどこかで仲間が、柱たちがそれぞれの死闘を繰り広げている筈なのだ。故に自分たちがここで足止めをし、一体でも多くの鬼を滅ぼさねばならない。その強い想いが、彼らの足を繋ぎ止めていた。
村田もまた、激しく上下する胸を押さえ、肺胞の隅々まで空気を送り込む。
(落ち着け……呼吸を整えろ。まだ戦える、まだ斬れる!)
汗で滑りそうになる柄を力強く握り直し、再び技を繰り出そうとした。
――その時だった。
「……?」
――ヒュゥゥゥゥ……。
村田の耳に、明確な違和感としての異音の情報が流れ込む。
(なんだ……? 誰の呼吸だ、これ……)
戦場は狂乱の極みにあった。
鬼たちの不気味な咆哮、木造建築が破壊される轟音、そして何より周りにいる十数人分の隊士たちの、流派の違う激しい呼吸の音が入り乱れている。
水、風、炎――それぞれが放つ独特の空気の振動に掻き消され、普通なら新たな『音』など聞き分けられる筈がない。
だが、今、村田の感覚に引っかかったのは、それらの喧騒と雑音の全てを凌駕する程に重く、そして鋭い音だった。
空気を切り裂く吸気音ではない。まるで空間の密度そのものを変えてしまうかのような、極限まで練り上げられた静けさを伴う音。
即ち、それ程までに練度の高い呼吸法。
(冨岡……? いや、違う。これは――)
水柱・冨岡義勇の呼吸の音は知っている。故にこれは冨岡の音ではない事は明らかだった。
これはもっと異質で、冷徹で、研ぎ澄まされた何かがそこにあった。
村田は思わず視線を走らせ、右を、左を見回す。
彼の目に映るのは、あの地獄のような『柱稽古』で泥に塗れ、苦難を共にしてきた隊士たちの泥臭い戦いと、それを押し潰そうとする異形の鬼が織りなす圧倒的な肉の壁であった。
だが――その壁の中に、その男は一人いた。
「な……」
村田の息が止まる。
乱戦の真っただ中、異形の鬼たちの頭上を、ひとつの影が舞っていた。
その男の姿は、この異空間の中でも強い異彩を放っていた。
額から頬にかけて痛々しくも凄みを放つ大きな傷痕が刻まれた顔立ち。
無造作に伸びた黒髪が激しい動きに合わせて揺れ動いている。身に纏っているのは、質素な白い着物に袴、そして脚絆。
そして何より目を引いたのは――彼の身体的特徴だった。
右腕はなく、更に両脚も木製の義足。
硬質な木で作られた無機質な二本の足。本来であれば、平地を歩くことすら困難であるはずのその身体。
しかし、その男は義足でありながら足音の一つも立てずに跳躍し、鬼の身体を足場に駆け抜けていく。
トッ、と鬼の角に不気味なほど軽やかに足を乗せ、次の瞬間には別の鬼の肩へと飛翔する。
着地音がない。重心の移動に一切の揺らぎがない。義足が木造の床や鬼の肉体に触れる瞬間、衝撃の全てが全身の完璧な脱力によって吸収されている。
あまりにも流麗な動きだった。
それはまるで水面を滑る
その動きを見て、村田の脳裏に一つの技の名称が弾けた。
「水流飛沫・乱……」
水の呼吸の玖ノ型『水流飛沫・乱』。
それは動作中の着地時間・着地面積を最小限にし、縦横無尽に走り回る技。だが、彼が使う『水流飛沫・乱』は自分が扱うそれとは完全に次元が違っていた。
両足がないというのに、男は縦横無尽に駆け回っていた。
二本の義足は、まるで始めから彼の肉体の一部であったかのようにしなやかに空間を捉える。異形の鬼たちが振り下ろす何本もの腕、伸ばされる爪。それら全ての攻撃の隙間を縫うように空中を滑空する。
そして、すれ違いざまにシュッ! と小さな風切音が響いた。
男は唯一残っている左手で持った日輪刀を、ただ淡々と、しかし完璧な軌道で一閃させる。
一切の無駄がない。力みすらない。ただ、鬼の頸が存在する空間へ刃を滑り込ませるだけ。
それだけで、力のみとはいえ下弦並みに強化された異形の太い頸が、まるで熟した果実のように容易く落ちていく。
一体、また一体。
男が鬼の肩を足場にして跳躍するたび、その軌跡を追うように複数の鬼の頸が同時に宙を舞った。
「な……なんだ、あの人……!?」
苦戦を強いられていた周囲の隊士たちも、迫り来ていた鬼たちが次々と頸を失って崩れ去っていく光景を目にして思わず言葉を失う。
息を呑む音すら憚られるような、完成された殺陣。
無駄な力みが削ぎ落とされたその所作は、残酷なほどに美しく、流麗であった。
群がり寄る最後の巨大な鬼の群れ――その中心へと、男は静かに降り立った。
鬼たちが一斉に牙を剥き、巨大な爪を男の小柄な身体へと振り下ろす――その刹那。
「水の呼吸」
その時、男は初めて言葉を発する。
かすれ、静まり返った、だが芯の通った声。
「参ノ型
その直後、男の姿がブレた。
水流が空間全体を覆い尽くすかのような、無限の残像。
男は曲線を描きながら、滑らかに鬼たちの懐をすり抜けていく。
斬撃が水流の帯となって空間を彩り、襲い掛かっていた全ての鬼の頸を、一瞬の隙もなく正確に断ち切っていった。
ザァッ……! と、肉塊が崩れ落ちる音が重なる。
それと同時に、最後の鬼が頸を斬られ、黒い灰となって消滅する。
静寂が空間を支配した。
だがそれも無理はない。あれほど猛威を振るっていた無数の異形たちが、たった一人の義足の剣士の手によって、ものの数秒のうちに全て駆逐されたのだから。
男は着地の体勢から、ゆっくりと身体を起こした。
彼はそのまま左手に持った刀で地面に落ちていた鞘を持ち上げ、刀の切っ先を上に向ける。
滑らかな手首の返し。それにより鞘は重力に従ってストンッと鍔元へ密着し、納刀が完了した。
「……」
カチリ、と鍔と鞘口が噛み合う静かな音が、しんと静まり返った無限城に小さく響く。
それから、彼は何事もなかったかのように再びてくてくと歩き出した。
先ほどまでの圧倒的な殺陣が嘘であったかのように、男は平然と歩みを進めていく。
「あっ、おい!」
呆然と立ち尽くしていた村田は、弾かれたように思わず声をかける。
「……」
しかし、彼は何も反応を返さなかった。
足を止めることもなく、振り返ることもなく、ただまっすぐに前を見据えて歩き続ける。義足が床を叩く、長閑ですらある規則的な音と共に。
その小さく見える背中。
そして、彼が全身から漂わせているどこか哀愁を帯びた、けれど揺るぎない気配から、村田は察した。
(……嗚呼、そうか)
この男は名誉のためでも、自分のように復讐の為でもなく。ただ純粋に、誰かの為に戦いを続ける事を選んだ人間なのだろう。
圧倒的な強さを持ちながら多くを語らず、自分たちのような弱き者を怪我ひとつなく救い出し、何事もなかったかのように苛烈な戦場へと立ち去っていく。
弱きを助け、強き者として先へ行く存在。
そう、かつての同期であった――『
「……なぁ!」
だからこそ。
村田がその背中に投げかける言葉は、ただ一つしかなかった。
「さっきはありがとう! お前の名前は!?」
「……」
村田の必死の叫びが、広大な木造空間にこだまする。
歩みを止めた男はほんの僅かに立ち止まり、しばしの沈黙を置く。
そして。
「……
振り返ることなく、男は静かな声で答えた。
「伴田
そう名前だけを告げると、流は鬼の蠢く無限城の闇の奥へ姿を消していった。
感想も頑張って返していきます。