【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
無限城の深淵、幾何学的にねじ曲がった木造の回廊が重なり合う一角。
先ほどまでの大群に比べればいくらか数は減ったものの、それでもなお襖から這い出てくる異形の鬼の軍勢が絶えることはなかった。
人の形を歪められた無数の手足が畳を掻きむしり、醜悪な唸り声を上げて押し寄せてくる。
その圧倒的な物量と暴力の奔流を前に、村田は荒い息を吐き出しながらも、必死に刀を振るい続けていた。
「はぁっ……! クソ、キリがねぇな!」
刀身に薄い水の軌跡を纏わせ、迫り来る鬼の肩口を両断する。しかし、斬り伏せても次の瞬間には別の異形がその死体を踏み越えて襲い掛かってくるのだ。
手負いの仲間を守り、防衛線を維持しながら戦う村田の全身は、鬼の返り血と自身の冷や汗でびしょ濡れになっていた。
そして村田の背後――戦線の僅かな安全地帯とされた一角には、息を殺した負傷者たちが折り重なるように座り込んでいた。
そこでは彼らの傷口を素手で押さえ、次々と包帯を巻き、的確な止血の処置を施している一人の青年がいた。白粉を塗ったように整った顔立ちだが、その眉間には終始深い皺が刻まれている。
青年は負傷した剣士の手当を素早い手際で終わらせると、振り返りもしないまま、前線で必死に刃を振るい続ける村田の背中に鋭い声を飛ばした。
「おい、もっと押し返せ。気合いが足りないんじゃないのか」
その冷ややかで尊大な物言いに、鬼の攻撃を紙一重で躱したばかりの村田は思わず足を踏み外しそうになった。
「うっさいわ! こっちだって命がけで頑張ってるんだよ!」
再び鬼の攻撃を避けた村田が、怒号のような声を張り上げて言い返す。
「治療してくれるのはありがたいけどな! もうちょいこっちの気持ちを考えてくれっての!」
「お前の気持ちより患者の方が大事だろうが」
「それはそうだけど! お前その物言いマジで憶えとけよ!?」
「勝手に憶えてろ」
呆れたように大きくため息を吐きながら、青年――愈史郎は新しい包帯を手に取り、別の負傷者の腕へと素早く巻き付けた。
「ハァ……無駄口たたく暇あるならもっと早く倒してくださいよ、村田先輩?」
「とってつけたような敬語使いやがってクソがッ!」
「ほら、また鬼の追加だ。頑張れ」
「うおおおおおっ、ふざけんなぁっ!!」
愈史郎の言葉を証明するかのように、回廊の継ぎ目がガギギと音を立てて回転し、新たな襖の向こうからぞろぞろと新たな異形の鬼たちが溢れ出てきた。
村田は『クッソォ!』というか細い悲鳴を上げつつも、背後にいる負傷者たちと治療中の青年に害が及ばぬよう、気力を振り絞って再び刀を構え直した。
「チッ……」
前線で喚き散らす村田の背後で、愈史郎は冷ややかな目を向けながらも、その内心ではピリピリとした緊張感を張り詰めていた。
彼はこの『無限城』での総力戦が始まる直前、珠世からある頼みを受けていた。その内容は『鬼殺隊の隊員たちの救護、及び援護』である。
珠世至上主義の彼にとって、わざわざ特段思い入れのない鬼殺隊に混ざるなど不満でしかなかったが、最愛の主である珠世の頼みとあらば従う他ない。
結果、愈史郎は嫌々ながらも支給された隊服を着用し、自身の瞳の色や形を人間のそれへと変化させ、こうして彼ら鬼殺隊の中に巧みに溶け込んでいた。
だが、姿形や身なりをどれほど偽ろうとも、彼の根源的な性格や毒舌体質が丸ごと変わるわけはない。
その為、こうして救護の最中であっても口を開けば皮肉しか出てこないのだが、それは彼の生来の気質故である為どうしようもなかった。
(クソッ、それにしても何だ? この馬鹿げた異空間は)
負傷者の治療に手を進めながら、愈史郎はそっと両目を閉じ、己の意識を外界から切り離した。
自身の血鬼術である『紙眼』を発動し、周囲のあちこちに潜ませた呪符や、同じく呪符を装備させた空を舞う鴉たちの視覚情報を網羅し、それらを自身の脳内に映し出す。
城内を駆ける鬼殺隊士たちの位置、無数に蠢く鬼どもの群れ、そしてこの城そのものの構造の広がりを把握する為に。
しかし、『紙眼』を通して流れ込んできた情報の膨大さに、愈史郎は思わず眉間を一段と深く寄せた。
無限城の規模は、人間の常識的な空間認知能力を完全に踏みにじっていた。天井の果てには別の街並みが逆さに張り付き、廊下の先はどこまでもねじれ、終わりという概念が存在しないかのように広がり続けている。
(血鬼術はその鬼の生前、人間だった頃の記憶や性格に引っ張られる事が多い。……だがこの血鬼術は何だ? この空間を作り出した鬼は、一体どれほどの……)
視界が切り替わり、上下左右がひっくり返るような情報の洪水。
それは人間の脳であればとうに精神が崩壊しているほどの過負荷、鬼である愈史郎ですら、その脳髄に激しい頭痛さえ生じている。
だが、歯を食いしばり、愈史郎は更に意識の焦点を絞り込む。
雑多な雑音や、そこらの雑魚どもの浅ましい気配を視界の端へと追いやり、城内のもっと奥深く――その中心部に近い場所でひときわ禍々しく、澱んだ濃い気配。――上弦の鬼の位置を探り当てた。
(見つけた……!)
その時、愈史郎の『紙眼』が捉えた景色の先では――。
その鬼は、広大な畳敷きの回廊が無限に連なる中、堂々たる姿で鎮座していた。
着物の襟元から伸びる頸、そして顔面の中央には、前髪の間から覗く、たった一つの巨大な単眼が不気味に蠢いている。
そして、その瞳の中に刻まれているのは『肆』の数字。
彼女こそが、この異空間『無限城』を生み出し、今も操る枢軸――上弦の肆・鳴女。
鳴女は微動だにせず、ただ静かに琵琶の撥を構えていた。
「見つけたぜェ……!」
その静寂を切り裂き、狂乱の暴風のごとき咆哮が空間を震わせた。
荒々しく逆立った髪、全身を刻む無数の傷痕、そして狂気を孕んだ眼光。
白の羽織を風に靡かせ、殺意の刃を鋭く研ぎ澄ませた男――風柱・不死川実弥。
「オラアアアアッ!」
実弥の眼前に、壁から張り出した階段や障子、そして畳の床が生き物のように蠢き、突進を阻もうと次々と立ちはだかる。
だが、実弥の勢いは一切衰えない。
まるで手足のように自由自在に変化し迫り来る木造建築物を、彼は驚異的な反射神経で紙一重でかわし、あるいは鋭い斬撃で木端微塵に砕き割りながら直進する。
削り出される木屑と破片の嵐を突き抜け、実弥は鳴女の目と鼻の先へと迫った。
「風の呼吸 壱ノ型――」
全身の筋力を極限まで収縮させ、風を切る超絶の突撃。
「
触れたもの全てを一瞬で粉塵に帰す旋風の刃が、殺意と共に鳴女の首元へと一直線に向かう。
だが。
――ベンッ!
静寂を破り、澄んだ琵琶の音が一つ、城内に響き渡った。
次の瞬間、実弥の目と鼻の先に突如として一枚の巨大な『襖』が出現。
勢いを殺しきれず、そのまま襖の中へと飛び込んでしまう実弥。
「ッ!?」
空間が歪み、視界が不規則に切り替わる。
突進の勢いのまま叩き出された場所は――鳴女の位置から遥か数十メートルも離れた、まったく別の階層の板敷きの上だった。
「チッ……! 転移か……!!」
実弥が歯噛みし、着地の衝撃を削りながら体制を整えた、まさにその一瞬の隙。
「蛇の呼吸 弐ノ型
上空から、まるで滑空する大蛇のごとき不吉な気配が降り注いだ。
鳴女の真上、梁の影から死角を突いて急降下してきたのは――蛇柱・伊黒小芭内。
その手に握った日輪刀が、蛇のようにうねる斬撃の軌道を描きながら、鳴女の首元を割らんと迫る。
頭上からの完全なる奇襲。
しかし、その刃が鳴女の頸骨に届くよりも前に――。
――ベンッ!
再び響く、無情な琵琶の音。
小芭内の刃が空を切り、空間を裂く。
音と同時に、鳴女の身体はまるで滑るように真横の空間へと一瞬で平行移動し、何事もなかったかのように小芭内の攻撃を回避した。
斬撃が虚しく床の畳を破壊し、舞い散る木屑の中に小芭内が軽やかに着地する。
「チッ、煩わしい……!」
小芭内は蛇のような鋭い瞳を細め、舌打ちを漏らした。
鳴女の血鬼術そのものには、隊士を直接引き裂くような殺傷能力はない。
だが、琵琶の音一つで広大な無限城の構造を自由自在に変形させ、自身や他者の位置を瞬時に転移させるその効果。その発生速度の異常な早さと相まって、これほど戦闘を阻害する面倒臭い性能もない。
小芭内は即座に近くの柱の突起を足場として掴み、跳躍し、滑らかな身のこなしで再び鳴女の間合いへと肉薄する。
そして、同時に遠くの階層から、額に凄まじい青筋を浮かべた実弥が怒号とともに殴り込みをかけるように戻ってきた。
「テメェ……チョコマカと弾いてんじゃねぇぞ……!」
殺気立った二人の柱が、再び上弦の肆・鳴女を挟み撃ちにする形で対峙する。
だが、二人がどれほど凄まじい斬撃を放とうとも、あの琵琶の音が鳴る限り攻撃は届かず、間合いを強制的に離され続ける。
鳴女の無表情な単眼を見据えながら、実弥と小芭内の胸中に、この戦いが不快な長丁場になるという予感が過り、共通した強い苛立ちを募る。
また別の場所では。
「ぐっ……!」
ボガァ――ッ! と、城内の一角が文字通り、粉微塵に吹き飛ぶ程の暴風が炸裂した。
木造の壁が砕け散り、屋根の瓦が紙吹雪のように乱れ飛び、空間全体を激しい衝撃波が駆け抜ける。凄まじい気圧の変動と爆風のうねりが、周囲の全てを押し流そうと牙を剥いた。唯一の救いは、今ここに『彼女』たち以外の隊士がいない事だろう。
あまりの突風を前に身体ごと吹き飛ばされそうになる中、何とか刀を畳の床へと深く突き刺し、その柄に全体重を預けて踏みとどまる一人の人物がいた。
蝶の羽を模した羽織を纏った、優美でありながら強い眼を持った女性――花柱・胡蝶カナエ。
そして、そのカナエのすぐ傍らで、同じように日輪刀を床に突き立て、低い姿勢をとることで凄まじい暴風の余波をやり過ごしている少年がいた。
冷ややかな『美』を湛えた瞳に、どこか虚無と鋭さが同居する少年――霞柱・時透無一郎。
「カナエさん、大丈夫ですか?」
逆巻く風の轟音と舞い散る木片の中、無一郎は表情をほとんど変えずに、しかし気遣わしげな視線を隣の女性へと向けた。
「えぇ、なんとかね……」
カナエは穏やかな微笑みを崩さぬまま、突き刺した刀を軸にしてふわりと身を起こした。乱れた黒髪を優しく手で払い、その美しい紫紺の瞳を前方の空間へと鋭く向け直す。
吹き荒れる煙塵と暴風の向こう側。
破壊し尽くされた広間の中心に、その鬼はいた。
その鬼が纏う空気は、周囲の空間を歪ませるほどの異様な圧力を放っている。
『天狗』を思わせる風貌、その歪んだ双眸の瞳に刻まれていたのは―『
「カカッ! 豆粒のくせによう耐えるのう」
奇怪な響きを持つ、
上弦の参・半天狗、その一部。
彼は久方ぶりの『自由』を全身で噛み締めるように、あえて本気の一撃を叩き込むわけでもなく、どこかふざけたような余裕の色を浮かべながら、その圧倒的な力を出し惜しみして勝負を楽しんでいた。
「『積怒』のやつが戻るまでまだ自由はあるからのう。もう少し遊んでいけ、人間」
半天狗――その分身である『可楽』は不気味に歪んだ口を裂くように開き、嫌らしい笑みを浮かべる。
その突き出された舌の上に書かれた『楽』の文字。彼はそれを誇示するかのように、ねっとりとした声で嗤った。
そして、更に別の場所――。
そこで鳴り響く破壊の轟音は、もはや一点に留まっていなかった。城郭の至る所で畳と障子、漆喰と木造の壁が次々と砕け散り、凄まじい鬼圧が急接近する。
「何か来るぞ……!」
水柱・冨岡義勇が鋭く呟き、日輪刀の柄に手をかける。そしてその傍らでは、炎柱・煉獄杏寿郎が燃え盛るような闘気を纏いながら、ぐっと重心を落とした。
二人が構えるその視線の先――いや、それよりも更に近く、二人をも上回る至近の空間で、空気が爆ぜた。
轟音と共に、無限城の一角にある構造物のほとんどを単独で粉砕したその影が舞い降りる。
舞い降りたその場所は、義勇と杏寿郎より更に前にいた少年――竈門炭治郎の目の前。
全身に浮かぶ、まるで罪人の入れ墨のような形をした鬼の紋様。
そして、その鬼の両目は冷酷かつ、純然な戦闘への歓喜によって満ち、輝いていた。
その瞳の奥に刻まれていたのは、鬼殺隊ならば誰もが戦慄する文字――『
不敵に、そして狂おしいほどの歓喜を湛えた笑みを浮かべた鬼は、その場に立つ炭治郎たちを見据えた。
「久しいなァ杏寿郎、そして」
視線がわずかに横に立つ炎柱へと向けられ、そしてすぐに、目の前にいる炭治郎へと固定される。
「お前のような弱者が、よくぞまだ生きていたものだ。なぁ」
底知れぬ威圧感と、逃れられない死の気配。
鬼の『弐』の文字が刻まれた目が妖しく光ると同時、日輪刀を構える炭治郎の叫びが、辺りの冷たい空気にこだまする。
「――竈門炭治郎」
「猗窩座……!」
上弦の弐・猗窩座。
戦い以外の全てを捨てた修羅が、『無限列車』のあの凄惨な夜以来、再び彼らの前に現われた。
そして、最後の場所。
音すらも吸い込まれるような静寂に支配された一角。そこには、これまでのように幾何学的に部屋が回転し、狂ったように建築群がうごめく気配すら存在しなかった。
ただ、無限の闇の中にぽっかりと口を開けたような、だだっ広く、異様なまでに閑散とした空間が広がっている。
そこにあるのは、無数の部屋でも複雑な回廊でもない。ただ、太く重厚な何本もの支柱がまばらに存在する部屋だった。
奇妙な事に、これまでの階層に群がっていたような、雑な捨て駒として配置された鬼の姿は一匹たりとも見当たらない。
それどころか、これまで何度も妨害を受けてきた無限城そのもの、床や天井が突如として敵に牙を剥くような、空間そのものに薄っすらとあった血鬼術の気配すら、この空間には一切存在していない。
異様な空間。
周囲の空気が、まるで鉛のように重く、肌を刺すような冷たさで凍りついている。
そしてその理由は、そこに配置されたその鬼だった。
無数の支柱が影を落とす広間の中央。
他の鬼たちのように奇声を上げることも、獲物を探して徘徊することもなく、ただ静然と、不動の姿勢でそこに立っている鬼がいた。
「来たか……鬼狩り……」
低い、地の底から這いずるような、しかし淀みなく響く重厚な声。
たった一体でその空間の支配権を完全に掌握しているかのような、圧倒的な存在感。
その鬼の容姿は、見る者の理性を一瞬で奪い去るほどの異様さを放っていた。
鬼の顔立ちは、人間の限界を遥かに超越した異形の証として、計六つの目が異様な輝きを放ちながら並んでいた。
その六つの目はいずれも血のように赤く、冷酷に、そして全てを見透かすように前方を捉えている。
長く伸びた黒髪は無造作に背中に流れており、その佇まいは血に飢えた醜い怪物のものではなく、武の道を行く『剣士』のそれだった。
そして、その目に刻まれた文字は――『壱』。
上弦の壱。
鬼舞辻無惨の配下『十二鬼月』における絶対の頂点。
その一文字だけで充分だった。他の有象無象の鬼たちがどれほど群れようとも、この鬼の存在の前では何の意味も成さないという事が理解できる。
どれだけその強さが絶望的であるか、見る者に余計な思考の余地すら与えずに、たった一文字で圧倒的な格の違いを叩きつけてくる。
その絶望的な気配の中心に、一人で足を踏み入れた者がいた。
無一郎とは違い、強い光と鋭さを宿らせた瞳を持つ少年――月柱・時透有一郎。
有一郎は、目の前にそびえ立つ怪物の放つ凄まじい鬼気を前に、思わず息を呑んだ。
肺胞に満ちた空気が凍りつき、心臓の鼓動が耳鳴りのように頭蓋骨を叩く。これまで数々の鬼を斬り伏せ、己の強さに自信を持っていた有一郎でさえ、この鬼を見た瞬間、全身の細胞が『逃げろ』と警報を鳴らし続けていた。
「ッ、っ……!」
動けない。
足が床に縫い付けられたかのように重い。
「……ん?」
その有一郎のただならぬ気配と、どこか血筋を匂わせる微弱な脈動を察知したのか。
六つの目を爛々と輝かせた上弦の壱・黒死牟は、ゆっくりと視線を有一郎に向けた。
「お前は……」
黒死牟はわずかに眉を寄せ、その異形の顔を微かに傾げた。
六つの目で有一郎の骨格、呼吸の刻み、そしてその血の流れる音を細部まで
「何やら……懐かしい気配……だ……」
その静かな声音には、何百年も生きたひとりの鬼が、遠い記憶を呼び起こすような澱みが混じっていた。
ちなみに次回からいきなり麗ちゃんVS兄上が始まります(ネタバレリーナ)。
……勝敗の結果はナオキです。