低い機械音と、規則正しい振動。
車両が荒れた道を進むたびに、
金属の床を伝う細かな揺れが体の芯まで響いてくる。
窓の外には灰色の荒野が広がっていて、
時折、風に運ばれる砂埃が窓ガラスを叩いていた。
私は車両の隅っこの席に座っている。
そして隣には、エリサラがいる。
エリサラは窓に顔を近づけて、
外の景色を食い入るように見つめていた。
小さな手のひらをガラスに押し当てて、遠くを指差す。
「ねえ、お姉ちゃん見て!あそこあそこ!鳥、飛んでるみたい!」
エリサラの声が、車内の重い空気を軽く揺らした。
私も窓の方へ視線を向けると、
乾いた空を、黒い影が二つ三つ、ゆるやかに弧を描いている。
砂埃に濁る荒野の上で、
それだけが確かに生きて動いているもののように見えた。
「本当だ。なんの鳥なのかな」
「わかんない!でも、すっごく高く飛んでる。あんなに高いところまで行けるんだね」
エリサラは目を輝かせている。
その横顔を見ていると、胸の奥が少しだけ温かくなった。
エリサラが笑っている。
それだけで、何だか安心してしまう。
でも同時に、胸の奥で小さくざわめくものもあった。
今日、エリサラは初めて私の任務に同行している。
そして私の隣に座って、こうして笑っている。
……本当に、これでよかったのかな。
エリサラと一緒にいられるのは嬉しい。でも……
「お姉ちゃん、あの建物見て!すっごく大きいよ。あれって何?」
エリサラが指差す先には、遠くに崩れかけた巨大な構造物が見えた。
おそらく、昔の工場か何かだろう。
錆びた鉄骨が剥き出しになって、
まるで骨だけになった巨人みたいに、荒野の中に立っている。
「昔、人が働いてた場所だと思うよ。今はもう誰もいないけど」
「へえ……こんなところもあるんだ。街とは全然違うんだね」
エリサラはガラスに額を寄せて、崩れかけた鉄骨をじっと見つめていた。
それから、ふっと笑顔を浮かべる。
「……街には灯りや人の声がいっぱいあるけど、
ここは静かで、ちょっと怖い感じがする。
でもお姉ちゃんと一緒なら、どんな場所でも楽しいんだ」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
嬉しい。
すごく嬉しいのに、同時に息苦しくもなる。
まるで細い糸で心臓を固く結ばれたように。
私は、エリサラを守れるのかな。
こんな場所に連れてきて、本当によかったのかな。
エリサラは、ただ窓の外に視線を戻して、遠くの景色を眺めている。
「ねえねえ、お姉ちゃん」
「うん?」
「今回の任務って難しいのー?」
「ううん、いつもやってることだよ。偵察して、敵がいたら……」
「やっつけるんだよね!」
エリサラが元気よく言いながら、シュッ、シュッと拳で空を切る。
「うん。でも、エリサラは離れた場所で待っててね」
「わかってるよ。約束したでしょ?ちゃんと守るから」
真剣に頷くその表情は、幼くもあって、大人びてもいた。
その曖昧さになんとも言えなくて胸が少しざわつく。
「……ありがとう」
小さく呟くと、エリサラはぱっと笑った。
その笑顔だけで、息苦しさが少し和らいだ気がした。
私も窓の外を見る。
灰色の荒野がどこまでも続いていた。
本当は、花の咲く場所や青い空を見せてあげたかった。
でも――こうして隣にエリサラがいる。
それだけで、この景色も少し違って見える。
それは嬉しいけれど……エリサラがこうして隣にいるのは……
(=^・・^=)ニャー
あれは三日前、医務室でのことだった。
ガラス窓の向こうで、エリサラの目が開く。
思わず私はガラスに手を押し当てていた。
冷たい感触が、震える指先を落ち着かせてくれるような気がする
「エリサラ!」
エリサラの視線がゆっくりとこちらを向いて、目が合う。
「……お姉ちゃん?」
ガラス越しになんとか届いてくれた声。
その声を聞いた瞬間、
胸の奥で何かが溶けていくような感覚があった。
温かいものが喉の奥に込み上げてきて、
でも言葉にはならない。
エリサラもガラスに手を伸ばしてくる。
向こう側から、私の手に重ねるように。
温度は伝わらないのに、確かに繋がっている気がした。
その後、ケルシー先生が中に入って検査を始める。
私は外で待っていた。
心臓の音が耳の奥で響いて、時間の流れがよくわからなくなる。
やがてケルシー先生が出てきて、
「意識は安定している。問題ない」とだけ言った。
そうして私は中に入る。
エリサラはもう上半身を起こしていて、私を見て笑顔を見せた。
「お姉ちゃん!」
その明るさに、少し驚いた。
もっと弱っているかと思っていたのに、
エリサラはずっと元気そうだったから。
「エリサラ、大丈夫?」
「うん、もう全然平気だよ!」
本当に?
私は、エリサラの顔をじっと見つめる。
笑顔……目の奥に少しだけ疲れが残っているような気がする。
それでも、エリサラは嬉しそうに私の手を握ってくる。
「お姉ちゃん、ずっと待っててくれたんだよね。ありがとう」
その言葉に、胸が少しだけ軽くなった。
エリサラは、ちゃんとここにいる。
検査が全て終わったけど、
今日1日だけ、エリサラは医務室で安静みたい。
でも私と話すエリサラの声は弾んでいた。
「ねえねえ、お姉ちゃん。明日からまた一緒にいろんなところ行こうよ!」
その声が嬉しくて、私は頷きかけた。
でも、言葉が口から出る前に、胸の奥で何かが引っかかる。
「……うん。でも、私、明後日任務があるから……」
エリサラの足が、ぴたりと止まった。
「任務?」
振り返ると、エリサラの表情が変わっていた。
笑顔が消えて、目が少しだけ細くなる。
「うん。偵察任務。だから、その日は……」
「嫌だ」
小さく、でもはっきりとした声。
その響きに、胸がきゅっとなった。
「エリサラ……」
「嫌だよ。お姉ちゃんと離れるの、嫌だ」
エリサラが私の服を掴む。その手に力がこもっているのがわかった。
「でも、任務だから……」
「だったら私も行く」
エリサラの目を見ると、涙が浮かんでいた。
でも、その目は泣いているだけじゃなかった。
強い意志がある。
「私も一緒に行く。お姉ちゃんと離れたくないもん」
私は、何と言えばいいのかわからなくなった。
エリサラの気持ちはわかる。
でも、任務は危ない。
視線で後ろにいるケルシー先生に助けを求める。
ケルシー先生は、いつもの冷静な目でエリサラを見下ろす。
「エリサラ。君がロスモンティスと同行することは、許可できない。」
低く、静かな声。けれど冷たくはない。
ただ、事実を述べているだけの声。
「任務というのは、危険を伴うものだ。君の好奇心や勇気で補える類のものではない。
もしも途中で判断を誤れば、ロスモンティスの集中を乱すことになる。
それは彼女を危険に晒すという結果に直結する」
一拍の沈黙。
ケルシー先生はわずかに目を細め、続けた。
「……わかるな、エリサラ。
今は待つことが、君にできる唯一の支援だ。」
でもエリサラは、ケルシー先生を睨み返した。
「私、邪魔なんかしないよ。ちゃんと待ってる。だから……!」
エリサラの声が震えている。
「お姉ちゃんと、離れたくないの」
涙が頬を伝う。
その目を見ていると、胸が締め付けられた。
「今、離れたら……もう二度と会えない気がするの」
エリサラの言葉に、息が止まりそうになった。
二度と会えない。
どうして、そんなことを思うんだろう。
私は任務に行くだけで、すぐに帰ってくる。
それなのに、エリサラはまるで……永遠の別れみたいに言う。
「エリサラ……」
私は、エリサラの肩に手を置こうとした。
でも、どうすればいいのかわからなくて、手が宙に浮いたままになった。
エリサラの不安が、私にも伝わってくる。
理屈じゃない。
ただ、怖いんだ。
私も……同じかもしれない。
エリサラと離れることが、怖い。
「ロスモンティス、少し……どうした?」
「あっ、ドクター」
その時、ドクターが医務室に入ってきた。
部屋を一瞥したかと思えば、小さく一度頷く。
「ロスモンティス、少し待っててくれ」
そしてドクターがケルシー先生に近づき、
二人は少し離れた場所へ移動して小声で話し合い始めた。
私とエリサラは、その場に取り残される。
エリサラは私の服を掴んだまま、じっとドクターたちを見ていた。
私も見つめていた。
二人の表情から、何を話しているのか読み取ろうとしたけれど、
言葉は音のないノイズみたいに空気に溶けていく。
エリサラを連れて行っていいのか、ダメなのか。
どちらが正しいんだろう。
エリサラの涙が、まだ頬に残っている。
「二度と会えない気がする」って言ったエリサラの声が、
耳の奥で金属を叩く音のように反響している。
でも、任務は危ない。
もしエリサラが傷ついたら……
胸の奥で、不安と願いがぐちゃぐちゃに混ざり合っている。
許可が出てほしい。
でも、出てほしくない。
二つの想いが私の中で上手く噛み合ってくれずに空回りし続けていた。
エリサラの手が、私の服をぎゅっと握りしめている。
その震えが、手を通して伝わってくる。
やがて、ドクターが戻ってきた。
「エリサラ、任務への同行を許可しよう」
その言葉の瞬間、エリサラの顔がぱっと明るくなった。
「本当!?」
「ただし条件がある」
ドクターの声は優しいけれど、譲れない何かが含まれていた。
「後方で待機すること。絶対に戦闘には参加しないこと。指示には従うこと」
エリサラは何度も頷いた。
「できる!約束する!」
ドクターは私の方を向いた。
「ロスモンティス、エリサラのことは気にせず任務に集中してくれ」
私は頷こうとしたけれど、ドクターは言葉を重ねる。
「ただ……何かあれば、任務より優先していい」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
どういう意味だろう。
任務より優先?
でも、ドクターの目が真剣だったから、私は頷いた。
「……わかった」
エリサラは嬉しそうに私の腕に抱きついてきた。
「やった!お姉ちゃん、一緒だよ!」
その笑顔を見て、胸が温かくなった。
エリサラが笑ってくれている。
それだけで、嬉しかった。
でも同時に、胸の奥で重いものも感じた。
私のせいで、エリサラを危険な場所に連れて行く。
それでいいのかな。
ケルシー先生は、何も言わずに背を向けて去っていった。
その背中が、何か言いたげに見えた。
でも、振り返ることはなかった。
(=^・・^=)ニャー
エンジンの音が低くなって、
振動も弱まっていき、車両が減速していく。
「もうすぐ到着する」
ドクターの声が、車内に響いた。
みんなが、装備を確認し始める。
武器の点検、アーツユニットの確認。
金属が擦れる音、小さな会話。
車内の空気が、一気に引き締まった。
私も、深く息を吸う。
胸の奥で、何かがざわめく。
いつもの感覚。
戦場に向かう前の、あの感じ。
でも、今日は少し違った。
いつもより、胸の奥が重い。
エリサラがこうして隣にいるから。
私は、エリサラの方を向いた。
エリサラも、こちらを見ている。
さっきまでの楽しそうな表情とは違う。
少しだけ、緊張している。
「エリサラ、約束だよ。ちゃんと待っててね」
私がそう言うと、エリサラは真剣な顔で頷いた。
「うん、わかってる。お姉ちゃん、頑張ってね」
その言葉に、胸が温かくなる。
でも同時に、締め付けられるような感覚も。
エリサラは、私を信じてくれている。
だから私は……守らなきゃ。
絶対に。
……でも、守れるのかな。
胸の奥で、不安がざわめく。
エリサラを危険な場所に連れてきてしまった。
もし、何かあったら。
もし、私が守れなかったら。
「お姉ちゃん?」
エリサラが、不思議そうに私を見上げる。
「……ごめん。大丈夫」
私は首を横に振った。
考えすぎちゃダメだ。
いつも通りやればいい。
でも、何かが違う。
私はずっと、みんなを守るために戦ってきた。
ロドスのみんなを、大切な人たちを。
でも、エリサラは……
すぐそこにいる。
目の前にいる。
手を伸ばせば届く距離に。
守るという行為は同じはずなのに。
こんなにも、重く感じる。
傷つけたくない。
怖い思いをさせたくない。
笑顔でいてほしい。
これって……なんなんだろうか。
上手く言葉にならない。
でも、何かが違う気がする。
エリサラを見ていると、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
でもそれは、私にはとって初めての不思議な感覚だった。
車両が完全に停止した。
ドアが開いて、外の空気が吹き込んでくる。
鉄と風が擦れ合う音が、どこか遠くの記憶を撫でていく。
「行くぞ」
ドクターの声。
短く、確かな響き。
みんなが次々と降りていく。
私も立ち上がった。
エリサラを見下ろす。
エリサラは、じっと私を見上げていた。
その瞳は、静かな湖みたいに澄んでいるのに、
底の方では何かが揺れている気がした。
言葉が、うまく出てこない。
何を言えばいいのか、わからなかった。
喉の奥に小さな石が詰まっているようで、声が出ない。
私はただ、小さく手を振った。
エリサラも、手を振り返してくれた。
それから、私は車両を降りた。
外は、思っていたより風が強かった。
砂埃が顔に当たって、目を細める。
振り返ると、車両の窓から、エリサラの小さな顔が見えた。
手を振っている。
私も手を振り返す。
エリサラの笑顔が、ガラス越しに見えた。
でも、その笑顔の奥に、不安が隠れている気がした。
……きっと私も、同じ顔をしている。
──大丈夫。
私が守る。
絶対に、守ってみせる。
改めて思う。
疑う必要なんて何一つない。
だって、私にはその力があるから。
知っている。
だから、化け物と呼ばれたり、
兵器だと恐れられるような力を持てたことに「ありがとう」って感謝しよう。
それはとっても、大切なものだったから。
荒野が広がっている。
灰色の大地、崩れた影。
砂の中で微かに光る鉱石が、まるで星の残骸みたいに散らばっていた。
今日も任務が、始まる。
ロスモンティス
感謝を忘れない。
ケルシー先生
何か言いたげにこちらを見ている。
ドクター
デッデッデデデデ!
エリサラ
かつて街で暮らしてた。
家族と共に不自由ない生活を送っていた。
ロスモンティスはかわいい?
-
かわいい
-
かわいくない
-
俺の嫁
-
夢に良く出てくる
-
幸せの象徴
-
ただの兵器