源石剣!源石剣!源石剣!
……風が、止んだ。
さっきまで砂を巻き上げていた音が、ふっと消える。
空気が、ぴたりと固まったみたいに動かない。
車両のエンジン音だけが、くぐもって響いていた。
不自然な静けさ。
その中で、耳の奥がざらりとした。
世界のどこかの歯車が、ひとつだけ逆回転を始めたみたいな、そんな感覚。
視界ではなく、皮膚の裏――意識の奥で何かが擦れる。
私は目を閉じ、ゆっくりとアーツを展開した。
地面に触れる足裏から、金属の糸のような感覚が広がっていく。
風、砂、光、音。
それらがひとつの『網』のように繋がって、荒野の輪郭を形づくっていく。
……静寂の中に、かすかな歪み。
空気が一箇所だけ、冷たく沈んでいる。
そこに『何か』が這うように動いていた。
目では見えないのに、足音よりもはっきりと、
その気配が地面を擦って伝わってくる。
「……誰?」
「ロスモンティス?」
距離は遠くない。
本来なら目で追えるはずの場所。
それなのに、風しか見えない。
空気が押しのけられる音だけが、確かにそこに存在していた。
……見えない。
でも、いる。
まるで空気の中に溶け込んだ影みたいに。
敵――なのかな?
「ドクター……あっちの方、たぶん1830メートルくらい。
……5、6、7、8人。動いてる。でも目で見えない」
数秒の沈黙。
目線は逸らさず、意識をその不自然な存在から外すことはない。
「……敵の可能性がある。取り押さえろ」
ドクターの声が低く響く。
その瞬間、空気の流れが逆になった。
圧――。
意識の網の端で、冷たい波が跳ね返る。
まるで、こちらを覗き返すような気配。
狙われてる。
考えるより先に、体が動く。
「――」
瞬間、アーツユニットを展開した。
継承者の刃が前に割り込む。
重厚な源石剣が唸りを上げて浮かび上がり、
空気を押しのけて私の前に立ち塞がる。
その直後――
弾丸が空中で弾かれた。
乾いた金属音が、荒野に響く。
1830メートル先からの狙撃。
届く距離。
でも、継承者の刃がそれを止めた。
「襲撃!」
ドクターの声が鋭く響いた。
「全員、戦闘態勢!車両を守れ!」
周りでみんなが動き出す音。
武器を構える金属音。
アーツユニットの起動音。
でも、私の意識はそこにはない。
敵の位置は、全て把握している。
8人。
1830メートル先。
散開し始めている。
一瞬だけ、呼吸を整える。
頭の中に浮かぶのは、地図でも数値でもない。
私の意識はいつもよりはっきりと、
敵を映し出していた。
遠距離に2人、狙撃態勢。
左右に広がる3人。
後ろに下がる2人。
迂回しようとしている1人。
全員、こちらに向かって動き出している。
見えない状態のまま。
距離を詰めようとしている。
「あなたたちは一体誰なの?」
私たちが来ることを、知っていた。
……待ち伏せしていた。
心臓が、跳ねる。
「近づけさせない」
私は小さく息を吐いた。
コートの袖口をぎゅっと握り直す。
布が手の中で、わずかに震えた。
敵は、こちらに向かっている。
見えない影が、地面の震えを伝えて。
意識の網に、はっきりと浮かび上がっている。
まるで、暗闇の中で灯火が揺れているみたいに。
誰も、近づけさせない。
指先を傾ける。
継承者と先駆者が、低く唸りを上げる。
四基のアーツユニットが浮かび上がり、
その先端を遠くの敵へと向ける。
金属が軋む音。
空気が震える音。
私の左右から荒野を睨むのは「継承者」――重厚な源石剣を携えた守護の双翼。
後ろを固めるのは「先駆者」――疾駆する刃の影。
私は前に出た。
地面を踏みしめながら、一歩、また一歩。
遠くで、地面を蹴る震えが伝わってくる。
焦りと決意が混ざった熱。
まるで燃え上がる炎みたいに、激しく揺れながら近づいてくる。
「――そこ」
私が息を吸うと同時に、
乾いた砂を巻き上げながら先駆者が疾駆した。
瞬間、風が悲鳴をあげた。
刃の影が、一直線。
風を裂き、砂煙を真っ直ぐに割りながら、遠くへ。
疾る刃は砂を蹴るたびに白い尾を引き、
砂を裂きながら、風そのものに変わっていく。
追うよりも早く、ただ『そこに』到達していた。
私の心臓の鼓動と、先駆者の動きが重なる。
まるで私自身が、その刃になったみたいに。
砂が舞い上がり、
白い線が、荒野に一本、真っ直ぐと伸びていく。
風が私の頬を叩いた。
先駆者が通り過ぎた後の、乾いた熱気。
砂埃が目に入りそうになって、思わず瞬きをした。
耳の奥で、空気が震える音が響いている。
私の意識は、敵を逃がさない。
もっと確実に。
避ける猶予は与えず、刃が空気を断ち切った。
次の瞬間――
遠くで、何かが砂に叩きつけられる音。
ずしん、という重い衝撃が、地面を伝って足裏まで届いてくる。
まるで空から岩でも落としたみたいな、
そんな音と共に、生々しい人が倒れる音も一緒に感じ取れる。
見えない影が、一つ、その姿を露わにした。
黒い戦闘服の人影が、砂の上で転がっている。
体を丸めて、呻いているのが分かる。
風が、何事もなかったように通り過ぎた。
1。
砂煙が静まる前に、私は次の動きを探していた。
右――2人。
左――1人。
散開して、回り込もうとしている。
狙いは車両。ドクターとみんなとエリサラのいる場所だ。
……近づけない。
私は息を整え、手を軽く振った。
それだけで、継承者たちが静かに浮かび上がる。
2枚の刃が風が裂き、砂の粒が周囲でふるえた。
その音は、まるで影が形を変える瞬間の息づかいみたいだった。
「そこ」
言葉と同時に、右の一人が砂ごと弾き飛ばされた。
空気がひしゃげるような音。
金属が肉を打つ鈍い感触が、足裏を通して伝わってくる。
続けざまにもう一振り。
刃は螺旋を描いて回転しながら、二人目の体を胸部から思いっきり突き飛ばした。
音はない。
ただ、砂だけがゆっくりと舞い上がる。
左側。
姿を消した影が、低く地を這って距離を詰めてくる。
私は視線を動かさず、意識だけを僅かに傾けた。
先駆者が、一閃。
砂の下から跳ね上がり、まるで地面から光が生えたように。
閃光が走り、影が崩れ落ちた。
……4。
砂埃が風に流されて、荒野の匂いが戻ってくる。
私は少しずつ敵へと近づいていく。
呼吸は落ち着いている。
でも、心臓の奥に微かな痛みがある。
感じたことのない不思議な痛みだった。
倒れた敵を見ても、なんの感情が湧かない。
ただ、私の意識だけがそこに残ったままで、
息をするたび、誰かの心音のような震えが微かに伝わってくる。
……なんでか、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
風が変わった。
さっきまで流れていた方向とは違う。
熱を帯びた空気が頬を撫で、髪を揺らす。
狙撃態勢の二人は、さっきから私の隙を……いや、私以外の隙を探し続けている。
私の意識が、その温度を、感情を逃がしはしない。
風の粒が、音のない水面に落ちるように意識が広がっていく。
世界の輪郭が、静かに沈んでいく、そんな感覚。
音が遠い。
みんなの声も、足音も、金属のきしみも。
ただ、荒野の上で脈打つ振動だけが、やけに鮮明だった。
「……動かないで」
自分の声が、別の誰かの声みたいに聞こえた。
継承者が、私の背中の後ろで低く唸る。
金属の軋みが、風の中で鳴り響き、狙撃してきた弾丸をはじく。
指先を動かす。
先駆者が応える。
見えない刃の線が、空気をなぞるように敵の横っ腹側から走った。
ひとり。
空気を裂く。
何かが倒れる。
もうひとり。
回避行動。速い。
けれど、私が見失うことはない。
砂の上に落ちたその足跡を、
まるで記録の上書きみたいに、アーツがなぞっていってくれる。
「そこ」
刃が、音もなくそこを貫いた。
淡い光が散り、ステルス装置が焼け落ちる。
黒い影が、砂の上に沈んでいく。
……6。
呼吸をする。
でも、息が入ってこない。
体の中が、風と一緒に溶けていくみたいだった。
周りの声が、届かない。
代わりに、意識の網の中に『何か』が浮かび上がる。
――冷たい。
見たこともないほど、深く冷たい気配。
音を奪うほどの、静かな怒り。
前方。まだ誰かが、いる。
けれど、それは今までの敵とは違う。
まるで、暗く見通せない牢獄でも見つめているみたいだった。
「……誰?」
声に出した瞬間、荒野の空気が震えた。
風が止まり、砂が宙に浮く。
感覚が、引き裂かれる。
私の意識ごと何かに引かれていく。
――そこに、『視線』があった。
「……お兄ちゃん?」
違う。そんなはずはない。
声が、どこか遠くで反響している。
でもその呼びかけそのものを、自分の中で否定していた。
一瞬、顔を出した『何か』は、
みんなから伝わってくる温かさが溶かしてくれる。
私はロスモンティスだから。
人を掴んで離さないための手も、歩み寄るための足も、全部私のものだ。
敵を倒していた。敵。
目の前にいるのは敵だ。
ここは壊れるべき場所。放っておけない。
だから私は動く。
守るために、壊すために──私がやらなくちゃ。
大きく息を吸い込む。
肺の奥まで冷たい空気が満ちて、意識が一点に集まっていく。
両手を合わせる。
手と手の間にだけ、幾重にも重ねるアーツの膜を作り出した。
少しずつ手を広げながら、光の糸を遠くへ遠くまで伸ばしていく感覚で、
前へ押し出すみたいに、思いっきりアーツの波をぶん投げた。
出力を上げる。
「――これ以上、近づかないで」
声と同時に、継承者が地を叩いた。
荒野の空気が一瞬で跳ね上がり、砂と風が渦を巻く。
地面の裂け目を這うように、無数の光線が走った。
先駆者が私を覆っていた膜みたいな何かへと突き刺さった。
『視線』が声にならない悲鳴を上げている。
世界が裂けるように、放射状の罅が広がっていく。
光が閃くたびに、目に見えない何かが弾ける。
ステルスの膜が破れ、影が次々と姿を現した。
人影が倒れ、武器が砂に突き刺さる。
私はさらに腕を振る。
刃が交錯し、衝撃が空気を叩く。
轟音。
光。
全ての動きが、ひとつの波のように押し寄せた。
これで、8。
……終わった。
視界の中に、もう動くものはない。
風だけが残って、砂を巻き上げている。
呼吸を整える。
荒野に満ちた熱が、少しずつ冷えていく。
「大丈夫、ドクター。もう……大丈夫だよ」
風が、少しずつ弱まっていく。
砂の粒が宙を舞いながら、ゆっくりと地面に落ちていった。
荒野の匂いが、焼けた空気の中で沈んでいく。
私の手の中には、もう何も残っていない。
でも、指先がまだ震えている。
アーツの残響が指先に残っていて、
脈の音といっしょに血の中で音を立てていた。
……静かすぎる。
深く息を吐き、意識を思いっきり広げなお──
「──お姉ちゃん」
はっとして、振り向く。
耳の奥で、誰かが囁いた気がした。
けれど、視界の先ではドクターとみんなが手を振っているだけ。
でもその風の向こうで、確かに誰かが立っている気がして。
遠い。
砂と光の狭間、揺れる空気の奥。
そこに、小さな影が見えたような気がした。
「……エリサラ?」
その名を呼ぶと、風が一瞬だけ逆に流れた。
砂が頬をかすめ、涙のような跡を残す。
声は消えた。
ただ、胸の中に残った気配だけが、いつまでも消えては……くれなかった。
ロスモンティス
「痛ければ叫ぶといいよ、少しは楽になるから」
ドクター
気づいたら戦闘が終わってた
ロスモンティスはかわいい?
-
かわいい
-
かわいくない
-
俺の嫁
-
夢に良く出てくる
-
幸せの象徴
-
ただの兵器