白い壁に囲まれた医務室の前。
長椅子に腰掛けた私は、
両足をぶらぶら揺らして待っていた。
足先が椅子の下をこつんと叩くたび、廊下に乾いた音が広がる。
緊張してるわけじゃない。
ただ……少し、落ち着かなくって。
やがてドアが開いて、
ケルシー先生に付き添われたエリサラが出てきた。
足取りは思ったよりもしっかりしていて、普通に歩いている。
でも私の方へと体を向けた瞬間、
目がぱっと明るくなって、小走りに近づいてきた。
「……お姉ちゃん!」
呼ばれて、私は思わず立ち上がった。
「もう大丈夫なの?」
「うん……ちょっと疲れただけ。でも、お姉ちゃんが待っててくれたから」
「そっか。よかった」
瞳の奥にはまだ不安が残っている。
明るい言葉の裏からは、
皮膚の上を水面が撫でていくみたい冷たさが感じられた。
だから私は、そっと彼女の髪に手を伸ばし軽く撫でてあげる。
「怖くなかった?」
「知らない人に見られるの、嫌い」
小さな吐息に混じって返ってきた声は胸の奥をきゅっと締めつける。
その言葉はわがままにも聞こえるけど、
実際は弱さを隠すための精一杯の抵抗みたいで――だから余計に放っておけない。
そんな会話を交わす私たちの横で、ケルシー先生が短く告げる。
「検査の結果、大きな問題はなかった。現時点においては症状は安定している」
硬い声だったけど、その言葉だけで胸の奥がふっと軽くなる。
エリサラは私の袖をきゅっとつまんで、安心したみたいに小さく笑った。
胸の奥が、少しあたたかくなる。
とっても大事にしたい、そんな不思議な感覚。
「ただし――」
ケルシー先生の声が、冷たい刃みたいに差し込んだ。
「鉱石病は確実に進行しているため、
進行を遅延させるための処置を講じる必要がある……それでも、すぐに命に関わるほどではない」
言葉は事務的で、余計な感情は混じっていない。
でもその最後の一言が、私にとっては救いになった。
「大丈夫。お姉ちゃんと一緒だから」
エリサラはそう言って、私の手を握った。
冷たい指先。
でも、その強さはちゃんと伝わってくる。
ケルシー先生は短く目を閉じてから、私に視線を移した。
「ロスモンティス、君が案内役を務めろ。無理はさせるな」
「うん。任せて」
そう答えると、エリサラが「案内?」と首をかしげた。
私は頷いて、少し笑ってみせる。
「ロドスのこと、いろいろ見せてあげる。私の大好きなお家を」
(=^・・^=)ニャー
食堂のドアが開くと、あたたかい匂いが流れてきた。
香ばしいパンの匂いと、まだ冷めきらないスープの湯気。
スプーンの軽い音や、遠くから聞こえるくぐもった笑い声。
昼の賑わいが一段落して、柔らかい余韻だけが空気に残っていた。
「ここが、みんなの集まる場所だよ」
そう言って足を踏み入れると、胸の奥がふっと軽くなる。
見慣れたはずの光景なのに――今日は少し違う。
自分が好きな場所を、見せたいって思える。
そのことが妙にくすぐったくて、自然と口元が緩んだ。
手を繋いでいるエリサラは、
初めての場所に戸惑ったように顔をキョロキョロと泳がせていた。
窓際の光、天井を流れる蒸気、テーブルに並ぶ皿。
一通り見まわしたと思ったら、
今度は視線をふっと漂わせるように眺め始める。
中にいるオペレーター、職員の一人一人を確かめるように頷きながら。
首をコクコク動かしているエリサラ見ていると、
なんだかずっと見守ってあげたくなってきた。
そうして私が小さく笑ったのを見て、少し遅れて――エリサラは口元を緩めた。
近くのテーブルから、ブレイズが大きな声を投げてきた。
「おーい、新入りちゃん!腹は減ってるか?」
冗談半分に身を乗り出して、手を振ってくる。
その気配に、エリサラの肩がぴくりと揺れた。
「……こっちを見ないで」
小さな声。
尖っているけれど、僅かな震えも。
舌の裏が苦しくなるような匂いがエリサラから感じられる。
食堂の空気が一瞬止まり、次の瞬間にはまたざわめきへ戻った。
私はそっと彼女の肩に触れて、目を合わせた。
「大丈夫だよ。みんな優しいから」
ブレイズは「あー……」と気まずそうに頭を掻いた。
「悪かったな。ロスモンティス、あとで甘いものでも持ってくるから」
「うん、ありがと」
軽く手をひらひらさせて去っていく背中を見送りながら、
エリサラは私の袖をきゅっとつまんだ。
何も言わない。
ただ、袖を握ったまま――少しだけ笑った。
「お姉ちゃんは、みんなと仲良しさんだね」
「ブレイズは私の家族だよ」
「ブレイズって、さっきの強い炎の人?」
「うん」
「……私はあいつのこと、あんまし好きにはなれなさそうだなぁー」
「ふふ、少しずつで良いと思うよ。
せっかくだからエリサラにも、みんなと仲良くなって欲しいから」
「それだったら……少し、頑張ってみる」
ふんす、と両こぶしを作るエリサラ。
その姿からは目を離したくない、そんな風に思わせてくれる姿だった。
奥のテーブルからは、
誰かが立ち上がって皿を運んでいる。
食器のぶつかる乾いた音に、エリサラは一瞬だけ視線をそちらへ向けた。
でもすぐに私の顔に戻す。
「……お姉ちゃん、ここに座るの?」
「うん、よくこの辺で食べるよ」
「じゃあ、私も一緒に」
当たり前のように答える声。
そんな響きだけで胸の奥へとあたたかさが広がっていく。
私は頷いて、軽く彼女の頭を撫でた。
「ありがとう。エリサラと一緒だと、もっと楽しいよ」
「……ほんと?」
「うん。ほんと」
エリサラは一瞬だけ頬を赤くして、
けれどすぐに照れ隠しみたいに「ふんす」ともう一度こぶしを握った。
食堂のざわめきの中で、その仕草だけがくっきりと浮かんで見える。
(=^・・^=)ニャー
訓練場に足を踏み入れると、空気の質ががらりと変わった。
乾いた床に積もった粉の匂い。
アーツがぶつかり合って火花を散らす音。
規則正しく響く掛け声が、壁に反響して何度も返ってくる。
壁際には武器棚が並び、
磨き上げられた刀や盾が整然と並べられていた。
ただ並んでいるだけなのに、
それだけで空気が重く引き締まるみたい。
「ここは、みんなが守るために訓練する場所だよ」
声を自然と落としていた。
日常の延長ではあるけれど、
この空間には日常ではない緊張が確かにある。
エリサラは立ち止まったまま、視線を釘づけにされていた。
訓練場のフィールドで交錯する光。
術式の残光が宙を漂い、弾丸の音が耳に鋭く刺さる。
その一つひとつを追うように、黒い瞳が揺れていた。
近くを通り過ぎたオペレーターが、
ちらりとこちらに視線を投げた。
ただの一瞬。
けれどエリサラは、その一瞥へと敏感に反応した。
「……強い人たち、ばっかりだね」
声は真っ直ぐ。
けれどすぐに、唇を少し噛んで肩をすくめる。
「……私も、見られてる。
……試されてるの?」
鋭さを含んだ視線が、私に向けられた。
「違うよ。
ただ訓練してるだけ。誰もエリサラを試してないよ」
そう言いながら、伝わってくるのはガラスの影みたいな冷たさ。
だから私は、その手を包み込むように強く握り、はっきりと告げる。
「もし何かあっても、私が守るから。だから大丈夫」
驚いたように目を瞬かせたあと、エリサラは小さく息を吐いた。
頬をふくらませてみせるけど、すぐに力を抜いてしまう。
「……ふーん。じゃあ、見てるだけにする」
言葉の調子は不満げでも、繋いだ手の力は少し緩んでいた。
光に照らされた横顔が、わずかに安堵をにじませていた。
(=^・・^=)ニャー
廊下に出ると、
訓練場の緊張感とは打って変わって、空気がやわらいだ。
壁に貼られた注意書きは少し傾いていて、
掲示板には色あせた紙がいくつも重なっている。
窓から差し込む光が床に四角い模様をつくり、
遠くで誰かの足音がかすかに響いた。
「この辺りにみんなのお部屋があるんだよ」
歩きながら、私はそう口にした。
食堂や訓練場みたいに賑やかでも張りつめてもいない。
ただ生活の匂いがして、安心できる場所。
私だけでなく、きっとエリサラも感じ取れたんだと思う。
「ひさしぶりにパパと会いたいな……」
だからかな。
そんな淡い呟きと、どこか遠くを見ているような感じ。
「パパ?」
思わず聞き返すと、エリサラは小さく頷いた。
「そう、パパ。
私の大好きで大切な大切な家族。
パパのためだったら私は何でもできる」
パパ……
それはどんな存在なんだろうかな。
ドクターみたいな人のこと?
今度、パパって呼んだら喜んでくれるかな。
「エリサラはパパとははぐれちゃったの?」
「……ううん。パパが迷子になっちゃって。
それで一人ぼっちだったの。
でもそんな時にロスモンティスお姉ちゃんが来てくれたから」
「うん。私もエリサラと出会えて嬉しいよ」
「私も私も!」
イエーイと、手を出してきたから私もそっと手を伸ばす。
二つの手はパチンと甲高い音を艦内に響かせた。
「エリサラはパパに会いたいんだね」
「まあ、パパは弱っちいから守ってあげなきゃだしね。
またそのうち、探しに行ってあげなきゃかなぁー」
「守ってあげる、か……」
エリサラの言葉に自分の気持ちを重ねる。
ロドスのみんなを、エリサラを守ってあげたい。
それはやっぱり、生きる意味だから?
大事だから?
失いたくないからかな。
「エリサラは本当にパパのことが大好きなんだね」
「うん!私が生きてるのは、ぜんぶパパのためだから!」
言葉は揺れず、むしろ真っ直ぐだし、
どこまでも揺れることを知らない黒い瞳が私を貫く。
私は返す言葉に詰まる。
けれど彼女は振り向いて、少し笑った。
その仕草から、たき火みたいな温かさが私の胸を覆う。
でも同時に……エリサラの笑みの奥に、ほんのかすかな危うさが混じっている気がした。
一人にさせちゃいけないような、そんな危うさが。
「……じゃあ、いつか私の家族のことも、好きになってくれる?」
気づけば問いかけていた。
エリサラは少し黙って、視線を落とす。
「……考えてみる。
お姉ちゃんが大事にしてる人なら、少しくらい頑張れるかも」
その声に安堵したのも束の間――
彼女の足取りがふっと揺らぎ、両手で頭を押さえて小さく呻いた。
「エリサラ!」
私は慌てて肩を抱きとめる。
軽い体が腕に沈んで、心臓が跳ねた。
「大丈夫?」
「……うん。お姉ちゃんがいてくれれば、平気だから」
掠れた声に、甘えと縋りつきが混じっていた。
私はその手を強く握り返し、低く言葉を落とす。
「大丈夫。もし何があっても、私が守るから」
「パパに会いに行く時、お姉ちゃんも一緒に行ってくれる?」
「もちろんだよ。私も一緒に行きたい」
エリサラは目を閉じ、小さくそっと頷いた。
けれどその瞳の奥には、安心と一緒に――微かな影が揺れていた。
(=^・・^=)ニャー
私の部屋に戻ると、静けさが迎えてくれた。
外の廊下に漂っていた生活のざわめきも、ここには届かない。
壁際には書きかけのメモ端末と、
抱きしめられた形のままの小さなぬいぐるみが置かれている。
どこか子どもっぽい散らかり方だけど、
私にとっては安心できる匂いが詰まった場所だった。
「ここがお姉ちゃんのお部屋?」
エリサラがきょろきょろと見回す。
「うん。狭いけど、落ち着くんだ」
「ふふ……かわいい部屋。お姉ちゃんの匂いがする」
恥ずかしくなって視線を逸らしたけど、
エリサラは気にする様子もなくベッドに腰を下ろす。
「思ったより広いね」
「二人で寝ても大丈夫だよ」
「じゃあ……一緒に」
言葉の調子は軽いのに、すぐに私の袖をつまんで離さない。
私はうなずいて布団をめくり、並んで潜り込んだ。
シーツに触れた瞬間、エリサラが体を寄せてきた。
細い腕がするりと私の腕に絡んでくる。
心臓の鼓動が近すぎて、
私の奥まで届いてくるみたいだった。
「おやすみ、お姉ちゃん」
小さな囁き。瞼はまだ閉じていない。
「……うん。おやすみ、エリサラ」
私は返事をして、彼女の髪をそっと撫でる。
その拍子に袖口を引く小さな力があった。
「ねぇ……お姉ちゃん」
「なに?」
「ずっと一緒にいようね」
真っ直ぐすぎる声に、胸が少し苦しくなる。
「うん。絶対に」
手を握り合う。
冷たい指先は、私の体温を頼りにするみたいにきゅっと絡んでくる。
しばらくして、小さな寝息が静かに響き始めた。
私は目を閉じられないまま、その温度を確かめ続ける。
もし手を離してしまえば、
明日にでも、また失ってしまうような気がして。
だから強く握った。
忘れないように。離さないように。
守りたいものがここにいると、心に刻み込むために。
(=^・-^=)ニャ???
「こんな時間にどうしたんだケルシー?」
「ドクター。エリサラという少女に関して、いくつか確認しておかねばならない。君はロスモンティスの来歴を把握しているはずだな」
「……いや、待て。ケルシー、その確認はどういう意味だ」
「私も否定したいところだ。だが、ロドスの医療機器は最新式だ。この数値、造影データを否定することはできない。したがって――このプロファイルを確認してくれ」
「………………ロスモンティスへ降りかかる悪夢は、まだ終息しないというのか」
「ロスモンティスは彼女に対し、他の誰とも異なる、きわめて特異な感情を抱いている。したがって、その事実を直接伝える行為は、私であろうと、他の誰であろうと、等しく危険を伴うものだ。伝える者の立場や口調に関わらず、彼女の精神に過剰な負荷を与え、制御不能な反応を引き起こす可能性がある以上、これは避けがたい前提だと言わざるを得ない。ゆえに私は意図的に開示をしなかった。だが――その上でなお、判断を委ねるとすれば、ドクター、君をおいて他にはいない」
「いや……私が適任か。わかった、折を見て私から伝えよう。調査の方もこちらで進めておく」
「……ドクター。エリサラという少女への対処はどうする?」
「現状、手出しは難しい。ロスモンティスの行動が読めなさすぎる。今の彼女の依存度を考えれば、暴走しかねない」
「了解した。私は君の判断を尊重する」
ロスモンティス
パパ?
ブレイズ
炎のお姉さん
ドクター
後日、ロスモンティスからのパパ呼びで吐血した
エリサラ
造影検査の結果、一部の臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。循環器系源石顆粒検査の結果に異常があり、鉱石病の兆候が認められる。以上の結果から、鉱石病感染者と判定。
【源石融合率】13%
【血液中源石密度】0.25u/L
左肘から肩部に明らかな結晶の痕跡が確認されている。
また脳幹にも感染器官が存在している。だが、この脳幹の感染器官は自然に生まれたものではない。……人工的に移植されたものだ。検査結果は、過去の調査記録と99.9%適合することを示した。ゆえに、この装置は完全に人工的産物であると確定できる。
――ケルシー医師
ロスモンティスはかわいい?
-
かわいい
-
かわいくない
-
俺の嫁
-
夢に良く出てくる
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幸せの象徴
-
ただの兵器