ロスモンティスと一緒   作:ジョンソン

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そして日常は加速度的に動き始める


「その言葉だけは」

金属の床を伝う細かな振動が、

毛布の下からじわじわと体を揺らしていた。

低い機械音と風の流れ。

 

ロドスの朝は、いつも同じ音から始まる。

 

そのざらついた響きの中で、

指先ををちょんちょんとつままれる感覚があった。

眠気の奥で一度肩が震え、薄い瞼を開ける。

 

 

「お姉ちゃん、起きて」

 

 

小さな囁きが耳に落ちる。

視界の先には、ベッドの横に立つ黒いフェリーンの女の子。

 

エリサラだ。

 

黒い瞳がまっすぐに覗き込んでいて、髪が少し頬にかかる。

近くにある体温と呼吸が、

布団の中へすべり込んでくるみたいだった。

 

 

「……うん。おはよう」

 

 

声を返すと、彼女はぱっと顔を緩めた。

でも指はまだ離さない。

冷たい指先が細かく震えて、そこに残る力がはっきりと伝わる。

 

布団から起き上がると、

エリサラは楽しそうにくるっと、ワンピースの裾をひるがえしながら一回転。

手を後ろで組みながら少しだけ前かがみの姿勢になって視線を逸らさずにいる。

 

 

「お姉ちゃん、今日はどうする?」

「まずは、一緒にご飯かな?」

「ご飯……うん。昨日のとこ?」

「そう。食堂。みんなで食べるところ」

 

 

返した言葉に、彼女の目がぱっと明るく揺れる。

小さな唇に浮かぶ笑みはまだぎこちない。

でも頬の奥がじんわり赤く染まり、

白い息と一緒にこぼれる声が軽く跳ねた。

 

 

「うん。お姉ちゃんと一緒なら、行く」

 

 

嵐の中でも倒れない塔のような、強くて真っすぐな気持ちが伝わってくる。

私は端末で今日の予定が空いていることを確認して、

ロドスのコートを羽織ってから、エリサラとふたりで部屋から出た。

 

 

金属の扉が開くと、廊下には柔らかな光が差し込んでいた。

天井の灯りよりも外の朝日が強くなり始め、

壁に沿って長い影を伸ばしている。

 

エリサラが袖をきゅっとつまんでくる。

だから、私はその小さな手を自分の手でしっかり握って、隣を歩き始める。

 

足音が床に軽く跳ねて、二人分のリズムを刻む。

途中で通りすがったみんなは声を掛けてくれたり、軽く会釈したりしてくれるけど、

エリサラはその度に立ちどまり、じっと見つめているだけだった。

 

 

「どうしたの、エリサラ?」

「……なんでもない」

 

 

そう答えて、彼女はまた私の横に並んだ。

けれど手のひらに伝わる力は、さっきより強くなっている。

少しでも離れるのが怖いみたいに。

 

その時、廊下の先から軽やかな足音が近づいてきた。

耳に覚えのある声が、私たちを呼ぶ。

 

 

「あっ、ロスモンティスさんと……あなたがエリサラさんですね?」

 

 

振り返ると、アーミヤが笑顔で小さく手を振っていた。

ロドスの制服に朝の光が反射して、淡い影を床に落としている。

その笑みは、いつものように柔らかくて、胸の奥を安心させる。

 

 

「おはよう、アーミヤ」

 

 

私もいつものように、そっと手を振り返した。

ただエリサラは少し体を震わせながら、私の背中へと少し体を隠した。

握った手には力もこもっている。

 

 

「おはようございます、ロスモンティスさん。

それにエリサラさんも、おはようございます」

 

「……」

 

「ごめんね、アーミヤ。エリサラはまだ、ロドスに慣れてないみたいで……」

「そう……なんですね」

 

 

アーミヤの瞳が一瞬だけ揺れたが、それをすぐに奥へと沈んだ。

 

 

「うん。さっきまでそこまでじゃなかったんだけど、

でも話をしたりとかはあんましダメみたい」

「早く慣れてくれると良いんですけどね」

「私も、エリサラにはみんなと仲良くなってほしいかな。やさしい人ばっかりだし」

「本当に、私もロドスの皆さんに感謝しかないです」

「もちろん、アーミヤにも、だよ?」

「ふふっ、こちらこそです」

 

 

そんな時、私のコートが背中から、ちょんちょん、と引っ張られる。

 

 

「エリサラ?」

 

「……お姉ちゃん、お腹空いた。早く行こ?」

 

「うん。そうだね。アーミヤ、そろそろ食堂に行くね?」

 

「あっ、私の方こそすいません。

ただドクターからのお願いがありまして、

ロスモンティスさん、ほんの少しだけよろしいですか?」

 

「ドクターから?」

 

「『念のため、記憶を整理してあげてほしい』って」

 

「それなら……今の方が良いってことだよね」

 

 

嫌なことがあった時、

辛いことがあった時、

いつもアーミヤが助けてくれる。

記憶は私にとって、とても大切なものだから。

今はしっかり覚えているし、

そんなに嫌なことでいっぱいになっているわけでもない。

 

でも、ドクターが必要だって言うなら、きっと必要なんだって思う。

 

 

「エリサラ、ちょっとだけ待っててね。すぐに終わるから」

 

 

エリサラはただ黙ってアーミヤを見ていた。

その目が何を思っているのか、私にはわからない。

ただ、私の手を握るエリサラの指先は、さっきまでより冷たい気がする。

 

 

 

「それではロスモンティスさん、始めていきますね」

 

 

 

アーミヤは息を一つ吐いて、私の頬にそっと手を添えて、

目線の高さを合わせる。

 

その触れ方は、いかにも穏やかで、余計な力を含まない。

けれど――私の中で、何かがすっと馴染んでいくのが分かった。

 

 

「大丈夫です。ゆっくりいきます」

アーミヤの声は低く、落ち着いている。

声色はまるで温かい布のように、心のざわめきを包んでくれた。

彼女の指先から伝わるのは光のような温度で、

細い熱の糸が私の内側の欠けた場所を慎重にたぐり寄せていくようだった。

 

目の前の世界が少しだけ輪郭を取り戻す。

さっきまでぼんやりしていたはずの記憶の端が、

音や匂いと紐づいて戻ってくる。

胸の中の穴が、ほんの少しだけ埋まった気がした。

 

安心が、ふわりと広がる──そう思った矢先、

 

 

「ああっ、あぁ……」

「エリサラ?」

 

 

戸惑いに縁取られたような声と共に、私から小さな手が離れていく。

頬からアーミヤの手が離れていき、二人でエリサラの方へと振り返る。

エリサラは、さっきまでより、2歩3歩ぐらい後ずさっていた。

凍り付いたような表情からは、理解の追いつかないような迷いが滲んでいた。

 

目は私の方を見ているようで見ていない。

 

私とエリサラの間に広がる虚空へと、

すがるように両手を震わしながら伸ばし、掴もうと、掴もうと手を動かしている。

 

 

「やめて、やめて……」

 

 

瞳の揺れは止み、深淵を覗き込むような暗さに変わっていた。

 

 

「お姉ちゃんとの、つながりが、薄くなっていく……!!」

 

 

エリサラの声が、廊下に裂けるように響いた。

 

焦げついた脂が爆ぜたような、刺さる強い感覚が届いてくる。

……それでも、私には分からなかった。

エリサラとの強い繋がりは確かにある。

ずっとある。

出会った時よりも更に強い。

どうしてこんなに叫んだのか分からなくて、心がきゅっと締めつけられた。

 

 

「エリサラ!」

 

 

そして次の瞬間、エリサラからアーツが噴き出した。

 

声で始まり、光が弾け、廊下の照明が一斉に明滅する。

金属の床が、軋むようにひび割れ、タイルが粉を撒いた。

アーミヤの体が強い衝撃に押され、彼女は床を滑るように吹き飛ばされた。

 

心臓が跳ねる。

アーミヤの様子も確認したい。

でも今、視界の端で震えるエリサラからは目を離せなかった。

いや、逸らすべきではない。

私の記憶と感覚がそう、私に強く訴えていた。

 

 

「あなた達はどうして私から大事なものを奪っていくの。いつもいつも、そうだ」

 

 

エリサラの声は震えている。

涙が頬を伝い、しかし怒りがその涙を濁らせていた。

視線はアーミヤを射抜き続けている。

敵意というにはあまりにも切実で、

届けば必ず何かを奪っていくと信じているような、深い怨嗟だった。

 

アーミヤが膝をつき、顔を抑えた。

私は反射的に体を前に出して、

エリサラへ向かって声を張った。

声は思ったより高く、でも震えてなんていない。

 

 

「エリサラ!

大丈夫、私はここにいるから!

ちゃんと繋がっているから!決して薄れてなんてないよ!」

 

「そんなことないよ!!!

なんでお姉ちゃんにも分からないの?

……きっと、そこのアーミヤが何かやったんだね。そうだよ!そうに違いない!」

 

「違う!アーミヤはそんなことしないよ!」

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」

 

 

わからないこと、ばっかりだった。

ただ、エリサラとちゃんと話をする必要があるってことだけは、はっきりとわかる。

 

広がるエリサラのアーツを目掛けて、

私のアーツを包み込むように広げていく。

 

エリサラの暴走の勢いを少しでも受け止めるために。

見えない膜がせめぎ合い、

その間で光を押し付け合うように火花を散らしていた。

 

 

「ロスモンティスさん!私も手伝います!」

「ダメ、アーミヤ!一人で大丈夫だから!」

 

 

横目でアーミヤが見える。

ただこれはきっと私とエリサラの問題だから。

私の手で解決したい。

 

 

「何かあったらすぐ助けに入りますからね」

「うん!」

 

 

その言葉だけで力が貰える。

 

意識を完全にエリサラの方へと戻す。

そして、早く終わらすために、もう一段階、更に力を込める。

 

 

──力の均衡はすぐに破られた。

 

少しずつ、エリサラの体を中心としたアーツの膜は小さく小さく収束していく。

完全にエリサラの中へ納まった時、

ゆっくりと地面に膝をつき倒れていく。

 

私は走っていき、エリサラの体をそっと受け止めた。

 

 

「エリサラ、大丈夫?」

 

 

唐突に、足音が一斉に響き出した。

静けさを裂くざわめきが、瞬く間に空間をも支配していく。

 

 

「はぁ、はぁ……お姉ちゃん?」

「私だよ」

 

 

エリサラは目をつぶり、私の頬へと手を伸ばして、

額と額とを突き合わせるように体を急に起こした。

 

熱が額から額へと伝わる。

この瞬間の温かさだけは、ずっと残る。

そう思えた。

 

 

「またやっちゃった……」

「エリサラは何も悪くないよ」

「ううん」

 

 

顔を小さく振りながら、じわじわと指の沈み方が増していく。

周囲を眺めさせるように、エリサラは力を込めて私の顔を動かした。

 

 

「お姉ちゃん、周りをよく見て。

周りはぐちゃぐちゃだね。

慣れている人は大丈夫そうだけど、慣れてない人達もいっぱいだ。

 

ほら見て、あそこのヴァルポの親子。

天災でも見たかのように、抱きしめ合ってブルブル震えているよ。

 

あっちのペッローなんて、捕食者に追われる小動物みたいに取り乱している。

 

そっちのリーベリは何を思っているだろうね?私たちを睨みつけてないかな?

 

──ははっ!笑っちゃうよね」

 

「……エリサラ?そんなことないよ。みんな戸惑っているだけだから」

 

 

なだめるように私はやさしい言葉をかける。

でも、エリサラの声は子どもめいて、ただただ残酷なまでに真っ直ぐだった。

 

 

「何を言っているの、お姉ちゃん?

私も、お姉ちゃんも、そこのアーミヤもみんな化け物だよ?

感染者なんてみんな化け物だってこと、誰よりも知っているでしょ?

簡単にこんなに壊して、人を傷つけられる力を持っている。

それをどこだろうとかまわず振りかざす。そんな化け物なんだって」

 

「違う。違うよ。エリサラは化け物なんかじゃない」

 

「確かに、そうかもしれないね」

 

「エリサラ……」

 

「──だって、私もお姉ちゃんも『兵器』でしょ?」

 

 

その言葉が耳に落ちた瞬間、胸の奥がぎゅっと冷たく締めつけられた。

金属の匂い、鉄と薬品の混じった空気。

記憶にはないはずなのに、体が勝手に震える。

 

でもそれ以上に――エリサラが自分のことをそう言っているのが何より嫌だって思った。

 

化け物だって言われることには慣れている。

敵にも、知らない人にも、散々そう呼ばれてきた。

 

私は兵器でもある。

それは誰よりも私が一番知っている。

 

でも……

 

 

「エリサラは、化け物でも兵器でもないよ?」

 

「何を言っているの?

私は兵器だよ。

それは誰よりも私が一番知っている」

 

「──」

 

 

エリサラの顔は、この大地の闇を一掃するような眩しく弾けた笑顔になっていた。

だからこそ、今の私にとってはなによりも強い残酷さとして押し寄せてくる。

 

「違う」とか「間違っている」って言いたかった。

その全てを縫い留めるかのように、言葉の刃が私を刺し貫いてくる。

 

エリサラの言う「兵器」という言葉は、

実験と喪失の匂いを含んでいて、

私の胸の奥に冷たい石を落としたみたいに痛かった。

 

記憶には無いはずなのに、

とっても嫌な感覚だけが胸の奥からあふれ出してくる。

 

 

白く小さな部屋。

 

 

まるでそこに二人で閉じ込められているみたいに、

私はエリサラを放っておけなかった。

 

言葉という言葉を形にすることは出来ず、

ただ今は、エリサラをギュッと抱きしめるだけだった。

 

今のエリサラの肌は温かかった。

でも露出した鉱石だけが、

冷たく私達の鼓動さえも凍えさせていくようで……とっても嫌だった。

 

エリサラも一瞬、ギュッと抱きしめ返してきたけれど、

すぐに糸が切れた人形みたいに力を無くす。

 

 

「エリサラ?」

 

 

呼びかけても返事はない。

脈はある。

鼓動も確かに感じられる。

繋がりは強いまま、消えてはない。

ただ意識を失っているだけみたいだ。

 

周囲が騒がしい。

ざわめきが突然に近づいてきたみたいだった。

 

 

「ロスモンティスさん、大丈夫ですか?」

 

 

アーミヤの声が聞こえてくる。

 

 

「うん。私は大丈夫……だよ」

 

「ですが、エリサラさんは……」

 

「そうだよね、放っておけないよね?」

 

「…………今は彼女を医務室に連れていくのが先決です」

 

 

一瞬のためらいが表情へと走り、

その後に出てきた言葉は別の色だって思わされた。

 

でも、今優先するべきはエリサラの安否であることは間違いない。

 

 

私は首をこくんと動かし、アーミヤへの返事とした。

 




ロスモンティス
 ちょっと力を持っているだけの女の子。


アーミヤ
 強烈な感情を感じ取ることができる女の子。


エリサラ
 それはフェリーンの女の子だった。
 何も力を持たない、か弱い存在だった。


(=^・・^=)ニャー
 出番がなかった。(=;ω;=)ニャー…
 

ロスモンティスはかわいい?

  • かわいい
  • かわいくない
  • 俺の嫁
  • 夢に良く出てくる
  • 幸せの象徴
  • ただの兵器
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