人理を照らす、開闢の星・破章〜almighty,grail,war〜 作:札切 龍哦
オルガマリー「マシュ!しっかりしなさい!しなさいってば!」
マシュ「ぶぉお〜〜〜〜〜!!」
ロマニ「もうだめだー!おしまいだー!」
ゴルドルフ「私は所詮ボンレスハムだよぉ!!」
オルガマリー「もう皆!正気を保ちなさいってばぁ!」
プレア『─────』
オルガマリー「プレア…?」
プレア『すみません、オルガマリー。私は今、怒っています』
オルガマリー「怒って…?」
プレア『何故ならば…、…!』
オルガマリー「…何か、聞こえてくる?」
プレア『これは…』
『…歌?』
クトゥーラは、島の放送チャンネルを開き。その声を上げ歌い始めた。それは島に響き渡る、狂乱の中に細く響き渡るもの。
クトゥルフの呼び声。ルルイエより響き渡る呼び声であるが、それは今…唄の形式を以て響いている。
「────、───────」
クトゥーラは懸命に、歌声を…呼び声を響かせる。足は震え、身体は動悸を起こし、声音はともすれば掠れ、悲鳴に変わる瀬戸際の極限状態。
だがそれでも、クトゥーラの紡いでいるものは『歌』である。それはナイアーラトテップが撒き散らした狂気のハワイに、水面の波紋のような柔らかさにて響いていく。
【クトゥーラ…君は…】
ニャルラトホテプは、その姿に瞠目する。彼女は邪神の娘として、ナイアーラトテップの狂乱を乗り越えているわけではない。
先に手を差し伸べた時、その目は恐怖と絶望に染まり切っていた。ともすれば、立ち上がる事すら遥か遠い程の恐慌を見た。
本来なら、彼女こそ精神分析を行わなくてはならない存在に他ならないと。
【無理しないでください、クトゥルフの娘さん!ここは…】
「BB、待って」
BBの制止を、はくのんが制する。
「彼女に…やらせてあげよう」
はくのんの言葉に、ニャルラトホテプは邪神のチャンネルを開く。
【クトゥーラ、何故だい?君は今、何故歌う?】
クトゥーラの脳内に、直接問うニャルラトホテプ。神通力に通ずる言葉で、彼女に問いかける。
邪神ナイアーラトテップに、彼女の心は蝕まれた。言うなれば正気度は最早致命的に削られていた。
【君は何故、恐慌しながらも歌うのだ?】
何故逃げることもせず、恐れながら、彼女は歌わんとするのか。ニャルラトホテプは問うた。
(そうだ、そうだよ…。怖い、凄く怖いよ…)
支配者でない彼女の、本来のクトゥーラの声が返答として返ってくる。その声音は、どこにでもいる普通の女の子のもの。
クトゥルフの、支配者の娘でもない…恐怖に怯える、小さき娘。
【なら止めた方がいい…。もうナイアーラトテップの狂乱はアダム先生のお陰で阻まれたのだ】
そう告げながらも、彼女は歌い上げるのをやめない。静かにか細く、それでいて優しき歌声が響いていく。
(やめたいよ。すごく怖い…。邪神の頂点の一角が、あんなに怖くて恐ろしいものだったなんて、知らなかった。知りたくなかった…!)
クトゥグア、ハスター、そしてニャルラトホテプ。アザトースを除いて、最強の実力と格を持つ三柱。
いつか支配者となった暁には、全員を自らの手にて討ち果たしてやらんと気炎を上げていた。クトゥルフの娘であるならば、それくらいはできて…行えて当然であるのだと。
それは、思い上がりである。戦う領域の存在等では断じてなかった。
そして自分は知ってしまった。自身の身の丈、身の程を。
自身は────
(私は…支配者になんて、なれない…!あんな怖いものと、戦うなんてできない…!)
あんな恐ろしいものと戦い、全てを支配することはできない。
父クトゥルフすらも上回る、圧倒的な外なる神。
それが矮小な抜け殻ですら、全てを狂わせる大いなる神。
自分は、ただの人間でしかないことを思い知った。
だからこそ、この恐怖を抑えることはできない。
圧倒的な根元的恐怖に、人は震え怯えることしか出来ない。
クトゥーラは、それを完全に理解した。痛感してしまったのだ。
(私は…お父様のようには、なれない…!)
【────────…】
…邪神、ニャルラトホテプならば。これ程嗤いがいのある場面はない。
夢見た小娘の夢。それを辱め、貶めた。
コウノトリを信じる少女に、下劣なビデオを見せつけるような下卑た真似を行った。
夢と心が折れた様を、存分に嘲笑っただろう。
しかし、ニャルの浮かべた表情と感情は、無念と悔恨。
自身は、希望に溢れる娘の夢を摘み取ってしまったのだという事実。
家族を得た日から、漠然と感じていたその感覚。
幸せを得るたびに、自身は果たしてどれ程この幸せを踏みにじってきたのか。
どれ程この幸福を、滅ぼし嘲笑ってきたのだろうか。
その最たる例が今、目の前にいる。
夢破れた、否。夢を引き裂かれた娘がいる。
その痛ましさを極めた有り様に、悲嘆と悲痛が浮かぶ。
…だが。
(だけど…)
だが、クトゥーラは新たなる道と新たなる感情。
(だけど…!)
そして新しい道を、見いだしていた。
(だけどきっと…!『私より怖いと感じてる人が、いるはずだから』…!)
【────!!】
(だから、私は私の…出来る事をやる…!支配者にはなれなくても…!私は弱くて、愚かでしかなくても…!)
それでも、それでも。自身が知ったことがある。
自身が感じたこの恐怖、この感情。
(──こんな怖い想いを、誰にも味わってほしくないから…!この怖い想いを、少しでも和らげてあげたいから…!)
此処にきて、クトゥーラは示したのだ。
(お父様の呼び声は、精神に触れるもの…!怖いと叫び、恐ろしいと感じる心を和らげさせることもきっとできる…!)
クトゥーラの本質は、闇などでは断じてない。
他者を嘲笑うことも、無関心であることも、苛烈に焼き尽くすこともない。
その心の本質は『慈愛』。他者の痛みを自身の痛みとし、遍く他者を慈しむ本質。
(震える心に、寄り添う歌を…!支配者を目指したものとしての責任が、私にはあるから…!)
恐怖を感じながら、狂いながら。
しかし、それでも他者に同じ目には遭ってほしくない。
何よりも自身が感じているものが、恐ろしい。
楽しく、沢山の生命が根付くこの世界にて、その生命が消えていくこと。それが最も恐ろしい。
(私は支配することはできない…!なら、せめて…!)
それが、クトゥーラが見つけた答え。
(寄り添い、癒すことの出来る誰かでありたい…!それが、支配を齎すことのできない私に、出来ることのはずだから…!)
支配し、束ねるのでなく。自身が痛みを知り、他者を癒やしてあげたいのだと。
だから歌う。だから呼び声にて、他者に呼びかける。
大丈夫。私がついてる。怖がらなくていい。
私が知るこの怖さ、この恐ろしさ…絶対にそのままにしない。
私が、癒してみせるからと。
この歌は、その願いを形にしたものである。
そしてそれが───奇跡を起こす。
『管制エリア、聞こえるか…こちら、ヒュプノス』
【!】
「こちら岸波白野」
『たった今…流れてきた歌に乗せて、全域の狂気を鎮めた…』
その歌声は、ヒュプノスに届いていた。眠りを司りし神。
【本当か!?精神分析が完了したと!?】
『あぁ。…良い歌だった。浜辺のさざ波のような、暖炉の音のような…良い、歌だった』
正気を得た者達に、確かに届いていたのだ。
『引き続き、精神分析治療に戻る。ハワイの崩壊は続いている。…油断は、するな』
それだけを告げ、ヒュプノスは去る。
【凄いぞ、クトゥーラ…】
邪神は、称賛を口にする。
【君の選択と勇気は、今ハワイとカルデアを救ったのだ…!】
彼女の歌がなければ、正気に戻る事すら出来なかったかもしれない。
彼女の勇気と決意が、邪神の盤面を揺るがせたのだと。
「──────、……」
その言葉を得たクトゥーラは…
「──………」
緊張の糸を張り巡らせていた極限状態から、一挙に解放され。
【おっとっ!】
すんでのところで、クトゥーラをニャルは確保。
【……子供の成長は早いな、クトゥルフ】
万感の思いを込め、彼はクトゥーラを見つめる。
【いつの間にか…子は自身の行く末を、行きたい場所をしっかりと把握しているんだ。親の洗脳なんてなくても、な…】
力を使い果たしたかのように、ぐったりとするクトゥーラを…
彼は労わるように、そっと頬を撫でるのであった。
ニャル【?メッセージ?】
ニャル【…カルデアスと、ムーンセルを…】
【成る程、そういう事か。ならば──】
『一柱のハワイは失敗した』
『ならばほかの神々、数多無数の力にてハワイを支えよう』
それの意味を理解したニャルラトホテプは。
『そして──』
『──もう一度、心置きないバカンスにしよう』