人理を照らす、開闢の星・破章〜almighty,grail,war〜   作:札切 龍哦

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クトゥーラ『っ……!』

クトゥルフ『…などと、偉そうに言ってはみたが。もう我はお前に威張れるような立場にないのだ、クトゥーラ』

クトゥーラ『お、お父様…?』

クトゥルフ『今の我は、宙と共にある。余計なしがらみ、余計なものに囚われない今だからこそ、お前に伝えられることもあろう』

『そう──お前を産んだ、妻の話だ。クトゥーラ』


そなたが産まれたこと

お前を産んだ妻は、我にささげられし贄であった。人間共が見出した、神の供物たるものであった。

 

目が見えず、病を患い余命幾ばくも無かった。口減らしであったのだろうな。ただ、それはいたくも麗しく、絶世の美貌を有していた。それ故に、神に捧げられるに相応しいとされたのであろう。

 

その女は、我に祭壇の前で膝を折り祈っていた。それは、我という神を前にした畏怖ではあるが、敬意でもない。何か別のものであった。

 

【末期の願いであるか?聞き届けようではないか】

 

我は気を良くし、それに応えたのだ。さすれば女は、我にこう告げた。

 

『であるならば、クトゥルフ様。私を妻としてお娶りいただけないでしょうか?』

 

───その時ほど、我が面食らった日はない。そう、あまりにも突拍子のない、狂った願いだったからだ。

 

人間が自ら、邪神の妻になりたいだなどと。それほどまでに願い、すがる神に夫となれなどと!

 

…今思えば、果たしてそれはどちらが従う立場であったのか。

 

我はそやつを…、トゥーラ・フォリア・アティスを迎え入れた。

 

 

奴は、我の手により病と失明を乗り越えた。我が手にて、健やかなる身体を手に入れた。

 

その身体で行った事は、兎にも角にも我が妻たる働きであった。我が身の回り、儀式の祭祀、家庭のあれこれ…

 

『私は妻としてあなた様にお仕えしたい。この福音を、果たさせてくださったあなたを愛しております』

 

くだらぬ、と聞き流していた事もあった。人が神を愛するなど。

 

神は人を脅かし!人は神を恐れる!その絶対的な関係性に例外などない!

 

この女も同じよ!奇跡を、恵みを、見返りを求めて神を、我を崇める!

 

【取り繕うな、女!】

 

我が触手にて、我はフォリアを縛り上げた。

 

【くだらぬお為ごかしはやめろ。神に人が祈るは奇跡と祝福を目当てた時のみだ!さぁ云え!貴様は我に何を望むのだ!】

 

我は見てきた。愚かさだけは底知れぬ人間の性を。

 

我は知り得た。愚かさだけは忘れぬ人間の業を。

 

我を呼び出し、滅びゆく人間はみな、そうであった。

 

願うは破滅ばかり、願うは呪いばかり。

 

貴様もそうだ。美辞麗句で包んだ呪詛を吐くのだろう。

 

【さぁ云え!貴様は何を──】

 

『望むものは、決まっております』

 

そやつは…

 

フォリアは、言ってのけた。

 

『愛の結晶。私は、クトゥルフ様との子を望みます』

 

…そのような願いを、言ってのけたのだ。

 

 

奴は、比類なき星辰の巡りを持っていた。神の供物とされる一家の中での、最高傑作であると。

 

依り代、憑依、転生、供物。遍く全てを成し得る種族の最高傑作であると。

 

フォリアもまた、その宿命を受け入れていた。

 

神通力の代償にて、人ならぬ身としてあり、その機能にも不備があり、長くは生きられないと。

 

『でも私は納得できません。長く生きられないことがではなく、その間に何も成せず何も遺せない事がです』

 

フォリアは怒るように、不満げに告げた。

 

『私は女として生まれました。であるならば短い生の中、何かを世に遺さねば生きた甲斐がありません』

 

人間達は、フォリアを御神体、人身御供として祀り近づくことをしない。

 

フォリアは人の愛を、人の恋を星辰を詠み学んだ。

 

私も、弾けるような恋がしたい。

 

私も、燃えるような愛を注ぎたい。

 

そうだ、叶えてもらおう。このお願いを神様に。

 

邪神であろうと関係ない。神様には、お願いをするものだから。

 

『クトゥルフ様。私は神に捧げられる為の女です。ですが私は女なのです。次代の生命を宿し、生む生命なのです』

 

我が見初めた供物は、兎にも角にも人間力に溢れたものであり。

 

『ですからクトゥルフ様。私は、貴方様の子を産みたいのです。愛の結晶を。二人の想いを託す次代を』

 

我はその願いを、躊躇ったものだ。

 

子が要らなかった訳では無い。神ゆえ、繁殖は不要ともするがそうではないのだ。

 

邪神の胤で生まれる子は、大概が異形の形となる。不定形、魔族、怪物。そういった、冒涜的かつおぞましい存在だ。

 

【我は…貴様から、そのような子が産まれるのは、忍びない】

 

…思えば、我はフォリアに陥落していたのだろう。

 

破滅と終焉、冒涜以外の願いを託した、初めての人間たるフォリア。

 

『なんだ、そのような事ですか』

 

奴は、おぞましき我に向けて柔和に、女神のように微笑んだ。

 

『私とあなたの子なのです。そのような見た目であっても、なくても。なんにも違いはありません』

 

【フォリア…】

 

『世界中から忌み嫌われるような異形であっても、よいではないですか。それが私とあなたの、愛の結晶であるならば。世界中の愛よりも大きく、深く。私達が愛してあげれば良いのです──』

 

……七日の7晩、休むことなくお前は造られたのだ。

 

我々の、願いの下にな。

 

 

【おぉ…!おぉ…!!これが、この娘が我の娘だと…!】

 

やがて、お前はこの世に生を受けた。産声を上げ、我が手に抱かれてな。

 

お前は──奇跡であった。フォリアの麗しい髪、美貌、愛らしさを余すことなく受け継ぎ、我が邪神の見目を全く現さぬ、奇跡だった。

 

【なんと──】

 

なんと、愛らしいのか。この柔らかいやや子が、この愛しき生命が我等の次代か!

 

【なんと、なんという事だ…!フォリア!見よ!よくやった!よくやったぞ…!】

『ええ………あなた……。私達の、子……』

 

その時…我は、気づいていなかった。

 

『名前は、クトゥーラ…。愛すべき、あなたの、後継者…』

 

【おぉ!素晴らしい名前だ!我等の後継者、我等の素晴らしい娘の名だ!】

『どうか……彼女を、この娘を…宜しくお願いいたします、あなた…』

 

【勿論だとも!我等二人で、この娘を───】

 

『─────ありがとう……。

 

 

…………愛しています──────』

 

…それが、最後の言葉であった。

 

【フォリア?】

 

……あれの身体は、限界であった。

 

元々、人身御供が神威に触れ続ければどうなるか。

 

人が、神の傍らに在り続ければどうなるか。

 

【フォリア…?】

 

それらを、知ったうえで。

 

それらを全て、理解した上で。

 

フォリアは、お前を産んだ。

 

【─────フォリア…………】

 

出産など、最も気力を使い果たすような行為。

 

フォリアは文字通り、全てを懸けてお前を産んだ。

 

お前という生命に、託したのだ。

 

自らが生きれぬ明日を。

 

自らが望んだ明日を。

 

【──────誓うぞ、フォリア】

 

我は、固く誓った。

 

【此奴の身体に、邪神の祝福は纏わせぬ。力ではない。魂を、心を育て上げようぞ。覇者として、麗しきものとして】

 

安らかな、これ以上ないほど安らかなる死に顔のフォリアに、我は誓った。

 

【お前の全てを受け継いだクトゥーラを、決して穢さぬ。邪神の血を引きながら、お前のように麗しく産まれてきたこやつを、麗しいままに支配者に育て上げようぞ】

 

我は、固く固く誓った。

 

最早物言わぬ、フォリアに。

 

我が最愛の妻に。

 

【お前と我の、愛の結晶を…誇り高く、育て上げると誓おう。故に…故に……】

 

…そこから先は、言葉にできなんだ。

 

【ありがとう…。本当にありがとう。我が妻よ。我が最愛の妻、フォリアよ…。お前の事は永劫に忘れぬ。我が最愛の女よ。安らかに…ただ、安らかに眠れ…】

 

我が初めて流した、涙であることは…覚えている。

 

【クトゥーラを…最愛の、最高の支配者にしてみせるとも…!】

 

そして…我が妻の遺体を何処に埋葬すべきか悩んだ折に…

 

【善い星を知っているぞ。その星なら、支配者に相応しいという場所だ】

 

【な、何!?】

 

私に囁いたもの。それが…

 

【太陽系第三惑星、地球。そこにこそ、支配する場に相応しいのではないのかな?】

 

邪神、ニャルラトホテプ。

 

…後のセイレムに繋がる、提案であった。




クトゥーラ『お母さま…』

クトゥルフ【伝えたい事は一つだ。クトゥーラ】

【お前は、父と母の愛から産まれた。厳しく律し、苛烈にお前を育てたが…】

『───お前を疎ましいと思ったことは、ただの一度も無かったぞ。クトゥーラ』

クトゥーラ『!!!』

【故に、もう気負うな。お前はお前の進む道を行くのだ】

【お前の生は、フォリアの生きたかった生だ。下を向き、嘆くばかりではあまりにも無念だ。私も、フォリアもそれは望まぬ】

『お父様…!!』

【光とあれ、クトゥーラ。今なお足掻く、彼女らと共に】

『クトゥルフお父様!!』

【愛している、クトゥーラ。不甲斐ない父を許せ、愛しい娘よ──】

クトゥルフの声は、それを機に消え…。

クトゥーラ『ぁあ────』

残された、クトゥルフの愛娘の目に…

『───私は一体、何をしていたのか…!』

燃えたぎるような…

生きる気力が滾る、炎が燃えていた。
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