人理を照らす、開闢の星・破章〜almighty,grail,war〜 作:札切 龍哦
ここにアクセスできるものは、今は英雄姫…マルドゥークの巫女に選ばれし者しか存在しない。
しかし、其処に今立ち入る影がある。
『───マルドゥーク様』
銀の衣装、白き肌、銀灰色の髪。
麗しき女性が、物言わぬ英雄神を見上げる。
『機械たる身でも、変わらぬ雄々しさ…誇らしく思います』
その眼差しは、愛おしむように、慈しむように。
『あなたはずっと、変わらず『切り拓くもの』で、在り続けるのですね…』
しかし…
その眼差しは、どこか寂しげでもあった。
遥か太古。星の形が定まったばかりの、万物創造が始まる前の遥かなる昔日において。
世界は、神であった。原初の星に在るもの、それは大いなる神であった。
正確には神とは、人間が不条理な存在を自らの定義で無理矢理当てはめたものであり、宗教的なイコンや象徴の定義とされた人間社会の俗称でしかない。
世界が世界でなかった頃。即ち、神の力が星の法則そのものであったころ。
ティアマトとアプスーが交わり、様々な神が産み出された黎明の頃。無数の神が、その力を自在に荒れ狂わせそれそのものが星の理であった頃。
その神は、星の全ての神の頂点に座す力を有し生み出された。
4本の角や目、柱の様に立つ圧倒的な力の奔流。大気は彼の呼吸から生まれ、地盤は彼の踏み締められた大地が固まり形を成したものであった。
全ての神が束ねられようと、指先一つで無力とし。
全ての神が抗おうと、腕の一振りで塵と化す。
それが誰かなど、今更に過ぎる愚問。
英雄神、マルドゥーク。
原初の地獄たる星から遥かなる未来に至るまで、古今無双にして唯一無二の絶対神こそがその名である。
彼は神々の王として、世界を拓く窮極の神として。
そして『アプスーとティアマトの王権の簒奪者』としての役割を、神々達に望まれていた。
マルドゥークに並ぶ神は一柱とていない。それはアプスー、ティアマトにおいても同義である。
彼は『時代の始まり』の象徴そのものであった。人の時代、騎士の時代、旧なる支配者の時代。そういった象徴そのものだった。
神々の永遠の繁栄の象徴。神が、星の全てを支配し手にする。
彼はそういう、約束された栄光を背負う神であった。
当然ながら、神々は彼を崇拝した。
当然ながら、神々は彼を賛美した。
そして当然のように、神々は最も美しく聡明な女神を彼の妻に充てがった。
銀の如く輝く、大いなる女神であった。聡明で賢明、美貌と才知を併せ持つ女神の中の女神であった。
神々はこれを『銀色に輝く者』として、マルドゥークの妻へと捧げ奉じた。
その女神は、マルドゥークを愛した。人間でいう政略結婚であり、愛が育んだ関係ではなかったかもしれない。
しかし、その女神は彼を心から愛した。
彼の力に魅せられたのではない。
彼の強さに絆されたのではない。
彼の運命に待ち受ける、逃れられぬ『消滅』を知り、尚も彼を愛したのだ。
マルドゥークは彼女を愛さなかった。
否。自らの周りに有する神のすべてを、愛そうとはしなかった。
自らの利権、繁栄、栄華のために父すら殺し、母すらも殺めんとする愚劣な神々を自らと同族と考える事はしなかった。
マルドゥーク神は、大父と大母を敬った。自らをこそ生み出したルーツ、起源こそを愛した。
そして、彼は理解していた。自身の存在こそが、神の治世と繁栄を完全に盤石なものへと確定させる。
それは即ち、神が星と世界を脅かす地獄の到来。小さくとも確かに育まれる無限の可能性を刈り取られ、生産性が芽生えぬ暴風雨が如き世界の地獄。
マルドゥーク神が存在する限り、未来の『人』の時代は永劫にやってこない。マルドゥーク神は、56億年と2000もの先の未来を見据えていた。
彼はその圧倒的な力を持ちながら、後の世を切り拓く為には星から消え去る他ない存在であったのだ。
なんという性だろうか。なんという運命だろうか。
覇者であり王者でありながら、その実星によりその王座を追われ消え去る他無いのがマルドゥークという神であった。
だがそれでも尚、それを知りながらも尚マルドゥークという神は決して自らの宿痾から逃げ出す事を選ばなかった。
星に集うあらゆる可能性、あらゆる未来の為に。彼は神の『絶対性』を崩す為の楔に成らんとしていた。
それは最愛の太母ティアマトの抹殺。あらゆる世界、あらゆる生命の芽吹きには、ティアマト神の大いなる神体が必要不可欠。
それは英雄神マルドゥークの消滅。自分自身もまた、全ての役割を果たした後には神性を自然に還さなくてはならない。
自身の意志や、想いの余地が微塵も介在せぬその生を、マルドゥーク神は雄々しくも確かに受け入れていた。
女神は、そんなマルドゥークをこそ愛したのだ。
世界の為、あとに続く全てのために永劫の消滅と罪を選ぶ。
星を神という現象ではなく、生命に託すために消え去る。
せめてそんな苛烈にして救いの見えぬ生に、ほんの少しでも憩いと安らぎに自身がなれたなら、と。
女神はただ、マルドゥーク神をひたむきに愛し、支え、献身した。
マルドゥーク神は、彼女を愛する事は無かった。
自身は完全に消え去らなくてはならない。自身の子、娘、孫に至るまでの系譜を消し去らなくてはならない。
彼の力、彼の血、彼の存在は揺るぎなき絶対の王権となる。それはまさに、彼が死して尚も不滅の証明となってしまうが為。
彼は自身を遺すことを赦されない。自らの力が、全てが、世界をあるべきでないものとして歪めてしまう。
マルドゥーク神もまた、自身という絶対の神の軛から逃れられなかった。
彼はかの女神の献身を得難く、尊く感じていた。
しかしその手に抱くことも、愛を囁くことも、そして子を成す事もしなかった。
彼は目の前の絶対的な繁栄よりも、未来の懸命な発展を積み上げる生命を愛していたのだ。
彼女の愛を知ればこそ、彼女の愛を受け入れることはなかった。
ある意味で、彼は孤高であり孤独であったのだろう。
最強にして絶対的なる力は、彼を幸福にする事は無かった。
──いや。それもまた、人間のもたらす一方的な価値観の押し付けなのであろう。
マルドゥーク神は自らの生を誇りに思っていただろう。
自らの全てが、遥かなる未来に繋がる礎となるのであろうと。
〜
全てが終わり、全てが始まる時が来た。
マルドゥークがティアマト神を討ち果たし、その亡骸を清め祈り、遂に天地の開闢が果たされんとする時。
かの女神は、マルドゥーク神に託された光の神を擁しその光景を見ていた。
マルドゥーク神は、此処に消え去る。神の理から、物理法則が星に満ちるときがやってきたのだ。
それは即ち、神が星そのものであった時代が終わり、変わるという事。
妻たる彼女と、キングゥの光から生み出された一柱の神のみが、その瞬間に立ち合った。
あれほど共に語らい合った大母ティアマトすらも自らの手で殺し。
絶対者たる自身もまた、この場で霊長の座を捨て消え去る。
女神は涙した。
これが世界が、星が彼に望んだ仕打ちであるのかと。
彼の生は、彼の命は、彼の運命は一体何処へ向かうのかと。彼女は静かに、涙した。
マルドゥーク神が、いよいよティアマト神の身体を引き裂く時。
『妻よ』
女神は初めて、彼の想いを聞き届けた。
『我が生は幸福であった。母と妻の愛に恵まれ、後に続く全ての為にこの身と力を捧げられたのだ』
彼は、彼自身の言葉は。
彼自身の消滅が確約されることでしか、吐露を赦されなかった。
『満足に愛せなんだ不能の夫を赦せ。その光の神、□□□□を頼む。その者こそ、我等が拓いた天地を寿ぎ次を創する者ぞ』
世界が生まれる。
彼が消えていく。
『我にこの様な事を口にする権利など在りはせぬ。しかし、妻たるお前に最期に伝えよう』
女神は聞いた。
『我の【孤独】を癒してくれた事、礼を言う』
孤高、ではなかった。力を有し、未来を見据え、絶対者たる彼が告げたのは【孤独】という言葉であった。
『未来で待つぞ。お前達は、今を繋ぐ光であれ』
それでも尚、彼はただの一度も敗北せず、常勝無敗の絶対なる神としてこの世を去っていった。
『さらばだ。私が愛するを赦されなかった、素晴らしき妻よ』
抱かれることも、子を成す事もなかった。
ただ───
溢れんばかりの愛情を、彼女は受け取った。
二柱の前には、世界があった。
青く輝く空と、美しき大地があった。
だが、そこに。
立ち上る光の柱のような、猛々しきその背中は。
大いなる英雄神の姿は。
開闢された天地のどこにも。
──存在する事は、なかったのだ。
マルドゥーク『─────』
女神『あなたの想いと願いは、未来に確かに。あぁ…本当に…』
フォウ『誰だ!』
女神『!』
フォウ『…あれ?誰かいたような気がしたんだけどな。いやいたら困るんだよね』
(エアは今無人島だし…はて?)
【─────ブラックボックスの一部領域が、解除されました】
フォウ『ん…!?』