人理を照らす、開闢の星・破章〜almighty,grail,war〜 作:札切 龍哦
リリス【………………】
(奇特なやつね、本当に。自分の世界も、宇宙もあるのに。汎人類史の為に身を捧げるだなんて)
【アダムは、本当はあんな存在ではない。なかったのに…】
(夢だなんて、皮肉な話よ。私は楽園から抜け出し、現実で生きてきた。そのはず、だったのに…)
【……こんな夢、見るべきでは無かったのに…あなたは、何故こんな…】
(アダムが『素敵』だったら。…なんて夢を…)
アスモデウス【あら…?】
リリス【!】
アスモデウス【穴場だと思っておりましたのに…お邪魔でしょうか?】
リリス【…魔王、アスモデウス…】
【もしお邪魔でしたら、出直しを…】
『天使の羽』
【…それは?】
【あぁ、これは羽根です。ルシファー様が回収なさった、此度の元凶…】
【せめて、弔いを、と】
リリス【……好きになさいな】
アスモデウス【ありがとうございますわ…!】
ハワイの外れ。喧騒から遠い末端の場所。風と陽射し、海のさざめきのみが満ちる場にて、リリスとアスモデウスは邂逅を果たす。
アスモデウスはルシファーが討伐した羽根を、ハワイの海へと還す葬送の儀式を行わんとやってきていた。その天使は1周目にて、禁断とノーデンスを差し向けた黒幕の2体。その鋳型たる羽根を、アスモデウスは譲り受けたのだ。
【どうか、安らかに。真なる父の身許に召されますよう…】
アスモデウスは、祈りと共に羽根をハワイの風へと溶かす。その羽根はハワイの乾いた風に攫われ、ひらひらと舞った後…陽射しに照らされ、世界へと溶けた。
【奇妙な事をするのね。神の作った玩具に、魔王が冥福を祈るだなんて】
リリスからしてみれば、天使も神も等しく疎ましいものだ。それが偽神であるなら尚の事。蔑むように、アスモデウスの行為を謗る。
【玩具、だからこそですわ。私もかつては天使でした。だからこそ、分かりますもの】
【何が解るのかしら】
【我々が斃れ、消え去ったところで涙するものなどいない。使命を果たすための端末に過ぎない天使は、廃棄されるのみです】
アスモデウスは、ルシファーに堕天に導かれた。かつて自身も、そうであった。そして天使達は同僚であった。
【だからせめて…道を違えたとしても、かつて共に神に仕えた者として、手向けくらいは送りたくなったのですわ】
アスモデウスだけは、彼等の在り方と存在を胸に留めその消失を悼まんとしたのだ。誰にも省みられない、哀れな玩具に。
かつて、哀れな玩具であった自身だからこそ、魔王と成り果てたからこその、情けと手向けの祈りを込めて。
【……誰に祈るのかしら、そんなもの。天の座にいるのはアレだというのに】
リリスの言葉は鋭く、咎を有し、突き刺すように無遠慮だ。
彼女に、母や女としての慈悲や慈愛は許されていない。縛られし戒めは、そういう神の罰なのだ。
優しげに細められた片目だけが…、母と女の慈愛と優しさを称えている。それをアスモデウスは見逃さず、小さく笑う。
【勿論、この祈りは世界そのものに向けられるものです。いつか巡り合い、また会えるため。我々が生きる世界へと向けて祈りましたわ】
【このハワイも…残念ながら、作り物よ。世界に溶かすには不適切ではないかしら】
【あら、作り物や偽りでも良いではありませんの】
アスモデウスは空を愛おしげに見上げる。いや、ハワイそのものを。
【偽りや作り物は、大抵は人の願いから生まれます。それは時に、本物や新作よりも美しく、清らかなものにもなり得る場合がありましてよ】
【……………】
【何故なら、其処には願いや想いが込められており…その願いや想いはけして嘘や偽物ではないのですから。あの気高き赤いアーチャーや、フィクションの創作物全てが証明なさっているでしょう?】
アスモデウスは魔王として、情と欲を司る。
【このハワイもそう。邪神とAIが手がけた偽りのハワイだとしても、このハワイの全てに、訪れた全てを労り、楽しませ、善き日々を過ごしてほしいという願いと想いに満ちております。なれば…】
その思いは、きっと禁断に染まり捨てられてしまった同僚達を慰め、受け入れてくれる。
そう、アスモデウスは信じたのだ。このハワイ…
否。このバカンスを計画した、カルデアの人々の情を信じたのだ。
【いつか、カルデアの皆様は私達を越えていただかなくてはなりません。その決着は、必ずやってきます】
【………】
【ですから、こうして共に在れる内にたくさんの思い出や願いを託しておきませんと。我等は魔王。正しき人々、正しき勇者たちに討ち果たされるべき者達】
そんな自分達が、善き人々と共に在れる奇跡を噛み締めて。
アスモデウスは、このハワイの日々を過ごしているのだと笑った。
【……】
アスモデウスの言葉に、リリスは沈黙し、口を開く。
【……夢は、夢よ。それが良いものであればあるほど、素晴らしいものであればあるほど…】
【…?】
【目覚めた時に、辛いだけだわ…】
そう。リリスは夢を見ている。いや、夢を見てしまっている。
〜
気にするな。素敵な女性は多忙なものだ。
〜
【夢は、所詮夢でしかない。現実というものには、何の意味もない幻想よ…】
リリスは唇を噛む。
かつて、あの時。【アダム】にそんな優しい言葉をかけて貰えたのなら。
【むしろ、残酷だわ。夢を見れば見るほど、無情な現実にうんざりさせられる】
【アダム】が雄の権威を振りかざし、自分を抑えつけるような最低の男で無かったなら。
【………】
【楽園の夢を見て、朝目覚めれば無常の荒野。…その落差に、何度打ちのめされたか解らない。それなら…】
あんな、『理想のアダム』が、私と共に楽園にあってくれたなら。
【夢なんて、見ない方が…見れない方が、幸せよ…】
知りたくなかった。分かりたくなど無かった。
アダムは、雄は皆そういう獣であるのだと納得できたならどれだけ良かったか。
あんなアダムは、アダムではない。
優しく、強く、頼もしく、靭やかで、逞しく、雄々しく、美しい。
あんなアダムを、知りたくなど無かった。
そんなもしもが、羨ましい。
汎人類史などというものを名乗りながら、恥部である我々が恥ずかしい。
異聞帯よりも惨めなアダムも、イヴも、自身も…何もかもが生き恥だ。
自身らが楽園に帰るために、娘を差し出した最低なつがいたち。
そんな最低な男から、逃げ出した無責任な自分。
どうして?
どうしてあなたが、アダムなのか?
どうしてあなたが、アダムであってくれなかったのか?
夢に見ていた、自身が夢魔でなく人々の母であれたなら。
蛇の誘惑になど負けず、人々に原罪など背負わせる事はなかった。
アダムが、あんなにも。
【あんなにも…素敵な人であったなら…】
あんなにも、素敵な夫であったのなら。
私は…
───『
【……………──ッ…】
リリスは弾かれるように背を向けた。
すべてを諦め、疎んじる夢魔。
邪悪なる夜の悪魔、哀れな女擬き。
そんな自分が、堪えきれなくなってしまった事実から目を背けるように。
女であることを放棄しながら、男に責任を求める恥知らずであることを悔いるように。
【嫌い。私は、夢なんて嫌いよ】
リリスは、歩き出す。
【夢なんて見たって、日々が惨めで辛くなるだけだわ…】
どう足掻いても、歴史は覆らない。
『アダム』を夫にしたければ、歴史そのものを奪うしかない。
そんな恥知らずな真似をするつもりはない。
平等の中で、人々はそれを掴み取った。
獣の自分が、それを阻む資格などないのだから。
自分はいつまでも、獣たる夢魔。
それは決して──。
【──果たして、本当にそうでしょうか!】
背中越しに、アスモデウスの声が響く。
【夢を見るから──夢があるから!】
色欲の魔王は、叫ぶ。
【辛い日々を!理不尽な現実を、生きていけるのではありませんの!?】
【──────!!】
【迷って何がいけませんの!夢を見て何がおかしいんですの!?私はずっと夢見ていますわ!ルシファー様が、ルシファー様がいつか…!】
アスモデウスが、夢を語る。
【ルシファー様が善き人々に囲まれ、いつか本当に!神よりも輝く事が出来る日を夢見ておりますのよ!】
【────!】
【あなた様も、どうか夢を諦めずに歩んでください!確かに夢は、現実の前には非力かもしれません!ですが…】
色欲の魔王は、全ての情欲を肯定する。
【辛い現実を打ち破る力に、夢はなってくださいます!あなた様もどうか向き合ってみてくださいな!私は…!】
アスモデウスは、リリスを肯定した。
【始まりの女性たるあなたを、応援致しますわ!魔王として…一人の、女として!】
リリスは、アダムや神から自立した強い女性として『フェミニズム』の象徴としても敬われている。
【アダム様との触れ合い、まずはお手繋ぎから始めてみてはいかがでしょうか…!】
だからこそ…アスモデウスは、彼女を尊敬しているのだ。
【………────】
リリスは、アスモデウスの言葉に…
【────………馬鹿ね】
それだけを返し。後にする。
【リリス様…】
ハワイの、今度は心地よい風が…
そっと、アスモデウスとリリスを撫でていた。
リリス【………………】
(─────いつまで、不貞腐れているつもりかしら。みっともない)
リリス【─────はあっ……!!】
リリスは、一時的に『神』に抗った。
自身の拘束を、地球の自転を止めるに等しい抗力を以て引きちぎる。
リリス『っ、ぐっ…!!』
解き放たれた至高の女性は、膝を付く。
時間がない。
始まりの女『───母として、あなたに、命ずるわ』
リリスは権能を使い、『使い魔』を創る。
『あの人を──助けてあげて。どんな方法でもいいわ…』
それは、リリム。
夢魔でなく、始まりの女としての『アダムの子』をイメージした、仮初の使い魔。
言うなれば、自身の宝具。
『こんな夢は…最初で、最後よ』
リリムは、目を開ける。
リリス『素敵な女性は、多忙なのだもの…。お願い、できるかしら…?』
リリム『──はい。お任せください、お母様』
普段のリリスなら、生まれてくる子は醜悪な怪物だ。それが神の呪い。
しかし、この宝具たる夢魔は…
『頼んだわよ。…名前は…そうね…』
『……』
リリス『クラース。そうね…クラースとでも、名乗りなさい…』
クラース『クラース。…把握しました。お母様』
リリス『頼んだわよ…』
そっと、優しく抱きしめ髪を撫でる。
『お母さんが出来なかった事、してあげたかった事…あの人に、してあげてちょうだいね…』
リリム『はい。お母様』
リリス『────』
そっとリリムに口づけし…
リリム『……お母様』
リリスは、ハワイより追放された。
放浪と、抑止力の揺り戻し。
夢魔は、再び放浪へ。
クラース『………』
ただし…
母は、夢見た理想の夫へ。
あの日夢見た、寵児を託した。