人理を照らす、開闢の星・破章〜almighty,grail,war〜 作:札切 龍哦
クトゥーラ「た、大変だったのではない!私はクトゥーラ、クトゥルフの娘!あ、あれは武者震いで…!」
ハスター【かっかっ、そうかそうか。しかし酷いもんじゃ。娘を置いて逃げるとはのぅ】
クトゥーラ「と、当然だろう!父は死んではならぬ!娘が身代わりになり父を活かせるならば本望だ!」
ハスター【それは違うぞい】
クトゥーラ「!?」
ハスター【子が親の為に死ぬなどあり得ぬわ。逆は当然じゃがのぅ】
クトゥーラ「な、何が違うのだ!私は…」
ハスター【父が大事か?】
クトゥーラ「無論だ!」
ハスター【何故大事なのじゃ】
クトゥーラ「親子であり、親は子にて絶対だからだ!」
ハスター【お前さんを、父が見捨ててもか】
クトゥーラ「親が産んだ生命だ、親が使い捨てて何が悪いか!」
ハスター【一緒にご飯もショッピングもできんくなってもか?】
クトゥーラ「っ………!」
ハスター【かかっ、分かりやすいのぅ。なぁ、クトゥーラよ】
「は、はい…」
ハスター【───無事に産まれてきてほしい】
【それ以外に親が子に望むべきものなんぞ……本当にあるんかのぅ?】
クトゥーラ「…………?」
『アダムとイヴは、神に造られし男と女だった』
『かの二人は、エデンにて神に愛されし者たちだった』
上空にて魔王、アスモデウスと2対1の激動を繰り広げしイシューリエル、ゼポン。剣を持ち、そして刃を振るう2人に対しアスモデウスは素手、徒手空拳にて対抗する。
アスモデウスは色欲の魔王であり、それに倣い殉ずる戦法…肉体のぶつかり合いという観点から武器を持たない。魔力を込めた徒手空拳と投げ技、締め技といった全般にて敵と戦う。
武器を持つ相手、それ以上にアスモデウスはかの天使達を御しきれぬ理由がある。
イシューリエル、ゼポン。この2人はかつてのエデンを任せられし天使。
そしてそれは、かつてのアスモデウスもまた同じ。
即ち、彼等はかつての同期にして同僚であった。
かつて、ルシファーがサタンとしてアダムとイヴに接触せんとした折、大天使にサタン捜索の令を受けていた天使達。それがイシューリエル、ゼポン、そしてアスモデウスだった。
そしてアスモデウスは、偶然サタンが扮した蛇を発見したのだ。
だが、結果的にみればサタンは、ルシファーはアダムとイヴを誘惑し、禁断の果実を食らわせた。
純真無垢な人形に【原罪】と『自由』を授けた。
それにより、神の怒りを買いしアダムとイヴはエデンを追われ、人間の苦しみと、無限の未来が授けられた。
アダムは労役の罪。
イヴは出産の苦しみと、夫への隷属。
後に神の悪辣な帰参の令が出るまで、永遠の放浪を命じられた。
イシューリエル、ゼポンは確信していた。
『最も罪深きものは、サタンでもアダムでもイヴでもない』
『蛇を知りながら、破滅を知りながら、それを認可したもの』
『『アスモデウス。神はお前こそを最も罪深きものとしている』』
【!】
『『原罪を、アダムとイヴの苦しみを、人類の業を始まらせしはサタンではない。お前だ、アスモデウス』』
二人が、アスモデウスを糾弾する。
【……………】
彼らの言葉に偽りはない。
アスモデウスは、エデンにてサタンを知りながらも、サタンが扮した蛇を見逃し容認した。
それは、サタンの力に屈したわけではない。
自身が、アダムとイヴを玩弄しようと考えていたわけではない。
アダムとイヴは、白痴にして無知蒙昧であった。
エデンという楽園で、朝から晩まで互いに互いを称え眠りにつく日々。
全裸の自分を恥じず、全てが備わった楽園で変わることなく、成長することなく永劫自身らの世界に閉じこもったまま。
それに、互いの愛に全く熱は籠もっていなかった。
アダムはイヴのつがいに造られたから愛しているに過ぎず。
イヴはアダムのつがいに造られたから愛しているに過ぎず。
そこに燃えるような情、滾るような感慨は微塵も備わっていなかった。
囁く愛の言葉が、十日ごとに立ち戻るような日々。
全く同じ樹の実を、何日も何日も初めてのように驚く日々。
そこに自立や成長は認められなかった。
アダムとイヴは、神の人形であった。
完璧な人として造られただけの、被造物であった。
アスモデウスは、それを憐れんだ。
人の想い。心の機微。
それらはもっと、違うものではないかと。
もっともっと、二人の互いへの想いは熱いものではないのかと。
【神は間違っている。君は正しいよ】
蛇は告げた。
【恋や愛は、情熱と罪に彩られるべきだ。たとえ末路が惨たらしくとも】
彼女に説いた。
【誰かを好きになるのは、自分自身の想いだろう?】
その日、アスモデウスは罪人となった。
サタンを認可し、アダムとイヴは実を食べ罪を犯した。
アダムとイヴは、楽園から追放された。
神は激しく怒り、糾弾した。
イシューリエル、ゼポン、そしてアスモデウスの誰かが不始末の犠牲を払わなくてはならないと告げた。
イシューリエルは告げた。私は遠くにおり、蛇を見ていなかったと。
ゼポンは告げた。私は魚に話を聞いており、蛇を見なかったと。
アスモデウスは告げた。私こそが蛇を見つけ、認可したと。
アダムとイヴに、自由を齎してほしかったと。
せめて、日々の愛のささやきくらいは。毎日全く違う言葉を告げてほしかった。
無知蒙昧ではなく、一つしかない生命として神に扱ってほしかったと。
アスモデウスは裁きを受け、地獄に堕ちた。
アダムとイヴを誑かした色欲の悪魔として、貶められた。
彼女の抱く色欲の罪。
それは即ち、【人類に下劣な情愛を齎した】という大罪。
イシューリエルとゼポンは、それこそを告げていたのだ。
『アダムとイヴは神に魂を売った』
『だが、神はまだ満足しておられない』
『『故に私達は齎す。アダムとイヴに、永劫続く呪いと咎を』』
【だから彼女を苦しめるというの?馬鹿げているわ、貴方達】
アスモデウスは毅然と告げる。
【アダムとイヴを破滅させしは私の罪。楽園を追放されしはアダムとイヴの罪。その罪が、子孫に引き継がれる事などあり得ませんわ】
リッカの罪など、ありえないとアスモデウスは跳ね除ける。
【追放され、放浪し続けた相手にこうして執着し続ける。地獄に堕とされ幾星霜が経とうと、あの神の下劣な性根は変わっておりませんのね】
『『─────』』
【ソドムとゴモラを焼き払い、大洪水にて命を脅かす!【信じる者しか救わない】矮小な嫉みし者!いくら力を振るおうと──】
アスモデウスは、高らかに告げる。
【ケツの穴の小ささが!隠せておりませんわよ!!】
顔を紅潮させながら彼女は宣う。これは淫靡にときめいているのではなく照れである。
『此度の我等が介入は、アダムとイヴの子孫の浄化ではない』
【!】
だが、その返答は意外なもの。
『アダムとイヴは願った』
『楽園の帰参を』
【何を……】
『もう一度、あの楽園に返してほしい』
『苦しみのない日々に戻してほしい』
イシューリエルとゼポンは、アダムとイヴの願いを聞き及んでいた。
『もう労働なんてしたくない』
『もうアダムの顔色を伺いたくない』
【何を言いたいのです…!】
『働かなくて生きていきたい』
『夫の労力を、何の苦労もせず自分のものにしたい』
それは、神に告げた願いの数々。
『あぁ、楽園に帰りたい』
『あぁ、楽園に帰りたい』
『イヴが果実など食べなければ』
『アダムが私を止めてくれていたならば』
『私だけでも楽園に帰してほしい』
『私だけでも楽園に帰してほしい』
『『もう二度と、間違えることのない完璧でありたい──』』
【黙りなさいッ!!】
それをアスモデウスが遮る。
『聞いたか?アスモデウス?』
『聞いたか?アスモデウス?』
それを告げるイシューリエルとゼポンは。
『これがこの世界のアダムの願いだ』
『これがこの世界のイヴの願いだ』
『『このような愚かなる人間が、あの子孫と血を分けた親なのだ』』
この上なく。
アダムとイヴを、そしてリッカを。
────嗤っていたからだ。
【下衆な…!】
アスモデウスが魔法陣を展開する。
【アダムとイヴはまだしも…!巣立ち、一人立ち!今を懸命に生きる命たる彼女すら嘲笑うか!!】
それはアスモデウスの権能解放。地獄の満ち溢れるマナとエーテルを自身に纏わせ、不可避にして絶死の破滅となって突撃する奥義。
『我々は叶えるのだ、アスモデウス』
『あぁ。アダムとイヴの願いを叶えるのだ』
【!?】
『子々孫々に永遠の安寧を』
『終わることなき、永遠の楽園を』
『『出ること叶わぬ天獄を、子孫に』』
二人の天使は掻き消える。
『『愚かなる邪神と共に』』
【待ちなさい!!】
『『永遠に、楽園で貪った安寧を享受するがよい───』』
そして、満ちるは静寂。
【…………】
これは、慈悲であった。
敵意でなく、善意ですらあった。
しかし………
【……有り得ては、なりませんわ】
この夜は、アダムとイヴの遺志。
『アダムとイヴの子孫に、楽園の安寧を齎す』
それこそが…
あの天使達の、狙いなのだ。
アスモデウス【………どこまで】
【何処まで子の足を引っ張れば気が済みますの…?】
アスモデウスの呟きは…
静かに登る、朝日がもたらす朝焼けに消えていった。