人理を照らす、開闢の星・破章〜almighty,grail,war〜 作:札切 龍哦
(今日もぐっすり眠れた〜!夢にも異世界にも飛ばされないなんていつぶりかなぁ?)
リッカ「今日は西ブース回りだったかな?んー、楽しみ!」
(もし本当に何かあったら、多分アジーカとアンリが気付いてくれるだろうし…)
「このハワイでは思いっきり遊んではしゃいじゃうぞ〜!」
(私に何も伝わらないってことは、平和だって事だろうしね!)
「お母さーん!朝ごはん食べたーい!」
「…………」
先の夜明けより、戦いの夜はひとまず幕を下ろした。
天使と旧神の独善より来る悪辣な慈悲がこのハワイを蝕む中、とある邪神が、もう一人の邪神の娘を気に掛けていた。
【もう朝じゃ。お前さまの父も迎えに来るじゃろうしそう緊張するでない】
朝の茶を淹れるはハスター。黄衣を纏いし風の邪神。彼はとある邪神の娘を保護していた。
クトゥルフの娘、クティーラ或いはクトゥーラ。10代後半から二十代前半の見目を持つ、旧支配者の娘たるもの。
彼女は力を失ったクトゥルフに付き従い夜のハワイにて暗躍していたが、ハスターに目をかけられクトゥルフが離脱した際に取り残された。それにより、一時的にハスターが保護している形となる。
「…何故…」
【ん?】
「何故、あなたほどの偉大なる邪神がこのように世話を焼く…?あなたは、ニャルラトホテプやクトゥグアとは違う筈だ…」
お茶を受け取りながら、クトゥーラはハスターの行動を訝しむ。
ニャルラトホテプ。クトゥグア、ハスター。この三柱は外なる神々の中でも別格の者達だ。
ニャルラトホテプはアザトースの側近にして星占の邪神。天体における全てを翫ぶ悪意の神。
クトゥグアは宇宙の生ける炎。エントロピーを支配する宇宙的熱量の権化。ニャルラトホテプに討たれはしたが生物の天敵。
そしてこのハスターは風と黄衣の王。風とそれがもたらす全てを支配する者にして、数多の命を風の如くに吹き荒ばせるものだ。
「あなたは一切減衰しない神威を有する。その気になればカルデアなど支配は容易いはず。それがこのように、何故…?」
それが今、呑気にお茶などを淹れている。ハスターの意図を掴めず、そこには畏怖があった。
【んー、まぁわしは特段支配やら勢力争いやらに興味はなくてのぅ。誤解されがちじゃが、わし自身は誰も憎んでおらぬし統治や争いにも大して熱を入れとらんのよ】
彼自身も、また風のように自由気ままな神格であった。力を振るうも戦うも、その時必要ならばするに過ぎない。
【今は知己が、あの悪辣な邪智のニャルラトホテプが立派なパパさんやっとるのが愉快での。悪巧みなんぞしてる場合じゃないわい。なんだかんだで爺ポジション貰えちゃったしの。かかかっ】
ハスターとニャルラトホテプが、実質的に同盟を組んでいる。
敵対者にとってあまりに絶望的な状態に、歯向かう気力も無くしたのだろう。クトゥーラは従順であった。
【で、さっきの話じゃ。親が子に求めるは、無事に生誕を願うことのみ。わしにとってはそうなんじゃが…】
「……」
【お前さんに、お前さんらにとっては違うんかの?】
お茶ついでに和食を出され、いただきながらクトゥーラは告げる。
「私は、父クトゥルフに創造された。旧支配者の娘。統治者の跡継ぎ。世界を統べる女王たるものとしてだ」
【ふんふん】
「私の使命は、父と共に世界に君臨し支配すること。統治と支配、掌握のために製造、鋳造されたものだ。私には、そのように生まれた使命を賜った」
【なるほどのぅ。奴の娘とは対極じゃわい】
「親がそう望み、そう作った。ならばそう造られた私にはその使命に応える義務がある。それ以外の事は知らぬし、やるような機会も与えられなかった。私は、父クトゥルフに報いるために生を受けたのだ」
【本当にそれ以外は学ばなかったんか?】
「あぁ、そうだ。戦闘技術や学習はしかと受けてきた。それらは全て我等が世界に君臨し、支配し、手にするためのもの。私はクトゥルフの申し子にして、呼び声に応えるものなのだ!」
そう告げるクトゥーラ。
【だが……実際のところ、それだけじゃなくなってしもうたんじゃろ?】
「!」
【でなければ、クトゥルフにあんな提案をするはずがないわい。出歯亀は許せよ?風は全てを聞き及ぶのじゃ。かかっ】
ハスターは見ていた。クトゥーラが支配者とその娘ではなく、ただの父と娘として触れ合わんことを願っていたことを。
「それは……」
【カルデアというんは不思議な場所でのぅ。関わった全ての運命と風向きを変えてしまう。善き、心地よい方に。わしやニャルラトホテプ、クトゥグアもそうじゃ】
ハスターは笑う。愉快げに、不思議なもんじゃのぅと。
【無様に負けはした。だがカルデアの雑用の中で、或いは家族を見た中で、お前さんにも変化が起きたんじゃないかの?】
「…………」
【言うてみぃ。案ずるな、このじじぃは悪いようにはせんよ。ニャルラトホテプのように性根が腐っとらんて。かかかっ、まぁ今の奴はあまりに綺麗なジャイアンすぎるがの!】
好々爺なハスターの、春風のような空気に充てられ。ぽつぽつとクトゥーラは語りだす。
「…まず、感じたのは不思議という感情だった」
【おん?】
「ナイアの事だ。彼女は…ニャルラトホテプとは、血が繋がっていないと聞き及んでいる」
ナイアは、ニャルラトホテプの使徒や眷属というわけではない。ただ、彼がたまたま見出した路傍の孤児に過ぎなかった。
「当たり前の様に使い捨てられるもの。そうだと思っていた。だが…彼女は、あんなにも…」
あんなにも、愛されている。
当たり前のように共にあり、笑い合い、時間を過ごし、召し物を用意され、美味しいご飯を作ってもらえ、困難にも共に挑み。
血の繋がり以上の、絆がある。
「彼女だけじゃない。ニャルラトホテプが家族と呼ぶもの。誰もが血の繋がらぬ外様の者たちのはず。貴方も含め」
全て、血縁でも運命でもない。ニャルラトホテプがまつわる者たちに、血の繋がりは皆無だ。
「それなのに、私の目には…とても仲良そうに、見えたのだ」
仲良しそうに見えた。
とりとめない時間を、幸せに過ごす。そんな当たり前が、一瞬の刹那がなにより眩しげに見えた。
「………私は………」
言えない。それは言えないと口ごもる。
クトゥーラは細胞の一片に至るまで父に望まれた。
父に望まれた事こそが誇りであった。
そんな自分が、今口にしようとしていることは。
【言うてみぃ】
だが、その言葉を後押しするものがあった。ハスターの、安らかにして穏やかな後押し。
【誰も咎めやせん。むしろもっと自分勝手でいいんじゃて】
そんな彼の言葉に、邪神の甘い囁きに…。
「私は………」
彼女は、秘めていた想いを口にする。
「私は、私達には。そんな仲良しな思い出は…何もない…」
支配と野心、野望を夢見る毎日。
いつか来る支配の世界。君臨する夢を共に見続けてきた。
私には父しか要らず、父には私しか要らない。
そう思っていた。
それなのに。
「ナイアはクトゥグアすらも討ち果たした、グレートオールドワン・バスターとして不動の名声を得ている。邪神の娘としても、狩人としてももはや並ぶ者なき存在だ。…それに比べて、私はまだ…」
【ふんふん…】
「私はまだ、何も成せていないのだ。支配者の娘としてありながら、邪神の血統でありながら。彼女にあって私にないもの。それは何かと、私なりに考えて…」
それしか思い当たらなかった。
彼女には、暖かい陽だまりのような世界があって。
自分には、昏き闇のような野望しかない。
「あの娘のように、振る舞うことができたなら。そして、あの人間のように振る舞う事ができたなら…」
あの人間。
意思があれば、神とすら友誼を結ぶ。そんな、リッカのように振る舞えたら。
そう考えたクトゥーラは、父に告げていた。
それはまさに、大いなる一歩であっただろう。
父に与えられるだけであった人生から、自身が手にするべきものを考え出した。
それは、やがて精神的に不可欠な…
自立の一歩であると。
ハスター【かかかっ、そうかそうか。しっかり考えとるのぅ、立派じゃて】
クトゥーラ「そ、そうだろうか?」
ハスター【そうそう。箱入り娘にしては上出来じゃ。ふむ、それならば……。ダゴネット!】
ハスターが声掛けすると、影よりその者が現れる。
ダゴネット『はい、ハスター様。宮廷道化師ダゴネット、ここに』
ハスター【こやつに付き、ラヴィニアとアビゲイルと共に遊んでこい。楽しみ方を教えてやれ】
ダゴネット『はい、御心のままに』
クトゥーラ「な、何…?」
ハスター【せっかくのバカンスじゃ。探してこい】
【自分のしたいこと。なりたい自分ってやつをのぅ】
邪神の家族を繋ぐ風。
褐色の若者の見目たるハスターは、愉快げに笑みを浮かべた。