人理を照らす、開闢の星・破章〜almighty,grail,war〜 作:札切 龍哦
(は、ハスターめに狙われてはひとたまりもない…我はここで死ぬわけにはいかぬ。我が世、我が治世、我が世界を手にする為にも…)
【その為に娘を見捨てて一人遁走したわけか?】
(そ、そうだ!我を生かし、そして世が我等のものとなればあやつもきっと解ってくれる!そう、我等の志は一つ!そう教えた、そう育て、そう愛してきた!)
【故に、娘はきっと解ってくれると。それは本気で言っているのか?】
(そ、…そうだ。我等にとって個など些末だ、我等は共に我等の世界のために…、っ!?)
ニャルラトホテプ【………】
クトゥルフ【にゃ、ニャルラト…ホテプ!?】
ニャルラトホテプ【…お前から取れる情報はまだあるが…】
クトゥルフ『ひいっ!?』
【それ以上に、お前を生かしておく不愉快さが勝り始めてきたよ、クトゥルフ】
『ひ、ひぃいぃいぃ…!?』
ブースの裏、関係者のみが訪れられるバックヤード。そこにて、一つの存在が今脅かされようとしていた。
【─────】
片手でクトゥルフを締め上げているのは、ニャルラトホテプ。クトゥルフが光の力を集めているのは知っていたし、経過観察も行っていた。
しかし、彼が行った愚行。ハスターに娘を残し遁走した事実が、彼にはどうしても許せなかった。
【お前とクトゥーラ、互いに歪みは感じれど確かに家族の絆を感じてはいた。どう受胎したかは知らんが、確かにその血のつながりを感じてもいた】
左手にケイオスドライバーを握りながら、クトゥルフを締め上げる。その顔に表情はない。
【その繋がりは、恐怖に迫られあっさり手放すものだったのか?私の観察眼が劣っていたのかと赤っ恥をかかされた気分だ】
『ぐ、ぉお…ひぃい…』
【言い訳をしてみろ。理屈が分かるものなら、情状酌量をくれてやる。もしそれが下らんものなら、お前の理想はここで絶える】
冷ややかに言うニャルラトホテプ。
彼にとって、今の彼にとって『血縁』とは至宝だ。
どれほど願っても、娘たちには与えられず。
自身の血を引くものが、どれほど禍々しく悍ましくなるかを思わずにはいられない。
クトゥルフとクトゥーラ。彼にとっての至宝を持つ家族であり。
故にあの選択は、心よりの失望を招くものでもあった。
カルデアに利する、囮としてすらの役目を潰えさせる程に。
『お、お前に……お前に何が、わかるものか…!』
【…?】
『我が求めし力、威光…!神の座を自ら捨て去り塵のように扱う貴様に、我の何が分かるものか…!』
クトゥルフは血を吐くような声で応える。お前に何が分かるものかと。
『私は、支配者だ…!世を統治し、手にする資格のある神なのだ!本当ならば、本来ならば!それが今ではこの様に矮小に、卑小に堕ちている!僅かでも、僅かでも早私は戻りたいのだ!かつての姿に、力を取り戻したいのだ!』
【…】
『我が求めてやまぬ力を持つ、貴様やハスターに我の気持ちなど分かるものか、解ってたまるか!そして何より…!』
クトゥルフは叫ぶ。
『このような生き恥を、娘に晒す無様と屈辱が!貴様なんぞに解ってたまるものか…!!』
【何…?】
その様を見て、ニャルラトホテプは眉を眇める。
『アレは良い娘だ…。亡き我が妻が腹を痛めて産んだ我が子だ。妻が果てる時に、我が支配者の娘たれと育てた我が子クトゥーラだ…!』
血を吐くように、クトゥルフは独白する。
『アレは良い娘だ。父の理想を仰ぎ、父を尊敬し、母を悼み、そして健やかに育った…私を、父と。神と慕う心も有した。私にとって、世界を譲り渡すに相応しい相手として育ったのだ』
【……】
『だが、貴様の甘言に乗った我は全てを失った!力を失い、座を失い、威光を失い、矮小なる精霊以下の存在となった!眷属はおらず、信仰者も失い、ただ日々を生きるにも娘なくばままならぬ日々…!』
【それでも、娘は傍にいたのだろうが】
『あぁそうだ、傍にいた!貴様に分かるか!恥辱と生き恥を、娘に晒し続けなくば生きて行けぬ屈辱が!背中どころか、娘に寄生しなくば生きてもいけぬ我が惨めさがお前に分かるか!?』
娘はずっとクトゥルフを支えていた。
父こそはやがて支配者となる。父はいつか世界の全てを治める。
今は雌伏の時です。いつかきっと力を蓄え大いなる復活を果たすのです。
今はこの娘が支えます。ずっと共にありましょう。この世界をいつか、共に支配する日まで───。
『ハスターに…最悪の邪神を前に!命惜しさに逃げ出さなくてはならなかった私の惨めさが!私の情けなさがお前に分かるか!分かるはずがない!分かるはずがないのだ!』
本来の力があるならば、せめて娘だけでも逃がしただろう。
本来の力があるならば、せめて命を護りはしただろう。
だが、長らく惨めな生活をした魂は、腐ってしまっていた。
使命を、かつて娘と交わした約束を果たす。
死ねない。絶対に死ねない。娘と交わした夢を叶えるまでは。
だから。だから────
『私は娘より、自身を惜しんで逃げ出した愚者だ!貴様に言われずとも、私は親として、いや神として失格の落伍者だ!』
【…………………】
『親など、親などこんなものなのだニャルラトホテプ…!どれほどお題目を語ろうと!どれほど血の絆があろうと、過ごしてきた時間があろうと!【我が身が惜しければ容易く子すら差し出す】のだ!』
クトゥルフは血を吐くように告げる。そして…
『血の繋がりなど、関係ない…。お前は、絶対的な強者の側であるからこのような思いとは無縁なだけなのだ…』
その目には、涙が浮かんでいた。
『はは、惨めなものだ。例え雑魚に身を窶そうと、志だけは覇者たらんとし、そう娘に教え説いてきた筈だったのに、現実はこうだ。娘に、最早私は顔向けできん…』
家族の絆さえ、真の恐怖の前では意味などない。
それは、ニャルラトホテプとは奇しくも真逆の結論だ。
『娘から逃げ、野望から逃げ、後私は何から逃げようと言うのだ…?……もう、我は神を名乗るに値せん…』
ぐったりと、ニャルラトホテプの腕の中で項垂れる。
『……ああ、お前にとってはこの結論は忌むべきものであったのか』
【…………】
『血の絆なぞ、恐怖の前にはなんら意味が無い。図らずとも、お前の前で証明してしまった訳だな』
クトゥルフはそれでも邪神として、ニャルラトホテプを嗤った。
それはニャルラトホテプと、哀れな自身に向けられたものか。
『さぁ…殺すならば殺せ、ニャルラトホテプ。ほんの一捻りで、我は滅びよう』
クトゥルフは、ニャルラトホテプに告げる。
『我は復活を諦めん。生きている限りな。カルデアへの裏切りを咎めるなら、私はここで殺しておくべきだ』
【……………】
『もう……私は疲れた……。恥に恥を、上塗りする生にな…お前の手で、終わらせてくれ…』
ニャルラトホテプが、腕を振り上げる。
『……この様な言葉を遺すのは、甚だ筋違いだと解っているが…』
【……なんだ?】
『……娘を……引き取ってはくれまいか。我と違い、アレはカルデアも、お前達も気に入っているようだ…』
クトゥルフは見ていた。カルデアのどんな雑事にも、どんな些事にも全力で取り組むクトゥーラの姿を。
『繰り返し繰り返し、我が教育を刷り込んだが故に世間知らずではあるが……、妻に似て、美しい娘なのだ…』
ピクリ、と、ニャルラトホテプの指が動いた。
『いい加減親離れを……、いいや、違うな。いい加減、我は子離れをしなくてはならん…』
【子離れ、か…】
『そうだとも。いい加減、この様な情けない父からは離れるべきだ。我とは違い……彼女は、光の中で生きられる人間なのだから…』
クトゥルフの妻は、信徒から捧げられた人間であった。
美しく、そして敬虔であり、そして正気を喪っていた。
クトゥルフが齎す冒涜的な世界を、心から信じていた。
不治の病で余命幾ばくもない中、クトゥルフとの子を授かった。
私は長くは生きられません。ですので貴方様に、私の血と、遺伝子と、子を捧げます。
貴方様の目指す世界に、どうかこの子を。
どうか、不平等や理不尽の無き世界をお作りください。
愛しております。偉大なる支配者。私のあなた。
そう告げ、子と引き換えに妻は逝った。
なんの憂いもなき、安らかな死に顔だった。
愛するものと子を成し、愛に満ち溢れた死出の旅路だった。
『私はあやつの下には行けぬが…』
【……】
『どうかあやつは、妻にたくさんの土産話ができるようようにしてやってくれ…』
【─────】
ニャルラトホテプは何も答えず…
【────!!】
その手を、振り下ろした。
『────、────…!?』
……しかし。
ニャルラトホテプ【………】
ニャルラトホテプは、クトゥルフを殺さなかった。
クトゥルフ『…!な、何故だ!何故殺さぬ!』
ニャルラトホテプ【…貴様にとって、死は救いになる】
邪神は、嘲笑った。
【私が救いなどを齎すと思うのか?貴様は死にすら値しない。娘に、世界に、亡くした妻に。永劫無様を晒し続けろ】
クトゥルフ『き、貴様……!』
【娘と共に何度でも挑みに来い。その度に、貴様に敗北と屈辱を味わわせてやる。支配者たる末路を、何度でもな】
クトゥルフ『ニャルラトホテプ、貴様は……!』
それは邪神として、ニャルラトホテプとしての嘲笑の仮面。
だが………
【─────……もっと】
『!』
【もっと、ちゃんと…娘と向き合ってみろよ、クトゥルフ】
その仮面は…
最早見る影も無いほどに、ボロボロに劣化していた。
クトゥルフ『!馬鹿な…馬鹿なっ!今更、今更何を…!』
クトゥルフは地に伏せる。
クトゥルフ『殺せ!殺してくれニャルラトホテプ!私は、私は最早…!』
ニャルラトホテプ【………】
クトゥルフの言葉に、背を向けるニャルラトホテプ。
クトゥルフ『私は最早、どうすればよいか分からぬのだ───!』
その言葉に、彼が応えることはない。
ただ……。
ニャルラトホテプ【……お前は、いくらでもやり直せるさ】
血の繋がりが、そんな脆弱だとは認めない。
【血の繋がった、娘がいるのだから】
その背中は、血と繋がりへの…
嘆願にも似た、信頼と希望が滲んでいた。