人理を照らす、開闢の星・破章〜almighty,grail,war〜   作:札切 龍哦

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ベンチ

クトゥルフ「……人間の姿を、取ってみたはよいものの。今の我に何ができるという…」

(まさか、支配すべき相手となるまでに侮った奴原にまで落ち果てるとは。我も最早見る影なし、か)

「…クトゥーラは、ハスターに囚われたか。カルデア在住である事を信ずる他ないが…」

(見れば、子連れや家族も数多いるではないか。…我はクトゥーラと、団欒など…)

「皮肉にも、カルデアでしかしたことが無かったか…」

?「あ、あの…」

「ん…?」

まゐ「すみません。なんだか気分が優れないように見えて…大丈夫ですか?」

「お前は…?」

「私はまゐ。紫乃宮まゐと言います。もし良かったら…お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


あなたにはまだ、出来ることがあるはず

「そう、でしたか。御家庭の…娘さんとのコミュニケーションが上手く行かず、落ち込んでいたと…」

 

ベンチにて凹んでいたクトゥルフは、とある女性…『バトルスピリッツ』ブースを運営していた女性、まゐに声をかけられる。

 

世界を巡り支援を行う彼女からしてみれば、楽しい空間に穴を穿ったような沈痛な雰囲気を、見逃す事は出来なかったのだろう。クトゥルフの隣に座り、彼の言葉を聞き及んでいた。

 

「あぁ。我が娘は、亡くなった妻が命と引き換えに産んだ一粒種。やつこそを支配者の後継とする為に、様々な教育を施してきた。それこそが我の、そして妻の望みにして願いと信じていたからだ」

 

「それは、ご立派だと思います。男手で娘さんを育てるなんて…」

 

「しかし、我はただ育てるばかりであり、娘の事を導いてはいなかった。家族の交流ではなく、自らの背中を見せつけるばかりで…ヤツに楽しい思い出を与えることはせなんだ」

 

クトゥルフは見やる。手を繋ぎ、楽しげに歩む者達。当たり前の家族を。

 

「今の私は、見せるべき背中もなくなった。娘を置いて我が身可愛さに逃げ去った身だ。このような体たらくで、何故娘の元へと向かえよう」

 

「そうだったんですか…」

 

「あぁ、顔向けできぬ、面目が無いとはまさにこの事よ。我は最早どのように娘と会えばよいのか。娘とどのように触れ合えばいいのかすら分からぬ」

 

支配者の覇気はない。あるのはただ、沈痛な面持ち。

 

「当たり前の家族ではなく、覇者と従者と並び育てた。娘として、当たり前の接し方も今更できぬ。ならば最早、我はヤツの親ですらも…」

 

「あの!」

 

クトゥルフの嘆きを、まゐは遮った。

 

「よかったら、これを食べてみてください」

 

そして、クトゥルフにとあるものを差し出す。

 

「これは…?」

 

容器に入った、鼻をくすぐる匂いをもたらす食べ物。

 

「カレーです。私が作れるもので、神座ブースの第六天・波旬さんの監修も受けて改良したものです」

 

「カレー…」

 

「一先ず、お腹をいっぱいにしましょう。辛い気持ちは、お腹が満たされたら薄くなったりするものですから」

 

まゐに勧められるまま、クトゥルフはスプーンを手にする。

 

(思えば、食事をした記憶も無かったか…)

 

そして一口、カレーを口にした瞬間──

 

「────!!」

 

まろやかな味わいと、ご飯に完璧に調和したカレーの辛味。

 

じんわりと残る後味に、辛くありながらも決して暴力的ではなく自然と次の一口を誘惑するかのような絶妙なバランス。

 

全並行世界を掌握し表す卍曼荼羅・無量大数のような覇なる辛みと、平和と慈愛の甘みが完璧に調和したまさに奇跡のような味わい。

 

「美味い──」

 

美味い。それはあまりに美味すぎた。

 

そして同時に思い出す。

 

亡き妻が、供物と称して創り上げた料理の数々。

 

腹を擦り、この娘にも食べさせてあげたいと言祝いでいた日々を。

 

「あまりにも、美味く。尊い……」

 

自然と涙すら溢れていた。まさに神の領域にあるカレーだ。

 

「良かった…!実は私もこの領域は中々、当分出せないんですけど…それでも、良かったです!」

 

まゐは笑った。どんな手段でも、自身は誰かの笑顔を護れた。

 

そんな、優しい微笑みだった。

 

「あの、差し出がましくはあるのですが…私が思ったことを、お伝えさせてください」

 

そして、面を正して向き合い告げる。

 

「娘さんと、しっかりお話するべきだと思います。体面や見栄は、ひとまず置いておいてでも」

 

「貴様…」

 

「話せる場所にいるのなら、届く場所にいるのなら。迷いなく相談して、話し合って、分かり合うまで向き合うべきだと思うんです。じゃないと、必ず後悔する。絶対に」

 

まゐの目は、優しさの中に宿る強さがある。クトゥルフは、それに射抜かれた。

 

「きっと分かりあえるはずです。私の、直感になっちゃいますけど…娘さんやお嫁さんの事、そんなに大切そうに言葉にできるあなたなら、きっとできると思ったんです」

 

「あやつらの…」

 

「絶対にけんかしない親子なんてありえません。ぶつかって、すれ違って、でもまた美味しいものを食べて仲直りして…きっと、家族はそういうものだと思うんです」

 

そして、あなたもそんな家族なはずだと。

 

「私は世界で色んな人を見てきました。だから分かるんです。あなたは、真摯に娘さんと向き合っているって」

 

色んな人、というのは様々だ。

 

子を身売りし金を得るもの。

 

子を使い、財を搾取するもの。

 

子を捨てるもの。

 

だからこそ、クトゥルフの事はわかる。信頼できる。

 

「えっと、リッカちゃんって知ってますか?カルデアのマスターで…」

 

「藤丸、龍華…」

 

「はい!あの子も、とても順風満帆な半生ではありませんでした。でもあの子は人を信じ、誰かを信じ、愛を捨てず、勇気をもって自分から逃げなかった。代わってもいい、逃げても誰も文句は言わなかったはずなのに」

 

だから、とまゐは告げる。

 

「まだ大人の年齢ですらない子が頑張っているんです。私達も、まだ頑張れると思いませんか?」

 

「……」

 

彼女は人間だ。人間の筈だ。

 

だが、その言葉を妄言、戯言とは片付けられなかった。

 

その言霊には、確信と実感と、確かな信念があった。

 

それは常にクトゥーラに告げていたもの。

 

『信念ある言霊を宿せ』

 

それを、体現していたのだ。

 

「あ、その。宣伝みたいになっちゃうんですけど…もし良かったら、これを」

 

そしてまゐは、クトゥルフにとあるものを手渡す。

 

「これは…」

 

それは、カードデッキ。カードゲームに使うものであり、スターターセット。

 

「カードゲームは、やっぱりとっつきやすいと思うんです。もし良かったら、私と彼が設営している『バトルスピリッツ』ブースに来てみてください」

 

「バトル、スピリッツ…」

 

「はい!私の彼、じゃない私と彼が初心者さんにもわかり易く説明するコーナーもありますから、きっと楽しんでもらえるはずです。娘さんとの仲直りのきっかけにも、是非遊びに来てください」

 

そう告げ、ぎゅっとデッキを握らせる。

 

「…………」

 

邪神として、そして人間として長らく感じなかった感情。

 

親切心を確かに感じたクトゥルフは、頷く。

 

「解った…娘と共に、必ずや向かおうぞ。その、バトルスピリッツとやらにな」

 

「はい!お待ちしていますね!」

 

そして、クトゥルフに覇気が戻った事を確認しまゐは立ち上がる。

 

「長々と、突然すみませんでした。どうか娘さんとうまく仲直りしてくださいね!」

 

「あぁ…」

 

「あ、カレーのおかわりが欲しい時はバトルスピリッツブースか、神座パンテオンブースに行ってみてください!パンテオンブースは本当におすすめですから!カレー的な意味で!」

 

それでは!そう告げ、まゐと名乗る女性は去って行った。

 

クトゥルフは、渡されたカードデッキとカレーの残り香を見やり、思う。

 

「…まだ、出来ることはある。そう、言いたいのだな」

 

思えば、妻がしていた料理も、こういった遊びも自身がしてやろうと思った事は無かった。

 

妻がしていた事を、自身がしてやる事もないと思っていたが故か。

 

だが、いまの自身には恥も外聞もない。

 

ならば、きっと。

 

妻や女子供がするべきような、家事や料理などもできるだろう。

 

それに、渡されたカードのような児戯や戯れも…彼女にはきっと良き刺激となるはずだ。

 

「……ニャルラトホテプ…」

 

もっとちゃんと、娘と向き合ってみろよ。

 

そう告げたヤツは、最早邪神などではない。

 

子と妻を、家族を愛し、

 

それを壊し続けた罪に苛まれながら、

 

それでも他者を慮る…

 

ままならぬ、人間そのものであったのだ。

 

「……」

 

そしてクトゥルフは…立ち上がる。

 

見つめていたのは地ではなく…

 

確かに広がる、空であった。

 




パンテオンブース・カレーショップ・天狗道

波旬『いらっしゃい!おや…?』

クトゥルフ「……」

波旬『フフ…さ、ご注文を』

クトゥルフ「この、カレーをだな…」

波旬『任せてくれ、さぁ出来たぞ』

クトゥルフ「………む、娘と」

波旬『うむ』

クトゥルフ「娘と来る為に…視察をだな…」

波旬『そうか、そうか』

クトゥルフ「……!」

波旬『どうだ?俺のカレーはうまいか?』

クトゥルフ「……あぁ、美味い…」

「必ず、娘に…食べさせてやろう…」

波旬『待っているぞ。人であろうと神であろうと』

『俺のカレーは、無量大数の人に届くのだから!』

クトゥルフの、一人の父親の奮闘はようやく幕を開ける。

そしてゆっくりと…

日は、傾き始めていた。
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