人理を照らす、開闢の星・破章〜almighty,grail,war〜 作:札切 龍哦
武蔵「!」
彦斎「貴女の空位、確かに極みの一つ。だけど──位とは、人理の英雄が歴史に刻み込むもの」
武蔵「───まさか…」
彦斎「───そう」
彦斎が、ゆっくりと刃を抜き、掌で刃を掴む。
「私にもある。至った…いいえ」
掌が斬れ、刃が血に染まりし刹那──
「至ってしまった位──最低最悪の位が」
砂浜の、周囲全てが。
「────【絶位】、開帳」
黄泉の如き、漆黒に染まった。
「ッ─────」
武蔵は、全身に突き刺さるような戦慄を覚えた。
彼女とて、幾度の死合と死線を潜り抜けし剣豪。窮地に至り、死を覚悟し、また恐怖を感じた事も一度や二度ではない。
だが、彦斎の齎したもの。刃を手にし、鮮血と共に開帳した【それ】は、彼女の体験した全てを染め上げ、塗り上げて余りあるものであった。
【アアアアアアアアアア──────】
抜き放たれていく刀と共に、彦斎の背後に穴が穿たれる。
闇よりも昏きその孔より、ずるり、ずるりと異形の者が溢れ出るように現れる。
それは、美女であることを伺い知れる風貌ではあるがあまりにも痛ましいもの。肌は焼け爛れ、黒くつややかであろう髪は悍ましく傷んでおり、顔は血走った眼だけが垣間見える。
【アアアアア───────】
声とも呻きとも知れぬその音を放ち、宮本武蔵の仁王の如くに彦斎の傍に現れし【それ】。
【神仏を降ろすのは、そちらの専売特許じゃない】
やがて掌を切り払い、白き刃が鮮血に染まる。それを合図に、現れた異形の存在は彦斎に降ろされる。
「貴女──それは。その女神は、まさか…!」
それは、絶位のカタチの具現。
遍く全てを断ち切り、永劫に離し無に返す。
それは、人を活かす剣とは対極にあるもの。
彦斎は斬り続けた。ひたすらに、何もかもを斬り続けた。
それがやがて【斬る】という事象…神威を断つまでの領域に至るまでになった時。
それは、繋がってしまったのだ。この世界ではない、日本最初に【断絶】した領域、その位へと。
「イザナミ……イザナミノ、ミコト───!!」
楽園カルデアの、慈悲深き大母ではない。異聞帯の、怒りに狂った妻でもない。
黄泉の女王となった、生きとし生けるものを招く死と呪いの女神。
日本において初めて【離婚】という【断絶】をもたらしたもの。【千の命を殺す】という断絶の呪詛を齎したもの。
愛する夫と、永劫に分け放たれたもの。彦斎の位の、守護女神。
「南無、天満大自在天神──!!」
武蔵は二の句も告げず、最大限の迎撃態勢を取った。
【アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア───!!!】
絶叫する、絶位の守護女神イザナミノミコト。
かの女神は、地獄が生まれる遥か前の存在。
かの女神は、閻魔が死ぬ遥か前の存在。
彼女を裁ける法は無く、彼女が至る常世はどこにもない。
原初の女神ティアマト、祖龍ミラアンセスと同じ格を持つ女神であり、ティアマトと並んで最もカルデアを苦しめたもの。
イザナミノミコトの異聞帯は、こちらに伊邪那美命がいてくれたから突破できたようなもの。
もしそれが、刃となりて振るわれたのであれば。
確実に『彦斎を殺さねば』。
その断絶の刃は───世界の全てを。
「仁王、────倶利伽羅!!」
やがて、同じ位にあるリッカを断ち切るだろう。
彼女はここに来て、マスターにして最大の同志である彼女、リッカの為に。
(殺す──殺さなくちゃ未来はない───!)
彦斎を、断ち切る覚悟を決めたのだ。
『────────!!』
【オオオオオオオオオオオオ!!】
四本腕の仁王と、黄泉の女神であるイザナミが向かい合う。
辺りは早朝であり、人がいないが幸いした。
そこは最早、神域に等しい領域であった。
命を奪い、死をもたらす領域…黄泉に等しく。
【空位、宮本武蔵。───縁を、業を、望みを断ち、無謬に還す】
彦斎の言葉と共に、黄泉の瘴気が全て彼女の刃に集められ染め上げられる。刃は黒く、その目は最早虚が如き色に。
「なるたけ長く斬り合いたかったですが──ニコニコ笑っていない伊邪那美命はこの世にあってはならぬ大怨霊にして大神!すぐさま黄泉に送り返さなくてはなりません!」
闘気と共に、武蔵の刃に空の刃、零の剣が宿る。彼女の友誼や遊興を取り払ったまさしく全身全霊。
「立ち去れ、黄泉の女神よ!!こちらには既に愛らしくおっちょこちょいなお祖母様なる伊邪那美命ぞおわす高天原ぞあり!黄泉の漆は願い下げ!!」
剣豪、抜刀。その渾身の一刀にて叩き伏せんと構える。
「いざや来い、河上彦斎!!あなたはどうやら、この世界にいていい存在では無かったようです!!」
【知れたこと。私を結ぶ縁などそうはないのだから…!】
放たれる、必殺の剣技。
「伊舎那─────!!」
放たれる、断絶の居合。
【抜刀・神威…冥府魔道────】
『オオオオオオオオオオオオオオ!!』
【アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!】
吠え猛る仁王、慟哭する女神。
「大!天!!象────!!!」
【黄泉比良坂─────!!】
仁王の一刀にて、その余波を受けた海が荒れ狂う。
黄泉の気質の絶刀の居合により、暗雲が即座に天を覆う。
二つの位。二つの極み。比類なき、刀剣における極致にて最奥。
振り下ろされた空の刃は、確実に斬るべきものを斬る零の刃。
抜き放たれた絶の刃は、遍く全てを断ち切り永劫の無へと還す断絶の刃。
ぶつかり合えば、必ずどちらかが死ぬ。空位か、絶位か。残るは一つ。
零に至る空の刃か。
全てを断ち切る絶の刃か。
生き残るは、たった一人。
そう────
「ちょーーーっと待ったーーーーッッッ!!」
その不条理を、覆すが如く。
「おっ!?」
【なっ────】
空から、天空から降り注げし『雷霆』が。二人の間に割って入った。
それは天空より放たれし、眩く落とされし稲妻にして雷光。
それが、仁王と女神の間に割って入ったのだ。
「二人とも、そこまで!!」
当然、その刃を───否、手に刀と矛を持ち割って入ったのは一人しかいない。
仁王の刃を『矢の導きによる八雷の斬撃』で押し留めし右手。
黄泉の瘴気を『清廉極まる神の御霊』にて押し留めし左手。
【────!!】
そして、仁王と女神を抑え込む『天空神』にして『雷神』の極致たる存在。最も強く、功罪に満ちた者。
──ゼウス。彼女の背後に現れしその天空神が、完全に二柱の力を押し留めていたのだった。
【これは──この速さは───】
リッカのその瞬身、神速には確かな確信を齎す。それはあらゆる全てを抜き去り、己が刃を届かせる最速にして神速の位。
【『雷位』────!!】
「─────」
【リッカ…あなたが、そうだったなんて……】
だが、それよりも衝撃な事が彦斎には存在していた。
【雷位継承者が、神を象るだなんて…。そんな事が……】
雷位とは、神を制した位にして神を辱めた位である。
雷を斬った。人間の手により雷を物理現象に貶めたその功績は、また全ての雷神達の怒と不興を買ってしまった。
始祖、立花道雪より後に雷位を目指し、また開眼したものは幾らかいる。
しかしそれらが、極める前の段階で全て【落雷】により命を落としている。
雷神達を制し、雷神達に疎まれ、憎まれし位。
神の加護など受けようもない位。
しかし、リッカは…目の前の少女は神の力を借りている。
しかも、それは世界で最も強く、有名で、偉大とされる雷神。
ゼウス──天空神にして雷神の力が、なんと彼女に宿っている。
そして──その力は、不思議な事に女性の姿をも幻視させる。
まるでリッカを、優しく包み護っているかのような。それこそ『母』のように…。
【────娘よ】
【!!】
その時、リッカの目が蒼く輝き、低き男性の声が響く。
【冥府、幽谷の力を振るうには汝はまだ未熟。肉を落とし、腑を掻き出すには早かろう】
【あなた…】
【言の葉を紡ぎ、尽くすが良い。案外にも、刃を振るう以外にも道はあるものだ──】
リッカの姿を借りた、何者かの言葉。
【………色々、聞きたいことが出来た】
そして、リッカが振るう位。
「とりあえず…何か奢って」
「おうとも!」
それが…
淀んでいた彦斎の目を、正気に戻したのであった。
先刻
ゼウス『なんかエライことになってるね』
リッカ(あれ!?ゼウスさん!?)
ゼウス『そう、ゼウス。リッカちゃん、此処はいっちょ雷位で止めちゃいなよ』
リッカ(い、いいの!?)
ゼウス『勿論。本来雷位なんて名乗るやつは殺すんだけど、リッカちゃんは特別』
(特別…?)
ゼウス『その力を尊重し、忌避し、敬ってきた。雷位なんてムカつく渾名を、君なら掲げてもいいと思えるくらいに。私だけじゃない、雷神の皆もそうだよ』
(そうなんだ…!それは凄く嬉しい!)
ゼウス(あの二人に割って入れるのはこのゼウスくらいしかいないね。ささ、雷神の力を振るって割り込みなさい、今日は特別にゼウスおじいちゃんが一肌脱ごう!)
(ありがとう!ゼウス様!!)
ゼウス(……流石に夜に私の部屋で一肌脱いでねは言わない空気の読めるゼウスなのであった)