登場ライバー
尾丸ポルカ 水宮枢 白上フブキ 百鬼あやめ 大神ミオ
PM4:00
俺は
「ポルカ、帰ったぞ。」
俺の声を聞きポルカは慌てて顔を上げる。
「はっ、はいぃッ!何かご用で……って、店長?帰って来てたんですか?」
「ああ。悪いな、急に店の事全部任せちまって。」
「いっ、いえいえ。今日は大して忙しくなかったんで、全然大丈夫でしたよ。」
「そうか、良かったよ。」
すると、ポルカは少しもじもじしながら俺の方へ歩いて来る。
「はい…それで……実はポルカからお願いといか……お誘いがありまして………。」
「ん?……何だ?」
「その…夏祭り……一緒に行けないかなー、なんて………。」
ポルカは視線を逸らしてそう告げる。
「祭り……何時だ?」
「ちょっ、丁度2週間後です……。」
「…誘うの早くねえか?後なんでそんな時期に祭りやるんだよ。」
2週間後と言うと中学や高校は既に夏休みが終わって2週間後辺り…つまり今日は中学高校生の夏休み最終日間近なのである。
「いやぁ……早めに予約しといたほうが良いかなーって。」
「そうか…別に良いぞ。臨時休業って事にしておけばな。」
「本当ですか⁉︎じゃあ2週間後の午後5時ぐらいに来ますね!」
「ああ、分かった。………何か飲むか?簡単な物だったら淹れられるぞ。それかジュースでも奢るか?」
俺の発言を聞くポルカは少し困惑しているようだった。
「……何かあったんですか?」
「まー、あれだ。いつもありがとうってやつだ。」
するとポルカの顔が一気に赤く染まる。
「へ⁉︎……どっ、どう…いたしまして………。」
「それで?結局何か飲むのか?」
「…ちょっと暑いんで……アイスコーヒーお願いします。」
「了解。準備するから2階上がれ。」
ポルカは2階に上がるとカウンター席に座る。俺は厨房に入り、タンブラーを棚から取り出しその中に氷を6つ程落とす。続いて作り置きのアイスコーヒーを冷蔵庫から引っ張り出すとこれまたタンブラーの中に並々まで注ぎ落とす。
ついででショーケースをチラ見すると、偶然にもチーズケーキが残っていた。それを取り出し皿に乗っけると、俺はコースターの上に置いたアイスコーヒーと共にポルカへ差し出した。
「はい。注文のアイスコーヒーとチーズケーキ。」
それを見たポルカは少し困惑した表情を浮かべる。
「え…チーズケーキ頼んでないですけど……良いんですか?」
「おう。偶然残ってたからな、折角だし食べろ。」
『じゃあ、お言葉に甘えて。』と言ってポルカはフォークの歯の側面をチーズケーキに突き立てるがそこで手を止め、一向に切ろうとしない。
「どうした?」
俺がそう聞くと、ポルカは目を泳がせながら視線をチーズケーキから俺に移す。
「店長…そっ、その……あっ、あーんとかしてくれたり……。」
「駄目だ。却下。」
「そこを何とか……お願いします。」
「……はあ、分かったよ。」
ラミィの時も思ったが、押しに弱いことを我ながらに痛感する。
俺はポルカからフォークを受け取る。フォークの歯の側面を使いチーズケーキを一口大の大きさに切って、それをフォークの歯に刺すとそれをポルカに向ける。
だがそれでもポルカは一向に食べず、何かを訴える様な懇願している様な目で俺を見る。俺は諦めて『あーん。』と溜息混じりに言うと、漸くポルカは目を閉じ口を開けてこちらに顔を寄せチーズケーキを口にした。
「……上手いか?」
「………はい、美味しいです。」
ポルカは若干俯きながら頷く。その直後、1階のカウンターに置いてある呼び鈴が鳴る。
「良かったよ……じゃあ俺仕事して来るから、食べててくれ。」
俺は1階に降りて行った。
「何やってんだよポルカのバカ!バカバカバカ………。」
ポルカはそう叫びながら
確かめなくても分かる、顔が熱い。頼さんが『いつもありがとう。』なんて言うから調子に乗ってしまった……嬉しかった、確かに嬉しかったけどそれよりも圧倒的な羞恥心がポルカの心を蝕む。
「けど、絶対変だったよね……今日の頼さん。」
お昼頃、急にお店をポルカに任せて出て行ってしまった。1人でお店を回すのは本当に大変だった。文句ぐらいなら言っても許されると思うし、実際言うつもりだった。
でも、頼さんを目の前にしたらそんな事を言う気も失せてしまった。ぶっちゃけ、頼さんに『あーん』をしてもらった事の方が精神的にはよっぽど疲れてると思う。
「夏祭り………絶対告白してやるからな。」
ポルカはそんな決意を固めチーズケーキを食べ進める。告白なんて大それた事よりもまずは頼さんの事を名前で呼べるようになりたい。そんな事も切に願いながら。
ポルカは使った皿やグラスを流しに置き『これで上がります。』と言って帰って行った。
俺もそれらを洗い終えると3階へ上がった。シャワーを軽く浴びて動きやすい服に着替えると寝室へ向かった。
寝室に着くと勢いよくベッドに倒れる。疲れたのだ。久々に正爾と全力で闘ったし、吐血もしたし、魔力も底を突きかけた。
俺はベッドの枕側の棚に一応置いてある時計に目をやると『18:30』と表示されていた。それを確認した直後、その時計の横に飾られている写真立てに自然と視線が吸い込まれる。
そこに写っているのは神社をバックにピースをする俺と正爾…そして彼奴だ。以前ポルカに言われた通り、彼奴が写っている場所だけに靄が掛かっている。
「……必ずお前を迎えに行く。お前の最愛の男と一緒にな。それと…俺にも聞きたい事がある。だから…その耳長くして待っとけ。」
俺は頭を枕に預け瞼を閉じた。
数時間後、完全に寝静まった家の中に突如として呼び鈴の音が木霊する。
「ん?…やべっ、寝てた。今何時だ……?」
俺は枕元に放り投げられていたスマホを手に取り起動する。まだボヤけ気味の視界を瞼を擦る事で正常化させると己の脳内に『22:40』という数字が飛び込んできた。
「嘘だろ……完ッ全に寝ちまったッ!」
その衝撃で一気に脳が覚醒する。ベッドから飛び降りてフード付きのジャケットを羽織るとそのままダッシュで玄関へ向かう。靴を履き、突撃する様に玄関扉の取っ手を掴んで外へ出ようとしたが玄関扉が開かれる事はなく、俺は扉に激突した。
鍵が掛かっていたのである。防犯意識がしっかりしてる己に賞賛と呪詛をばら撒きつつ、今度こそはという意気込みを持って俺は鍵に手を掛け左に回し開錠する。そして勢い良く扉を開けながら突撃する。
前回の反省は見事に活かされ扉が開く。だがそれも一瞬で終わり扉はそれ以上開かなくなる。俺は扉に額を思いっ切りぶつけた。
「……チッ、ああもうッ!」
扉の鍵に加えドアチェーンが掛かっていたのである。もう本当に勘弁してくれ……。
この仕打ちに俺は家を出る直前とは思えない疲労を感じながらも、ドアチェーンを外し今度はゆっくりとドアを開ける。何の変哲もないその開き心地に俺は何処にぶつけて良いのかも分からない怒りを覚える。
「……悪い…完全に寝落ちした。」
俺がそう言う先には、少し顔を歪めた正爾が立っていた。
PM4:15
俺は我が家に着くと玄関扉を開けて玄関の中に入る。靴を脱いで脇に揃え『帰ったぞー。』などと言いながら廊下を歩いて行く。
「あ!ようやく帰ってきた⋯もう!どこに行ってたのお兄ちゃん!」
2階に繋がる階段から降りてきた枢はそんな事を言いながらトコトコとこちらに歩いてくる。頬を膨らませながらこちらを睨んで来る辺り、分かりやすく怒っているようだ。事の経緯を話しても騒がれるが、かと言って適当にボヤかせばコイツはそれに気付いてより深くまで追求してくる⋯悩んだ結果俺は話題を180度変えることにした。
「ちょっと散歩だ⋯それよりも疲れたからシャワー浴びさせてくれ。」
「だから散歩ってどこ「夜何だ?」え?⋯⋯確か⋯お母さんは煮魚って言ってた気がするけど⋯⋯⋯。」
コイツは家以外で両親を呼ぶ時は『パパン』や『ママン』などとよく分からない呼び方をする。その事をコイツに問いただしたらかなり不機嫌になってしまったので今回は無視して話を進める。
「そうか。父さんは何時帰って来る?」
「お父さん?⋯⋯今日は割と早いって言ってたから8時ぐらいじゃない?」
「分かった。じゃあ久々に4人全員で夜食べようぜ。」
俺の発言を聞いて枢は訝しんだ目で俺を見てくる。
「⋯⋯散歩中に頭でも打った?」
「別になんでもねえよ。最近一緒に食ってなかったからな、偶には良いんじゃねえかと思っただけだ。」
「それ主にお兄ちゃんが部屋に籠もっちゃってるからなんだけど⋯⋯⋯。」
「しゃーねえだろ、研究職なんだから。」
すると枢は少し拗ねたような表情をする。
「そうだけどさー。せっかく家族みんなで同じ家に住んでるんだからできる限り一緒に食べようよー。」
「⋯⋯そうだな。誰かさんの所為で俺が一向に1人暮らしできねえお陰で家族全員居るもんな。」
俺がそう言うと、枢はムスッとした顔をする。
「しょうがなくない?だって寂しいんだもん。」
「⋯⋯⋯シャワー浴びてくるわ。」
まさかの開き直りに呆れた俺は、着替えを持って風呂場へ向かった。
『4人全員で夜食べようぜ。』⋯こんな事を言ったのは最後の晩餐と俺が捉えてしまったからなのかも知れない。
夕食を食べ終え一息付きたかった俺はベランダに出て夜の風景を眺めていた。そこに喧しい奴が乱入してくる。
「お兄ちゃん何して⋯まさかタバコ吸おうとしてないよね!?」
「吸わねえよ⋯⋯つーか別に俺が吸ってもそれは良くねえか?」
「ダメだよ!タバコを吸うと寿命が縮むってお母さんが言ってたもん!」
枢がそこまでタバコを毛嫌いしているのは、母さんが『長生きして欲しいから』という理由で何時も父さんに対し口酸っぱく注意しているのを見ているからだ。
「それは相手が父さんだから言ってるだけで俺からすれば誤差だろ。」
「それでもダメなものはダメ。」
俺は諦め混じりの溜息を付く。
「そうかよ⋯⋯母さんも過保護だよな。」
「仕方ないんじゃない?⋯それにお父さんに長生きして欲しいのはすぅたちも一緒だし。」
どれだけ運が良くても俺たち家族は後3、40年もすれば絶対に1人が欠けてしまう。それはこの中の誰にとっても嫌なことだった。それでも避けることはできない。
俺の固有魔法は発動している間、四肢などの殆どの部位を再生させることができる。だが、それを支配する脳が加齢や単純な衝撃によって損傷した場合のみ、治すことはできない。
「お前⋯頼の事好きか?」
ふと、そんな質問が口から溢れる。枢の顔を見ると有り得ない程赤面していた。
「へ?すっ、好きに!⋯決まってる⋯じゃん⋯⋯。」
断言しようとしたが恥ずかしさが勝り、段々と力が抜けていくような声を枢は発した。
「そうか。じゃあ⋯頼の奴がお前以外の⋯例えばポルカを好きになったら、お前はどうする?」
先程までの赤面はどこへ行ったか、枢は暗い顔をして目の光を失くし俺を威圧するように一言。
「⋯⋯なんでそんな事を聞くの?」
ラインを越えてしまった事を俺は悟る。だがそれを悟っても尚、口から言葉が出てきてしまう。
「⋯ただ、どうするのか気になってな。」
「どうするって⋯⋯それでも好きになってもらうに決まってるじゃん!」
相変わらずの枢の返答に俺は軽く突っ込む。
「諦めねえのかよ⋯⋯いや、そりゃそうか⋯俺の妹で⋯⋯母さんの娘だもんな。」
俺たち兄妹は共に母さん似だ。好きな人に対する執着が強い⋯というか諦めが悪い。俺だってアイツのことを諦められない。母さんだってそうだ。俺たちの名前を『正爾』や『枢』なんていう自分とは全く関係のない名前にした。父さんを亡くしてもあの人が父さんの事を忘れるなんて有り得ないだろうに⋯⋯⋯。
「なにそれ⋯⋯ていうか、お兄ちゃんはいないの?好きな人とかさあ?」
「⋯⋯まあ、いる。」
控えめに言った俺の発言に枢は激しく食いついた。
「えっ⋯誰誰誰!?教えてよーっていうか紹介してよ!」
「何でだよ⋯つーか付き合ってもないのに紹介できる訳ねえだろ。」
俺がそう言うと枢は呆れたような顔をする。
「えー。お兄ちゃん顔は良いんだから付き合うなんて簡単でしょー?」
俺は枢の発言が微妙に引っかかりながらも言い返す。
「顔“は”良いって何だよ顔“は”って⋯じゃあ何でお前は頼の奴との関係が一向に進展しねえんだ?」
枢は俯きながら呟く。
「⋯⋯すぅが可愛くないから?」
あまり良くない追求の仕方をしてしまった事を後悔しながらも、俺は少しでも枢を元気付ける為に冗談交じりの否定をする。
「それは無いだろ⋯まあお前の可愛さのベクトルがちょっと特殊なのはそうだが⋯⋯。」
「ねえそれすぅが子供っぽいって言ってる!?」
そんな事を言う枢に俺は安堵感を覚えた。
「どうだろうな。まあ例え顔が良かろうが頭が良かろうが、自分が好きな奴の手を掴めるか、好きな奴が自分の手を掴んでくれるかは自分の度胸次第って事だな。」
「⋯⋯⋯なんでそんな格言っぽく言ってるの?」
信じられないほど冷ややかな視線で枢は俺を見る。
「お前が俺の顔“は”良いから云々言ってきたからだろ!」
思いっきり突っ込んでしまった所為か、謎に白けてしまった俺はスマホを開いて時間を確認する。画面には『21:47』と白文字で示されていた。
「⋯⋯そろそろ行くか。」
俺はベランダから家の中に戻る。そんな俺を枢は引き止めた。
「行くって?どこに?」
「⋯⋯ちょっと用事がある。お前もいい加減寝ろよ。」
「用事?だったらすぅも「お前は寝てろ。」えー、何でよー!?」
「明日もダンスの練習あんだろ?さっさと寝ろ。」
俺はそんな事を言い残して家を出て神社へと1歩1歩を噛み締めるように歩いて向かう。神社への道のりを半分くらい歩いた所で俺は興味本位で頼に電話を掛けた。しかし、6コール以上鳴っても頼の奴は電話に出ない。
「⋯⋯もしかしてあの野郎寝てんのか?」
スマホの左上の画面には『22:18』と表示されていた。俺は諦めて踵を返し頼の家に向かった。
頼の家に着くまでに俺は4回程電話をしたが、結局全てが不在着信だった。少し小走りで向かったが家に着いた時の画面の表示は『22:35』。素直に【転移魔法】を使っておけば良かったと少し後悔しながらも俺はインターホンを鳴らす。1回目⋯出ず。2回目⋯出ず。3回目の押下で奴はようやく反応した。
家の中から何かしらの魔物が暴れまわっているかのような騒音が聞こえた数秒後、玄関の扉に何かが衝突する音がした。その後、解錠音とほぼ同時に扉が開かれるがドアチェーンが掛かっていたのか途中で扉が開かなくなり再びの衝突音と共に『ああもうッ!』という頼のヤケクソじみた声が聞こえたそのまた数秒後、当然扉は開かれたのだが何を警戒してかゆっくりと扉は開かれ、ソイツが顔を出す。
「⋯悪い⋯⋯完全に寝落ちした。」
『寝落ちした』その言葉の通りソイツは普通に外へ出かける格好だったのだが、その息遣いは今から出かける人間のソレではなかった。
「別にいい⋯それよりも大丈夫か?」
「気にすんな⋯過去の俺の防犯意識が高かっただけだ。」
過去の自分を中々な気迫で呪うソイツを見て、俺は微笑をこぼす。
「そうか⋯じゃあ行くか。」
「おお、そうだな。」
散々な目に遭った為か必要以上に乱れた呼吸をソイツが整えると、俺たちは肩を並べて神社に向かった。
PM11:17
何度見てもうんざりする階段を上り、予定より20分程遅く俺たちは神社に到着した。
「で、どうやって幽世に行くんだ?」
「説明してやっから取り敢えず付いて来い。」
正爾の質問を躱しながら俺は賽銭箱の前に立つ、正爾も遅れて並ぶ。
「⋯これから幽世に向かう為の儀式を行う。」
俺はそう言いながら右手の中指を捥ぎその指を賽銭箱に放り込む。少し大きめの石を投げ込んだような⋯だがそれにしては少々生々しい音が俺たちの耳に届く。その光景を見た正爾は途端に青ざめ、俺に理由を聞く。
「なっ、お前何やってんだ!?」
「幽世に行く為の必要な準備だ、受け入れろ。」
「そっ、そうか⋯⋯分かったよ。」
そう言って正爾は自身の右手の中指を左手で握る。それを見た俺は慌てて正爾を静止させる。
「⋯⋯別にお前はやらなくて良いぞ!?」
「あっ、そうなのか⋯⋯良かった、俺もう後半日は指回復させられねえからどうしようかと思ったぞ。」
俺の言葉を聞いて正爾はホッとしたような表情を浮かべる。それもその筈、今の此奴は身体を回復させる此奴にとっての唯一の手段である固有魔法が使えないのだ。
固有魔法や固有魔術はその名の通り、使用者によって色を変える唯一無二の“異能”。その上使用できるのは一握り、さらにさらにその消費も莫大。魔法は魔術とは違いどれだけ消費を大きくしても命に関わることはないが、1度に多くの魔素を集約しすぎるとその反動で一時的に魔素を集約する器官が麻痺してしまう。それによって固有魔法や【空間魔法】は1日に1回が限度とされている。
“魔法学の天才”と呼ばれる正爾でもそれは同じ。因みに魔術にも似たような反動があるが俺の場合は俺の固有体質である【執念執着】により魔力がある限り反動を無視して技を使用することができる。現在は魔力がほぼ底を突いているのでそんな事は関係のない話だが。
俺は未だに困惑気味な正爾に説明することにした。
「一応説明するとこれは俺の一時的な代わりだ。」
「代わり?」
「『幽世に行ったらお前の存在が消える。』と言ったが、それは肉体と精神の両方が現世から完全に離れることで起きる。こうやって俺の残骸を此処に残しておけば、その心配も無いって事だ。けどその代わりに幽世にいる間、この指は回復させられねえ。」
それを聞いて正爾は『じゃあ⋯』と俺に質問をしてくる。
「俺も指切って良いんじゃないか?結局回復させられねえならよ?」
「無理だ。体の一部に肉体と精神の両方の情報を残せるのは神職などの特殊な人間だけだ。」
俺は鈴緒を左手で持ち、あの時と似たような手つきで鈴を鳴らす。鈴の音が鳴り止まない内に俺は本殿の階段を上り御扉の前に立つ。いい加減分かっていたのか、正爾も俺とほぼ同じタイミングで御扉の前に立った。
俺が左側の取っ手を右手で持ち、正爾が右側の取っ手を両腕で持つと『せーのッ』と息を合わせて一気に開く。あの時と何ら変わらない心地よい風が吹く。
「さあ、行くぞ。」
「おう。⋯待ってろよ⋯⋯。」
俺たちは暗闇に堂々と足を踏み出す。しかし、その暗闇に足場はなく落ちて行く。
「は!?⋯何だこれ!?⋯⋯おい頼!どうなってんだこれぇぇぇええええッ!」
何となく予想が付いていた俺は冷静に、常識の遥か向こう側からぶん殴られた正爾は焦り、叫びながら落ちて行く。
落ちて行く⋯堕ちて行く⋯そして昇って行く⋯⋯俺たちの肉体、精神、魂が⋯⋯⋯幽世へと。
どれぐらい落ちただろうか⋯あれだけ落ちたのにも関わらず、着地は非常に軽やかなものだった。
「立てるか?正爾。」
俺は動揺して尻餅をついている正爾に手を差し伸べる。
「ああ、悪い。」
正爾はそう言いながら俺の手を掴み立ち上がる。
「何だよこれ⋯⋯ずっと落ちてた癖に何で空があるんだ⋯⋯⋯?」
正爾は周りを見回しながら感嘆の言葉を漏らす。当然だ。上を見れば夜空が広がり、周りを見れば草花が辺り一面を覆っている⋯此処が地下だとしたら、ありえない光景だ。俺たちの背後には巨大な鳥居とその奥にある拝殿が堂々と立ちはだかり、前方には終点が見えない程長い階段が続いている。
「落ちてたんじゃない⋯俺たちの感覚神経がそう認識してただけだ。此処は俺たちが居た場所の地下ではなく、完全なる別世界。人と神が同時に存在し共存し得る唯一の次元⋯幽世だ。」
「幽世⋯ここが⋯⋯アイツがいる世界⋯⋯。」
「ああ⋯探しに行こう。」
「⋯⋯⋯だな。」
俺たちは振り返り鳥居をくぐると、境内に足を踏み入れた。
境内を散策していると、俺は拝殿の奥に聳え立つ1本の大木に目をやる。
「どうした⋯頼?」
「⋯⋯あそこに居るかもな。」
俺の言葉を聞いた正爾は目を大きく見開く。
「ほっ、本当か!?」
「⋯行ってみるぞ。」
俺たちは小走りで拝殿とその奥にある本殿の横を通り抜け大木の前に向かう。左右にあった建物を通り過ぎ大木の全容を見られる程に開けた場所に出る。大木の正体は桜だった。だが紅の花を咲かせているのではなく、無数の葉を茂らせていた。
その木の幹を見ると注連縄が巻かれていた⋯御神木なのだろう。そしてその更に下、根本を見ると⋯⋯こちらに背を向けた状態で彼奴が居た。間違いない、その髪色と獣人特有の耳が何よりもの証拠だった。
「あ⋯⋯あぁ⋯⋯⋯。」
遂に会えたという感動か、俺の横にいる正爾がそんな声を漏らす。そして1歩1歩と震えた、なれども力強い足取りで彼奴の元へと向かう。4歩目を踏み込んだ次の瞬間、正爾は走り出す。彼奴の⋯白上の名を叫びながら。
「ふっ⋯フブキーーーッ!」
正爾は白上を後ろから力強くも優しく抱きしめる。白上は自分の胸元に回された正爾の手に触れ振り返る。俺にも見えたその顔は⋯嬉しそうな、少し泣き出しそうな笑みを浮かべていた。
(少し無茶してでも来た甲斐があったな⋯⋯⋯。)
俺は右手の指を折り曲げ拳を作りながらそう思った。そして数秒待ち、俺も2人に近づこうとするが⋯⋯。
「悪い⋯⋯お前の事を忘れちまって⋯⋯⋯。」
正爾の謝罪に白上は正爾を見たまま首を振る。
「ううん。白上こそずっと黙ってて⋯勝手に居なくなったりして、ごめんね。」
完全に2人の世界に入っている正爾たちを見て、俺は会話に参加しようにもできない状態になる。数分経っても状況が変わることが無かった為、俺は正爾に軽〜く一言声を掛け幽世全体を散策することにした。
来た道を戻り、取り敢えず鳥居の前まで移動する。階段の下の方を見ながら深呼吸をしてみる。澄んだ空気が鼻を通り抜け肺に送られる。申し訳ないが俺たちが住んでいる商店街や街よりもずっと美味しい。そして次元が違うからか、此処の空気中には魔素が存在しない。
(⋯⋯戦闘になったら勝ち目ないなこりゃ。)
そんな事を考えながらも俺は軽いストレッチをする。そして全力の8割程の力で階段を下り始めた。
走り始めてから20分ぐらいが経っただろうか、どうやら身体能力は現世に居るときよりも高くなっているらしい。目立つのを防ぐためにできるだけ人目を避けられる草原などを走ろうとしたのだが、想像以上に自然豊かで谷2つと丘1つを越える羽目になり、現在は山の中腹に立っている。にも関わらず今来た道のりを2回往復できるぐらいの体力が残っていた。
まだまだそんな体力が残っている俺が何故態々山の中腹で足を止めたのかと言うと、もう使われていない筈の廃寺から明らかな気配を感じたからである。あまりにも気になったので2分近く、俺はその廃寺を眺めていた。
「人間様がこんな所に来るなんて珍しいねー、何しに来たの人間様ー!」
「え?⋯は?⋯⋯⋯うわぁ吃驚したあッ!」
「えーなになにッ!?⋯人間様急に驚かさないで余!」
背後から声が聞こえる、だが気配は無かった。異常な状況に俺は困惑しながらも振り返るとそこには赤を基調とした袴のような物を身に纏い、2本の刀を背中に帯刀し、額から角を生やした白髪の少女が立っていた。
「⋯何でお前が驚いてんだよ⋯⋯⋯。」
「だってビックリしたんだ余?仕方ないじゃん。」
「そうかよ⋯ていうか何でお前気配がな⋯⋯本当に何なんだよお前ッ⋯⋯⋯!」
その存在を認めた数秒後、途轍もない気配を此奴から感じ取り俺は数歩退き下がる。先程まで俺が廃寺から感じていた気配は間違いなく此奴のものだった。
「『何だよ』って⋯⋯余は余だぞ。」
「⋯⋯じゃあ名前を教えてくれ、鬼娘。」
「あー、なるほど分かった余!」
そう言って鬼娘は俺に背を向け数歩離れた後、また振り返って俺の方を見る。
「こんなきりー、百鬼あやめだ余ー!よろしくね、人間様。」
小動物のような屈託のない笑顔と、この世のものとは思えない悍ましい気配を同時に放つ少女は自身を『百鬼あやめ』と名乗った。
「そうか⋯⋯宜しくな、百鬼。」
「それで⋯人間様って今暇?」
百鬼は視線を逸らし少しモジモジとしながら俺に問う。
「ああ⋯まあ別に時間はあるが⋯⋯⋯。」
俺がそう答えると、百鬼は目をキラキラと輝かせながら視線を俺に素早く戻す。
「本当!?じゃあ余と遊んで!」
百鬼の言う『遊び』に対し俺はかなり嫌な予感を感じ取ったが、取り敢えずその詳細を聞いてみる事にした。
「何だ『遊び』って?」
俺がそう聞くと百鬼は胸を張り堂々と答えてくる。
「もちろん闘い「却下。」えー、なんでだ余!」
大体予測のついていた遊びの内容を聞いて、俺は百鬼の提案を淡々と断る。
「悪いが今の俺は本調子じゃない。それに鬼と闘って勝てる訳がない事も俺は知ってる。」
「えー、やだやだ!闘おう余ー!手加減するし刀抜かないからさあ!余、暇すぎて死んじゃいそうなんだ余ー!」」
俺の言葉を聞いた百鬼は駄々を捏ねる。どうやら本当に暇らしい。
「⋯こうなったら、襲って無理矢理戦闘に縺れ込ませれば⋯⋯⋯。」
かなり危ない思考になっている上に、気配から明らかに冗談を言っているようには見えない百鬼を俺は割と慌てながら止める。
「ちょっと待て⋯⋯落ち着け?頼むから落ち着いてくれ?な?」
俺の静止を百鬼が聞き入れてくれる訳もなく、百鬼は背中に帯刀してある刀に手を伸ばす。
「⋯人間様が悪いんだ余⋯余の誘いを⋯⋯断るから⋯⋯⋯。」
その時、百鬼を静止しようとする声が百鬼の背後にある階段を上る音と共に聞こえた。
「駄目だよーあやめ、その子を困らせないであげて。」
俺はまたもや気配に勘付くよりも先に声を聞いた。どうやら俺の未来予知は俺と程度が同じか、それ以上の存在には適応されないらしい。
その声を聞いて百鬼は不貞腐れたような表情と声色で気配を沈めた。
「分かった余⋯⋯⋯ミオ。」
百鬼がそう答えたのとほぼ同時に『ミオ』と呼ばれた存在が階段を上りきる。そして百鬼はフッ⋯と姿を消した。
その装いは百鬼と似ていて、黒と赤を基調とした物だった。右足には恐らく尻尾のようなものが巻かれ、髪は黒く獣人特有の耳が生えていたが其奴が只の獣人ではないことは明白だった。しかも突然現れた事も相まって、俺は警戒心Maxで其奴に問う。
「お前⋯⋯何者だ?」
俺の質問に其奴は不敵な笑みを浮かべる。
「へえ⋯ウチの名前よりも先に正体を聞くんだ?⋯⋯案外無礼なんだね、キミ。」
謎の威圧感に俺は萎縮する。
「⋯俺の発言が癪に障ったのなら悪かった。⋯貴女の名前を⋯⋯教えてくれますか?」
「知りたくば、先にすべき事がある⋯違うか?」
威圧的な物言いに俺は言葉を発せなくなる。
「⋯⋯⋯⋯ッ。」
「⋯言わぬと分からぬか⋯⋯地に面を着け、非礼を詫びろ⋯⋯⋯⋯冗談♪そんな事しなくて良いよ。」
「え?」
一連の茶番じみた流れを、俺は呑み込められないまま居た。
「だから冗談、鹹かっただけ。ウチやあやめをひと目見て、全然萎縮しない人間を久々に見たから試してみたくなっちゃって⋯⋯名前と正体だっけ?教えて欲しいの。」
先程とは全く違う口調と先程と殆ど変わっていない気配のちぐはぐ具合に、少し混乱した俺は不明瞭な声を漏らしながら頷く。
「あ⋯ああ、えっ⋯はっ、はい。」
「じゃあ挨拶もしないとね〜。大神ミオ。キミはもう気付いてると思うけど、大神神宮の斎王にして権現、つまり神様。宜しくね。」
「よっ、宜しくお願いします。」
完全に敬語になってしまっている俺に大神は『も〜〜。』と言いながら緊張を解そうとする。
「良いってそんな堅苦しくならなくてさ〜〜。年齢の違いなんて歴然なんだし。」
大神のその言葉に俺は単純な興味が湧いた。
「⋯どれくらい生きてるんだ?」
それを聞いた大神は口元に手を当て『う〜ん』と唸る。
「⋯2000⋯⋯とか?生まれた時からこの姿だから全く覚えてないんだよね〜。そういえば、キミの名前は?」
大神の質問に俺は言葉を詰まらせる。
(どう答えてしまおうか⋯あの愚か者共が俺の名前を知っていた以上、下手を打てば大神と戦闘になるかも知れない⋯⋯。)
散々考えた俺は諦めて名乗ることにした。
「⋯⋯
俺の名を聞いた大神は目を見開き、そして問う。
「……何で此処に来たの?」
またもや威圧感のある質問に俺は少し声を震わせながら答える。
「⋯⋯俺の友人を⋯親友の恋人を⋯⋯取り返しに来た。」
俺の返答が予想外だったのか大神は首を傾げながら追加の質問をする。
「え?⋯⋯誰?名前は?」
「名は⋯白上フブキ。」
その名を聞いて大神は更に驚いた顔をした後、俯く。
「そっか⋯フブキちゃんを⋯⋯⋯。」
「何か知ってんのか?」
大神は『⋯うん。』と頷き話し始める。
「知ってるよ⋯だって、すごい可哀想な子だから⋯⋯⋯。」
『可哀想な子』その言葉に俺は疑問符を浮かべる。
「⋯彼奴に何があったんだ?頼む、教えてくれ。」
「⋯分かった。あの子はね⋯⋯⋯。」
それから大神は白上の正体を5分程で説明した。その正体に俺は絶句した。
「そんな⋯じゃあ彼奴は元々現世に?」
俺の問いに大神は『うん。』と言いながら頷く。
「ウチからもお願い⋯あの子を救ってあげて。」
「じゃあ⋯俺はどうすれば良い?どうすれば彼奴を連れて帰れる?」
俺の問いに大神は右手を人差し指をピンと上に立てた状態で俺に向け、胸を張って自信満々に答える。
「大神神宮にはこのような教えがあります。『願えば叶う』⋯と。」
『願えば叶う』そんな曖昧な事を神に言われたという圧倒的な説得力に俺は苦笑した。大神は『それに』と続ける。
「キミが無茶すればどうにかなると思うな⋯その様子じゃ此処に来る時だって少し無茶したんでしょ?」
大神はそう聞きながら俺の左腕を指差す。大当たりだ。俺の左腕は鈴を鳴らした時点で動かなくなっている。右手の中指同様、現世に戻れば元に戻ると勝手に思っているが⋯⋯実際は分からない。
そんな事を考えていると俺の脳裏に危惧していた可能性が過る。嫌な予感がした。
「⋯戻る。これ以上道草を食ってる訳にはいかない。」
俺の発言に大神は頷く。
「⋯⋯行ってらっしゃい。」
俺は大神の真横を通って山を下ろうとするが、階段を下りる直前で振り返る。
「百鬼!今度来たら遊んでやる⋯だからちょっと待ってろ!」
「うん!絶対!約束だ余!」
姿も見えず気配も感じなかったが、確かに声が聞こえた。
俺は全速力で山を降り、丘を越え、谷を2つ飛び越して神社の階段を上り鳥居をくぐる。さっきと同じ道を辿って桜の木の下まで行くが其処に2人の姿は無かった。焦って辺りを見回すと、本殿の縁側で仲睦まじそうに話している2人が居た。
「正爾!白上!」
俺は2人の名を叫びながら駆け寄る。俺の妙な焦り具合を見た正爾は疑問を呈する。
「頼⋯どうした?」
「帰るぞ⋯現世に⋯⋯。」
それを聞いた正爾は若干呆けたような、悲壮感に満ちた顔をする。
「そう⋯か。本当に⋯⋯今すぐ帰らなきゃ駄目なのか⋯⋯⋯?」
面倒な勘違いをする正爾にさっさと帰らなければ不味いという焦りに相まって、俺は頭を掻き毟りながら訂正する。
「あ”ーもう違う3人だ!俺とお前と白上の全員で現世に帰るッつってんだよッ!」
俺の言葉を聞いた正爾は困惑した表情を浮かべる。
「え?⋯できんのか?そんな事⋯⋯⋯。」
「ああ。というか、やらなきゃいけなくなった。」
「⋯⋯どういう事だ?」
正爾からそんな質問を受けた俺は白上の方を見る。
「白上⋯お前の事情を知ってる奴からお前の正体と現状を聞いた。お前が記憶喪失だって事もそして、お前が神じゃないって事も。」
白上の反応を待たずして、正爾が俺に突っ掛かって来る。
「どういう事だ!?神じゃない?記憶喪失?そんな訳あるか!⋯神じゃない事は置いといて、フブキは俺や1度しか会ってないお前の事だって覚えてんだぞ!?記憶喪失なんて有り得る訳ねえだろッ!」
「違う。此奴が記憶喪失だったのはお前が初めて会った辺り⋯俺たちの事を覚えてんのは当然だ。だがお前の話だと白上は最初の頃、殆ど何も知らなかったんだろ?」
その発言を聞き正爾は少し狼狽える。
「いや⋯それはフブキも俺と同じように幼かったし⋯⋯。」
その発言に俺は『其処だ。』と言いながら正爾を指差す。
「そもそもの前提として、神には身体や精神的な成長が見受けられない。」
「じゃ、じゃあフブキは何者なんだ?」
恐る恐る聞いて来た正爾に俺は答えを返す。
「生贄だ⋯⋯元人間のな。」
「生贄?元人間?どういう事だ⋯⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯。」
理解が追いつかない正爾と何も発せなくなってしまった白上を見て、俺は事の経緯を説明した。
「この社の名は現世も幽世も総じて白上神社と呼ばれている。知っての通り白上フブキの苗字だ。だがそれは白上がこの神社の神だからではなく、白上が社家⋯この神社を管理する一族だからだ。そして白上が産まれたのは最低でも500年程前の現世、人間として誕生した。だがその頃、白上神社は存続の危機に陥っていた。理由は信仰者の急激な減少⋯困り果てた当時の宮司、もとい白上の父親は自分の娘を依代として神に捧げることにした。自身の願いを叶える事と引き換えに⋯そしてその交渉は受諾された。」
ノンストップで進行する俺の解説に正爾は『待て』と言って質問した。
「依代に捧げて何の意味がある?そもそも白上神社の神は何でそんな事を了承したんだ?」
「依代に捧げることの利点は2つ。1つは白上に神を憑依させることで現人神として目に見える神を造り出し『神が居る』という説得力を高める事で多くの信仰を集め、神社を存続させることができる点。もう1つは先程も言ったが神に依代を差し出すことで見返りとして願いを叶えてくれる点だ。神側の利点は現世に直接干渉することができるようになる⋯ただその1点。神は元来幽世に住んでいる。俺たちがそう簡単に幽世に行けないように、神も現世に行くことは難しい。だから依代を乗っ取る事で複雑な手順や代償を払わず、現世に影響を与えられるようにする訳だ。」
実際、正爾たちの家を襲撃しようとしていた連中も、その神の手先だろう。俺の補足に正爾は『なるほど⋯』と頷いた直後。
「⋯そういえばフブキの父親の願いって何なんだ?」
そんな事を聞いて来る。俺は白上の正体とその経緯に繋げる形で解説する事にした。
「白上の父親が願ったのは『白上神社の永久的な存続』だ。神はその願いを叶えた⋯その結果、白上神社に跡継ぎが産まれる事はないまま白上の父親は死んだ。神は人間が望んでいるものを真に理解する事はない、価値基準が違うからだ。『白上神社の永久的な存続』⋯この願いを叶える為に神は『子孫たちが余計な事をして白上神社を滅亡に追いやる』という事を回避する為に白上家の跡継ぎが産まれないようにした。」
その内容に困惑しながらも俺に質問する。
「けどよ⋯そんな事したら⋯⋯⋯。」
「ああ。当然社を管理する人間が居なくなる⋯現にあの神社はもう廃社となってしまった。」
「それじゃあ⋯神の奴も困るんじゃねえのか?」
正爾の推測を俺は否定する。
「いや、それはない。神の本体は此処にある。神の目的は現世で信仰を集め、幽世に居る神の中でも強い存在に成る事。そしてその思惑は叶った⋯現世の信仰者や神社なんざ用済みって事だ。依代にされていた白上もまた同じ⋯神に乗っ取られた影響で不老不死と成ってしまったが、どちらにせよ神が現世を手放した事で白上は本殿で死んだように眠り続けていた。だが知っての通り正爾、お前が初めて白上に会った時白上は起きていた。その上幽世で強い力を得たという神も此処には居ない⋯何故だと思う?」
正爾は『んな事分かる訳⋯⋯』などと愚痴りながら腕を組み、屋根を見上げながら考える。すると何か合点がいったかのように『⋯⋯あ。』と声を漏らす。
「⋯⋯お前が産まれたから。」
そう言った正爾に俺は親指を立てながら『⋯…正解。』と答える。
「白上を乗っ取った神は現世に干渉し様々な事をしたが、その結果神の領域である境内が俺たちが住む街全体にまで及んだ。そしてその街で俺は誕生した。そうなると俺とその神で信仰の取り合いが起きる訳だが、結果は俺の勝ち。その影響は幽世にまで届きその神は消滅した。白上が目覚めたのはその後だ。神が居なくなった所為で時間が巻き戻るように体が幼くなり、不老不死という特性も無くなってしまったがな。」
一通りの説明を終えた俺は、再び白上の方を見て問いを投げ掛ける。。
「今俺が話した内容をお前はどこまで知っていた?」
白上は視線を俺から正爾に逸らし数秒悩む。再び俺に視線を戻すと答える。
「⋯⋯殆ど何も知らないって言ったら⋯白上、怒られちゃいますかね⋯⋯⋯。」
俺が返答するより先に『そんな訳あるかッ!』と、正爾が力強く否定する。そして白上の肩を掴み視線を合わせ言う。
「頼の話が本当なら、お前はただの被害者だ⋯それにその原因を作った神は消えてお前とは何の関係もない。それで良いじゃねえか。」
正爾の言葉に白上は目を潤ませながら『正爾君⋯⋯。』と呟く。今にも抱きしめ合いそうな2人を見て、俺は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「いや⋯それは―――ッ!⋯伏せろッ!」
俺がそう叫ぶとそれにいち早く反応した正爾は、白上の肩を掴んでいる手に力を込め自分と白上の上半身を縁側の縁甲板に伏せさせる。俺は正爾目掛けて飛んできた斬撃のような物を右腕で弾き飛ばす。
「何だよ今のッ!?」
「クッソ⋯流暢に話してる暇もなかったか⋯⋯⋯。」
俺は今の攻撃で負傷した右腕を一瞥し、完全に油断していた事、そして右腕を押さえる事すらもできないという焦れったさも相まって愚痴を零す。斬撃が飛んできた方を見れば、1ヶ月程前に正爾たちの家を襲撃しようとしていた影どもが、ぞろぞろとこちらにやって来る。
「なんだコイツら!?」
「⋯『神の使い』だ。チッ、説明してる暇もない⋯正爾ッ!俺が此奴らの相手をするから白上を連れて境内の外⋯取り敢えず鳥居をくぐれッ!」
俺の指示に正爾は半分納得しながらも、困惑した表情で俺に問う。
「何でだよッ⋯この数だぞ!?3人で逃げるか俺たち2人で闘ったほうが⋯⋯。」
「俺はお前と違ってまだ魔力がある。だから囲まれる前にさっさと行けって言ってんだよッ!⋯⋯正爾、その手ぇ2度と離すんじゃねえぞッ!」
俺の喝を聞き、正爾は目を大きく見開く⋯そして『当たり前だッ!』そう言って白上の手を掴み走って行った。
「⋯⋯待て「させるかよ。」どけ。石動天葛。」
それを見た影どもは正爾たちの後を追おうとするが、当然そこに俺が立ちはだかる。此奴らの目的は白上を奪う事⋯そして新たな依代を用意し自分たちを創った神を復活させるという魂胆だ。
「どけ?ふざけんじゃねえよッ!」
俺はそう言いながら近接格闘の構えを取る。魔力はほぼゼロ⋯空気中には魔素も無く魔術や魔法は使えない⋯頼れるのはこの肉体のみ。俺は躊躇無く影どもに殴りかかる。
数の差は歴然、その上俺は左腕を使えず右腕は負傷中⋯開戦から数分もしない内に、俺は劣勢に追い込まれる。
「グッ⋯ガハッ⋯⋯!」
1体の影の拳らしき物が俺の腹部に命中し俺は吹っ飛ぶ。その身体は本殿の壁をぶち破りその奥にあった障子すらも解体して、その更に奥にある襖にぶつかることで静止する。殆ど締め切っていた為か、今の衝撃か⋯辺りに大量の埃が舞い、俺は少し咽る。
(⋯明らかに現世に居た奴らよりも数段強い⋯⋯俺が強いんだ、当然か。)
俺は立ち上がり、滅茶苦茶になった和室を後にする。
「良いのか?お前らを創った奴が居た場所だぞ?⋯それとも何だ?神は消えたからもうどうなったって良いってか?⋯⋯お前らを創った奴と価値基準まで似てんだな。」
俺は時間を作るためにも敢えて挑発する。すると、それに反応した影の1体が喋りだした。
「⋯時間稼ぎのつもりか?何をしようが意味などない。お前は敗れ、依代は我々の手に落ち、我らが主は復活する⋯運命はもう決まっている。」
「運命?神の使いになったからって、自分の思い通りになると本気で思ってんのかッ!」
口と拳の攻防が続く。その後も本殿は崩壊し続け俺の傷も増えていく。
「我らではなく、我らが主が決定させた運命である。その運命を覆すことなど、神に及ばぬ者どもができるはずもない。」
「できるに決まってんだろッ!⋯敵が神だろうが運命だろうが、人が誰かを救おうと思い、願い、行動する気持ちに⋯勝てる訳がねえんだよッ!」
威勢の良い事を俺は言う。その一言程度で形勢が変わることはなかったが、その一言が俺の脳裏にとある言葉を響かせる。
(『願えば叶う』とか、『俺が無茶すればどうにかなる』とか⋯さすが神様の言う事だ。俺の負担を何も分かってねえ⋯⋯。)
俺は苦笑する。そして1度息を深く吸い⋯吐く。酷く落ち着いた声色で、俺は賭けに出た。
「“我、
俺がそう呟けば、辺り一帯に居た影どもは消失する。愚かな主を復活させようとした愚かな使いたちが言う運命は、俺の覚悟1つで物の見事に砕け散った。
それから数分間程、俺はその場に突っ立っていた。が、突如として右腕に違和感を感じそちらに視線を向ける。そこには半透明になり、感覚も無くなった俺の右腕があった。
「⋯不味い、戻れ⋯戻れ⋯⋯戻れッ!」
俺は今にも消え失せそうな右腕を見つめながら訴える。だが、状況は変わらない。焦った俺はボロボロになって折れた本殿の柱に体当たりし、自分の体と柱の間に右腕を挟むことで右腕を負傷させる。
瞬く間に右腕から発された痛みの信号が脳に届く。右腕が消えかかっている為か、予想を大きく上回る痛みに俺は歯を食いしばり目を瞑る。再び目を開ければそこには何の変哲もない俺の右腕が俺の意思で動いていた。
それを確認し安堵した俺は、気を取り直して正爾たちの元へ歩いて行く。ボロボロになった本殿とその余波で少し傾いた拝殿の横を通ると真っ赤な鳥居が見えてくる。その奥に拝殿の方をじっと見つめ続ける2人が居た。
「⋯お前ら大丈夫か?」
俺は2人の元へ駆け寄る。
「お前こそ⋯ボロボロじゃねえか。」
「白上の所為で⋯ごめん。」
帰ってきた俺を見て少し悲痛な表情を浮かべる2人を見た俺は、自分の容態を適当に誤魔化しつつ話を変える。
「大丈夫だ、そのうち治る。それよりさっさと帰るから、手繋いで輪になるぞ。」
俺の言葉を聞いた2人は少し困惑しながらも、自分以外のそれぞれの片手を掴んで輪を作る。
「正爾。」
「⋯⋯⋯何だよ。」
この状況にあまり納得していなさそうな正爾は、少し気恥ずかしそうに俺の呼び掛けに答える。
「再三言うが、白上の手を離すなよ。」
「⋯んなことは分かってるけどよ、どうやって帰んだ?」
「このまま昇って現世に帰る。白上も無理矢理連れて行く⋯だから離すな。」
「⋯⋯どれぐらいの確率で成功する?」
現世に白上を連れて行くことの難しさを察した正爾の問に俺は『願えば叶う。』と答える。
「⋯本気で言ってんのか?」
「俺を信じれないのか?」
俺は正爾の質問を質問で返す。それを聞いた正爾は呆れたように、開き直ったかのように微笑んだ。
「分かった⋯じゃあ願ってやるよ!フブキが元の世界に戻れることを⋯⋯。」
「⋯白上はそれとついでに神社の巫女さんとかもやってみたいですねえ。」
「⋯⋯じゃあそれも願ってやるよ。」
俺たちはそれぞれの片手を握りしめたまま目を瞑る。数秒後、形容しがたい浮遊感が俺たちを包み込む。
俺たちの肉体や精神、魂は現世へと上り⋯昇り⋯堕ちて行った。
「⋯⋯⋯朝か。」
いつものように目を覚ます。右手の窓から光が差し込み室内全体がほんのり明るい。それもまたいつもの光景。薄い掛け布団を退かして上体を起こし、そのまま体を捻って時刻を確認しようとする。時計には『6:30』と表示されていた。その序でに俺は右手を見たり左腕を動かしたりして代償が戻って来ているか確認する。予想していた通り、全ては元通りになっていた。
(彼奴は⋯白上は帰って来れたのだろうか⋯⋯。)
そんな事を考えていると、昨日と同じように時計の横においてある写真立てに視線が行く。そこにはあの神社を背景にして、俺と正爾と白上が満面の笑みでピースをしてそこに写っていた。
(⋯帰って来れたんだな⋯ん?この背景⋯⋯⋯。)
俺はその背景の奇妙さに注目する。その背景は確かに神社だ、だがあの神社とは似ても似つかない⋯⋯というか明らかに新しい。それに気付いた俺は枕元に置いてあったスマホを拾い上げ起動する。そして地図アプリを開き、検索欄に『神社』と入力し検索ボタンを押す。するとこの街に1件がヒットする。恐る恐るそのポイントをタップして詳細を見る。
『白上神社』
評価★★★★☆ 星4(2640) 所要時間(車)12分
口コミ:看板娘の巫女さんが可愛すぎてマジ天使‼️
それを見て俺は笑みを零す⋯気付けば正爾に連絡を入れていた。だが、今日も変わらず本屋の営業日であった。
俺はポルカにもう1度だけ無理をしてもらう事にした。その埋め合わせも考えて。
AM10:30
正爾と合流した俺は神社へ向かう。正爾は『アイツ帰って来れたかな⋯。』などと呟いていた為、白上神社の事は知らないのだろう。
神社への道のりは何ら変わらない。だが、階段の手前まで来た辺りで、俺たちは明らかな異変に気付く。明らかに人が多い、その上その全員が神社へ続く階段に向かって歩いて行く。
「なっ、なんだコイツら!?」
「さあ?お参りにでも来たんじゃないか?」
異様な光景にそんな声を上げる正爾に俺はすっとぼけた回答をしつつ、他の連中と同じように階段のもとに向かいそして上って行く。その階段も明らかに整備されていて苔などに覆われていなく、前のような暗いジメジメとした印象とは真反対の様子だった。
階段を上りきると開けた場所にたどり着く。白上神社の境内は大いに賑わっていた。本殿の前の列に並ぶ多くの参拝者。広いだけで何もなかった境内の両脇には社務所や絵馬掛けが置かれていてそこにも多くの人々が集まっていた。
「な⋯ほっ、本当に⋯何だこれ⋯⋯⋯。」
あまりの異様さに動揺している正爾に俺は俺なりの解釈を述べる。
「叶ったんだよ⋯⋯俺達3人の願いが。」
そう言うと俺は1点を指差す。そこには巫女服を着て箒を持ち軽い掃除をする、獣人特有の耳を生やした白髪の狐巫女がいた。それを見た正爾は下唇を噛みながら俯き、何故か白上に背を向けた。
「⋯⋯⋯どうした急に?」
「⋯何か⋯分からねえんだよ⋯⋯どんな顔して会えば良いか。」
突然腑抜けた事を言い出す正爾に俺は呆れたが止めなかった⋯未来が詠めたからだ。そしてその代わりに白上の方を向き、右腕を大きく振る。それに気付いた白上はこちらに駆け寄ると正爾の背中に勢いよく抱きついた。
「な⋯⋯フブキ!?」
「なんで背を向けるんですか?白上は⋯ここに居ますよ。」
「そうか⋯そうだな。⋯⋯⋯お帰り、フブキ。」
「はい⋯⋯ただいまです⋯⋯⋯。」
そう言って笑い合う2人を見て、俺もまた笑みを零す。俺は2人を置いて階段を下って、ポルカが待つ本屋へ向かった。その帰り道、駅前の店で自分とポルカ用のロールケーキを買って⋯⋯⋯。
『全て上手く行った。』そう俺たちは胸を張って言えるだろう。だが、その奇跡には言うまでもない代償がある。そしてその代償を知らず知らずの内に払い、さらなる悲劇を引き起こすのは⋯⋯3週間後の事だった。
補足
①フブキの種族:フブキは元々は人間でしたが、願いが叶い?現実が改変されたことにより現在は獣人になっています。
②正爾の固有体質:【集約向上】…魔素を自身の身体に集約した時にその集約量に応じて身体能力が一時的に向上するという物。因みにパワーバランスは、頼(全力)≦正爾(【身体強化魔法】+【集約向上】)といった感じです。