俺たちの住む商店街は治安が悪い   作:有苑

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後半戦!

登場ライバー

博衣こより 沙花叉クロヱ ラプラス・ダークネス


ガダルカナルⅡ

ショッピングモール

 

PM1:15

 

(らい)たちが別館に向かったのを見届けた俺は、いろはに視線を移す。それに気付いたいろはは、コクリと頷いて1階のメインエントランスに向かって走って行った。

 

「俺とラプラスは、この人たちをメインエントランスに転移させてから2階に向かう。お前たちも早く行け。」

 

俺はそう言ってクロヱとこよりに、早く救助へ向かう事を促す。それを聞いたこよりは『そう⋯なんだけどねぇ⋯』と言いながら目を泳がせた。

 

「⋯何だよ。言ってくれねえと対応できねえんだけど⋯。」

 

「実は⋯こよの固有魔法は素材さえあれば何でも作れるんだけど、肝心の素材が無くて⋯。」

 

事情を理解した俺は『あー、そういう事か』などと声を漏らしながら近くにある柱へ目を向ける。

 

「欲しい素材⋯と言うか物質は何だ?」

 

「えっと、適当な金属さえあれば後はこよの固有魔法が全部“加工”と“量産”をやってくれるから、取り敢えずアルミニウムとかで良いかな。」

 

俺はこよりの要望を聞き『分かった』と応えながら目を付けておいた柱へ手を伸ばす。俺は柱の側面の一部を細長く引き伸ばし、その先端を右手で掴むと切り離して立方体に変形させた。その物質を改変すれば、1辺約7cmのアルミブロックのでき上がりである。

 

『はいこれ』と言いながらそのアルミブロックをこよりの右手に持たせる。視線を上げてこよりたちの顔を見ると、2人とも目を丸くしていた。

 

「あ、ありがとう⋯。」

 

「うわ〜、彼クンこんな事できんの!?だったら態々ここに来る意味なくない?」

 

クロヱの意見はご尤もである。実際俺は服や靴の新調、散髪などの目的で外出する事が滅多にない。逆に、俺が生理的に嫌だから態々やっている事も沢山ある。入浴や歯磨き、排泄などだ。身体や衣服を洗わなくとも汚れや匂いをを消したり、新品の材質に作り変えればいい。歯だって同じだ。排泄物の雑菌を取り除いて再び食べるという、兎もびっくりな行動だって取れる。

 

「別に物を買いに来た訳じゃない。アイツらと遊ぶ為にここに来て、いろいろ買ったり食べたりしてんだ。」

 

「けどさぁ、それでこんな事に巻き込まれちゃってるんだよ〜?それでも良いの〜?」

 

「俺と頼ならなんやかんやで生き残れるからな、巻き込まれたって大した実害はない。それに俺たちが巻き込まれたお陰で人が助かるなら万々歳だ。」

 

俺の返しが予想外だったのかクロヱは言葉に詰まり、顔を背けた。

 

「『大した実害はない』か⋯そう思えるって、彼クンたちはやっぱ強いんだね〜。」

 

そんなクロヱの反応に、俺はらしくない潮らしさを感じる。

 

依然としてクロヱは顔を背けどこか遠い方に目を向けていた。気になってその視線を追うと、そこには『大丈夫、大丈夫よ』などと言って5歳くらいの娘の背中を優しく叩き、落ち着かせる母親の姿があった。娘の方も相当強く抱きついている⋯と言うより必死に引っ付いていて、母親の服にもシワができていた。

 

「よぉーしッ⋯できたぁッ!!」

 

突如としてそんな大声が木霊する。驚いて声のした方を見れば、そこにはロケットランチャーを肩に携えたこよりがドヤ顔で立っていた。

 

(こよりの話から察するに、こよりの固有魔法は機械や兵器の“加工”や“量産”に効果範囲を絞った俺の固有魔法と同様のものと言えよう。効果範囲については有り体に言ってしまえば俺の劣化だが、この短時間で相当な大きさ、そして謎にピンク色のラッピングなどの装飾を施しているのを見ると精密性は俺より上だろう。)

 

『あ、そういえば。』と、ある事を思い立った俺は懐から青色の小瓶を2つ取り出し、こよりたちに差し出す。

 

「ヤバくなったらこれ使え。」

 

それを受け取ったクロヱは不思議そうな顔をしながら小瓶の底面など、全体を俯瞰する。こよりはひと目見るや否や俺に質問した。

 

「これ何〜?」

 

「服用した魔法使いの集約率と還元率を一時的に引き上げる薬品だ。念の為渡しとく。まあ、頼にバレたら怒られるから基本渡さねえんだけど⋯。」

 

俺の言葉に『怒られる?』と、こよりは疑問符を浮かべる。

 

「これ使うと副作用で寿命が5年縮まるんだよ。こよりみたいな獣人や俺みたいなエルフはあんまり関係ねえんだけど、クロヱは人間だからな。無理に服用すんじゃねえぞ。」

 

それを聞いたクロヱは『そういうことね〜。オッケ〜オッケ〜無理に使わないってば〜心配し過ぎじゃな〜い?』と、思ったよりも軽く受け流していた。

 

「⋯さあ行くよクロたん!皆を助けに、ヘルニアどもをぶっ飛ばしにーッ!」

 

「あぁッ!ちょっと待ってよこんこよーーッ!」

 

そんな喧しい大声を上げ、こよりたちはカートゥーンのように足を動かして角を曲がっていった。

 

「⋯はあ、安心しろ。あんなんだけどアイツらちゃんとキレてるから。」

 

「分かってる⋯小瓶渡すんじゃなかったよ。」

 

「アイツらの本性を見抜けなかったお前が悪い。」

 

大声を出したこよりたちへの嫌味か、両手を両耳に当てたラプラスはそう言いながらこちらに歩いてくる。それにも飽きたのか、両手を耳から離してだらんと垂らすと再び口を開けた。

 

「いろはから連絡、『1階メインエントランスの制圧完了』だとよ。」

 

それを聞いた俺はその場に居る人たちに向かって大声を上げる。

 

「今から皆さんを安全な場所に転移します!なので、我々の前に集まって下さい!」

 

その後、集まった人たちに『無闇にそこを動かないこと』や『金髪で刀を携えた人が居るがその人は味方で、何かあったらその人の指示で動くこと』などの注意事項を伝えると、俺は【転移魔法】を発動してその人たちを避難させた。

 

「⋯ラプラス、さっきこよりが言ってた『ヘルニア』って何だ?医学用語のあれって訳じゃじゃねえだろ?」

 

俺の質問を聞いたラプラスは『あー、それか⋯』と言いながら歩き出す。ラプラス曰く、『2階の制圧をしながら話す。』との事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程な。ヘルニア、そして厩戸烏⋯物騒な事を考える連中も居たもんだ。」

 

ラプラスからこの騒ぎの元凶たちの詳細を聞いた俺がそんな感想を吐いたのは、丁度2階の制圧と一般人の転移が終わった辺りだった。

 

「そんでお前の目的は厩戸烏を単独で壊滅させる事だったが、それを讀まれて逆に力を封印されたと。」

 

今までの自身の経緯を改めて復唱された事に腹を立てたのか、ラプラスは舌打ちをして髪を掻き毟る。

 

「あ”ー、そうだよ。お陰でアイツらを頼る羽目になった。」

 

『頼る羽目になった』その物言いに疑問を持った俺はラプラスに問う。

 

「頼りたくなかったのか?」

 

「⋯頼りたくなかったっつ―か、巻き込みたくなかったんだよ。『厩戸烏への恨みも特にないアイツらが、吾輩の力が封印されたからそれが解けるまで吾輩の代わりに闘ってる』なんて状況、嫌に決まってるだろ⋯沙花叉は例外だけどな。」

 

『沙花叉は例外』という言葉に『クロヱは厩戸烏を恨んでいる』などと推測したが、敢えて何も触れず『確かにな』と言って会話を終わらせる。

 

2階の状況は悲惨という訳ではなかった。2階に居たほぼ全員が負傷していたが、命に関わる怪我を負った一般人は全くおらず、皆が腕や足などを撃たれていた。

つまり、今回の騒動を起こしたヘルニアという組織の目的は殺戮ではなく、一般人を人質に捕ってここ一帯を占拠するという可能性が出て来た訳だ。

 

(相手の目的が殺戮でないなら全員を助け出せるかもしれない)

 

 

 

 

 

そんな期待は食品コーナーに足を踏み入れた途端に崩れ去る

 

氷菓が入っているアイスボックスが中央に並び、その両側を冷凍食品が入っている冷蔵庫が囲んでいる通りに、数人の死体が倒れていた。

 

2⋯4⋯と2人刻みで数え、正確な人数を明かす。

 

「6人か⋯。」

 

俺はうつ伏せになって倒れている男性の前まで歩き、肩を持ってその身体をひっくり返す。その顔は悲痛に歪んでおり、目は見開かれていた。外傷は額にできた直径4cm程の穴が空いているだけで他に目立ったものは無く、他の死体も同じ様に額を撃ち抜かれているだけであった。

 

だが、それはとても奇妙な事実だ。今までは四肢などの部位を狙われていたにも関わらず、この場に倒れている6人は額を迷うこと無く撃ち抜かれ、一撃で殺されている。まるで、ここだけが殺しを許可されている様に。

 

奇妙な事実はもう1つあった。床に残された幾つかの凹み。ヘルニアと言う連中が使った銃の弾痕だろうと思い近づいて観察してみると、銃弾と思われる物体は無くただ凹んでいるだけだった。さらによくよく考えれば辺りから火薬の匂いもしないのだ。

 

銃を使用せずにこんな破壊ができるのは、俺が知る中では2つ⋯魔法もしくは魔術だ。

 

(⋯腹が立つ。)

 

その事実に歯を食いしばる。俺は魔法が好きだ。魔法があるから魔法道具という便利な物があって、それで皆はより楽な生活ができる。魔法があるから暑かろうが寒かろうが関係なく生きられる。

 

『全て科学で事足りる。』

 

そんな意見もあるだろう。だが、この世界には魔法や魔術にしかできない事もあるし、科学にしかできない事もある。魔法、魔術、科学はそれぞれ別の世界で発明された。それぞれの世界に住んでいる人々が産んだ、それぞれの知恵と努力の結晶⋯できることがバラバラで、得手不得手があるのは当たり前だ。それに、それぞれの技術が邂逅することで研鑽を積み、それぞれの技術がさらに進化することもできる筈だ。

 

(この人たちを殺したって価値など無い。)

 

倫理的に殺害が赦されない事であるのは火を見るよりも明らかだが、俺は魔法や魔術が使えない人を魔法や魔術で殺害する行為自体が御法度だと思っている。

 

蹂躙などという行為に意味はない。『誰も彼も己には敵わない』という優越感が己を蝕み、魔法使いや魔術師としての格を落とす。それは攻撃のパターンが一色担になってしまうからでもある。『己よりも圧倒的な弱者を殺す』のと『己と同等かそれ以上の敵を殺す』のでは、闘いの組み立て方がまるで違う。

 

(前者に慣れていればいる程、足元を掬われやすい。)

 

そんな事を考えていると、気付かぬ内に重い溜息を吐いてしまう。やはり俺は腹を立てているのだ。

 

(一先ずラプラスと1度合流して『迷いなく人を殺せる魔法使い、もしくは魔術師が居る』事を伝えるのが最善か。)

 

そう考えた矢先、どこからか怒号が聞こえた。

 

「来るなぁッ!」

 

それを耳にした瞬間、急速に頭が冷めて現実に引き戻される。踵を返し中央の通りに出ると、辺りを見回して人影を探す。俺から見て左手の通りに、手前の通路を眺めながら固まっているラプラスが見えた。

 

(⋯アイツ、何で突っ立ってんだ?)

 

疑問を持った俺は、小走りでラプラスの元へと向かう。近くで見ると、ソイツは少し困惑しているような顔をしていた。

 

「どうした?」

 

俺はそう問いかけるが、ラプラスは相変わらず困惑した様子で息を吐く。それを見てさらに疑問を感じた俺は、ラプラスの視線の先にある通路へ目をやる。そこには赤毛の狐耳を持つ青年を先頭として30人余りの人たちが固まっていた。

 

青年は右手から炎を出してこちらを威嚇している。状況から察するに先程の怒号は彼がラプラスに向かって浴びせたのだろう。青年の息遣いは荒く、かなり疲弊していた。纏っている衣類も汚れている事も考えると激戦だったのだろう。

 

(⋯転移するには先ず警戒を解く必要があるな。)

 

『どう声をかければ良いだろうか』などと考えていると、突如として青年に誰かの面影を感じる。

 

(誰だったっけ?)

 

思考を巡らせようとした時、俺はいつの間にかその青年の姓を呟いていた。

 

「⋯火浦(ひうら)?」

 

それを聞いた青年は『は?』と声を漏らしながらこちらを見る。その瞳孔は揺れ動いていた。数秒後、何かに気付いたのか青年はハッとした表情を浮かべる。右手を下ろして炎魔法を解くと、口を開いた。

 

「お前⋯水宮か?」

 

その問いに俺は頷く。俺の目の前に居る青年の名は火浦 (こう)。高校時代のクラスメートだった。

 

「ああ、久しぶりだな。火浦。」

 

「本当に水宮なのか⋯じゃあ、味方で良いんだよな?」

 

「逆に訊くが、俺が敵に回ると思うか?」

 

その数秒後、火浦は頬を綻ばせながら答えた。

 

「⋯微塵も思えん。」

 

その言葉に俺も自信満々で『だろ?』と返す。緊張が解れた所で、俺は火浦を始めここに居る人たちに現状を説明した。

 

 

 

「⋯そういう事だったのか。分かった。じゃあ後はお前たちに任せるって事で良いんだよな?」

 

火浦の問いに俺は頷く。

 

「ああ、任せてくれ。それと、もし負傷している人がいたら俺が治そうと思ってんだが、大丈夫そうか?」

 

俺がそう訊くと、火浦は身体を捻って振り返って後ろにいる人たちを一瞥すると身体の向きを戻し、何故か俯きながら答える。

 

「ここに居る人たちは無事だ。ただ、撃たれた人は、きっともう⋯⋯。」

 

火浦の言い分を、俺は否が応でも理解してしまう。やはりこの食品売場内にいる人たちは全員急所を狙われたのだ。

 

「敵はどうした?」

 

俺の問いに火浦は歯を食いしばり、嗚咽を漏らしながら答えた。

 

「燃やした⋯全員燃やした。どうすれば良いのか分からなかった⋯だから、俺が、俺の手で⋯⋯。」

 

『もういい。』俺はそう言いながら今にも崩れ落ちそうな火浦の肩を優しく叩く。

 

「全員転移させる。ラプラス、頼む。」

 

「はいはい、分かった分かった。」

 

ラプラスはそう言って俺の頼みを了承すると、少し離れていた火浦以外の人たちの周りに【転移魔法】とは異なる【転移魔術】特有の法陣を生成した。赤色で染められたそれは、ラプラスの詠唱によってその輪の中に存在する生物を転移させる。

 

「【転移魔術】ムーヴ」

 

ラプラスが火浦以外の人たちを転移させたのを見届けると、今度は俺が火浦を取り囲む魔法陣を生成する。

 

「これからお前を、他の人たちと同じ様に安全な場所へ転移させる。皆生きてるから、お前が気を張る必要もない。ゆっくりしてろ。ありがとな、他の人たちを必死で守ってくれて。」

 

漸く落ち着いたのか、火浦は穏やかな目で俺を見る。

 

「⋯こっちこそありがとな。後は任せた。」

 

「おう、にしても見違えたな。高校時代、燃やしたバスケットボールを制御できず、あらぬ方向へぶん投げた奴と同一人物には思えん。」

 

過去の軽い黒歴史を話のネタに出された事に、火浦は含羞みながらも答える。

 

「あ、当たり前だろ。俺だって成長すんだよ。」

 

「そりゃそうか、またな。【転移魔法】テレポート」

 

俺がそう唱えた瞬間、銃弾のようなナニカが視界の端を削り取った。その物体は火浦に向かうが、着弾するコンマ数秒速く転移が完了した為、火浦には着弾せずに奥の方にある精肉店の精肉用ショーケースを中の肉ごと喰い破る。

 

正爾(まさちか)、正面。」

 

ラプラスに促され、俺は正面を向く。そこには先程まで見ていた黒ずくめとはまた違う、黒色のローヴを纏ったどこからどう見てもな不審者が立っていた。

 

「貴様⋯何をしていた。」

 

ローブを纏った不審者は微動だにせず問う。その声は低く、凡そ男である事が分かった。

 

「何の事だ?」

 

ローヴ野郎の問いに俺は恍ける。相手のメインウェポンが銃ではないと理解していたからだ。

 

「『ここで殺せるだけ殺せ』と命令した奴らが軒並み焼け死んでいる。貴様がやったのか。」

 

俺は今仲間殺しを訴えられている筈なのだが、ローヴ野郎の言葉には余りにも抑揚のなく、ただ淡々と状況を整理しているようにしか感じられなかった。

 

「ああ、俺がやった。」

 

(嘘を吐いても恐らくバレない)そう考えた俺は迷いなく答える。それを聞いたローヴ野郎は『そうか』と短く呟き、今度は別の質問をこちらに寄越した。

 

「では、先程の男を貴様はどこへ転移させた。」

 

(俺たちの救出計画が敵にバレるのは不味い)

 

俺はそう考え、知らばっくれる。

 

「転移?何の話だ。今のは俺の分身体だ。お前が撃った所為で消えたけどな。」

 

「⋯白を切るか、まあ良い。ここから出る事は不可能。探すのは貴様らを殺した後でもできる。」

 

そう言いながら、ローヴ野郎は人差し指を突き出し親指を立てた左手を俺に向ける。

 

「待て、俺からも質問させろ。何故1階と2階では一般人への狙撃部位が異なっている?お前たちの目的は何だ?」

 

「答える意味はない。ここで貴様らは死ぬ。」

 

そう言うと同時に、ローヴ野郎は先程と同じ銃弾に似たナニかをこちらへ発射してくる。迷うこと無く俺の脳天に狙いを定められたそれと、俺の頭部との間に、物質をチタンに改変した右手を割り込ませる事で軌道をずらし回避する。

 

「⋯こんなもんか?」

 

やはりライフル段にも相当するそれを受け、穴が空いた右手を修復しながら俺は呟く。確かに無詠唱であれ程の威力を発揮したのは評価できるが、俺たちの死を堂々と宣言した攻撃が単発とはお粗末にも程があったからだ。

 

「貴様如きが⋯舐めるな。」

 

俺の言葉に腹を立てたのか、男はローヴを脱ぎ去る。露わになったその姿に俺は意表を突かれる。が、直後に薄ら笑いを浮かべた。

 

「⋯まさか同族がこんな事やってるなんて思いもしなかったよ。」

 

その男は尖った耳を持つ、俺や母と同じ種族であるエルフだった。

 

「貴様らのような種族と我々を同列に語るな。」

 

俺の言葉を聞いた男は憎たらしげにそう吐き捨てる。

 

「やけに差別主義な奴だな。『そういうのやめよう!』ってよく言われてるだろ。最近⋯というか俺が産まれるよりずっと前から。気持ちは分からなくねえけどよ。」

 

俺は何故この男がここまで差別をするのかが何となく分かっていた。その男は正確に言うと俺たちと全く同じような外見をしていた訳ではなく、実際は肌の色が少し異なる。白銀自警団に所属しているフレアさんと同じ、褐色の肌をしていたのだ。

 

「分かる?何が分かるというのだ、貴様のような汚れた種族に。」

 

余りにも攻撃的な男の口調に対し、俺は返答に迷う。

 

「『汚れた』ねぇ⋯やめようぜ、そういうの。種族に汚れたもクソもねぇし、俺とお前は同じ種族だろ?」

 

「黙れ。我々と貴様らの区別も付かんとは、愚かで無様、やはり貴様らには生存価値も何も無い。」

 

こちらに耳を一切傾けないその姿勢に俺は呆れ、次第に憤慨の念が湧いてくる。

 

「⋯そんなに他人を差別したいのか?そんなにも自分たちが優れていると主張したいのか?魔法や魔術で罪の無い無関係な人を殺して、お前はそんな事の為にヘルニアに属しているのか?」

 

俺の言葉が可笑しかったのか、男は口角を上げ俺を嘲笑う。

 

「ヘルニアに属している?違うな。俺はあんなゴミ共とは違う、厩戸烏の1人だ。」

 

その言葉に俺は耳を疑う。すると、ずっと黙りこくっていたラプラスが口を開いた。

 

「成程な。どうりで一暴力団が用意したとは思えない重火器の量と、一般人を逃さない【空間魔法】が仕掛けられた訳だ。厩戸烏がそれら全てを用意し、ヘルニアを使ってこのショッピングモールを襲撃させた。一般人を殺害するエリアと負傷させるエリアに分け、この街の自警団への牽制と捕虜の確保を効率よく進行させ、最終的にはどこかの国の過激派集団が起こしたものだったと偽造し、国家間での摩擦を増やす⋯歴とした大規模テロだった訳だ。」

 

男は『それがどうした?』とでも言わんばかりの冷めた顔をしながら、ラプラスの追求を聞いていた。その態度に俺は段々と怒りが頂点へと上り詰め、言の葉が漏れ出る。

 

「何でだ?何の為にお前は⋯お前らはそんな事をする?」

 

「他の連中の事など知ったことか。我の目的はただ1つ⋯我々ダークエルフが差別されない世界を創る事だ。」

 

男の発言に俺は『違う。』と食い気味に否定する。

 

「お前が望んでいるのはお前らが差別されない世界じゃない。お前らが差別する世界だ。」

 

「煩い。不快な奴だ。やはりここで殺してしまおう。」

 

「ああそうかよ。俺も理不尽な平等を掲げ、他者を蹴落とし殺してでもそれを叶えようとする奴を野放しにする気はない。この場で叩き潰す。」

 

俺は1度ラプラスに視線を飛ばし、必要事項を伝える。

 

「コイツは俺が倒すから、お前はここ以外に居る人たちを全員助けて来い。」

 

それを聞いたラプラスは頷き、戦線を離脱する。それを見届けた俺は再び男に視線を戻した。。

 

「お前の名前は何だ?」

 

「貴様のような汚れた男に名乗る名など無い。」

 

未だにそんな事をほざいている男に俺は圧を強めて催促する。

 

「良いから答えろ野蛮人。」

 

「⋯モンソン・ターナーだ。」

 

「そうか。モンソン⋯もう1度言うぞ。俺はお前を絶対に叩き潰す。」

 

そう宣言した直後、俺は棚に並べられていたスナック菓子を無数の槍に変化させてモンソンへと突撃させる。『避けた瞬間を追撃する』などという俺の狙いは、モンソンが自身を貫こうとするそれを受け入れた事で外れる。

 

「⋯は!?」

 

まさかの光景に驚いている俺とは対照的に、モンソンはそれを一切気にする素振りを見せず、そのまま右手を上げ掌を俺に向ける。

 

次の瞬間、またしてもナニカが発砲される。だが前回とは違い大量のそれが俺の全身を狙っていた。

 

「ヤベぇッ!」

 

俺は両腕を前に突き出した直後、手の神経を切って形を全身を防御できる大きさに広げ、材質を超硬合金に変えナニカの豪雨を耐え凌ぐ。

 

チタンを貫通する程の威力を持っていたナニカだが、流石に超硬合金を貫通する事はできないようで、高速の物体が金属にぶつかる音だけが延々と鳴り響いていた。だが十数秒後、延々と続くとも思えた豪雨は突如として止む。

 

(⋯耐えた?いや、違うッ!)

 

ある事を危惧した俺は急いで通路の端に寄る。予想は当たり、大蛇の如きナニカの巨瀑が通路になだれ込んだ。それは地面を抉りながら奥の壁に轟音を立てながら激突する。俺の引き伸ばしていた右腕の端にもそれが掠り大部分が削られ、その勢いに俺自身も背後にあった商品棚を倒しながら地面に転がった。

 

(クソッ、背骨が⋯痛え。)

 

損傷した両腕を修復しながら立ち上がる。両拳の神経も繋げると、手全体に違和感を感じた。僅かに濡れていたのだ。試しに硫酸銅無水物を生成しその液体に付着させると、その結晶は白色から薄めの青色に変色する。

 

(⋯成程。アイツの魔法属性は“水”。今までのは全部、それを圧縮した攻撃って事か。)

 

俺はモンソンへ視線を向ける。モンソンは未だに突き刺さった槍を抜いていないにも関わらず、『よく避けたな、調子に乗って突っ込んで来ると思ったんだが⋯。』などと相変わらずこちらを下に見る発言をしていた。

 

(絶対に何かが可怪しい。何だ?この違和感は⋯。)

 

モンソンを注意深く観察すると、違和感の正体に気付く⋯出血していないのだ。干し草の山にピッチフォークが刺さっている様に、ただ槍が刺さっているだけ。その事実にある可能性を見出した俺は、モンソンへ問い質す。

 

「⋯いつから固有魔法を発動していた?」

 

「フッ、漸く気付いたか。」

 

モンソンはそう答えながら自身に刺さった槍を引き抜く。その際にも出血は起きず、代わりに身体が水中にあった物を引き上げる時特有の鈍い水音を出していた。

 

(液状化⋯どうりで出血が起きない訳だ。物理攻撃が効かない。それにあの様子だと、自身の身体に限った話なら水から元の肉体に戻すこともできるし、欠損した身体の一部を水を生成して補完する事もできる。どうやって倒そうか⋯【空間魔法】を発動すれば確実に倒せるが、『【転移魔法】を発動させて一般人全員を避難させる』という重大なミッションがある以上、ここで体力を消耗したくはない。頼と闘った時のように分身体を生成するという手段も無しだ。だが、そもそもアイツの攻撃手段が魔法で生成した水をどうこうするだけなら、俺の固有魔法で改変する事なんて造作もないだろう。)

 

そう高を括った俺はモンソンの攻撃を待つ。モンソンは左掌を縦に広げた状態で腕を上げると、そのまま振り下ろした。その手の軌跡に沿うように圧縮した水が生成されると、それは斬撃と化して俺に急接近する。

 

『その斬撃を本物の剣にしてキャッチしてしまおうか』などと考えながら固有魔法の発動に指向性をもたせる為、俺は右手を前に伸ばす。

 

俺の右腕は宙を舞った。

 

「⋯ッ!?」

 

次の瞬間、モンソンが生成した斬撃が俺の右腕を抉り取った事によって、俺の脳内が疑問符で満たされる。その疑問から俺を現実世界に引き戻したのもまた、モンソンの攻撃だった。

 

モンソンは先程と同じ様に圧縮した大量の水塊を俺に放つ。確かに先程と同じ攻撃、だが先程とは俺の状況が全くと言って良い程に違った。左腕の材質の改変と変形、そして欠損した右腕の修復を同時に行う。

 

「⋯合点が行った。貴様の固有魔法は“汎ゆる物体の形や材質を変える事ができる”と言ったとこか。」

 

左腕を広げて創った盾の向こう側から、余裕綽々という声が聞こえる。

 

「残念だったな。我は、我が生成した水を魔法や魔術で他の物質に変えられぬよう投薬をしている。」

 

刹那、モンソンが盾の脇を通って直ぐ側に現れ、俺の右腕を掴む。

 

「【冠絶奥義】」

 

(⋯マズイッ!)

 

それを聞いた瞬間、俺は途轍もない悪寒を感じ、修復したばかりの右腕をまた分離した。

 

「⋯フアムナハ」

 

モンソンがそう唱えた次の瞬間、分離した右腕は水と化して崩れ落ちる。それを見た俺は急いでバックステップを踏みモンソンとの距離を取ると、死に物狂いで脳漿を絞った。

 

(どうする⋯マジでどうするッ!?アイツの話が本当なら、俺の固有魔法でゴリ押せねえぞッ!【空間魔法】を発動すれば確実に倒せる⋯いや、本当に倒せるのか?あそこまで俺へのメタを仕込んでんなら、俺の【空間魔法】の効果だってバレてて、対策も立てられてるんじゃ⋯⋯⋯。)

 

焦りきってる俺とは対照的に、モンソンは少し肩を落としながら喋る。

 

「外れたか⋯今ので仕留めたかったんだがな。まあ良い、同じ事を繰り返せば当たるだろう。」

 

安易な考えだが、実際その通りだ。ライフル弾の威力に匹敵する“点”の水塊、腕を振るだけで繰り出される“線”の斬撃、少しの溜めは要るが物量で超硬合金を引き千切れる“面”の巨瀑、そしてそれ全てに俺の固有魔法が効かないおまけ付き。極めつけは、恐らく接触した汎ゆる物体を水に変える事ができる【冠絶奥義】⋯全てが厄介で、致命傷に成り得る攻撃だ。

 

(⋯そもそも何で圧縮したただの水塊があの威力なんだよッ!大学に居た時に見せてもらったナチュラルウォーターカッターは薄手の強化ガラスが限界だったぞッ!)

 

 

 

相手の技へ文句を言う為に引っ張り出してきた過去の回想が、沸騰して器から溢れようとしていた筈の脳漿を一気に氷点下まで冷却した。

 

 

 

(⋯その時の話だと、『ここには無いが、アグレッシブウォーターカッターと言う代物なら厚さ10mmの超硬合金を数秒で切断できる』と言っていた。アグレッシブジェットは、記憶が正しければ確か研磨剤を⋯ッ!そういう事かッ!つまりアイツが投薬をしていたのは俺へのメタでは無く、自身の固有魔法の威力を引き上げる為⋯そしてたった今勝算も浮かんだ。ここは食品売場、水にはアレが効く。)

 

『自分が何をすれば勝てるか』それに結論を付けた俺は、モンソンに背を向けて走り出した。

 

「逃げるのか、懸命だが愚行。やはり貴様の様な種族にはこれが限界か。」

 

モンソンの話には一切耳を傾けず、俺は天井からぶら下げられている吊り下げ看板を見ながら走る。

 

(相手が油断し切ってるのは好都合。どこだ、粉物⋯粉物⋯⋯。)

 

「⋯あった!」

 

『粉物』と書かれている吊り下げ看板が頭上にある通路に足を踏み入れると、少しスピードを落として商品棚を注視しながら歩を進める。

 

(⋯あれだ!)

 

目当ての商品は左側の棚、その下から2番目に並んでいた。少し体勢を崩し姿勢を低くしながらそれを手に取ると、少し申し訳なさを感じながらも封を切り、爪を刃物のように鋭くして片方の側面も切る。

 

袋の上と側面にできた切り口に指を挿れ、両側に引っ張る事で切り口を広げると、振り返って追い掛けて来たモンソンとの距離を確認する。大体の距離感を掴むと、手に持った袋の中身を袋ごとぶん投げた。

 

「⋯何の真似だ?」

 

俺が投げた袋は見事モンソンの上半身や顔面に命中し、その光景はバラエティー番組などでよく見る紙皿にホイップクリームを盛ったパイを顔面にぶつけられた芸人に酷似していた。

 

その状況を把握した俺は、右拳を振り被りながらモンソンの元へ突っ込む。

 

「追い詰められてヤケになったか⋯良いだろう、当ててみろ。我に攻撃が通じるかは分からんがな。」

 

俺の拳は、完全に油断しガラ空きになったモンソンの腹部に吸い込まれた。モンソンは勝ち誇った表情で今から拳が叩き込まれる腹部を液体に変化させる。だが、モンソンの腹部に拳が衝突した瞬間、液体は突如として個体に変化し、俺の拳には確かにモンソンの腹部を殴る感触が伝わった。

 

「⋯な”ッ”!?」

 

モンソンは俺に殴られた衝撃で数歩たたらを踏む。その隙を見逃さず、俺はさらに追撃を加えた。

 

肩などの身体の外側を狙って軽い殴打を数十発程繰り出すと、モンソンは当然今殴られているそこを防御しようと意識を回す。モンソンの防御が間に合い始めた所で、俺は狙いを鳩尾に定めた拳を3発連続で叩き込んだ。

 

「⋯ゔッ、ゔぉ”ぇ”え”⋯⋯⋯。」

 

拳は見事にクリーンヒットし、肺が潰れたような衝撃にモンソンは堪らず地面に両手を突き、おまけに消化物を胃液ごと口から零し、床を汚した。衛生的にも今直ぐ拭うべきだが、モンソンは酸素も全て吐き出してしまった様で、それを取り戻そうと無様に喉を鳴らし続ける事しかできないようである。

 

(何故だ!⋯何故打撃が通る⋯!クッ、早く⋯早く建て直さなくては⋯⋯)

 

頼と闘った時やフブキとホテルに行った時もそうだが、どうやら俺は相手がダウンした後にもう1度ダメ押しをするのが好きらしい。

 

今回も這い蹲るモンソンに一瞬で近づくと、そのままモンソンの横面を躊躇無く蹴り飛ばした。

 

モンソンの身体は頭部につられて低空を飛び、やがて商品棚に激突する。

 

モンソンの横面を蹴った時の衝撃からして顎の骨や歯は砕け散っただろうが、モンソンは“身体を水に変えてもう1度再構築する”というプロセスを挟めば骨を治せる。だが、俺がそうであるように傷を治す事はできても、痛みは確実に蓄積され、それが本人の許容量を超えればショックで気絶してしまう。それに今のモンソンがすべきは、俺の拳が直撃した理由を解明する事。

 

(不味い⋯本当に不味い。一連の攻撃で盤面が瓦解した⋯拳が当たった原因を突き止め、打開策を打たなければ⋯⋯)

 

突然直撃した拳と、それによって与えられた大ダメージ。一気に傾いた戦況と、混乱気味の頭を回して最優先で片付けるべき事態の収拾。大量の情報と痛みによってモンソンの精神は確実に疲弊していた。

 

「何故だ⋯どういう事だ⋯⋯貴様は我の身体に何をしたぁッ!」

 

立ち上がるや否や怒鳴り散らしてくるモンソンに面倒さを感じた俺は、その問いに対しあっけらかんと返す。

 

「あ?片栗粉ぶつけただけ⋯ダイラタンシー現象だよ、知ってるだろ?」

 

そう、俺が手に取りそしてモンソンに投げた袋の中身は片栗粉。片栗粉の中に含まれているデンプンと水分子とが混ざり合うと、“通常は液体だが衝撃を加えた途端に個体のように硬化する”という特性を持った混合液ができあがる。

 

俺が固有魔法ではなく棚から片栗粉を回収したのは、モンソンの警戒を解き油断させる為。

 

狙い通り油断し、もろに俺の拳を喰らったモンソンは、精一杯の虚勢を張って俺を嘲笑う。

 

「ハッ、正直に答えるとは思わなかったぞ。我の【冠絶奥義】の効果を理解していなかったのか?タネが分かれば対処する事など造作もない。」

 

モンソンの言う通りだろう。それを敵に打ち明けてしまうのは客観的に見れば悪手も良いところだ。さらにモンソンは接触した汎ゆる物体を水に変える事ができるのだから。

 

モンソンの発言に俺はわざとらしく返す。

 

「あんなの一目見りゃ理解できるわ。けど変だなぁ?そんな息巻いてる癖して一向に【冠絶奥義】を発動しない⋯どうした?具合いでも悪いのかぁ?」

 

俺の言う通り、モンソンは一向に自身の身体に溶け込んだ片栗粉を水に変えない⋯否、変える事ができないのだ。自身に投与した“魔法及び魔術による水の中に混入した物質への干渉を阻害する薬品”によって。

 

ではどういう思惑があってモンソンはそのような事をしたのか。それは恐らく“自身の技の威力を上げる為”である。

 

まず大前提として、モンソンの攻撃は体力の消耗を抑える為に少量の水を圧縮して放つというのが基本だ。そしてその攻撃はウォーターカッターと似た仕組みだが、実際に金属などを加工する工場で使われているのはただの真水ではない。

正確に言えば圧縮した真水をノズルから放出する直前に研磨剤と言われる極小の鉱物を混ぜる事で、チタンなどの硬い金属をやすやすと切断する事ができるのだ。

 

つまりモンソンの攻撃にも威力を上げる為に同じ様な工夫が施されている⋯具体的に言えば生成する水に研磨剤を混入させているのだろう。だがその工夫をするにしても2つ程問題がある。1つ目は“モンソンの固有魔法では研磨剤を生成できない事”、2つ目は“たとえモンソンの生成した水の中に研磨剤を混入させたとしても、水を元の肉体に戻した時に消失してしまう事”。

 

1つ目の問題は事前に用意すれば良いだけだが、2つ目の問題を解決しなければその用意する量も恐らく馬鹿にならない。それを解決する為にさっき挙げた薬品が使われているのだろう。

 

『そんな便利なものを本当に調薬できるのか』という点では甚だ疑問だが、厩戸烏という組織の事を考えると造作もないのかもしれない。

 

「⋯そこまで分かっていたのか。」

 

俺が一連の流れを振り返れる程の間黙り込んでいたモンソンはそんな言葉を零す。その声色は何と言うか、諦め半分のような穏やかさを含んでいた。

 

「ああ、どうする?降参するか?」

 

俺の問いにモンソンは答えになってない返答を寄越した。

 

「ああ、一撃で殺すッ!【空間魔法】フィールドォッ!」

 

次の瞬間、【空間魔法】の外壁が俺たちを包み込む。完全に空間が分断されると、モンソンは大声を出した。

 

「この【空間魔法】内の効果は“必中”ッ!我が次に放つ攻撃は、確実に貴様に当たるッ!」

 

モンソンの『勝ち確宣言』に対し俺は———

 

「お前、この期に及んで馬鹿か⋯⋯?」

 

などと声を漏らす。確かに“必中”の【空間魔法】というのは字面だけ見れば最強だが、実際は途轍もない弱点を持っている。“必中“が付与されている【空間魔法】の外壁は、それが付与されていない【空間魔法】よりも“圧倒的に脆く、さらに塗り潰し合いにも格段に弱い”という、『どうやって運用すんだコレ』レベルで使い勝手が悪いのである。

 

(なんでそんな技をコイツはこんな追い詰められてる場面で使うんだ⋯え?コイツもしかしてこの技の弱点を知ら⋯ないのか⋯いや、そんな訳⋯⋯。)

 

モンソンの予想外の行動に、訳が分からずある意味モンソンのペースに流されている俺。だが確実に分かるのは、俺の中でモンソンという魔法使いに対する株が暴落している事だ。

 

『他の種族を殺すのが目的とは言え、低燃費で高威力の技を放つ為に努力をする姿勢は間違いなく魔法使いとして良い点であろう』などと考えていた自分はただの馬鹿だったのかもしれない。

 

どういう訳か完全に吹っ切れてしまった俺は、モンソンを見習って全力でキメ顔をしながら宣言した。

 

「何か勘違いしてるようだがな、【空間魔法】の発動は勝利の合図じゃない———第2ラウンドのゴングだ。【空間魔法】フィールド」

 

俺がそう唱えるとモンソンが発動した【空間魔法】の外壁が破壊される。やがて俺が発動した【空間魔法】によってもう1度空間が分断されると、先程のものとは違い辺り一面が淡い霧で満たされた他、半径7m弱に設定された【空間魔法】の内側にあった商品段などの遮蔽物は、軒並み取り除かれていた。

 

「何だ⋯何だこれはぁッ!」

 

【空間魔法】内の異様な光景に慌てるモンソン。その反応を見た俺は、これ見よがしに大きく予備動作をとって走り出す。右拳を振り上げ一瞬でモンソンに肉薄すると、勢いのままに顔面を殴り飛ばす。

 

「グアァッ!」

 

モンソンは若干吹っ飛び、俺との間に十分な距離ができる。それを確認したモンソンは殴られた場所を左手で抑えながら立ち上がる。

 

「まだ⋯まだだァッ!我に攻撃を当てられたとしても、我の攻撃を完全に防げるようになった訳ではないッ!」

 

そう言ってモンソンは激しい形相で右掌をこちらに向け、水塊を生成しようとする———だが、哀しいかな、何も起こりはしない。

 

それに気付いたモンソンは自身の右掌に視線を落とし、怒鳴りつけた。

 

「何故だッ!何故魔法が発動しないぃッ!」

 

得も言えないその姿に中々の滑稽さを見出した俺は、折角なので教えてやる事にした。

 

「“魔法、魔術の発動を封殺する”という効果が、この【空間魔法】内に存在する全ての魔法使い及び魔術師を対象に発動している。お前が使えないのもそれが原因だ。」

 

それを聞いたモンソンは酷く絶望した顔をしながら、再び自身の掌に目を落とす。

 

「そんな⋯そんな馬鹿な⋯⋯。」

 

とは言え、これだけ強力な効果⋯“必中”の【空間魔法】程ではないが、重大な弱点が存在する。

 

「安心しろ。その効果の対象には俺も入ってる。詰まる所、俺も魔法は使えねえよ。」

 

その上、発動を封殺できるのは魔法と魔術だけな為、相手が拳銃などを所持していた場合は逆に俺の方が不利になって普通に殺される可能性もある。

 

(だが今回に限っては相手が拳銃以上の威力とスピードが出る遠距離魔法を使える事から、アイツが拳銃を持っている可能性は低い。)

 

そう推測した俺は、ただ攻める事だけを考えて地面を蹴った。

 

俺はモンソンの胸や腹などの身体の中心部分を狙って殴り続ける。思いっきり殴り過ぎて俺の間合いから外れる事を留意し、少しジャブ感覚の打撃も混ぜながら。

 

(一旦止めるか?)などと考えた俺は、モンソンの脳天に正拳突きをお見舞いする。それを喰らったモンソンは大きく仰け反り、後退した後に尻餅をついた。

 

これだけの攻撃を受けて尚も立ち上がるモンソンを見て、俺は軽口を飛ばす。

 

「さっすが同族。俺たちエルフってやっぱりしぶといんだろうな。」

 

それを聞いたモンソンは、途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。

 

「だと⋯してもッ!貴様は⋯貴様は異端だぁッ!この【空間魔法】内では⋯【身体強化魔法】も使えない筈⋯なのに、何故我との殴り合いで圧勝できるッ!?何故ここまで貴様は強いのだぁッ!」

 

その質問に、俺は右手を振り上げながら口を開く。

 

「この【空間魔法】内では、魔法などが使えないだけであって空気中の魔素が集約できない訳でも、自身の生命力から魔力を捻出できない訳でもない。そして、俺の固有体質は【集約向上】!俺の身体に魔素を集約すればする程、俺の身体能力は向上するって訳だぁッ!」

 

そう言い切ると、又もや地面を蹴ってモンソンとも距離を詰める。

 

全身に集約した魔素を一気に放出するイメージを持ちながら、俺は全力で固めた拳をモンソンに叩き込んだ。

 

「グゥ゙オ゙ッ⋯ハァッ!」

 

モンソンは固有魔法も使えなくなった為、同時に身体を回復させる事もできなくなっている。それが災いしてか、俺が数発喰らわせる予定だったその攻撃を1発喰らっただけでモンソンの意識は沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM1:40

 

「いやー、焦ったぞ。お前が敗けたんじゃないかと思って。」

 

俺が【空間魔法】を解除すると、目の前に現れたラプラスは開口一番そう言った。

 

「何でそうなる?」

 

「いや、この後『【転移魔法】で被害にあった連中を避難させる』っていう大役任されてるお前が態々【空間魔法】まで切るとは思わなくてな。てっきり敵が発動したんだと思ってた。」

 

ラプラスの答えに俺は『あー、成程な。』などと言葉を漏らしながら歩み寄る。

 

「別に大丈夫だ。どっちもまだ生きてる、固有魔法も【転移魔法】もな。【空間魔法】は流石に使えない可能性の方が高いけど。」

 

俺の発言を聞いたラプラスは首を傾げる。

 

「⋯魔法使いって一気に大量の魔素を集約すると“集約器官の麻痺”が起こる筈だよな?」

 

「まあ、確かにあるが⋯集約器官の許容量だって日々慣らしていけば、増大する。魔法使いにとって1番の敵は、“集約器官の麻痺”ではなく疲労。魔素を集約して還元するのが滅茶苦茶疲れんだよ。」

 

俺の回答にラプラスは一瞬納得したような顔をしたが、再び首を傾げた。

 

「⋯の割に殆どの魔法使い共は、『魔素の集約と還元は普通の呼吸と同じ感覚』って言うぞ?何が違うんだ?」

 

ラプラスの問いに、今度は俺が首を傾げる。

 

「⋯そうだな。俺としては“限界まで息を吸った後、今度は限界まで息を吐く”戦闘中これをずっと繰り返してる感じ⋯って言ったら分かるか?」

 

それを聞いたラプラスは、どこか遠い目をしながら頷く。

 

「確かに、ちょっと辛いなソレ。」

 

ラプラスがそう発言した直後、俺のスマホが振動した。ポケットからスマホを取り出して画面を覗くと、『クロヱさんがグループ音声通話を開始しました』という文字。

 

(被害状況の確認って所か⋯そう言えば俺、冷凍食品で亡くなってた人たちしか知らないな)

 

そう考えた俺はラプラスに視線を飛ばす。

 

「そっちは⋯何人死んでた?」

 

「ああ⋯18人だと思う。」

 

俺は『分かった⋯』と返して応答ボタンをタップした。

 

 

 

 

 

 

『普段の浮き世離れしたお前も嫌いじゃねえが、俺はやっぱ素直なお前が好きだな⋯1人で背負わねえから。』

 

『はいはい。』

 

頼はそう言って電話を切った。『グループ音声通話に参加している方はいません』と表示されている画面を暫しの間眺めた後、俺も退出する。

 

「⋯急ぐぞ。」

 

頼の傷心を気に掛けた俺は、ラプラスにそう告げる。ラプラスはと言うと、少し不思議そうな顔をして俺に一言。

 

「何か変だったな、アイツ。」

 

その言葉に、俺は溜息を吐く。頼のあの豹変具合は、確かに異様なものだったが⋯生憎と俺は慣れていた。

 

「⋯仕方ねえだろ、大勢死んじまったんだから。」

 

「そりゃ⋯そうだけど。何か⋯アイツが人の死で一気にメンタル揺れ動くような人間には見えねぇと言うか⋯。」

 

ラプラスの言い分に、俺は『まあ⋯確かにな。』などと返す。

 

「お前が言った頼への印象は、頼と接した多くの人たちが抱くものだと思うぞ。冷静沈着で、尚且つどこか浮き世離れしたような、達観したあの態度。おまけに洒落にならない戦闘能力も持っているような奴だ。だが実際はな、アイツの爺さんが亡くなって、それから1ヶ月ぐらい家から出て来なくなった事があるほど、人の死に敏感な奴でもあんだよ。」

 

俺の話を聞いたラプラスは『えぇ⋯⋯。』と、明らかに困惑した表情を見せた。

 

「1ヶ月って⋯それ人の死に敏感ってレベルじゃ無いだろ。」

 

ラプラスは『1ヶ月も掛かった』という認識だが、それは俺たち水宮家が一家総出で頼の奴を励ましたからたった1ヶ月で収まったのである。俺たちが何もしなかったら、アイツは生活費が底を突いて死にかける直前までぼーっとしていた可能性が全然ありえたのだ。

 

「だからこそ、俺は心配なんだよ。何かあってからじゃ、確実に遅い。それに⋯⋯嫌な予感もする。」

 

俺の最後の一言を聞いた瞬間、少し目つきを変えたラプラスがこちらを見る。

 

「⋯嫌な予感?ソレってお前の勘だろ、当たんのか?」

 

ラプラスが真剣そうな顔つきをしていたので、俺も釣られて神妙な面持ちで返す。

 

「少なくとも、今の頼よりは確実に良い。それは保証できる。」

 

それを聞いたラプラスはニヤける。俺の発言に少し面白味を感じているようだった。

 

「じゃ、さっさと行かねーとな。」

 

「ああ、急ぐぞ。」

 

俺はラプラスにそう告げると背を向けて走り出そうとする。しかしその予備動作は、背後から投げかけられたラプラスの一言で無用の長物と化した。

 

「いや普通に【転移魔法】使えよ。なにやってんだ馬鹿か?」

 

「⋯そうだな?」

 

自分が少し脳筋気味になっている事に危機感を覚えながらも、俺はラプラスと共にメインエントランスへと向かった。




後半戦のつもりで書いてたのに中盤戦でした。
なんかこんな事前にもあったような?

それにしても、ホロライブの面々が動かないので面白味に欠けますねー。
ですが!次回は沙花叉たちが思う存分苦しゲフンゲフン…活躍してくれるとの事なので、期待しておいて下さい!
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