枢視点からスタートです。
登場ライバー
水宮枢 癒月ちょこ
「頼さん!だっ、大丈夫ですか!」
頼さんは途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。
「やっ、やばい……骨折とかはしてないけど…………単純に……衝撃が……。」
傍から見れば『行き過ぎた強がり』頼さんが人間であることを考えれば『意味不明な訴え』と感じるのかもしれない。けど……本当にその通りなのだろうということが、すぅには分かる。だって、何度も見て来たから。何度も何度も、すぅのお兄ちゃんと一緒に遊んだり、力比べをしたりする頼さんを影からずっと見て来たから。だからこそ怖かった、慌てることしかできなかった。
「きゅっ、救急車ッ………。」
そう叫びながら通報しようとするすぅを頼さんの言葉が制止した。
「いや、それよりも……
正爾はすぅのお兄ちゃんの名前……でも、先生って誰?そのことを頼さんに聞くよりも先に、頼さんは気絶してしまった。
「頼さん……頼さん!」
どれだけ呼んでも、応答はない。頭が真っ白になる。動けない………怖い………ダメだ、せめて……お兄ちゃんに電話しないと………。
すぅは震える手で、お兄ちゃんに電話を掛けた。
「ん?電話?」
遊んでいたゲームを中断し、スマホに手を掛ける。枢からだった。今あいつ頼と遊んでんじゃなかったっけ………あーーー、なるほどね。差し詰め『勢い余って頼さんにあることないこと喋っちゃってどうしよう、嫌われてないかな。』って所か。よくやらかすからな、あいつ。はっきり言って面倒ではあるが………しゃーない、出るか。
「どうしたす「お兄ちゃん!頼さんが……頼さんが!」取り敢えず落ち着け。」
電話に出た途端、枢のいつも以上に焦っている声が耳に届く。頼のことを訴えてるから、一応非常事態ではあるらしい。
「何があった?」
「頼さんが……車に轢かれて………骨折とかはしてないって言ってたんだけど………気絶しちゃって………。」
「そうか………なんで俺に電話を?」
「すぅが救急車を呼ぼうとしたら止められて………お兄ちゃんと、先生を呼んでって………けど、すぅ先生が誰か分からなくて………お兄ちゃん分かる?」
あいつが先生なって呼び方を使う奴は1人しかいない。連れてって寝かせろってことか。
「ああ、分かる。その人がいるところまで運ぼう、場所は何処だ?」
「えっと……場所はね…………」
枢から場所を聞き出し、出かける準備を整える。テレポートでも使おうと思ったが、大して緊急でもないだろうと思い、普通に走ることにした。ぶっちゃけた話、走ったとしても到着時間はテレポートとそんなに変わらないのである。
電話を切った十数秒後、お兄ちゃんは爆風と共にやってきた。
「さっ、行くぞ。」
そう言いながら、慣れた手つきで頼さんを軽々と背負う。すぅのお兄ちゃんも大概馬鹿力だ。
「行くってどこに?」
「先生がいるところだ、まあ付いて来い。」
お兄ちゃんが歩き出し、すぅもそれに付いて行く。すぅは足が遅い、けどお兄ちゃんはすぅの歩く速さに合わせてくれた。目的地に着くまで時間がかかったのは、絶対その所為だ。
目的地に着くと看板が見える、小規模な病院だった。
「癒月クリニック?」
「そう、あいつが言ってたのはここの副院長さん。」
お兄ちゃんは正面玄関ではなく、何故か裏口に回る。
「なんで裏口?」
「予約してないからな、直接お願いするしかない。」
そう言ってお兄ちゃんはインターホンに手を掛ける。ピンポーンと鳴った後『どちら様でしょうかー』という声が聞こえた、女の人の声だった。
「水宮正爾です。頼が車に轢かれて気絶してしまったので、少しの間寝させて貰えますか?」
「分かったわ、ちょっと待ってて頂戴。」
ガチャリというドアの鍵が開く音がする。機械音声からでも分かる大人っぽさに、すぅは身構えてしまう。
数秒後、ドアが開かれ白衣を着た人が出てきた。長い金髪、頭から生えた2本の角、すぅよりもずっと大きい身長、悔しいくらいの美人だった。
「お久しぶり、正爾君。」
「ご無沙汰してます、癒月先生。」
「そんなお堅くならなくていいわ……その子は?」
2人の視線がすぅを見る。けど、緊張しちゃって声が出せない。それを悟ったお兄ちゃんは、すぅの代わりに説明してくれた。
「あー、俺の妹の枢です。すいません、ちょっとこいつ緊張しちゃってて。」
「そうなのね。よろしく、枢様。」
「はっ、はい。……様?」
「この人の口癖みたいなのだから気にすんな。」
「ここでこれ以上の無駄話もなんだし、さっさと頼君を運んじゃいましょうか。」
そう言われ、すぅたちは家の中へ案内される。着いたのは、何の変哲もない診察室だった。
「ここに寝かせておいてくれる?」
「はい、分かりました。」
お兄ちゃんは頼さんをベットに横たわらせる。すると癒月さんは頼さんの脈を測ったり聴診をしたり、目にライトを当てたりする。
「……大丈夫そうね。この様子じゃあ、少し寝かせておけば目も覚ますわ。」
「あの……癒月さんのお名前って何ですか……お兄ちゃんたちとどんな関係なんですか……。」
単純に気になった、理由はそれだけ。
「あら?自己紹介してなかったかしら?分かったわ。……………ちょっこーん、正爾君たちの高校の元保険医で頼君の初恋の相手、癒月ちょこです♪」
「え?」
嘘……嘘、噓嘘嘘!そんな訳、そんな訳!
「ちょっ、癒月先生!こいつ、そう言う冗談真に受けちゃうんすよ。」
「……嘘ですよね………冗談ですよね………そうですよねぇッ!」
「ごっ、ごめんなさい。頼君の初恋がちょこなんて、有り得ないから………。」
「………良かった。」
「というか、癒月先生に惚れてたのはあいつ以外の男子だろ。」
「それは正爾君もでしょ。」
「それもそうですね。」
「……正爾君」
「どうかしましたか?」
「少し廊下に出て話せる?」
「…分かりました。」
「枢様は頼君のことを見てて下さいね。」
「はっ、はい。」
お兄ちゃんと癒月さんは診察室を出ていった………頼さんと2人っきり、嬉しいはずなのに………腹が立つ。
「はあ………頼さん。」
「頼君もしかして、枢様に本当のこと言ってないの?」
癒月先生は診察室を出て扉を閉めた次の瞬間そう言った。
「こんなに近くで話したら、あいつに聞こえますよ。」
「大丈夫よ。ここの診察室には外部との音を遮断する結界魔術をかけてるから、因みにドアをノックするのが一時解除のトリガーよ。」
「分かりました……そうですよ。頼の奴、枢に何の説明もしてない。だから癒月先生の冗談に嚙みついたんですよ。」
「……どうしたの?少しストレスが溜まっているように感じるけど。」
「別に……今始まった事じゃないんで。」
「いいわよ、誰にも聞かれないし。」
そう言われちゃ、言うしかないだろう。実際、俺がむかついてんのは事実だし。
「じゃあ、遠慮なく………頼の奴、重要なことを伝えんのがいっつも遅いんだよ!俺も、頼の事実知ったの滅茶苦茶後になったし?ていうか、高3の冬休み明けだぞ!教えられたの。衝撃すぎて1ヶ月ぐらい勉強に集中できなくて、大学受験落ちるかと思ったわ!あ"ーーなんかイライラしてきたッ!ふざけんじゃねえよあいつ!俺たちが親友同士になったの高1の夏休みなんですけどッ?その癖とんでもねえ真実教えられたの2年半後だぞふざけん"な"あ"ッ!いやまあ確かに納得したよ?あいつのよく分かんねえ部分大体理解できたし?だとしても重たい"ん"じゃあ"ッ!………ハア………ハア………つ、疲れました。」
「だいぶ溜まっていたようね。」
「……そうですね、すいません。」
「いいのよ。ところで、枢様のことはどうするの?あの様子じゃあ、頼君にぞっこんってレベルじゃなさそうだけど。」
「それは俺の問題じゃない、あいつがどうにかするかしないかです………枢の奴が、頑張ってあいつとの距離を縮めようとする姿を見るのは、個人的には辛いですけど。」
「あなたも応援すればいいじゃない、商店街の人たちのように。」
応援したところで何になる、枢の恋が叶うなんて万が一にも有り得ない。あの侍がこの世から消えない限りは………いや、あの侍が消えたら、あいつもいなくなるか。
「無理に決まってるでしょう。商店街の連中が枢のことを応援できるのは、みんながあいつのことを知らないからです。あいつはクラスの連中にも話さない。クラスメートからしたら『身体能力が常軌を逸している化け物』と捉えられるでしょう。」
「なんであの子は、ちょこに全て話してくれたのかしら………。」
「分かりません。ただ、何か信用できるところが癒月先生にあったんじゃないですか?」
「そうね………あの時は驚いたわ。彼の異常なまでの身体能力、それが片鱗でしかない事に。」
「ええ、あいつの強さは単なる身体能力だけじゃない。魔法や魔術においても、あいつを上回れるのは魔界や異世界でも、上澄みだけですから。」
「そう考えると、枢様も大変ね。」
「頼さあん、そろそろ目ぇ覚ましてくださいよお。」
極度の緊張との温度差で眠たくなってきた………でも、寝たくない。寝たら、頼さんが起きた時に話せないから。頼さんが起きた時、すぅが頼さんの顔を覗き込めば、ずっとすぅのことを見てくれるから。すぅがヘンなのに絡まれた時、助けてくれた背中を何度も見て、ずっと憧れて、いつも感じて来たから。だから偶には、頼さんがすぅのことをずっと見てて欲しいから。
すぅのお兄ちゃんは自慢じゃないけど凄い強い。けど、頼さんも同じぐらい強い。高1の時、このことを千速たちに言ったら『そんなわけないじゃんwww』と笑われた。すぅだってそうだ。お兄ちゃんに『俺と同じぐらい強い人間の友人がいる』なんて言われたら、きっと笑い転げる。ていうか、実際笑い転げた。信じられる訳が無かった、頼さんはそれぐらい異常だ。
そんな人間がいることをすぅが信じたのは、中1の秋。よく覚えている、だってよく分からなかったから。3人の獣人が1人の人間に、力で負けた。その夜、昼にあったことをパパンやママン、お兄ちゃんに話した。そしたら『お礼に行こう』って言われた。そうして向かったのがあの本屋、まだその時は頼さんのお爺さんがやっていた。お爺さんに呼ばれる直前にやってきた頼さんはすぅとお兄ちゃんの姿を見て少し驚いた素振りを見せた。すぅたちが兄妹だという事を、知らなかったんだと思う。お兄ちゃんたちと少し話をした後、すぅのことを見てほっとしたような笑みを浮かべながらすぅのことを撫でてきた。『両親や兄貴を心配させないためにも、あんまり暗い所に行くんじゃねえぞ。』そう言われた時、頼さんがすぅの目に何か特別なものとして映った気がした。すぅの常識を覆すような怪物が見せた不意の優しさに、すぅは惚れてしまった。
頼さんはいろんな人を助ける、それだけの力がある。だから怖い。誰か複数人の恨みを買って、刺されたり、撃たれたり、滅多打ちにされたりして死んでしまいそうだから。いくら強くても、いくらかっこよくても人間は人間。すぅたちなんかよりよっぽど早く死ぬ。それが、心配で不安でどうしようもなくて………一瞬とも永遠ともとれる、すぅたちだけの空間。今ここですぅが頼さんにキスしたり、このベッドで頼さんと一緒に寝たりしたら……
どう足掻いても、この恋は絶望的である。