登場ライバー
??? 癒月ちょこ 水宮枢
忘れられない人がいる…いや、違うか。忘れたくなかった女性がいた。
そう、忘れたくなかったのだ…ずっとそばにいて欲しかった。というより、今も思っている。ずっと俺の横にいて互いに笑ったり、ホラー映画とかを見て互いに泣いたり怖がったり…何の変哲もない日々で良かった、アイツと一緒にいられればそれだけで良かった。
アイツと初めて会ったのは…いつだったのか覚えてない。場所は少なくとも神社だった筈だ…と言うより、アイツとは神社以外で会ったことがない。小学校ですら会わなかった気がする…あっ、小学校なら小学生の時じゃん!思い出した思い出した…あー、後暑かったなあ、じゃあ多分夏だ。
…整理しよう。詰まる所、アイツと会ったのは小学生の頃の遠足か何かの時に神社で昼食を食べた後の自由時間だ。
その時から既に神社はボロボロだった。その上御神体を祀る本殿と参拝者が賽銭などを投げる拝殿が何故か融合しており、何を御神体としていたのか、何を目的に造られたのか誰が建てたのか未だにはっきりしていない神社だった。
ただ必要以上に広い境内や隠れ家にも使えそうな本殿の裏は子供の遊び場として最適だと教員が判断したんだろう。実際、境内や本殿の裏を目一杯使った鬼ごっこやかくれんぼは楽しかった。
ただ俺にはそれ以上の収穫が…出会いがあった。俺が感じている2つの運命、その内の1つ目の出会い。かくれんぼで本殿の軒下に隠れた時…泣いていたのだ、アイツが。俺が暗い軒下でアイツを見つけられたのはアイツが全体的に真っ白な風貌だったからだと思う。
「ん?君、どうし…なっ、なんで泣いてるの!?だっ、だいじょうぶ?」
「うっ、うん…キミは……だれ?」
「ぼく?ぼくはまさちか…君こそだれ?」
「誰も知ることは許されない」
「……知らない名前…君はいくつ?小学生?」
俺がそう聞いた時、アイツは少し悲しそうな顔をしながら俯き首を横に振った。
「…わからない……小学校にも……行ってない。」
「嘘、行ってないの⁉︎何で⁉︎」
「ずっと…ここにいるから……ひとりぼっちで寂しくて………。」
アイツはまたポロポロと涙を流し始めた。
「…そっか……ごめん。1人だったら…ぼくと……遊ばない?」
「……いっ、良いの?」
「うん…というか……友達になろうよ!ひとりぼっちよりは……きっと楽しいし。」
「…友達……ありがとう!嬉しい!」
アイツは曇りなき笑顔で笑っていたと思う。
「正爾君、どこにいるのー?」
少しすると先生が俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ごめん、もう行かなきゃ…また来るね。」
「うん!絶対来てね。約束だよ!」
そんな約束をして俺たちは1度別れた。俺はアイツと友達に…親友になった事を後悔する気はない。
それから俺たちは何度も会って何度も遊んだと思う。きっとアイツはいつも笑っていたんだろう。俺がアイツを思い出す時、アイツの顔は見えない。でもとても楽しそうな…幸せそうな雰囲気を感じるから。
それから月日は流れ俺が高校に上がった時、もう1つの運命と出会ってしまった。その男の名は
頼の奴を1目見た時の俺の感想は『異質』だった。立ち姿で伝わってくる体格の良さと異常な身体能力。俺が魔法使いにも関わらず、微少だが感じられる魔力。妙に浮世離れした視線と態度…どれを取っても奇妙さの塊だったのだ。この学校は校舎が分かれているとは言え中高一貫。つまり滅多な事がない限りそんな奴がいれば多かれ少なかれ噂は回って来る。だが俺がその名前を知ったのは高校に上がった初日だった。
俺が頼の奴を見て『異質』と感じたと同時に果てしない程の探求心が沸いた。だから自由時間になると、俺は真っ先に頼が座っている机に向かった。
「なあ、何でお前本読んでんの?」
「……え…………は?」
俺がそう聞いた途端、頼は『え?コイツいきなり何言ってんの?』と言いたげな素っ頓狂な声を発する。
(…ファーストコンタクトミスったな………アイツとばっか話してると距離感が分からなくなるんだよなあ。)
「…読んでて悪いか?」
「いや…なんか本読むのはお前の性に合ってなさそうな気がしてな。」
俺の発言に頼は『ぐっ……。』と痛いところを突かれた様な擬音を発する。
「…いっ、家が本屋なんだよ……それで…どうしてそんなことを………?」
歯切れの悪い言い訳をしながら頼は聞き返して来る。しかし、その返答はもうしてあるので話を変えることにした。
「お前運動神経異常に高いだろ。それに魔術も使える。」
「そっ、そう…だな……まあ確かに使えるが………。」
「魔術は確か大学でも専門的な分野じゃなきゃ学べねえんだろ?そんな魔術が使えるような奴が普通の小説読んでんのが変だなーって思ったんだよ。」
俺が一通り話し終えると頼は『はあ…』と溜息を吐く。
「別に大した理由もねえよ。使えるから使えるだけだ。それに本読んでるのも新しい事始めようと思っただけだ…けど家が本屋ってのはホントだからな!?」
頼の奴は一見掴みどころが無いように見えるが実際のところはそこまでじゃない。案外気さくだし、いろは曰く、昔はもっと素直で子供っぽい奴だったらしい。ただ真面目な時が真面目過ぎたり、そん時の顔がかなり堅物に思えるだけだ。
別の日、俺たちは体育の時間で体育館に移動していた。
「今回は高校最初の体育なのでね、皆さん自由に遊んでください。」
体育の先生……というか俺らの学年の主任がそう言って来た。
「マジで⁉︎よっしゃあ!じゃあお前らバスケやろうぜ!」
他のクラスメートは各々で遊び始める。俺は体育館の壁に体重を預けるように突っ立っていた頼を当然の如く誘いに行った。
「なあ頼、遊ぼうぜ。」
「良いけど…何すんだ?」
「……じゃあちょっとめんどくせぇけど、ネット立ててバドやろうぜ。勿論お互い本気で。」
その言葉を聞いた瞬間頼は『げっ……』と言いながら少しイヤそうな顔をする。
「本気はちょっと…あんま目立ちたくないし……。」
「別に良いだろ、そんな注目されねえって…な?」
「……分かった。良いぞ。全力でやってやる。」
その後ネットを立てたは良いものの、お互いにバドミントンのルールを大して知らなかったので適当に15点マッチで試合を開始した。素人が15点マッチのバドミントンをするならば平均的な所要時間は12分程だろう……にも関わらず俺たちの試合時間は約40分…つまり丸々授業1限分を費やしてしまったのだ。
「はあ…はあ……なんで…何で負けたの俺⁉︎」
結果は22対24で俺の敗北だった……いやなんで?途中までは良かったぞ?…最初の方は8対3で俺の方が押していた。なのに頼の奴は追加で1点を取ると『よし慣れた!』とか言って急にペースを上げてきた。俺『ヤベえ』ってなって【身体強化魔法】使ったぞ?頼の奴は何の小細工も使わなかったんだぞ?ホントに何で負けたの俺…………。
そんな事を考えながらも俺は頼とハイタッチをする。その時『危ねえッ!』そんな声が体育館に響き渡った。声のした方を見ると恐らく誰かの魔法で一時的に燃やされたバスケットボールが体育館の入り口付近にいる女子にかなりのスピードで向かっていた。
「……
それを見た瞬間頼はそう叫ぶ。俺が横を見ると先程までそこに立っていた頼は居なくなっていた。
「わっ、分かった!」
俺も慌てて走り出す。【身体強化魔法】を解除していなかった為ギリギリで間に合った。頼は当たりかけていた女子を庇い。俺はその2人とボールの間に割って入りボールを受け止める。だがギリギリだった為上手く受け止める姿勢が取れず、その豪速球は俺の左腕にぶつかった。
「グッ……イッテェ………。」
予想以上の衝撃に俺は膝を突き疼くまる。
「大丈夫か。早く回復を……あっ。」
頼はそう言いながら俺の左腕に手を翳すがそれを途中で止める。
「……どっ、どうした?」
「お前って…人間か?」
その言葉の真意を理解した俺は手短かに話す。
「一応エルフの血が濃いが人間とのハーフだ。」
「分かった。【治癒魔術】は止めておく。保健室の場所って分かるか?」
「ああ。大体の教室の場所は把握してる。」
「じゃあ案内頼む…肩持つぞ。」
頼はそう言って1度膝を地面に着け、俺の肩を持って立ち上がる。そこにさっきのボールを投げたであろう男子が走って来る。
「悪かった…本当に悪かった……魔法の制御が出来なくなっちまって……。」
そう言いながら俺に頭を下げる男子へ俺は言葉を掛ける。
「別に謝る必要はない…ただ悔いてくれ。魔法を制御出来ず人を傷つけるような奴に魔法を使う権利はない。」
「分かった……じゃあ今度、制御する方法伝授してくれよ。」
「フッ……分かった、いいぞ。」
そんな会話をした後、俺たちは保健室に向かった。
保健室の前に来ると頼は俺に肩を貸していて右手が塞がっている為、左手でドアを開ける。
「失礼します…えーっと、あの…えー……まいいや先生!」
その光景を見た癒月先生は一瞬ポカーンという表情を浮かべたがすぐに元の微笑に表情を戻した。
「ふふっ、癒月よ。どうかしたの?」
「えーっと正……彼がバスケットボールを受け止めようとしたら左腕に当たっちゃって少し痛そうだったんで連れて来ました。」
「おいちょっと待て。それだと俺がミスって自爆したみたいになるだろ。」
「ふふふっ、そうね。一応報告用の書類も書くから正爾君の言う通り、正しい内容で教えて欲しいわね。大丈夫よ正爾君、貴方たちの学年主任から事情は聞いてるわ。」
そう言いながら癒月先生は手招きをして俺たちを保健室に入らせると、俺を診察用の丸椅子に座らせ頼を体育館に帰した。
「じゃあ、一応怪我したっていう左腕見せて下さいねー。」
俺はそう言われたので大人しく長袖を捲り左腕を差し出す。癒月先生は俺の左腕を持って『うーん』と唸りながら観察する。
「……バスケットボールに炎系の魔法が付与されてたのよね…確かにその所為で少し火傷してるけど順調に回復してるわね。これなら消毒するだけで大丈夫よ。」
「分かりました。」
癒月先生は棚から消毒液の入ったボトルとティッシュを取り出す。ボトルの蓋を開けティッシュに数滴染み込ませると火傷した部位に当てる。
「…そういえば、正爾君はバスケットボールを受け止めたって頼君が言ってたけど、頼君自身は何をやっていたの?」
癒月先生がふとそんなことを聞いてきた。
「頼の奴は俺よりも先に駆け出してボールが当たり掛けてた女子を庇ってましたよ。」
「じゃあ正爾君はそれを見て仕方なく受け止めに入ったって事?」
「あー、いえ全く。俺は最初っからそのつもりでしたよ。根本を対処した方が安全だと思ったので…被んなくて良かったですよ。上手く連携できましたから。」
それを聞いた癒月先生は何か物珍しいものを見るような目で俺を見る。
「そう…貴方たちって凄い似てるわね。」
「………そうですか?」
俺の質問に癒月先生は微笑みながら頷く。
「ええ。凄い似てるわよ………性格や行動理念は正反対みたいだけど。」
「え?…何て言いました?」
「……何でもないわ。」
俺は癒月先生の言葉が上手く聞き取れず、『似ている』という言葉だけが腑に落ちなかった。
「これで大丈夫よ、もう帰っていいわ。悪化する事はあなたの体質上無いと思うけど、何かあったらちょこに言うか病院に行って下さいね。」
「分かりました。ありがとうございます。」
俺はお辞儀をして椅子から立ち上がり扉に向かう。保健室を出る直前俺は扉の前で踵を返すと、再びお辞儀をして体育館に戻った。
「お前たち!バド部に入らないか⁉︎」
俺が体育館に戻り頼と一緒にネットを片付けていると学年主任は正に熱血漢の様な大声を出しながら俺たちに話し掛けてきた。その提案に俺たちはそれぞれ別々の方向に視線をズラしながら返答する。
「…俺は……まあ、魔法部にでも入ろうかなー。」
「…俺も……文化系とか………まあ、そこら辺で良いかなあ。」
「いや…だが……お前たちみたいな逸材なんてそうそう………………」キーンコーンカーンコーン
諦めの悪い学年主任が食い下がりめげずに勧誘を続けようとした所でタイミングよくチャイムが鳴り、日直の号令が終わった途端俺たちはダッシュで教室に帰り、今日中に絶対どこかしらの部活に入部届を提出することを決意した。
そんな事もあって頼の奴は一躍有名人となった。(俺は元々魔法学の天才として割と有名だったし、今や高校時代の頼が何気にモテているのは俺のおかげでもある。)
それから3ヶ月後『俺たちが互いを親友として認めた合い2人で目一杯遊んだ夏休みがあった』とそれから3ヶ月間、俺は思い続けていた。しかし、実際は違った…2人ではなく3人だった。俺が出会った2つの運命が撞着し、現実と認識で最悪の齟齬を生んでしまった。
夏休みのとある日、俺は頼を連れてアイツがいる神社へ遊びに行った。
文句無しに楽しい思い出だったと思う。ボヤボヤの記憶の奥地が鮮やかに霞んでいたのだから。
その帰り俺は駅前のプリンを2つ買った。ガラスのコップに入った割と高いやつだ。理由は頼の奴が別れ際におちょくって来たからである。
「…なーんか意外だったよ。お前が色恋なんて。」
アイツと別れ俺たちがほぼ同じ帰路を辿っている時、頼はそんな話題を急にぶっ込んできた。
「意外って何だよ意外って。」
「まあ納得したけどな。どうりでお前が同級生や後輩に靡かねえ訳だ。」
「それはお前もだろ?割とモテてる癖に。」
「俺は大してなあ……それよりも爺ちゃんの手伝いしたいっていうか………。」
「…それは何ともまあ……お前らしいよ。」
「………そうか。で?どうすんだ?誰かに盗られるっていうのもなさそうではあるが……長い付き合いなんだろ?」
「いや…なんか……今は親友っていう関係で満足してるというか………。」
「俺と彼奴の関係というか扱いが同じでお前は良いのか?」
「それは…それで変だな。」
「だったら行動あるのみだろ。ケーキか何か食べながら切り込んでみろよ、悪い方向へは行かないんじゃねえか?」
「そう……かもな。少し前に踏み出してみるか。」
「……一応言っとくけど失敗しても俺は知らないからなー。」
「おいお前が言い出したことだ「じゃあ俺こっちだから。また何時かー。」待ちやがれやおい……はあ、腹括るか。」
そんな言葉を言い残すと、頼の奴は自分の家がある方向へ進路を変え歩いて行った。
そんなこんなで俺はプリンを2つ買い(腹が立ったから頼の分は買わなかった。)家の冷蔵庫に保管しておいた。明日にでも渡しに行く予定だったのだが、結局夏休み中に渡すことはできなかった。というより、プリンの事も神社の事も忘れていたのだ。
そんな俺がプリンの思い出したのは3ヶ月後…枢に呼ばれた時だった。
「お兄ちゃーん、いい加減プリン食べないならすぅが貰っちゃうよー。」
最初にそれを聞いた時、枢が何を言っているのか理解できなかった。面倒という感情に苛まれながらも枢がいる台所へ向かう。
「はー?プリン?何の話だよ………。」
かなり不機嫌さを表に出した口調で俺がそう言うと枢は信じられないと言うように驚いていた。
「えーッ!?嘘でしょ!?お兄ちゃん覚えてないの!?滅茶苦茶すぅに『食べたら承知しない』って念押してきたのに!?」
その言葉を聞き更に意味が分からなくなった当時の俺は枢を押し退けながら冷蔵庫の中を見る。
「どれだよ…ったく、そもそも俺んなプリン好きじゃ………」
俺の視線は下から数えて3段目の棚に置いてあったプリンを捉える。次の瞬間俺の脳裏に砂嵐のような物が掛かった記憶が過ぎる。
「な……あ……ああ………。」
俺は混乱し呻き声を漏らしながら台所の壁に凭れ掛かった。
「お兄ちゃん?だっ、大丈夫?ねえ、お兄ちゃんってば!」
枢の声を聞き俺は我に返った。
「……はっ!…あっ、ああ。大丈夫だ……気にすんな………。」
「いや、でも……今の絶対変だったよ?疲れてるんじゃ………。」
「いいから……気にすんなって言ってんだろ。」
俺はそのまま家を出て3ヶ月ぶりの神社へ走って行った。動揺していた所為かその道のりは険しい物だった。その上雨も降っていた。魔法を使って後で乾かせば良いと思った俺は気にせず走った。山の麓から神社へ続く階段を登る時ですら、俺は休憩もせず突き進んだ。
境内に入った途端、俺は叫んでアイツを呼んだ。
「はあ…はあ……どこにいるんだ⁉︎…君は誰なんだ⁉︎……頼むッ!……返事をしてくれ!たの…ゲホッ……はあ、はあ。」
碌に息も整えず放った俺の叫びは当然のように咳に邪魔をされた。それでも叫び続けた。呼び続けた。それでもアイツは姿を見せてくれなかった。
当然だ。俺はアイツの名前を叫んだわけじゃ無い。誰なのか分からない、急に頭の中に出てきた存在を求めていたのだから。
結局、俺は魔法を使う活力も消え失せ、ずぶ濡れになった状態でトボトボと家に帰った。
後日、俺は頼にその事を話すと頼の奴も俺と同じように動揺しながらも『今日の学校が終わったら今度は俺と一緒にそこの神社へ行けるか?』と聞いて来た。『頼は何か心当たりがあるのかも知れない。』そう思った俺は力強く頷いた。
学校が終わり俺たちは1度家に帰りスマホの電源を入れる。そしてメールを開くと頼から『先に神社に向かう』と言う連絡があったので、俺は動きやすい格好に着替え家を出て行った。
神社に着くと頼は境内をウロウロと徘徊していた。俺は頼に近づき話し掛ける。
「な?どこにも居ないだろ?」
「だな……そもそも…此処に居たのが誰なのかすらも見当が付かない。お前に言われて俺も思い出したよ…信じられないぐらいボヤけてるけどな。」
頼は溜息を吐くと『やっぱりこっちか……。』と言って本殿の方に向かって行く。本殿の前に立つと鈴緒を掴み乱暴な手つきで左右に振ると頼は黙り込んた。辺りを鈴の音が支配する。
「おい…どうした?……なあ、おい。」
「…………来やがれ。」
鈴の音が止むのとほぼ同時に頼が呟く。すると本殿の御扉が1人でに開かれる。冷たい空気がそこから流れ込み鳥肌が立つ。
「……一旦離れるぞ。」
「は?何だよ急に…って分かった!分かったからそんな引っ張るなよ。」
頼はそう言いなが本殿に背を向け、俺の手を掴み本殿から5、6歩程離れ足を止める。そして再び振り返り本殿に目を向ける。
俺も頼の行動に振り回されながらももう1度本殿を見る。そこには長髪の黒髪に赤色のメッシュが入った狐耳の獣人が立っていた。
「………駄目だなこりゃ。」
頼は獣人を一目見てそう呟く。俺はその獣人に…そしてその背後の御扉の奥、冷たい空気が流れ込んできたその空間に魅入っていた。そして哀れにもその獣人に手を伸ばした。
「※不明瞭な叫び声ッ!」
その獣人が俺が求めていた人じゃない事ぐらい明白だった。たが、俺は手を伸ばした。走り出し獣人の手を掴もうとした。
「駄目だッ!」
頼はそんな俺の左腕を掴み、俺の歩みを妨害する。
「何すんだッ!……離せッ!………離してくれ……頼む…なあ頼ッ!」
「絶対行かせない……行かせて堪るかッ!」
俺は左手に力を込め頼の右腕を振り払おうとする。が、素の馬力は当然頼の方が強い。埒が明かない事を悟り焦った俺は【身体強化魔法】を自身に付与して強引に振り払う。
「離せっつってんだろッ!」
焦って【身体強化魔法】を使った影響か、はたまた火事場の馬鹿力か、俺が振り払った事により頼は境内の左側の草木も何もない開けた場所へ吹っ飛ぶ。不幸にもそこは崖だった。落下する頼を俺が眺めていると頼の口が2度開かれる。次の瞬間、俺は頼の下へ謎の引力によって引き寄せられる。
「嘘だろ⁉︎……何しやがるテメェッ!」
頼の下に引き寄せられる…それ即ち俺も落ちるという事。謎の引力は頼と俺が接触した事で無くなる。俺たちはその後取っ組み合いをしながら落ち続ける。その下にある浅い河川に俺たちは着水した。
「クッソ…イッテェな……何しやがんだ。」
立ち上がると膝辺りまで水に浸かる。
「あれは慣れ果てだ。あんなのに近づいたところで何も変わらない。」
「知るかよ……今の俺は何も知らねえし…きっと何もできねえ……けど…けどッ!何もできねえなんて…そんなの……そんなの思いたくねえんだよおおッ!」
俺はそう叫びながら頼に殴り掛かる。そこからはもう無茶苦茶だった。殴り合って、蹴り合って、魔法や魔術を撃ち合って……水に濡れて、泥に塗れて…満身創痍で岩場に仰向けで倒れている頼を他所に俺は、俺も俺で満身創痍な中境内に繋がる階段を歩いて行く。
開けた境内に出るとその奥に本殿が望めた。案の定その本殿には人っ子1人おらず、寂れた雰囲気が辺りを支配していた。
俺はたった1人で家に帰った。この日俺はたった2人の親友を失った……筈だった。
あの日以来、俺と頼は疎遠になり学校でも殆ど喋らなくなった。それにより俺の方は面倒な事になった。
「ねえお兄ちゃん、頼さんって趣味とかあるの?」
……これだ。枢の奴が頼に惚れた。その所為で頼と嫌でも関わる羽目になってしまったのだ。その上コイツは謎にアグレッシブで行動力がある。その癖魔法に対する才能が皆無だからよく変な事に巻き込まれる…無茶するのも本当に大概にして欲しい。
ある日、枢が『夕食に頼さんを招待したい。』と言い出した。その為に頼さんを招待する役を俺に任せるという事らしい。俺は当然却下しようとしたのだが、枢の奴はもうとっくに母さんと買い物を済ませているらしく『自分は料理が作る』などと意気込んでいた。
『無理なものは無理』と断れば良いものを断れない俺も俺なのだろう。次の日、俺は少し苦しい思いをしながら頼に話し掛けた。
「なあ、ちょっと……いいか?」
俺に声を掛けられ頼は少し驚いたような表情をする。
「………どうした?」
「いや…あのな……枢が夜一緒に食わねえかって……言ってた。」
「……あー、夕食か!………別に良いぞ。」
「…分かった。伝えておく……。」
今になって思い返すと信じられない程ぎこちない会話だったが、頼の奴は意外にあっさりと了承した。余りにもあっさりだった為、コイツ枢に割と気があるんじゃ………などと思った事もある。実際はそんな事なかった訳だが……頼曰く『子供っぽい奴はなあ………』って事らしい。
その後も何回か枢の奴は頼を夜飯に誘ったりしたのだが、その時に頼を誘うのは毎回毎回俺だった。それ即ち否が応でも話す羽目になるという事。そんなこんなで話し続けると、なんやかんやで俺たちの間にあった確執も取れていく。
さらに後日、今度は頼が怪我を負ってしまい俺が保健室まで連れて行く羽目になった。癒月先生は聞き上手だし話し上手だ。その結果俺らが体育館に戻る頃には普通に笑い合う事ができる程に関係は良好になっていた。それからも暇があれば保健室でよく話し合ったものだ。
3年生の冬、俺は頼の家に招かれた。
頼のお爺さんが亡くなってからもう半年が経っていたが、家には未だに重たい空気が流れていた。
そこで俺は知った。頼に知らされた。頼の正体を…それは予想の何倍も衝撃的なものだった。頼の異常性に俺は納得した…よく本屋に来ていたいろはっていう女の正体も知れた。俺は受け止めるのに多少の時間が掛かった。
それから5年の時が流れた。俺は頼と親友になれて良かったと思ってる。それはそれとして、アイツの事を忘れられない俺もいる。俺は怖気付いているのだ。アイツに手を伸ばしたら頼の奴が消えてしまいそうで……とても怖い。どうすれば良いのか分からない。そして未だに癒月先生の言葉が引っ掛かっていた。様々な感情が綯交ぜになりながらも、俺は覚悟を決めた。
俺は今、本殿の目の前に立っている。五円玉を賽銭箱に投げ入れた所で背後から頼の気配を感じる。俺は無視して参拝を続ける……鈴緒を掴んで左右に揺らし鈴を鳴らす。1歩下がり2度お辞儀をして、2度手を叩く、最後に合掌をして深々とお辞儀をする。
「⋯⋯⋯正爾あああぁぁぁッ!」
後ろからそんな声がした。
「……来たか。」
さあ、今こそ向き合おうじゃないか………親友よ。
次回 激突