呪術師なんてセイロス教と相性悪そうですけど、地下の住人として案外平和的に過ごしてます。 作:こももなっつ
帳の中は夜のように暗くなる。呪術の領域なので普段は視認できない人間でも、呪いを見ることができるようになるのも帳の効力だ。
「さっき外から見た感じでも、白魔法の効力が薄まってましたね~」
「はい。呪いを祓い終わったあとに、もう一度掛け直しましょうか」
白魔法の存在は、呪霊たちが忌避するらしく、結界を貼れば近寄りがたくなる。
正しく魔除けとして効果が働く。……久遠琉馨の世界では、より邪悪な呪物を安置させることで、他の呪いを寄せ付けない対処がされているが、所詮はそれも呪いだ。封印が弱まれば、呪いを呼び寄せる餌へと転じてしまうこともある。近年では悪習とされていた。
白魔法。反転術式よりも便利そうなのだが、呪術師との相性なのか、それとも世界規模で仕組みが違うのか、私に会得は出来そうになかった。どころか、白魔法の効力は私には薄めだったりする。──神様という存在を別に信じてないのを見透かされているのだろうか。
「うーん。結構ウロチョロしてる気配します」
「……空気が非常に淀んでいますね……子供たちが心配です」
「ですね……」
さて、この病院の構造は全二階建てといったところで、部屋数はそこまで無いようだ。その代わり一部屋ごとが広く、負傷者をまとめて収容するような仕組みだったのだろう。
本来ならば、二手に別れて退治するのが得策なのだが(迷子のためにも)……アルファルドに戦いの心得があるとはいえ、対呪霊では厳しい面があるだろう。
などと考えを巡らせていれば。
「ルカ!」
「やってきましたね~」
呪霊の方から私たちの前に呑気に姿を現してくれた。背中に抱えていた手斧を構えて、床を蹴る。呪霊がこちらに気付いたときには、斧の切先がその目の前にある。
「おかし、おいし?おか……ギャッ!!」
そのまま手斧を横薙ぎに振り、呪霊を真っ二つにする。成すすべなくそれは霧散していった。
それを皮切りに、私たちに向かって呪霊が集まりだしているのを感知する。
「アルファルドさん!来ます!」
「ちょっと待ってください!……何か、声が、聞こえませんか!?」
アルファルドの言葉に、咄嗟に耳を澄ませる。────「……けて」「たす、けて」「助けて!」
「誰か助けて!!!」
「子供の声!」
脊髄反射で聞こえた方角へ走る。
「たすけて!!!だれか!!!」
子供の声が段々と大きく聞こえてきた。目を凝らせば、向かい側から走ってくる子を確認できた。──後ろに沢山の呪霊がオマケでついて来てるけどね!
「アルファルドさん、子供をお願いします!」
更に走る速度を上げて、呪霊に向かって“糸”を伸ばす。
「渾融操術……“金縛り”!」
呪霊に纏う糸に私の“糸”が繋がる。行動の自由を私に奪われた呪霊たちはたちまちに動きが止まった。──子供がそのまま私がすれ違い、アルファルドが抱き留めたのを横目で確認する。一人目確保。
再び手斧を構えて、棒立ちになった呪霊たちを真っ二つに卸していった。ここの呪霊はそこまで強くなく、手斧だけで容易に祓えた。
あらかた片付いたところで、追随してきた呪霊がいないか気配を確認する。……どうやらいったんは落ち着いたようだ。私たちに向かってくることはないと分かり、一息ついて、手斧を降ろす。
「いったん問題ないっぽいです。……そっちは大丈夫ですか~?」
アルファルドの方へ振り向く。白魔法を使って子供を治療しているようで、白く優しい光に包まれていた。
「怪我や、すこし呪いがついてしまったようでしたので……応急処置ではありますが……。苦しくありませんか?」
荒い呼吸が徐々に治まっていくのを待つ。光が負傷部分を包めば、逆再生のように傷がふさがれていく。
信仰による加護をこうして具象化している仕組みは何なのだろうか。やっぱり世界によって人間の仕組みすらも変わるものだろうか。
やがて呼吸が落ち着き、目立った傷も治ったようだ。混乱も落ち着いた子供は、「ありがとう」とお礼を口にする。
「きみは……ジョンかな?それともケリィ?」
「……ジョン」
「ジョン、ですね。お外で、お友達が心配していましたよ」
「ケリィって子は?」
「……一緒に、いたんだけど、はぐれちゃった……」
はぐれちゃったか……。とはいえそこまで広くはない建物だ。見つけることは難しくないだろう。ひとまず、一人は見つかった。呪霊の追撃が来る前に脱出させた方がいいだろう。
「アルファルドさん、その子連れて病院から出てください。もう一人の子は私が見つけてきます」
「……大丈夫ですか?」
「心配ご無用です!」
ブイサインとウインクを決めてみる。
「分かりました。しばらくして戻らなければ、向かいますね」
「は~い」
アルファルドはジョンの手を引いて病院の入口へと踵を返した。
ジョンはアルファルドに手引かれながらも、私の方を振り向く。きっともう一人の子が心配なのだ。だから“大丈夫だよ”という意味を込めて、笑って小さく手を振る。
──やがてその背が見えなくなるまで見送ったあと、よし。と少し体をほぐし、気合を入れ直す。
手斧を構えて、気配を探りつつ探索を再開した。
□
二階へ上がる。一階に比べてやけに呪霊が騒がしい。
この階に屯しているのだろうか。と考えても詮無きことだ。幸いにもそう強い呪いたちではない。
こちらに気付かないように物陰に潜んで、“糸”を呪霊に結びつける──渾融操術、“堅結び”。
呪霊の呪力の根を締め上げる。呪霊は呪力が全ての核だ。……呪力の流れを絶たれた呪霊は静かに霧散していく。
呪霊必殺の技だ。金縛りと違って、コントロールが繊細なため、未だ一体ずつしか使えないのが難点だ。同じ要領で呪霊たちを丁寧に締め上げる。
「!」
呪霊たちを片付けた先に、──子供が一人、物陰に隠れているのが見えた。呼吸を殺して微動だにせず、そこにとどまっていた。
視認する距離まで詰める。──いた。男の子。ベッドの間に縮こまっていた。
「ケリィくん?」
「……」
傍まで近づく。目線を合わせるように片膝をついて男の子の様子をうかがう。
私の問いかけに対して、何も答えずただただその身体をずっと震わせていた。──会話する余裕はない、か。
無理もない。この極限状態とくれば、呪霊の存在は視認してしまっているだろう。とにかく警戒心を解すため、柔らかく笑顔を浮かべてみる。
「きみたちのお友達に頼まれたんだ。ジョンくんも見つけたよ」
「……」
ほら、抱き着いていいよ~と、両腕を広げるが、反応なし。困った。
「こわくないよ~」
「……う」
男の子が初めて反応を示した。ただし、私ではなく、私の後ろに視線を向けて、青い顔を更に悪くして。
「うしろ……ッ!!」
男の子が指を指す。瞬間、何かが頭上で振り下ろされる気配を感じ取り、私はため息を一つ零した。
「ぐっ!?」
その何かが私の頭に当たることはなかった。その前に“金縛り”を施した。
「もー。大人しくしててくれないかな?」
立ち上がって、男の子を背に守るように呪霊の方へ向いた。
「動けない!?なん……なんなんだ、お前……!?お、俺のことが視えるってのか……!?」
「……驚いた。喋れるくらいの呪霊が居るなんて」
それは今まで……久遠琉馨の記憶を辿っても、呪霊として見たことがない形をしていた。
姿形が人の形を綺麗に保っていたのだ。ただ肌の色は血の色が通っておらず土気色ではあったが。
そして明確な意思があるようだ。呪いも強さが増せば意思を持つこともある。等級に直すと確実に二級以上の存在。二級相当はフォドラに来て初めての遭遇だった。ここまで強い呪いがいるなんて。……だが、見た感じ、今まで遭遇してきた二級呪霊とは……あのバッタ呪霊よりも脅威ではなさそうだった。
「……ま、どうでもいいけど。悪いけどこのまま大人しくしてね」
「獣の裔ごときが!!俺たちの邪魔をををををををを……!!」
呪霊の核を“糸”で締め上げる。ここまで簡単に核に触れられることから、やはり三級……下手すれば四級相当なのではないのか。明らかに弱い呪いだというのに、明確に意思疎通が図れるのには違和感しかない。これも世界が違うからだろうか。
「ああああッ!!クレオブロス様ッ!!私を見捨てたというのですかあああ!!」
「渾融操術、“堅結び”」
「アガ……」
その呪霊が宣う言葉は私の“糸”によって絞め切られ続くことはなかった。
悲痛にまみれた顔のまま、その形は砂のように崩れ、消えていく。──誰かの名前を呼んでいたり、獣呼ばわりしたりと、些か謎が残る。
何はともあれだ。周囲の気配を探り、先ほどの大きな呪霊はいないことを確認した。
大まかに祓えたようだ。細かい雑魚呪霊はいるが、危害を加えるほどではない。白魔法の結界で消えるだろう。これにて、私の任務は完了だ。
「今度こそ、もう大丈夫だね。帰ろ」
「……うん」
その後は何事もなく、無事に病院跡から外へと脱出することができた。私の手に引かれたケリィは、外で待っていた子供たちを見つけて一目散に駆け寄り、わんわんと泣きながら、お互いの無事に安堵していた。
そんな様子を見ながら、「これに懲りたら、もう肝を試すことしないこと」と忠言すれば、
「もうしない!」と本当に懲り懲りだったのだろう、声高らかに四人は口をそろえて約束してくれた。
アルファルドはそんな子供たちを微笑みつつ、病院跡全域に白魔法の結界を張り直した。漂う嫌な気配はさっぱりと消えて、清廉な雰囲気が辺りを包んだ。
□
王国での仕事を片付けた私たちは、馬車へ乗り込んでガルグ=マク修道院へと帰る。
燦燦と明るく照らしていた太陽は、いつの間にか地平線へと沈みかけていて、辺りは橙と暗い青が混ざった色合いに包まれていた。
相変わらずガタガタと揺れる振動をお尻で感じながら、「そういえば」と一つ気付いた事をアルファルドに伝えようと口を開く。
「この前も王国のどこかでしたよね。呪霊退治」
「マテウス領あたりの村落、その前の節はブライデリ領の廃村でしたね」
「結構そこかしこに行ってますけど、最近は王国ばっかりだな~って」
教会から提供される情報をもとに各地へと派遣されるが、このところはファーガス神聖王国へと向かうことが多くなってきたように思えたのだ。
「そうですね……今の王国はとても不安定な事も起因しているのでしょう」
「あー……正式に国王様って決まってなかったんでしたっけ」
「ええ。時期国王にあたる方がまだ適齢期を迎えていないため、先代国王の兄君にあたるリュファス大公が摂政を行っていますが……それもあまり良い噂を聞かないようです」
ダスカーの悲劇。
今から四年前に起きたファーガス国王暗殺事件。
先代国王の政治改革に不満を持ったダスカー人の犯行だとか、実は内部の人間が唆しただとか、未だに虚実入り混じって真相が明らかになっていない。その一件で主犯を疑われてしまったダスカー地方は封鎖され、迫害に近い処遇になったという。
とにかく現状ハッキリしていることは、国王暗殺という一大スキャンダルはファーガス神聖王国全体が震撼し、基盤ごと揺らいでいる、ということだ。
暗殺事件後は、それに関与したとされるダスカー人への虐殺が行われたり、ここぞとばかりに反国王派による反乱が行われていたりと、血生臭く、惨たらしい出来事が続いていた。
大きな争いは消火しつつあるが、私がアドラステア帝国から旅に出る時ですらも、今のファーガスに行くのはお勧めしないと言われたくらいだ。未だに内部はごたついていることだろう。──言葉を喋ったあの呪霊も、その騒動に巻き込まれた人間の何か、だったりするのかな。
廃病院にて遭遇した人の形をした呪霊を思い出す。特に“死”に纏わるものの負の感情は、大きく澱むものだ。
「……それだけではなく、教会自体の威信も軋轢が生じていたりしますから」
「うひゃあ泥沼……」
どうやら教会内も一枚岩とはいかないようだ。
アルファルドが今回訪問したのも、そういったきな臭さを感じ取ってのことだろう。
フォドラ全土で長きにわたって絶対の信仰の対象とされているセイロス聖教会だが、やはりどこにでも綻びは生じるものということなのだろうか。
「大変ですねー。アルファルドさん。仕事してるだけだってのに、変なやっかみに引っ掛かるの、一番めんどいやつじゃないですか」
「はは……」
先のダスカー人にしてもそうだ。職務に忠実に働いている者にとってはとんだとばっちりもいいところだ。
私は口をへの字にして肩を竦めれば、アルファルドは困り眉で笑う。
「……私も、似たようなものだと思いますがね」
ぽつりとつぶやいたアルファルドの言葉は、レンガの隙間に車輪が嵌った音にかき消された。ガタン、とこれまた一際大きく車内が揺れたせいで、お尻が浮いてバランスが崩れて、窓際に身体をぶつけてしまった。
それに気を取られてアルファルドから視線を外してしまった。──今の昏い表情を見逃してしまった。
「うわっ。もー勘弁してよー!」
「今のは大きな衝撃でしたね」
そうして、次の瞬間にはいつものように朗らかな表情を浮かべるものだから、さっきのは見間違いだったかと錯覚してしまう。──だが、アルファルドに漂う“糸”を、私はハッキリと捉えたのだった。
それを、態々指摘をしようとは思わなかった。誰だって潔白だけじゃないものがあるだろうと。その時の私は、そう思ったのだ。