呪術師なんてセイロス教と相性悪そうですけど、地下の住人として案外平和的に過ごしてます。 作:こももなっつ
かつてフォドラの大地に邪なる存在が顕れた時に対抗をするため、後に英雄と称えられた者たちへ女神から与えられた力、紋章。
それは時を経て、血脈の中で受け継がれ、英雄の子孫は“貴族”という階級を与えられ、領地と支配権を得る。
というのが、この社会の根底にあるものだ。貴族の中でも紋章持ちとそうでない人間の扱いは雲泥の差だという。まさに紋章至上主義。──それはまるで呪術界のようだ。
同じ人間同士が、対等ではない世界。相伝術式の価値。呪力量の有無。当人の技量などお構いなし。……例えば術式持ちの私と、術式を持たない真希。身体能力で見れば、私は真希に遠く及ばない。しかし、評価されるのは私だった。真に大事なことは何なのか。
かつて五条がぽつりと、上層部は腐ったミカンの温床だと揶揄していた。
この世界における全ての貴族がそうとは言わないが、過去の栄光に胡坐をかいて堕落している。というか、堕落せざるを得ないだろう。発展を体感していない社会なのだから。
さて、ある領地の税関にてトンデモぼったくり金額を吹っ掛けられた話を聞いたときは、驚きや呆れを通り越して笑えてしまった。笑いごとではないのだけど。
どんなにそれが可笑しいものだったとしても、それが“常識”としてまかり通るのだ。
「……これがお前の上がりだ。また頼むぜ」
「はーい。行商おつかれさま」
アリの巣のように複雑に入り組むアビスの街の中心地。ここは様々な道が繋がる繁華街として、日夜様々な人間が交流と取引を行っている。
その一角で私は帰ってきた行商人から、立ち話も兼ねた今節の収支結果を聞いていた。
彼は様々な事情で各国を渡り歩いた人で、その中で培った人脈を生かして、多種多様な輸入ルートを作り上げ、他の商人よりも品数豊潤な行商を行っている。
私はその彼に少々ばかし融資と称してお金を貸していた。
「しかしまあどこもかしこも揺らいでやがる。ま、二国が崩御続きに、アドラステアは政争が泥沼化してる。おかげで俺みたいな商売人が儲かりやすくて助かるけどな」
「悪いひとだ~」
昨今の三国の政情は不安定だという。ファーガス神聖王国での国王暗殺は勿論、三年前にはレスター諸侯同盟領の盟主リーガン侯爵家当主が事故死ときた。
アドラステア帝国では、現皇帝の政治改革に反発した貴族連中が手を組んで内乱を起こしたことにより、皇帝の殆どの実権が貴族へと流れ、現在に至るまでそれが戻ることはなく、事実上皇帝は傀儡と化しているそうな。
「っても、それも今年までか。来年になりゃ卒業した後継者のご子息子女方々が一斉に継承するだろうしな」
「そっか。今年の士官学校に通ってるんだっけ。凄いよねぇ、三国の次期首脳が揃うなんて」
「それだけじゃなく、主要貴族の子供も在籍してるっていうぜ」
士官学校の在学期間は一年。募集年齢層も幅広く、10代から20代前半で、お金さえ積めば入学可能だ。ただし、授業料は高額。おのずと対象層が貴族ということが伺える。そもそも士官学校が指揮者を育てるための機関なのだから、集まるのは家名を継ぐ人間たちだろう。──今年の士官学校生たちは将来における重要な用益潜在能力を秘めている、ということかな。冥冥さん的に言えば。
「上手いことコネつくれないモンかね」
「えぇ~?私たちは地上に不干渉っていう暗黙の了解があるのに~?」
「そこは上手いことやんだよ」
「悪いひとだ~」
アビスは、その存在を黙認されている代わりに、地上の修道院とは関わらないという不文律がある。
ここの管理者であるアルファルドは別として、基本的に修道院にいる人間と関わりを持つことはない。在学経験のあるユーリスらと違って、私は大司教の顔すらも分かっていない。
一枚階層を挟んだだけの近い場所にお互いが存在しているというのに、不思議なものだ。
□
紋章が宿った人間の身体能力は持たない人間よりも遥かに凌駕する。
ユーリス、バルタザール、コンスタンツェ、ハピの四人はそれぞれ紋章を有しており、なるほど確かに他の同年代と比べて、身体能力も魔道の質も段違いであった。
そして、紋章といえば面白いことが一つ。
「あ、あの子とあの子も、紋章持ちだね」
「……相変わらず、お前の網膜紋章識別は便利なことで」
「っていうか、紋章持ちじゃない子を探す方が早いよ。すごいね、今年の生徒さんは豊作ってやつじゃない?」
なんと紋章を宿している人間には、呪力が宿っているのだ。この世界において呪霊以外で唯一呪力を纏っている。
ところ変わって今私とユーリスは、ガルグ=マク修道院から少し出た広い高原地帯……に群生している森林の木陰にいる。
高原は士官学校生たちの演習として使われる場所で、まさに今三学級三つ巴の対抗戦が行われており、私たちはこっそりと盗み見ては野次を飛ばしていた。
地下の教室もどきでコンスタンツェによる魔道講習……という名の奇天烈マジカルショーが、周りの人間を巻き込み面白おかしく盛況していたところに、ユーリスがひょっこりと現れ、「今から学級対抗戦やるってよ。見に行かないか?」とお誘いを頂いたのだ。
コンスタンツェの魔道実験に振り回され、髪やら肌の色がとんでもないことになっていた人たちにとっては渡りに船といったところか、「行く!!」と元気を通り越してもはや必死の形相でユーリスにすり寄ったが、ユーリス、これを華麗に避けて私の傍へやってくる。
「そーかそーか。興味あるかぁ~。じゃあ一緒に行こうな~」
「何も言ってないんだけど、ぐぇ」
有無を言わさずだった。問いかけに意味など無かった。ユーリスは私の首根っこを掴み、そのまま引きずられて連れ去られてしまった。
遠ざかる教室には、蜘蛛の糸はすでに途切れているというのに、絶えずこちら側に手を伸ばそうとする灰狼の同級たち。哀れかな、釈迦はそちらに振り向くことは一度としてなかった。
「連れて行ってあげればいいのに」
「あんなド派手なモン連れ歩いたら目立つだろうが」
それは確かにそうだ。
木陰から七色に光る頭が覗いていたら、たちまち注目の的だろう。対抗戦どころではなくなっていたかもしれない。
彼らには非常に残念ではあるが、コンスタンツェの実験体……もとい、未来の魔道の礎を引き続き担ってもらうしかなかった。
そんなわけで、私はユーリスに(引き)連れられて、木陰から身を潜めて学級対抗戦を見学することになったわけである。
どうせユーリスの事だ。私の眼が目当てだったのだろう。
紋章持ちであるかは、一目見ただけではハッキリと断定することはできないようだ。ユーリス曰く、士官学校の教師で紋章学の権威でもあるハンネマンなる方(対抗戦で生徒に指示を出している豊かな御髭を蓄えている老紳士)が開発した識別する装置によって初めて紋章の有無と種別が判明するそうだ。
さて、そんな話題の学級対抗戦。私たちがやって来た頃にはすでに始まっており、三学級混戦の様相を呈していた。
「あ、あそこに立っているのが壊刃ジェラルトだな」
「若ッ!?いや、そこまで若く……は、ないけど、何となくもっと熊みたいなお爺ちゃん想像してたよ」
「熊って。まあでも、ちょくちょく見かけたことあるが、見た目変わんないのは確かだな」
この間噂で聞いた限りで思い描いていた想像と、大きくかけ離れた実物像に驚きを隠せず、ありのままの感想を述べた。
とはいえ、頑丈そうな体躯に大柄な上背と強面の顔。百戦錬磨の戦士、であることは間違いなさそうだ。ちなみにジェラルトも紋章持ちのようだ。紋章を持つひとは基本的に貴族階級と言われているが、ああいう人も実は良いところの出だったりするのだろうか?バルタザールだって今はああでも、貴族の出身のようだし。見た目に寄らない……と、思ったが、ユーリスは元々平民出身ではなかっただろうか?
「──何をじっと見つめてるんだ?俺様に見惚れたか?」
「はいはい、つけめんつけめん。あ、あの人も紋章持ち……か……」
「お、お目が高いな。ありゃ噂の“灰色の悪魔”だな」
「何あの人、ヤバイんだけど!?」
「ああ。立ち回りに隙がない。人間業とは思えない剣捌きだな」
そうではなく。いや、それもそれで凄いのだが。
灰色の悪魔、と呼ばれているその人は、異名に違わぬほどには生徒とも教師とも一線を画す。
迷いも覚束なさも全くない。最適の結果を常にはじき出す姿は悪魔というか、機械じみている。今日が初めての実践という生徒もいるであろうに、あの人の指示の的確さはそれをカバーしていた。
剣術のみならず、戦局を見通す眼も備わっている。あの人天の視点から盤面でも見てるのではないか。
だが、私が“ヤバイ”といったのはそこではない。──呪われてるよ、あの人!?
灰色の悪魔には、自身の“糸”の他に、もう一つ、……呪霊の“糸”が絡みついていた。
この世界で視認したどの呪霊よりも強力な……ともすれば両面宿儺に匹敵するくらいではないか!?
「なんで平然としてられるんだぁ~……!?」
「顔色一つ変えないってのは本当だったんだな。何考えているか分からない」
「それもそうだけども~……!」
「……さっきからどうしたんだ?百面相して」
眉一つ動かさない能面ぶり。“糸”も一糸揺らがず、常に淡々としていた。内側に強力な呪いを抱えているというのに。
呪いは人間にとって何でも毒だ。強力な呪霊であればあるほど、有毒性も比例して大きくなる。──虎杖のように、身体がビックリするほど頑丈だったりするのか。
毒を制する檻。あの灰色の悪魔も虎杖悠仁のような天性の何かを持っているのだろうか。
「そりゃ悪魔って言われるのも納得するよねぇ」
「今度は何勝手に解決してんだよ」
そうこうこちらで勝手に驚いたり慄いたりしている間に、戦況は終わりに近づいていた。
明確なルールは分からないが、恐らく一撃でも受けたら脱落する流れだろう。3学級それぞれ一人、また一人と脱落していき、現在残っているのは三学級の“級長”を冠する生徒と、その担任教師たちだった。
黄色の旗印は
ここまで地形を生かした戦い方で相手学級を翻弄させて、油断した隙を突く戦い方をしていた。
ただ、ここの学級は他と比べて一際個性豊かな面々が揃っていた。それらを従えるには、まだまだ求心力が足りなかったようで、先ほども髪型がやや奇抜な高身長の彼が、コンスタンツェばりに高笑いをしながら、彼の命令を聞かずに飛び出していってしまい、作戦に綻びが生じていた。
「一番策士っぽいよね。ユーリスくん話合うんじゃない?」
「腹に一物抱えてそうな奴だな。腹芸対決でもしたらいい勝負になるんじゃないか?ルカ」
「あはは~」
「はははッ」
お互い顔を見合わせて笑いあう。そしてお互いに“お前が言うか”と内心に控える。──私は別に秘密主義じゃないもん。言ったところでどうしようもないものを言わないだけだし。
青色の旗印は
級長はブレーダッド王家の第一王子、ディミトリ。
他の学級に比べて、統率がとれている印象だ。級長の指示をしっかりと聞き、役割をこなしている。が、まだ実力が追いつかなかったといったところか。各々のミスに足元を掬われてしまっているように見えた。
「生徒の中でいえば、ディミトリが一番身体能力が高いかもな。……力入りすぎて槍折ってるけど」
「割りばし並みに折れるもんなんだね、槍って」
紋章の力によっては、膂力にも大きく影響されるようで並大抵では扱えないものでも軽々と扱うことができるそうな。とはいえ、ディミトリのそれは行き過ぎらしい。訓練用の槍なので、材質はそこまで硬いものではないが、だからといってあんなにパキポキ折れるものでもない。とんだ怪力人間だ。
そして、最後は赤色の旗印、
そういえば、戦場にドロテアがいることに驚いた。まさか士官学校に入学していたなんて。……なぜかそれはユーリスも同様で……ドロテアは確かにミッテルフランク歌劇団の頂点に立つ歌姫だ。超有名人だ。情報通のユーリスなら小耳に挟んでいても不思議ではないか。
級長に話を戻す。エーデルガルトは、小柄ながらも身の丈程の斧を軽々と操り、男性相手だとしても軽くいなしていく。それもまた紋章の力によるものだろう。
その後ろに、まるで影のように付き従う男の人との連携はどれよりも優れていた。
ハピ以上に覇気を感じられない人ではあるが、誰よりも冷静に戦局を見据えて、他の生徒へのフォローもこなしていた。陰気な外見に反して、細やかな気配りが行き届いている。
「……ところで、ずっと頭の中でフェルディナント・フォン・エーギルくんの名乗りが響いてるんだけど、ナニコレ呪い?名前覚えちゃったよ」
「目立ちたがりも考え物だな……。潜在能力は高い筈なんだがなぁ……。なんか似ている奴いなかったか」
「どっちのこと指してる?」
「……どっちもだな」
ちなみにこれは余談だが、フェルディナント・フォン・エーギルが無作為に特攻した挙句に他の学級のひとに返り討ちに遭い、あえなく退場していった。その一部始終を見た、口元あまり動かさない陰気の人が唯一大きな舌打ちをしていた。今までで一番大きな“声”だった。
話を元に戻して三級長、担任教師たちの三つ巴の最終局面。未だ睨みあいが続く。
「……うーん。あの子、どっかで見たことあるような……」
「あの子、ってエーデルガルトのことか?……お前、アドラステア出身なんだろ?見たことくらいならあるんじゃないのか?」
「……でもあの子は“私の記憶”では見たこと無いんだよね……」
黒鷲の学級の級長、エーデルガルトを見たときから、心の裡が騒めいていた。
だが私が目覚めてからここまで一度も彼女の姿を見たことはない。私は記憶力が良い。 “糸”の癖一つでどの人間かを全て覚えている。この世界では“糸”を持つ人間が少ない上に、彼女みたいに“糸”が二重になっている人はまず見たことが無いのだ。なので忘れているということはない。
では何故なのか。私の中で確信が当てられなかった。
灰色の悪魔と似たような“糸”が見えるからなのか、私と同じ“髪の色が抜けたような”白髪だからなのか。思い当たる節を浮かべども、しかし決定打にはどこか欠けた。
──あるいは。
──あるいは、この騒めきは久遠琉馨(私)から生まれているものではなくて。
────この身体の持ち主の琴線に触れたから、なのか。
この身体を操るようになって、もう五度季節が巡った。しかし一向に倒れる前の記憶がよみがえることも、私が元の久遠琉馨に戻ることもなかった。
それが今、彼女の姿を見たことによって兆しが生まれた……ような気がした。
「あの子は、……何なんだろう」
「何って、次期皇帝だろうが。さっき説明しただろ」
「そ~じゃなくてねぇ~~……」
私ではない、誰かにとってのエーデルガルトは、何なのか。
浮かんだ疑問は、切っ掛けを掴むことはなく、静かな局面にあった三つ巴の戦いが動き出したことで霧のように消えてしまった。
相対する鍔迫り合いを制する者、一歩及ばず脱落した者が、瞬きの間に勝負を決した。
「そこまで!」
この戦いを監督するジェラルトの声によって、学級対抗戦は幕を閉じた。
「優勝は──……」
大樹の節、30の日。
士官学校に入学して初めての実践演習。彼らは思い思いに結果を残す。後悔を生む。達成を味わう。その中で、優勝を勝ち取ったのは──……
──―灰色の悪魔が指示した学級がその勝利を収めたのであった。