呪術師なんてセイロス教と相性悪そうですけど、地下の住人として案外平和的に過ごしてます。 作:こももなっつ
「見えませんね」
「はい、……はい?」
「あなたの未来」
ガルグ=マク修道院の地下に広がる街、アビスでは年齢性別人種身分問わず、様々な事情を抱えた人間が暮らしている。様々な事情を抱えているということは、それだけ何かしらの経験をしているということでもあった。
そんなわけでスピリチュアルなあれそれを受信できる能力を生かして、人を見て相性とか未来などなど……を占う生業をし、各地行脚しては、迷える人々に一筋の光を射す占い師のお姉さんがアビスに帰ってきた。
折角なので、私では見えざる何かをその水晶で写し取ってもらおうではないかと、野次馬心を下地に占ってもらった。
そして冒頭のセリフに至る。なんだって?
「水晶が輝かず、かといって靄がかかっているわけでもない、透き通ってるわ。こんなことは初めてよ。凄いわね」
「そんな他人事みたいに」
「まあ他人事ですから」
あっけらかんと突き放された。
「そもそもあなたが見えないのよね。大体人の顔を見れば、抱えているものを当てることができるのだけれど……気分悪くしないでもらいたいんだけど、あなたの顔と、喋る言葉が妙に合っていないのよねぇ」
「あはは、人を腹話術人形みたいに言いなさる~」
どんぴしゃりにその通りだ。
流石は凄腕と評判の占い師であった。私の仕組みを無意識とはいえ看破している。これだけでも占い師としての技量の高さを窺い知れると思うが、とはいえ「当たってます」とは言い辛い。私が答えを適当にはぐらかしてしまうなら、最早占いとして機能しない気がするが、お姉さんは、このままでは占い師の名折れだということで、何か他にきっかけが生まれないか、質問を変えたりなど試行を凝らしてみたが、占い師の手元に鎮座する水晶は結局何の反応を示すことがなかった。
行きつくところまで行ったのち、占い師は「私の評判に傷ついちゃうから帰って頂戴」と追い出しされてしまった。
何とも酷いことをされたが、お代は取られなかったのでまあ良しだ。そもそも変則なのは私の方だ。──未来が写らない、か。
何も指し示めさなかったことが、逆に何を指し示しているのだろうか。
□
節が一つ進んで竪琴の節となった。暦の呼び名はセイロス聖教会によって定められたもので、数字でいうと五月に当たる。
前節の大樹の節に比べて温暖な日が続くようになり、過ごしやすい季節だ。
私は寒いのも熱いのも苦手だから、この節が少しでも長く続いてくれと願うばかりだ。
「その木の実は食べられるよ。ちょっと酸っぱいけど」
「へぇ。見た目はさくらんぼっぽいね」
「似た感じかなー。皮がちょっと柔らかくなってきたら甘くておいしーよ」
ガルグ=マク修道院から少し降りた森林地帯。青々と茂る森の中を私とハピは歩いていた。食材調達である。
アビスの食事は基本的に自給自足。多種多様な狩猟技術を生かして食材を得て、アビスへ提供する。
その中でもハピは植物や果実の可食判定に長けていた。大体匂いで分かるそうだ。
今日はそんな天然の鑑定士の手伝いである。目についた食べられそうなものを採取してはハピに確認してもらうことを繰り返す。
ただ、ハピ自身消化機能が他の人間に比べて強靭なため、時折「ちょっとお腹壊すこともあるけど食べられるよ」とグレーな判定をお出しすることもあるので、これは私の判断でそっと自然に返すものもある。
「しかしさ」ハピが木の実を試食(つまみ食いともいう)しながら、徐に切り出す。「ルカも物好きだよねー。ハピと一緒に行動するってフツー煙たがれるじゃん」
「そりゃ物好きだからフツーじゃないんだろうねぇ~」
特にハピの方は向かず、作業の手を止めずに返せば「はは」と柔らかく笑う声が聞こえた。
「“ほんとに”物好き。なんてことないように言うじゃん」
「なんてことないからねぇ~」
ハピの体質は厄介なものを抱えている。それは社会生活を、他者と交流するうえで支障をきたすくらいに、厄介なものだった。──ハピがため息を吐くと、魔獣を呼び寄せる。
魔獣とは、鳥獣動物が突然変異で強大な姿となり凶暴化した……いわば魔物だ。
ハピは過去、何者かに拉致監禁され人体実験を施された末に、その性質を宿したという。
セイロス聖教会によって保護され、その因果関係を解明される……かと思いきや、教団側も彼女の体質を扱いきれずに、アビスへと閉じ込めてしまった。──「教団が守ると言ったくせに、結局捨てた」こういった経緯から、ハピは教団に対して良い感情を抱いていない。
迂闊にため息を吐けない、そんな難儀な体質を持つ彼女でも、アビスの住人たちはなんてことないように接する。
互いの事情に不干渉。そのルールは変わらずに適用される。とはいえ、それでも一部の人間からは煙たがられたりするらしいが。
「危害を加えるのはハピちゃんではなくて、魔獣だし。魔獣くらいならやっつけられるし。別にいっかなーって」
「くらいって。バルトみたいなこと言うね」
「バルタザールくんの方が厄介でしょ。道歩けば首を狙われる。魔獣より恐ろしいよね」
「あー、ため息どころじゃないね」
事あるごとにバルタザールに因縁を吹っ掛けられる光景は、ハピがうっかり魔獣を呼んでしまう光景よりもはるかに上回るのだ。もしかするとハピの体質よりも厄介なものを宿しているのかもしれない。──バルタザールは、それを楽しんでいる節があるが。
無類の喧嘩好きだ。案外需要と供給はかみ合っているのかもしれない。
「そういえばさ、まだ記憶戻んないの?」
話題の転換。ハピのなんてことない問いに、私は「あー……」と言葉を濁し、視線が泳いだ。
「戻ってないねー……」
「ハピの体質もだけどさー、ルカのそれも大変だよねー」
先日の学級対抗戦にて、威風堂々たる活躍を見せた黒鷲の学級の級長を務めていた女の子──……エーデルガルトの姿を捉えたときに、何やら心がざわざわと騒めいていた気がしていたのだが、だがそこから何か発展することはなかった。もしや気のせいでは?と思えるほどに。
例えば夢の中で過去の何かしらを追憶するとか。既視感に苛まれるとか。全く起こることもなく。“私”という情報が更新されることはなかった。
「早く戻るといいよねー。じゃなきゃ困っちゃうもんね」
「困る?」
「いつかさ、帰る場所に帰るときに」
足元で休んでいた小鳥たちが一斉に羽ばたいた。
──そうか。そうだよね。
分かっていなかったわけではない。ただ、それがとても大切な事であるということを、忘れていた。目の前の日常を生きることに精一杯になりすぎていて見落としていたのだ。
“彼女”には、どこかに生きていた痕跡が確かに残っているハズなのだ。それは居場所であり、帰る場所。帰る家が……存在する。
「ハピはさ、こんな体質になっちゃったから故郷に帰るに帰れないけどさ……でもいつかちゃんと会いに行きたいよね。色々、伝えそびれてること、あるし」
「そうだね。ちゃんと、帰らなくちゃ。きっと、大切な人たちがいるんだから」
私が見えていないだけで、きっと“彼女”にもつながりがあるのだ。
□
あらかた木の実を集めたところで収集を切り上げた。
行きは軽く片手で持てた籠は、帰るころにはそこそこの重さが積まれて両手で抱えるほどには収穫はあった。
落とさないように足元等々に気を付けながら山道を上って修道院へと帰れば、俄かに賑わっているのが見えた。
「……ん?何かあるのかな?」
「さぁ。
「大聖堂に人が流れて行ってるね。合唱祭かな」
修道院では定期的に合唱祭と称して、修道士や生徒達などを集めて讃美歌を歌う行事が行われている。時折地上に出たときに風に乗って歌が聞こえることもあった。
今回もそれかと思われたが、それにしては人が多いように見える。今日は珍しく麓の街の住人もいるような。
ぞろぞろと大聖堂へと行く人だかりの中に、見知った人を発見したので、「おじさーん」と声をかけつつ近寄ってみた。
「お、ルカの嬢ちゃん。珍しいなこっちで会うなんて」
私の声掛けに気付いておじさんが振り返る。麓の街で仕立て屋を営んでいる方だ。
衣服や歯切れ布を格安で譲ってもらったり、仕入れの手伝いを行ったり、行商の際には護衛を引き受けたりなど持ちつ持たれつの関係を築いていた。
「おじさんこそ。今日は何かあるの?」
「何かって、お前さん。そのために来てたんじゃねえのか。相変わらず謎めいた娘さんだ。──音楽祭だよ」
「音楽祭?」
この節に生まれたか亡くなったかの聖人に因んで彼らが好んだ音楽を奏でる日。それが音楽祭だ。とおじさんは語った。合唱に加えて竪琴や笛も取り入れた器楽演奏も行われるそうだ。
豊穣の祈願も込められているとされていて、毎年この日は店を閉めて大聖堂に集まり、音楽隊が奏でる演奏を聴きにくる。──なるほど、道理で人が多いと。
「というわけだ。嬢ちゃんも来るだろう?」
「あー。ちょっと頼まれてることあるんだよねーそれ終わったらいこっかなー。じゃあね!ありがと~!おじさん!」
適当にはぐらかして、おじさんの元から足早に立ち去った。そんな私の行動は、さぞかし奇妙に映った事だろう。遠ざかる私に「なんだったんだ?」と首を傾げていた。
人波から外れて、建物の影に潜むハピの元へと帰る。
「ただいまー」
「おかえりー。相変わらず凄いね。ルカの対話力?ってやつ」
「えへへ。ありがと」
「詐欺師になれそう」
「なんで」
アビスの住人は、その存在を黙認されている代わりに地上(修道院)とは関わらないことが暗黙の了解となっている。
修道院に連なる(アルファルドは除くとして)者と、ましてやこういった行事に参加することは許されてはいない。……が、麓の街に住んでいる人間は修道院関係者ではない。ので、オッケーだろう。ちょっとコネクションを作るくらい。
今のところバレてはいないし、バレて困るようなあくどいことはしていない。
「音楽祭だって。楽しそうなことしてるね~」
「ふーん……。聖人とかには興味ないけど、歌ったりするのは好きだから、ちょっとだけいいなーって思っちゃった」
「ハピちゃん歌上手だもんね~。ユーリスくんも歌上手いし」
「えっそーなの?ちょー意外。ってか聞いたこと無い」
「ほんとほんと。この前ちっちゃい子達にせがまれて歌ってるの目撃したんだよね」
いつぞやか、子供たちに囲まれて民謡か何かを歌っていたユーリスを見て、素直に「歌上手いね」と賛辞の言葉を送ったことがあった。
自分の容姿に十分な自信を持っている彼の事だから、「声も美少年だろ」とどや顔されるかと思いきや、意外や意外。なぜか苦虫を嚙み潰したような表情で「そうかよ」と一言返されたのだった。あまり歌を聞かれるのは好きではなかったのかもしれない。
「バルタザールくんも声が通るんだよねぇ……天下一歌うま選手権でもやってみる?」
「なにそれ。ルカってしょっちゅう変な言葉使うよね。変な歌うたってたし」
「変な歌って失礼な。千年後には爆発的にヒットするんだよ」
「ハピ死んでるからどっちにしても分からないじゃん」
悲しきかな。時代が違えば名曲も変な歌呼ばわりされるのだ。世界も違うけど。
「……あ、始まったっぽいね。笛の音が聞こえる」
「ほんとだ。ここからでも聞こえるもんだね」
そんなこんな盛り上がっていれば、音楽祭の方も開演したようだ。いつの間にか周囲は静まり返って、風に乗って音色が微かに聞こえてくる。
「あ、これフレスベルグの少女だ」
「ルカが唯一知ってる歌だっけ」
やがて聞き馴染みのある曲調が聞こえてきた。それは、私がこの世界の楽曲で唯一知っているものだった。
フレスベルグの少女。
季節ごとに移り替わる自然の情趣を讃えた、アドラステアに伝わる民謡。
ミッテルフランク歌劇団では何かにつけて演奏を披露していた、所謂十八番であった。
雑用係とはいえ、練習から本番まで何度も耳にするものだから自然と覚えてしまった。綺麗な曲で、歌っても聴いていても心地の良い楽曲だ。
「……帰ろっか」
「そーだね。腕疲れてきたし」
かすかに聞こえてくる伴奏に、無意識に口ずさみながら帰路へと着いたのであった。