呪術師なんてセイロス教と相性悪そうですけど、地下の住人として案外平和的に過ごしてます。 作:こももなっつ
「ハピの奴見つかりませんね……」
「ああ。まだ取引が済んでねぇといいだけどな……」
「お探しの子はこの子かなぁ?」
「ん?、って、ルカ!?なんでお前がここに……ゲェッ!」
「バールート!?」
ハピは激怒した。かの権謀術数な
私には未だ事の次第がわからぬ。けれど邪悪に対しては人一倍に敏感であった。──絶対に何か企んでいることがある。
ということで“ハピが取引先の荷物に紛れて運ばれてしまった”という真っ赤なデマを広めたバルタザールを追いかけ、はるばるここ、アドラステア帝国首都アンヴァルへとやってきたのであった。
「待て待て、まずは聞いてくれ。これには主もお赦しになる深いわけがあってだな」
「主が赦してもハピが許さないじゃん。人をダシにして……ホンット最悪!」
かつてないほどにハピは怒りの感情をあらわにしていた。無理もない。当然の反応であった。
ハピを使って嘘八丁でアビスの住人(ほとんど灰狼の子だけど)で煽動したのだ。
なんやかんやで結束力が強く(そして頭が少々足りない)人たちはまんまとバルタザールに乗せられてしまったということだ。
私はその時魔獣退治で席を外していたわけだが……というか、バルタザールはそれを狙ったのだろう。ユーリスやコンスタンツェたちがいない状況、つまり
“ハピがそんなことするわけないだろ”とツッコミを入れられる人間がいない時間帯を狙ったのだ。
「それで?」ここまでした行動の真意を聞かせてもらおうか、という意味を込めて促す。
バルタザールは頭を乱雑に掻きつつ、未だ怒り治まらないハピに観念し、「悪かったよ」と謝罪した。
「実は、今日の闇市に出るって噂の品があってな。それが俺の母さんの……」
「てめえらか!俺らの市を荒そうって連中はァ!」
「こそこそ嗅ぎまわりやがって。全員生きて帰れねぇと思いやがれ!」
バルタザールの説明に横やりが入ってしまった。何とまあ間も悪ければ、目つきも身なりも悪い、テンプレートなごろつきたちが私たちの周りを囲み始めたではないか。
「話はあとだ。悪いがこいつらをぶっ飛ばすまでは付き合ってくれ」
「ため息でそう……」
「報酬1000ゴールドね」
「……だあからルカに知られねえようにしたっていうのによ!」
私たちはそれぞれの武器を構えて、ごろつきたちを対処していった。そこまで苦戦をする相手でもなく、軽く一捻りすれば泣いて退散していく。
そうこうしていると市内は俄かに騒ぎ始めていた。どうやら私たち以外にも狙われている人間がいるらしい。
バルタザールの説明にあった闇市の品を掠め取ろうという算段を付けた人間が他にも居たのだろうか。
「あっそうだ」バルタザールがごろつきを締め上げたところで私たちに声をかけた。
「もし英雄の遺産みてえな武具を持ってる奴がいたら、必ず取り返してくれ」
「えいゆうのいさん?」
「なんでそんなものが闇市にあるのさ」
英雄の遺産。かつて邪なるモノへと対抗するために女神から与えられたとする、超常の武具……というのは、何かの文献で読んだことがある。
実物を見たことは勿論ない。当たり前だ。何故なら英雄の遺産はその子孫家系に受け継がれているものだから、そこらへんに……ましてや闇市に転がっていることなどまずない代物だからだ。
□
私の術式は格下の呪霊に対しては脅威であっても、呪力の心得を持った者が相手となったらそうもいかなくなる。……そも、こちらの世界に至っては呪力を纏っていない人間に対して私の術が効かない。なので、肉弾戦での立ち回りも要求される。
久遠琉馨であった頃は同級生と比べても一際小柄であり、筋力も呪力である程度カバーしているとはいえ、地の筋力が育ちにくさが足を引っ張り、接近戦は苦手だった。しかし、こちらのルカは、体躯に恵まれた。久遠琉馨に比べて10も20も目線が高くなり、両手両足のリーチも随分と長くなった。感覚によるズレはあったものの、しばらく訓練していれば慣れた。おかげさまで接近戦はだいぶ戦えるようになり、禪院真希式戦闘術を遺憾なく発揮することができる。
──元の“久遠琉馨”に戻ったら元の木阿弥なんだろうなぁ。そこだけはちょっと、惜しいものがある。
「……ん?」
ごろつきたちの猛攻も難なく躱しつつ、適度に気絶させつつ立ち回っていれば、目に飛び込んできた。“糸”が。──“糸”が視えた。
鮮明な視界に、一つの“糸”はハッキリと目立っていた。それはどこかへと伸びていくように。
────呪霊?いや、魔獣かな?
とはいえ、ハピがため息を吐いた様子は見受けられない。それに魔獣だとしたら騒ぎになっていないとおかしい。
「ルカ?どこ行くの?」
「ちょっと」
「おおいッ!待てよ、ルカ!」
気もそぞろにハピたちへの返答をしつつ、私は“糸”の方へと向かった。その様子に、ハピたちは訝しげにしつつも、遅れて私の後を追う。
糸の先には人がいた。ごろつきとも、私たちとも違う身なり。一目で上等な素材があしらわれていると分かる外套に身を包んだ男だった。
男は大事そうに“何か”を抱え込んでいた。──そしてその“何か”に“糸”が纏っている。
男と、彼に付き従うように傍にいるのは従者だろうか。とかく、その二人は他のごろつきたちに囲まれていた。
「きっ貴様ら、近寄るな!……こうなっては……!」
明らかにその男は喧嘩慣れをしていなかった。ごろつきたちの剣幕に圧されて、全身が震えている。そして、その震える手で抱えている“何か”を取り出した。
それは黄金色(こがねいろ)の武具……小手だろうか。人間がはめ込むにしては随分と大きなソレの先端にはまるで怪獣のような爪の装飾が施されていた。──そんなことよりも!
武具の形よりも先に、私は“それ”に纏まりつく“糸”の異常さに目を見張った。
「──この力を……使うしか!!」
「待って待って!!!触れないで!!!!」
「……ルカ?」
「おいッ!!それ、“ヴァジュラ”じゃねえか!!返しやがれ!」
私と物に気付いたバルタザールが急いで男の元へ駆け寄る。一刻も早く、その武具を……──その“特級呪物”を男から遠ざけなくてはならない!!
しかし、私の焦燥感と男の焦燥感は悪い方向で合致してしまう。私を見た男は、恐らく武具を狙ってきたのだと勘違いしたのだろう。なりふりを構っていられなくなってしまった。
「うるさいッ!娘のためなら命など惜しくもない……!」
私の手がソレに触れる前に──……ソレは赤黒く発光した。
武具に埋め込まれていた赤く丸い石を中心に光を発し、そこから奇妙な、筋線維のような筋状のモノが束になって、男を“吞み込んだのだ”
「……おいおいおい……」
「うそでしょ……そんな……」
酷い腐乱臭が辺りを包み込む。その醜悪な姿に、誰も彼もが悲鳴を上げて一目散に逃げていく。残ったのは私たちだけ。ハピとバルタザールはその姿に目を見開き、驚愕する。──私も、驚いた。
何故なら……男を吞み込んだ後、それは、──魔獣の姿へと、変貌したのだ。
□
呪いを宿した物体……呪物は、毒だ。
呪物を取り込むことで、呪力を得られると言われているが反面、肉体がその毒に耐えられなければ死ぬ。耐えたとしても、呪物に内包されている呪霊が肉体を乗っ取り、受肉する場合もある。
その毒性に比例して等級が設定されている。
小手……バルタザールに“ヴァジュラ”と呼称された武具は、明らかに特級相当の呪物であった。
そんなものを、呪いの耐性どころか、“呪い”そのものを身に着けていない人間が身に着けてしまった。あの男はどうあっても助からないだろう。
しかも最悪な事に“受肉した”。受肉というよりは、変貌か。まさか魔獣になるとは。──つくづくどういう世界なんだ、ここは!!!
「──紋章を持たざる者、遺産の担い手能わずって、そういうことかよ……!」
魔獣は唸り声を上げて前足を振り上げる。潰されるわけにはいかない、私たちはすぐさま後ろへと飛び下がり、魔獣との間合いを取った。
振り下ろされた前足は地面を抉り、敷き詰められたレンガを粉々に砕く。立ち込める土煙の中で、魔獣は大きく吠えた。
ハピにはその魔獣の声が意図することが聞き取れてしまう。彼女は悲痛の面もちで耳をふさいだ。
「……やめてよ。そんな声聞きたくない……」
「……“糸”でもわかる。憎悪に塗れてんね」
「おい。あのままにはしておけねぇ。手向けてやるぞ……―ルカッお得意の変な術で終わらせてやれ!」
「ごめん。
「アァ!?」バルタザールの素っ頓狂な叫びが木霊する。
私の術式が魔獣への特効があることを二人は承知したうえでの提案だ。確かに被害を大きくしないためにも、渾融操術“堅結び”で呪力の基を絞めてしまいたいところだが……残念ながらその呪力の基が捕らえきれない。あちこちから“糸”を纏わせているせいで、根本が見えないのだ。
「消耗させる必要がある!バルタザールくん、耐久レースは十八番って言ってたから大丈夫だよね!」
「どこ情報だソレは!!言った覚えはねぇが、まあ任せろッ!俺は負けねぇことなら自信がある!」
「……ハピも手伝うよ。魔獣の意識を逸らすことなら出来る」
「頼もしいね!」
ハピは早速「こっち」と魔獣に向かって呼びかけた。その声に反応するかのように魔獣はハピの方へと身体を向ける──彼女の魔獣を呼び寄せる体質は、少しだけ魔獣を操ることも出来る。操ると言っても、私の術式のように支配権を握るというよりは、意思の疎通といったほうが正しい。
ハピと魔獣の間に、バルタザールが立ちはだかった。魔獣の視線の真ん前に彼は仁王立ち、「来いよ!ぶつかり合いなら負けねぇ」と気迫を込めて武器を構えた。
魔獣は尾でバルタザールをなぎ倒そうとするが、それを全身でしっかりと受け止めた。
相変わらず、どんな体幹しているんだ。バルタザールよりも遥かに大きく、重量がある相手に対して、一歩たりとも引かない。彼のタフさは異次元だ。
──さてと。
ハピが意識を逸らしてくれた隙に、魔獣の視界から素早く逃れた私は、手斧を構えて“糸”の流れを観察していた。
呪力を“糸”で捉える。呪力の流れ、根源……術式の構築も、“糸”によって見ることが出来る。
“見える”ということは、触れることができるということ。──呪力の“糸”を斬ることも可能ということだ。
魔獣が纏う“糸”の一つ一つを解き、私の術式で掌握できる段階にまで、消耗させる。
手斧に呪力を集中させて、一つの綻びを狙って叩き切る。時折、“金縛り”を使い、呪力を乱れさせる。──純粋な呪力量で言えば勝ち目はないけど、“技術”に関しては私の方が賢いようだ。
ただ、呪うためだけに暴れる。憎悪を振り撒くだけの存在。
一般に……久遠琉馨の世界では、呪力が多くなればなるほど、“知性”を身に着ける。言語を操り、策を弄し、──人間へと近づくのだ。
しかし、この世界では、どれだけ強大な呪いでも意思はなく、唯一あるのは“憎悪”だけ。
目の前の魔獣も、今朝方倒した魔獣も、呪力の圧は違えど、共通して憎悪があった。
その憎悪が何を意味するのかは、私にはあずかり知らないところだ。──だが。
「──渾融操術……“堅結び”!」
私は、呪術師だ。呪いの一切合切を祓う。それが私のやるべきことだ。
ようやく捉えることのできた呪力の核に“糸”を堅く結びつけて、締め上げる。呪力が練られなくなった魔獣は、苦しそうに呻き、悶え苦しむ。バルタザールはその隙を逃さず、渾身の一撃を魔獣へと叩き込んだ──……一撃を入れた個所から肉体が崩れ落ちていく。それは泥のように辺りへ散乱し、中から先ほどの男と、“ヴァジュラ”が出てきた。
「我が娘……モニ……」
地に伏した男はそのまま動かなくなり、急激に肉体は冷え……蝋のように固くなった。手首に触れてみるが、鼓動は感じない。……残念ながら、彼は。
せめて、という思いの下、失意に彩られた表情へそっと手を翳し、眠りにつくように瞼を閉じさせる。
「──……ままならねえもんだな。まあ、これは取り戻した。……ルカ、ハピ、悪かったな。心の底から詫びさせてもらう」
「……キミにも何か事情がありそうだし、帰ったら聞かせてよ。話はそっからじゃん」
「とりあえずここから離れよっか。面倒なことに巻き込まれる前にね」
□
アンヴァルからアビスへそそくさと帰ってきた私たちは、酒場へと腰を落ち着かせた。
ここまで落ち着かない状況であったため、一息ついた途端にどっと疲れがのしかかったような気がした。ーーさて、そのまま休憩するよりも前に、色々と整理する必要があるだろう。
「で?この遺産?は何なの?」
「厳密には“英雄の遺産”じゃねぇんだ」
「というと?」
「英雄戦争より後の時代に、遺産を真似て造られた武具。これは、おれの母の故郷で大切にされてた一族の秘宝みてぇなもんらしくてな。それがどっから情報が漏れたのか、この間盗まれちまったんだ」
そして巡り巡って闇市へと流れていったと。
「で、凶行に及んだってわけね」
「凶行って……根に持ってやがんな。この通り謝るから、機嫌直してくれよ」
「回りくどいことしないで、素直にお金で傭兵なり雇えばよかったのに~」
「俺がそんな金を持ってると思うか?……第一、事を大きくして遺産が教団に没収されでもしたらより面倒になるしな」
教団と英雄の遺産、貴族との関わりはあまり分からないが、時折教団とのいざこざの中心に度々英雄の遺産が挙げられていることもある。面倒とはつまりそういうことで、バルタザールにとってこれが最善手だったのだろう。──まあそれはそれとして
「報酬は頂戴ね~」
「アッ、てめっいつの間に俺のヘソクリを!!」
ここへ戻る途中、バルタザールの意識が上手い具合に逸れていたところを狙って、金貨をいくつか徴収しておいたのだった。スリではない。差し押さえだ。
「……っうか、ルカ。あれを知ってたのか?」
「アレ?」
「……化け物のことだよ」
「ああ」と先ほどの事を回顧する。
「“呪物”は知ってるけど……それが英雄の遺産ってのは知らなかったかな」
「……英雄の遺産も、呪われているの?」
「少なくとも、私の“眼”にはそう映るかな」
悪を退けるために、神が与えた武具。──私からしてみれば、かみさまも、呪いみたいなものだ。超常の力は恩恵とそして災害をもたらすものだ。
「紋章を持たざる者、遺産の担い手能わず。口酸っぱく言われてた事が、こういうことだとはなァ」
「つまり、紋章持ち以外の人間が英雄の遺産に触ったらああいうことになるってこと?」
「それが英雄の遺産の仕組みか断定できないけど……呪いに耐性を持たない人たちならまず助からないだろうね」
逆説的に言えば、紋章というのは英雄の遺産を扱うための操縦桿といったもの……なのだろうか。
「あの貴族のおっさん……なんか話の通じる感じじゃなかったね」
「ああ、そうだな。何でこんなもん欲しがったのか」
男が誰だったのか、何故闇市にいたのか。
彼の口からは、しきりに“娘”という存在だけが仄めかされていただけだった。
それが何を意味しているのか、結局は分からずじまいとなった。分からないまま、終えてしまった。──終わらせて、しまった。
「……なんか、嫌だね」
ハピは俯き自身の袖を握る。明確な言葉には表さなかったけれど、心の裡に渦巻くものは同じだと感じる。
──行く先の道の片隅に“死”があるような感覚。久遠琉馨の時にはずっと感じていていたもの。けれど、私たちはまだ終わらない。まだ、明日がある。まだ、生きている。
「……ご飯食べよう」
息を深く吸って前を向く。過去を追悼するのはここまでだ。私は厨房に入った。