呪術師なんてセイロス教と相性悪そうですけど、地下の住人として案外平和的に過ごしてます。 作:こももなっつ
「こんなに大量の糸と糊……それに羊皮紙まで。いいのかい?」
「うん。私使わないし」
「ふっふっふ……こりゃあ……腕に寄りをかけなくちゃあねぇ……」
掠れた笑い声を上げながら老婆は、適当な木台に腰を掛けて手ごろな本を手繰り寄せる。早速その本の“修復作業”を始めた。
腰は丸く曲がり、手先はしわくちゃ。伸びっぱなしの白髪を結わいもせずに、眼もほとんど見えていないというが、その修復作業をしているときは、丁寧に、正確に、破れたページとページをつなぎ合わせる。迷いなく、手先を動かしていた。
ガルグ=マク修道院の地下深くアリの巣のように広がる街、アビス。
様々な理由で地上に住むことを許されない人々が集まり、個人主義と損得勘定の下で集団生活が営まれるこの場所には、人だけではなく様々な物が流れ着く。
最たるものでいえば本だ。多くは教団から焚書指定されて地下に廃棄されたものがあるが、中には恋文やら、何かの報告書、手記など……どこからどう流れてきたのかとある国の機密文書まで転がっている。アビス七不思議。
しかし、そのほとんどは燃え滓、歯抜けのページ、バラバラの紙片になったもの……およそ本と呼べる保存状態ではなくなっていた。
それを修復する人間、それがこの老婆だ。アビスに住む殆どの人間が口をそろえて「自分が来た時には居た」と言う。
出自どころか名前さえも一切に明かすことはなく、彼女は日がな一日書庫に閉じこもって本の修復を行っていた。その姿がまるで幽鬼のようだから、怖がって殆どの人間はこの書庫に近寄らない。
しかし、老婆の手によって意味を失った本たちに再び意味が宿る。アビスに来て間もない頃、再誕された本を読むことができ、知識を得た私にとっては、まさしく神職人といっていい。
だからこうして、使えそうなものがあれば老婆へと送る。それに存外、このお婆さんは話し好きの人だった。
□
蝋燭でぼんやりと照らされた水路を歩く。賑わいから少し外れたこの場所は一段と静寂に包まれていた。風の音が反響して何かの声のように聴こえてくる。小さい子たちはこれがまた恐ろしいという。
そんな音の中に紛れて、また別の音が聞こえてきた。ヒソヒソと、最低限の音量。これは人の声だろう。微かに漏れる音の方へ近づいて行けば、揺らめく影が見える。──ユーリスと、もう一人。あれは彼が率いる私兵の誰かだった。
「……ロナート卿が……」
「どうやら……」
何を話しているかはさすがに聞き取ることが出来なかった。きっとユーリスお得意の“秘密の会談”だろう。彼が普段何をしているのかは少し興味あるが、盗み聞く趣味はない。ただ通り道ではあったので、必然と二人の横を通る必要はあった。
気配も消さずにそのまま歩いて近づけば、敏いユーリスはすぐに気が付いた。私兵の話に片手を翳して遮れば、その人もこちらを見て気付く。目が合った私はにこっと笑顔で手を振るが、私兵は一瞥しただけでそのまま影に消えるようにどこかへ行ってしまった。
「──邪魔しちゃった?」
「いや別に?そう大した用事でもねえよ。地上であったことを聞いてただけだ」
「ふうん。相変わらず耳聡いね~」
私も商人から、地上の麓町の人から、様々な事を見聞きするものだが、ユーリスの人脈網には叶わない。彼の耳には政情からあくどいことまであらゆる情報が流れてくる。
どんな時代であっても情報は武器になる。彼は堅実な人間であった。
地上といえば。私は関連する出来事を一つ思い出した。
「そういえば、結構剣呑な雰囲気だったよねぇ、
「そりゃあな。なんたって王国が教団に向かって挙兵したって話だからな」
花冠の節が訪れてしばらくした日のことだ。
ファーガス神聖王国のローベ領にあるガスパール城領主を務めるロナート卿が、西方教会と手を組み一斉蜂起。中央教会に対して宣戦布告を行ったのだ。
それまで何も無かった事が、ここにきて突然の反乱を起こした──……と、表面上はそう見えるだろう。表面の下、水面下で火種は育てられていた。かねてより西方教会からの不穏な動きは随所に散見されていた──……この前、アルファルドに同行した“訪問”の真意も、そういうことだろう。確かに、西方教会の人たちの態度はどこかぎこちなさがあったなと、あの時少し感じた違和の答え合わせを心の中で解決する。
「ま、それもさっき鎮圧されたってよ。ガスパール城は接収された」
「さっきの話ってもしかしてソレのこと?お早い情報なことで」
そんな話題沸騰させた反乱も終焉したようだ。
中央教会が抱えるセイロス騎士団という精鋭揃いに対して、小領主の戦力の水準は騎士団の足元に及ぶかそれ以下であろう。各地で戦争を起こしていない昨今で、武力を揃えることは厳しいものがある。
「誰が見ても無謀な戦い」
「──それでも、ロナート卿たちに戦う“理由”があったってことだろ」
ユーリスの口ぶりから、その理由に対する心当たりがあるように見受けられた。それを聞くべきか否か。ちょっとの好奇心と不干渉の咎め。一瞬だけ揺れ動く。
──関係ない人間があれこれと口を出すのは好きじゃない。けれど、あの時会った修道士のひとや、話しかけてくれたおじさんが脳裏をよぎることも事実だ。
点々と思い起こされるものに逡巡する。それはユーリスも同じようで、お互いに交わす言葉が止んで暫しの沈黙の中、突然「おーっほっほっほっ!!」とそれまでの空気を吹き飛ばすような、高貴で美しい……とはちょっと言い難い、特徴的な高笑いが響き渡った。
□
「ふふ……んっふふふふ……!」
笑い声の正体は言わずもがなコンスタンツェであった。広場で一人、こみ上げる笑みをこらえきれずに肩を震わせ、口から漏れ出ていた。
傍から見れば少々……いやかなり?只ならぬ様相を呈していた。コンスタンツェは感情をストレートに発露するので、喜色やら憂色やらを前面に出すこと自体は珍しくないことだが、今日の彼女の様子は輪に掛けて異常であった。
「おい……どうした。コンスタンツェ。研究のし過ぎでとうとうおかしくなったか?」
「おーっほっほっほ!今ばかりは貴方の暴言もま──ーったく気になりませんわね!」
これまた珍しくユーリスの方が圧される光景が。やれ日陰女だの散々な悪態をついては、コンスタンツェの顔を苦々しく変えるユーリスの野次も全く意に返すことなく満面の笑みも崩すことはなく、むしろもっと高揚しているようにさえ見えた。
「楽しそうだねぇコンスタンツェちゃん。何かいいことでもあったの?」
「ええ、ええ!ルカ!よくぞ聞いてくれましたわね!!わたくし、と──ってもこれまでにないほど気分が良いのです!お聴きなさいな!」
この異様な高揚について理由を問えば、待ってましたと言わんばかりに手に持っていた扇子をビシッとこちらに差し向けるコンスタンツェ。ノリに乗っていた。
「先ほど、教団からわたくしに依頼があったのですわ。騎士団と共にゲルズ家に赴くように、と」
ゲルズ家とはアドラステア帝国の貴族であり、政務六大貴族の一角、外務卿を担う。
かつてはコンスタンツェの生家であるヌーヴェル家と共に、ダグザ・ブリギット戦役の際に肩を並べて戦っていたが……帝国領地の侵入を許してしまった末、ヌーヴェル家に至っては位と領地を取り潰されてしまう。だがしかしゲルズ家は未だ六大貴族に席を置いている……処遇の格差が生まれていた。
「すでに過去の事。私は割り切っておりますけれど……機会があれば、ゲルズ公に悪態の一つでもついてやりたいと思っていましたのよ!」
「で、その機会が回ってきて嬉しいってか」
コンスタンツェがご機嫌なのはそういうことであった。
「……それで、ゲルズ家に何しに行くの?」
「教団は、そのゲルズ家が保有しているという“英雄の遺産”を接収したいようなのです。そこで、ゲルズ公の知己であるわたくしが、交渉の大任を拝したのですわ!」
──前節にも英雄の遺産がらみの事があったなぁ……。ここにきて同じような話題が来るのはそういう巡り会わせなのだろうか。
「遺産ってのは、大昔に教団から十傑の末裔に変換されたものなんだろ?ゲルズ家は十傑の血を引いてねぇよな?」
「紋章を持ってるとかじゃないの?」
「いや?ゲルズ家に紋章持っている奴がいるとは聞いたことがねえな」
「あの方はダグザ・ブリギット戦役に乗じて、遺産を入手したという噂がありましたわ」
それを嗅ぎ付けたセイロス聖教会が事実を確認して、判明に至ったそうだ。引き渡しの要請をしているようだが、未だゲルズ家はそれを拒んでいる。
「そんな容易く転がってるものなの?危な~……」
「いやいや、たぶん元々は異国の地に伝わる秘宝みたいな扱いをされてたんだと思うぜ。それを戦後、ゲルズ家が講和を主導する際に献上させたとかじゃねえか?」
「え?なんでフォドラ以外に英雄の遺産があるの?不法投棄?」
「そこまでは知らねえよ」
バルタザールの“ヴァジュラ”も……あれは英雄の遺産に似せたものと言われていたり、経典に書かれている英雄の遺産の表記と、事実はどこかズレがあるようだ。
「ユーリス、貴方随分と詳しいのですわね?」
「……いや、俺もゲルズ家が手に入れた遺産の話を小耳に挟んだことがあってね。気にかかって前に調べたんだ。今のはそこからの推測に過ぎねえよ」
「さすが情報通~」
「で、コンスタンツェ。お前がゲルズ家に行くなら、俺も同行させてくれねえか?」
と、ここでユーリスから唐突に同行の申し出が上がった。普段は他人の事情に対して安易に首を突っ込まない彼が、一体どういう風の吹き回しかとコンスタンツェは「何か企んでますの?」と訝しむ。
「いいや?ゲルズ家にある遺産ってのを、この目で一度拝んでみたいだけさ」
そう言う彼の“糸”に何か不自然な色はない。──本当に興味深々って感じだった。
「わたくしに止める権限はありませんけれど……それならルカもついてきてくださらない?この男が何企んでるかわかりませんし、人手は多いほうがいいですわ」
「だってよ。どうする?ルカ」
「んーどうしよっかな~」
「アンヴァル限定、特製モモスグリのシャーベットをご馳走してやるよ」
「行く~~~!!!」
「貴方、それでいいんですの??」
モモスグリは、味は桃、形は葡萄に近い果物のことである。フォドラ全域に広く育てられているが、中でも帝国領にあるオグマ山脈付近で採れるモモスグリは格段の甘味を持つ。そこのモモスグリを使ったシャーベットはアンヴァル市街のみの販売なのだ。
風の噂程度に小耳に挟んでいた情報で、いつか食べてみたいと願っていたところだ。快くユーリスの見張りだろうが何だろうがやってやろうではないか!
□
というわけで、今年に入ってから二度目のアンヴァル市街へとやってきたのであった。
この短期間でアンヴァルに来ることになろうとは。しかもどちらも英雄の遺産絡み。
ゲルズ公爵との取引場所に着いたが、まだ向こうは到着していないようだった。……約束の時間まで幾ばくかある。騎士団と共に待つことにした。
「──わたくし如きの存在では、ゲルズ公爵閣下もお会いにならないでしょう。ああ、徒労になってしまうことをお詫びしなくては……」
「大丈夫だよ~。まだ時間があるからね~」
「さっきまでゲルズ公の渋い顔を更に渋めてやりますわよ~!って息巻いてたじゃねえか」
出発時の威勢はどこへやら。街を照らす明るい太陽の下で、アビスよりも深い影を作ったコンスタンツェは俯きがちに後ろ向きな発言を繰り返していた。──太陽の下が条件で現れるコンスタンツェ(ver.陰)である。様々な要因が重なって生まれたもう一つの人格。文字通り、“人が変わった”ように思考や嗜好がまるっと反転する。
地下でのコンスタンツェは過剰と言っていいほどの自信家であるのに対して、今のコンスタンツェは過剰なまでの自責家。とにかくやることなすことの責任を自分に被せては、ありもしない罪状を次々と生み出してくる。時にはそれが行き過ぎて、こちら側に飛び火することもしばしば。
そんな感じで、コンスタンツェから湯水のように出てくる後ろ向き発言をユーリスと二人で話半分に聞き流していれば、伝令役の騎士団員が只ならぬ様子で戻ってくるのが見えた。
「伝令!──ゲルズ公爵閣下より、救援要請です!!賊徒に襲撃されています!」
「おいおい。嘘だろ」
「まぁ……わたくしが来たばっかりに……。微力ながら救援に参りましょう……」
「あらま。うーん、デジャブだな??」
「とにかく、さっさとゲルズ公と合流するぞ!」