呪術師なんてセイロス教と相性悪そうですけど、地下の住人として案外平和的に過ごしてます。 作:こももなっつ
節はまた一つ進み、青海の節となった。
連日の降雨から解放されて、燦燦とした太陽が覗かせる。暖かさよりも暑さが増して虫たちも活発に動き回るようになる。ジメジメとした湿気から空気が変わるかと思いきや、最近のアビスに漂うものはどこか刺々しいものであった。
□
「あれ?見張り番さん、増員したの?」
「ルカ。お疲れさんです。いやいや、なーんか勝手に見張りに立つって言ってるんすよ」
「セテス様のご指示だ。今節は大事な儀式があるのでな」
アビスは本日も異常あり。
大なり小なり常に何かしら事件が起きるこの街で、これまた目を引くことが。アビスの門番を担う人が一人増えている。しかも白銀の鎧に身を包んだ……セイロス騎士団の人であった。
アビスと修道院は不干渉の不文律だ。滅多なことが無い限り、または管理者であるアルファルド以外、修道院側の人間がこちらに来ることはない。
ということは滅多なことが起きてるということ。それもそのはず、今節には女神再誕の儀を控えているのだ。
女神再誕。
節の名前にもなっている青海は、女神が住まうとされる星の名前。
この節はその青海の星が年に一度空に戻ってくる。それを女神の再誕として儀式が行われる。フォドラ一大イベントであるため、フォドラ全土から熱心なセイロス教徒が大修道院へやってくるのだ。
それにかこつけて不埒な輩も紛れ込んでくる。大修道院の警備は厳しくなるもの。加えて、大司教暗殺計画が先のガスパール城接収の際発見されたのだ。
いくら不干渉を敷いているアビスといえど、評判までは良いものではない為、当然のように疑いの目はかかってくる。
「兵隊さんも大変ですねぇ」
「馴れ馴れしく話しかけるな。少しでも妙な事をしたら摘発してやるからな」
「やだ、こわ~い」
修道院の中にはアビスそのものを嫌悪している人たちもいるという。何かにつけて排除したいという思惑も無きにしも非ずといったところか。
「はぁ。せめて女の騎士さんだったらよかったのに。よりによって、こんな堅物の男とはね……」
「女の人のほうがもっとえげつないこと言われちゃうかもしれないですよ??」
「それはそれで、ご褒美ですよ」
「貴様ら、ふざけるのも大概にしたまえ……!」
「やだなぁ。いつもの異常な世間話ですよ、旦那」
「そうそう、アビス式冗句」
と、門番と二人で兵士を揶揄ってみるが、思っていたより融通が利かないそうだ。
鎧越しにプルプルと全身が震え始めている。恐らく怒りの方面で。これ以上油を注ぐのはやめておこう、と私は「おつかれさまで~す」とのらりくらり、その場を離れることにした。
青海の節に入ってからのアビスは剣呑な雰囲気に包まれていた。……剣呑なのはいつものことだけど、輪に掛けて、と付け加える。
街中を歩くは住人の他に、ちらほらセイロス騎士団の兵士たちが調査と称して見回りをしている。聞き慣れない金属が鳴る音が地下中に響き渡っていた。
こうも目を光らせてしまっていては、商売あがったりだ。
もちろん私は、大司教の暗殺計画に髪の毛一本たりとも関与はしていないけれど、教え的に違反しているようなことはそこそこやっている。こんなところでバレてしまうのは御免被りたい。大人しくしている他ないのである。
「……わ、わたし、何もしらないネ……」
「嘘を吐くな!疚しい事があるから何か隠したのだろう!」
高圧的な声が聞こえて、思わずため息をついてしまった。辟易。
騎士団がアビスに見回りに来るようになってから、全員が全員とまでは言わないけれど、取り調べという名の恐喝が横行しているのだ。
確かにアビスは出自不明な人間が集まる街だ。清廉潔白を美徳とする人間にとって、こんな場所は唾棄すべき存在であろう。だが、勝手にそうなっている訳ではない。物事に対する経緯をもう少し鑑みてはいかがだろうか。と嫌味の一つも言いたくなってくる。
「──おつかれさまです~。精が出ますね~」
「なんだ、お前は!」
「なんだチミはってか!そうです私が変な……なんだろ、おじさん、ではないから……おねえさん?」
「ふざけているのか!!!」
「だっふんだ」
変なおじさん。一世を風靡させたギャグはどんな時でも肩の力が抜ける。……ということで、詰められていたマリナの前に立って兵士に向き直る。
「どうしたんですか~?そんなに怒っちゃって。うんちでも踏んじゃいました?」
「踏むかッ!!まったく下賤な連中だ……」
「あ、本当に踏んでる」
「何ィ!!?」
「違った、ただの泥だ」
「……!!!」
はい、どうどう。
「──私を見たとたんに挙動不審になり、何かを隠した!疚しい事があるからに違いないだろう!」
「そんなに血気盛んに迫られたらそもそも怖がられますよ。そうやってグイグイ迫る男の人はモテませんよ~」
「んなぁッ!?」
適当にそれっぽくこの人が狼狽えそうなことをつついてやれば、面白い位に図星だったようだ。ぐうの音も出なくなった。
「ということで愛の挨拶でも見て口説き方の一つでも学んできてから出直してきてくださ~い。はい、さよ~なら!」
「きゃっ」
硬直した流れをほぐしたところで、マリナの手を取ってその場からそそくさと逃げおおせたのだった。
兵士が「待て!」と追いかけようとするが、人の波と入り組んだ地形が売りのアビスの街で、素人が上手くさばけるわけがなかった。追跡をすることは残念ながら叶わないだろう。
□
「……ごめんネ、ルカ」
「いいよ~。やだよねぇ、ここぞとばかりに絡んできちゃってさぁ」
兵士の手から逃れて、ひとまず灰狼の教室に避難してきた。
教室がある区画は道筋を覚えている者でなければまず辿り着かない、少々入り込んだ所にある。ここまで来てしまえば、セイロス騎士団の面々も目は届かないようで、張り詰めていた雰囲気から少し緩んだ気がする。
「よお!ルカにマリナじゃねえか!」
「うーん。火種がいたか~」
「ああ?んだよ」
教室にはいつも以上に血気盛んなバルタザールがいたのであった。
「賊が乱入してくるかもしれねえんだろ?暴れるには丁度いいじゃねえか。なあ?」
「えっ私バルタザールくんと同種と思われてるの?」
「バルタザール、賊徒倒す、れば……アビス、騎士団、来なくなる?」
「そうだ!そんなに暴れたいならとっとと暴れて、事態の収拾に貢献してよ~」
「何人かはぶちのめしたぜ?けど、そいつらは今回のと関係ないらしくてな」
はぁ?私は口をへの字に曲げる。というかもう喧嘩した後なのか。
言外に説明を求める目線を送るが、バルタザールもユーリスがそう言っていた、としか分かっていないらしい。──大司教暗殺以外にもなにか企んでいることがあるってこと?
教団がざわついていることに乗じる何かが存在していることなのか。思っているよりも、今節の状況は危ぶまれているのかもしれない。
と、そんな思考を巡らせていれば、次の来訪者がやって来た──ハピだ。いつも以上に怠そうにしながら、辟易とした表情をありありと浮かべていた。
「……教団の人たちウロウロしてるのホント邪魔。どーせ適当な仕事しかしないくせに」
「ありゃありゃハピちゃん。おつかれ」
「しかもハピを見た瞬間に露骨にびくびくしちゃってさ。うざ」
セイロス騎士団の不出来な対応によって彼女がアビスで生活することを余儀なくされてしまった。そんなセイロス騎士団に対して良い感情を持っていないハピにとって、この状況はストレスそのものだろう。
「まあまあ。これも女神再誕の儀までだと考えれば……」
「再誕の儀って毎年やるの?……ってことは毎年再誕してるわけ?」
「どうだろうねぇ。形としてやっているだけかもしれないけど……」
「まーでも、もし本物の女神様が現れるなら見てみたいかもね」
「なんで?」
「教団の間違いを正してくれそうじゃん?」
思わず吹き出してしまった。ハピは時折鋭く的を撃ちぬく言葉が飛び出してくる。
教団は女神の意思を尊重しているというが、果たして女神自身がどう思っているかは、まさしく神のみぞ知るものだ。
「俺としちゃあ騎士団の連中ともやりあえると思うと損ばかりじゃねえけどな!」
「これだから喧嘩番長は……っていうか騎士団の人にふっかけたの!?やめてよ~」
「誰彼構わず噛みつく狂犬だと思われてんのか俺は」
争いあるところにバルタザールありという。日課のように喧嘩を吹っ掛けているではないか。……まあ、さしものバルタザールも物の分別はついている。騎士団の人たちには手を出していないようだ。彼が興味を示しているのは純粋に騎士団の武力だ。とはいえ、騎士団の人間と戦う機会なんて、セイロスに徒名したときくらいだ。おーい!喧嘩しようぜ!といって乗る連中ではないことは確かである。
「運よく道端でばったり件の連中にあえたりしねえかな……腕が鳴るぜ」
「そんな感じでかち合うんだったら今頃お縄についてそうな気がするけどねぇ」
などと会話していれば、「おーほっほっほ!!!」と特徴的な高笑いが教室中に響き渡る。
「それなら私が編み出した魔法の見せどころですわね!」
ばーん。扇子を格好よく開いて決めポーズで佇む我らがコンスタンツェ。
「どんな魔法なの?」
「馬鹿、広げんな馬鹿」
「よくぞ聞いてくれましたわ!ルカ!私が編み出した魔法は……花を番犬のように変えられますの!」
その魔法は怪しい人間を見つければ、つぼみがパッと花咲くそうだ。
私たちはコンスタンツェの説明を聞いて、各々その姿を想像してみた──……ごろつきさんの頭に一輪の花が咲く感じかな。なんとファンシーな絵面だろう。平和だ。
「あー。そりゃーすげえ。俺はいいや。遠慮しとく」
「あら、バルタザール。手っ取り早く喧嘩事したいのでしょう?」
「そうだねぇ。バルタザールくん、試しにかけられてみたら?男前が上がるかもしれないよ~?」
「お前、俺が不審人物だって言いたいのか?」
「──ってかアビスに住んでる人なんて、大抵怪しい人じゃん?」
それもそうだ。ハピの一言が全てであった。
そうでなければ今頃セイロス騎士団がアビス内を闊歩しているわけがないのだから。
「……まあ、この魔法は次の機会で構いませんわ」
「おう、是非そうしてくれや」
ぱちん、と扇子が閉められた。
□
長く鎮座していた太陽が寝静まり、夜が深くなる頃。
夜になれば鋭い眼差しのセイロス騎士団の人たちもいなくなる。息の詰まるような緊張感に包まれたアビスの街も静まり返る。……が、脅威の警戒は怠らない。
何かと狙いをつけられやすいこの街は、灰狼の学級……とくにユーリスの指示を中心に夜警を持ち回りで行われている。加えて、大司教暗殺執行疑惑やら只ならぬ疑念がある。警備は更に厳重に。
そんなわけで今夜の私の持ち回りはユーリスと共に、町から外れた地下道であった。暗く、入り組んだ道を蝋燭で照らしつつ欠伸をかみ殺す。
「ね~……こんなところまで警備する必要ある?来たことすらないと思うんだけど、ここ……」
「念には念をってやつだよ。人が出入りしている形跡がある。用心しておくことに越したことはねえよ」
「ふーん……?」
とユーリスは言うが、こんな隠し通路、誰が見つけるというのか。何かを守るために造られたか、もしくは閉じ込める為か、複雑に道を塞ぐ仕掛けがいくつも施されている。不思議なことに彼は手慣れた動作で解除していくが……。
地下はそういった仕掛けがいくつかあることは確かだ。緊急時に避難できるようになどそういった目的で造られているのだろうと、先住民の誰かが言っていた。
──本音を言おう。怪しいと直感した。ユーリスが纏う“糸”の色は、彼の言葉と裏腹になっている。
「……ルカのその目は厄介なモンだな」
「正確には目じゃなくて、共感覚らしいんだけどね~」
私が訝しげに見ていることがユーリスにも伝わったのだろう。観念した様子で、私の方へ向き直る。
「なあ、一度死んだ人間がもう一度蘇ることはあると思うか?」
それはまた唐突な問いだった。
「それは……」額面通りの問いでないことは確かだと分かる。だから、問い直した。
「倫理的に聞いてる?それとも──……呪術的に、質問してる?」
「……後者、だな」
「……」
“一度死んだ人間がもう一度蘇る”。
私は一度口を閉ざす。脳裏に浮かんだ答えをもう一度咀嚼するために。
私は、……久遠琉馨は、二度、その状況に遭遇したことがある。当事者ではないが、同級生と後輩がそうだった。
一度目。同級生、乙骨憂太が、不慮の事故で亡くなった幼馴染を“死なせたくない”と“呪った”結果、特級過呪怨霊として誕生してしまった折本里香。
二度目。後輩、虎杖悠仁が、状況打開のために、特級呪物である“両面宿儺”の指を取り込んだことで、彼の身体にもう一つの魂、両面宿儺が誕生したこと。
そのどちらも、人間としてではなく、“呪霊”としてであるが。
──さて私は、蘇った人間に該当するのだろうか?
偽物の夏油傑によって魂だけ隔離され、なんやかんやで気付いたら“誰かさん”の身体の中に入り込んだ。誰かさんは未だに目を醒ますことは無い。
「……似たような感じなら?」
「マジかよ」
私が出した答えに、ユーリスの表情が強張る。聞いた手前で信じられないと言外に匂わせた。
「ユーリスくんが想像するよりも、大分“歪んだ形”だけどね。それでも“蘇る”と定義するなら、そうだよってだけの話」
「歪み、ね」
乙骨憂太が、呪いとなった里香を生涯背負うように。虎杖悠仁に死の責任を背負わせてしまったように。──誰かの人生に、久遠琉馨が横入りしてしまったように。
「じゃあ、ルカ。お前は一度死んだ人間を蘇させることができるっていったら、するか?」
「しない」
次のユーリスの問いに、私はハッキリと、間髪を入れずに答えた。
「随分と迷いなく答えるな」
「だって、それでイイ経験したことないし~。第一私だったら蘇ってまですることないもん」
“呪術師に悔いの無い死などない”
私が、呪術高専に入る前に学長の夜蛾から言われた言葉。呪いという理不尽と戦う以上、いつも明日が来る保障は出来ない。そういう世界だと、初めに教わった。
それにしたって、魂が剥離されるなんてイレギュラーもいいところな状況にいるわけだけども。
それでもまだ“久遠琉馨”としての意識があるのだとしたら、肉体は滅んでいないはずだ。つまり、私はまだ生きている。
けれどもし、このままこの身体から抜け出せなかったら。もし抜け出せたとして久遠琉馨の身体にもう一度戻ることは出来るのだろうか。今生きていることさえ不思議で、明日何かしらの不具合で死ぬことだって大いにあり得るかもしれない。──それは怖いなあ。
明日が来ることを当たり前のように感じ、ふとした瞬間にその当たり前が崩れてしまうかもしれない恐怖が私の中にずっとある。それは、ルカだからではなく、久遠琉馨であったときから、……呪術師としての路を歩み始めた時から、ずっと、影のように。
死ぬのは怖い。今死ねって言われて、はいそうですか。と死ねるかは保証できない。
でも私は、独りではない。ユーリス、バルタザール、コンスタンツェ、ハピ……素性が定かでない私の事を受け入れてくれた仲間がいる。
真希、狗巻、パンダ、乙骨。私と同じ呪いが見えるひとたち。私と共に勉学を、呪術師を、学んで、強く、聡い同級生たち。
死ぬのは独りだ。と五条は言う。けれど、“私”という痕跡は、きっとそのあたりに遺ると思う。
「後悔があっても、未練があったとしても、きっと私のこと忘れないでくれるって思うんだよね。だから、良いんだ」
生きるって多分そういうことだと、未熟な私が一つ思う考え方だった。