呪術師なんてセイロス教と相性悪そうですけど、地下の住人として案外平和的に過ごしてます。 作:こももなっつ
様々な疑心や疑惑が渦巻いた女神再誕の儀も、当日を迎えてしまえば何てことは無く、恙なく終わりを迎えた。
何てことは無い、というのは私たちアビス側の見解であり、実際のところは大変な騒ぎだったようで……ユーリスの情報筋によれば、司教暗殺の企ては囮であり、本来の目的は聖廟に安置されている“ある物”が目当てだったそうだ。
修道院地下には四聖人を祀った聖廟がある。そこにはセイロス聖教会が収集した英雄の遺産も眠っている。──そう、英雄の遺産を狙っての犯行だった。
が、そんな企み空しく、例の“灰色の悪魔”率いる士官学校生に突き止められ、望みが叶うことなく、この一連の騒動は幕を閉じることとなった。
あれだけアビスに対して警戒の目を向けていたセイロス騎士団も、何もないと分かるや否や、そそくさと地上へと帰って行っていく始末。
お陰様というべきか、妙な剣呑さを孕んだ緊張感は収まり、いつもの不穏な日常がアビスに帰ってきた。──と、思いきや。まだまだ波乱を含んだ不穏の種は残っているようであった。
地上を賑わす声がだんだんと静かになると、夜の暗幕が降りた合図だ。
日の光が消えたのち、地下からはよからぬことを企む声が密やかに賑わす……のがアビスの日常であるが、ここのところは張り詰めた空気が続いていた。
女神再誕の儀が終わった矢先、今度は妙な傭兵連中がアビスの街を夜ごと襲ってくるのだ。
何度か応戦し、縛り上げて尋問をかけるが、そのあたりの情報統制は徹底しているのか、襲撃してくる傭兵には雇い主の影を見せていないようだ。つまり、傭兵たちは何も知らないまま、日銭を稼げるという利点だけでアビスを踏み荒らす。とても厄介でご迷惑である。
アビスの街の評判がどうであれ、住む人間にとっては必要な場所だ。被害を一刻も早く食い止めるため、私たち灰狼の学級は、今夜も傭兵の出現位置を予測して街の各地に散らばって警備を行う。
数ある地上へ繋がる出入口の一角に、ユーリス、コンスタンツェ、ハピ、そしてバルタザールと共に待機していた。こういう警戒している時に限って、中々尻尾を見せないものだ。ここに来てから幾ばくか経つが、状況は転じない。つまり暇だ。退屈を持て余したバルタザールは大きな欠伸をかいた。
「……なあ、ユーリス。おれたちがここで欠伸を嚙み殺してる意味はあんのかね?」
「噛み殺せてねえぞ。ったく、そんなに暇なら俺が一勝負付き合っても良いが……」
「じゃあユーリスくんに100ゴールド」
「ハピも」
「おれに賭ける意思が欠片も感じねぇ」
──そりゃあバルタザールくん、ユーリスくんとの賭け事に一度も勝った姿を見たことがないからね。
経験的事実に基づく予測だ。なお、ユーリスはバルタザールに分からないよう巧妙にイカサマをしかけているのだから、バルタザールがこのカラクリを突き止めない限りユーリスの勝利は約束されている。
「やめとく。近頃は寒々としててな。お前に巻き上げられるのは懲り懲りだ」
「何言ってんだか。暖かかったら喜んでバラ撒くじゃん、バルト」
「ねー。宵に越せたことないよね」
江戸の火事並みに日夜炎上しているようなものだ。
「おーほっほっほ! 手持無沙汰なら、頭を働かせていれば良いのですわ!」
コンスタンツェは代替案を提示するが、言葉尻に「ま、働かせる頭のない者は退屈かもしれませんけど!」と締めくくった。
それはバルタザールも否定しないようで、「ああ、寝ちまいそうだな」と返した。
「ま、働かせる頭はハピもないし。ユリ―とコニーに任せて……」
といったところで、取り留めのない会話はドタバタと駆けこむ音で終わることになった。
ユーリスの私兵団の一人が慌てた様子でやって来る。
「お頭!」
「どうした、随分早く戻って来たな。何か地上で動きでもあったか?」
「ああ。お頭の指示通り、枢機卿の会合を探ってたんだが……。それが、その。見つかっちまって。おかしな連中に追いかけられてるんだ」
私はユーリスへ視線を向けた。
「おかしな連中……? 騎士団か?」
「詳しいことはわからねえ……。数は七,八人だったと思うが、武装してる」
「その人数じゃ、地下を制圧しようって腹でもなさそうだな」
その連中とやらは、今話題の傭兵集団ではなさそうだが、益々何をしにきたのか。謎が一つ積み重なる。
「大方、お前を悪党だと思って捕らえに追ってきたんだろ。よし、返り討ちにしてやらあ! 腕が鳴りすぎて轟いてきたぜえ!」
と、水を得た魚のように意気揚々とバルタザールは応戦に向かってしまった。
「お待ちなさい、バルタザール! 貴方はどうしていつもそう短慮で!」
「そういうコニーだって、どーせ戦うじゃん? 新しい魔法を試したいとか言ってたし」
「ま、ここは地上の法が及ばねえ場所だ。多少遊んでやったって罪には問われねえさ」
「私としては平和的に解決したいよねぇ~」
と言ってみるものの、なんやかんやで、バルタザールがいの一番に吹っ掛けるのでどうせ戦うことになるだろう。やれやれ仕方がない。私たちはバルタザールの後を追うことにする。
「あっ貴方たちっ……! ちょっと! お待ちなさい! 私も、私も行きますわ!」
そして乗り気じゃないコンスタンツェも、なんやかんやで新しい魔法を試したくなってしまうのである。
□
「……ただの通路ではなさそうね。人の痕跡も多いし、住居のように見えるわ」
「ガルグ=マクの地下……そういえば昔、兄さんから聞いたことあったっけ」
「ん? ああ、ホルストさんも士官学校も卒業生だったか」
武装してアビスを襲おうとしているかもしれない人たちにしては、随分と賑やかで気楽な声が聞こえてくる。待ち構えてみれば、やってくるのは……私たちの制服によく似た、ではなく。私たちの制服の“基”となった“士官学校の制服”を身にまとったた人たち……そして、それを従える“灰色の悪魔”。
「士官学校の生徒さん?」
「ようこそ! 地の底アビスへ! ……華々しい方々がこんな場所に何の用だ?」
バルタザールが両腕を広げて仰々しく出迎えの言葉と問いを投げる。それに答えるのは褐色肌の男の人……確か、金鹿の学級の級長のクロードだ。
「いや、俺たちは大修道院をうろついていた怪しい人影を追ってきただけでね」
「貴方達に用はないわ。そこを通してもらえないかしら?」
続けて白髪の長い髪を手で払い……黒鷲の学級級長、エーデルガルトが凛とこちらを見据える。
「おーほっほっほ! それは無理な相談ですわよ! そこの暴れん坊は騙せても……」
──暴れん坊、と扇子をビシッとバルタザールに向けつつ。「おい」と小声で抗議する。
「私の目は誤魔化せませんわ……! 貴方たちの真の目的、このコンスタンツェ・フォン・ヌーヴェルが当ててあげましょう! アビス住民の排除を目論む教団の指示で、介入の口実を探しに来たのですわね!」
「よ、名探偵コンスタンツェちゃん!」
華々しい士官学校生の面々に負けず劣らず華々しく推察を並べ立てるコンスタンツェ。
とりあえず拍手を送っておく。──“糸”を見る限り当惑を浮かべているので、恐らくこの推理は外しているだろう。
さて、この士官学校生たちがここに来てしまった以上、かといって大人しくここから帰すというわけにもいかない。
「戦う理由がありさえすりゃ、中身は何だって関係ねえだろ。やんのか? やらねえのか?」
「……見るに、なかなかの手練れのようだ。いちいち相手をするのは得策ではないな」
ボルテージが脈々と高くなるバルタザールをよそに、士官学校生は冷静なようだ。
金髪の精悍な男の人……青獅子の学級級長、ディミトリは乗らずに撤退を思案し、クロードも同様のようで、手を引くようだったが……
「この期に及んで帰るだなんて、そう寂しい事いってくれるなよ。なあ? ここの連中はみんな娯楽に飢えててね。戦争ごっこがしたくて堪らねえのさ」
「ほほう……鮮やかな挟撃の手並み、やっぱりただのごろつきじゃなさそうだ」
「おい、クロード。感心している場合か。ここは俺たちで突破口を開かねば……」
ユーリスたちが尽かさず士官学校生の退路を塞いだ。
「クロード? ……はっはぁ! こいつはとんだ僥倖だぜ! ようしお前ら、ぶん殴られてケツ並べるか、おとなしくふん縛られるか選びな!」
「えっ? 今のどこにバルタザールくんの琴線に引っ掛かる要素が??」
何故かクロードに熱烈な興味を示してしまったのがスイッチになってしまった。彼の興味は強そうな人間か、金のなる木か……。学級対抗戦を見るに、クロードは戦略家ではあるが、バルタザールの好みそうな強さの人ではない。となると、クロードから何かお金の匂いを嗅ぎつけたのか。──ともかく、バルタザールが臨戦態勢に入ったので、私も合わせて手斧を構えた。
「待て……! お前たちは何者なんだ? それが分からないまま、刃を交えるというのも……!」
それでもなおディミトリは躊躇するようで、外見に裏切らず誠実な人のようだ。「生真面目すぎて肩こりそ」とハピ評。
「ごめんね~。せめてのお詫びに、何者かであるかは教えとくね。バルタザールくんが」
「おれかよ!? まあいい、……おれたちは灰狼の学級だ。地上に居場所を失った生徒の行きつく場所。アビスで秘密裏に開かれた、──第四の学級さ!」
□
「……あれが“灰色の悪魔”……! おい! ルカ、あいつはおれにやらせろ!」
「どうぞどうぞ~」
灰色の悪魔を強敵認定したか、バルタザールが嬉々として拳を彼にぶつけようと、距離を縮める。狙われた灰色の悪魔は剣を──蛇腹のような形をした、おそらく英雄の遺産。──を構えて、応戦する。
さて、私はどうしたものか。ユーリスをちらと見て、この戦いの狙いについて目で訴える。
ユーリスもまた私を見て、──適当にやれ。的なニュアンスを受け取った。では、適当にやることにした。
「渾融操術──“金縛り”」
私の“糸”を士官学校生の“糸”に結び付ける。運がいいのか、一人を除いた全てが紋章持ちのようだ。紋章持ちは、私の術式対象内だ。
“金縛り”を放ち、一歩の行動を制限する。対象外の子……周りよりもやや小柄な男の人は弓を引く姿勢を崩すために手斧を投げた。
私の術式に「いったーい!」「なんだ!?」と困惑し、全員の攻撃の姿勢を崩した。
「おーほっほっほ! 私の魔道に恐れ慄きなさい!」
その隙をついてコンスタンツェの魔法が降り注ぐ。今日の魔法も絶好調だ。炎やら氷やらが雨あられと派手に炸裂した。
「余所見をするのは感心しないな!」
「おっと!」
コンスタンツェの魔法の雨を潜り抜け、ディミトリが私に向かい距離を詰めてくる。槍の突きを、半身を逸らして避け、柄を掴む。そしてそのまま体勢を崩そうと槍を引っ張ろうとするが……
「うっそ、きみ力強いね!?」
「……お前こそ、その細身からどんな力が……紋章持ちなのか……!?」
呪力で身体機能を底上げしているにもかかわらず、ディミトリはピクリとも動かなかった。──そういえば、怪力マンだったっけ。と、いつかの学級対抗戦で見た彼の姿を思い出す。それならばと、槍から手を放して肘鉄を彼の首元目掛けて打つ。
「ぐ……ッ!」
「足元しつれ~い!」
……と、ディミトリが半身を反らして避けたところを、足払いをかけた。足元まで注意がいかなかったディミトリは蹈鞴を踏む。その隙に距離を取った。
間合いを取った私を逃さずクロードが放った矢を、“糸”で結び、その矢のコントロールを奪い、手斧で弾く。──“紋章”持ちの人が手にする道具には少なからず呪いが付着するのだ。
「ざんねんでした~」
「おいおい、いくつ目があんだよ」
「二つだよ。──渾融操術、“金縛り”!」
「なっ」
「いったーい! なんなのこれ!」
エーデルガルトともう一人の女の人が身の丈程もある斧でこちらに攻撃を仕掛けてくるのを“金縛り”で動きを封じる。──紋章の力の恩恵か、どちらも小柄な上背で斧の重さに振り回されることなく、軽々とやってのける。ちょっと羨ましいぞ!
とまあ、こんな感じでのらりくらり、適当にいなしていく。
攻撃は当てず、当たらせず。コンスタンツェとハピの魔法である程度消耗させれば、そのうちユーリスが待ったをかけるだろう。それまで躱し続けよう。──の、はずだったのが。
ビュン、と一陣の風が吹いたかと思えば、背後でドカーンと何かが当たる派手な音。
「……強ぇ!! 噂は本当のようだな!」
「わぁバルタザールくん、ボロッボロ」
壁に打ち付けられたバルタザールが、あちこちに傷をつけて珍しく消耗しているではないか。荒い息で肩を上下させつつ、それでもまだやる気のようで口元を不敵に上げる。が──予定が狂った。学級戦の立ち居振る舞いを見るに、灰色の悪魔は、指示出しも戦闘技術もこの場にいる誰よりも格上だ。せめて戦闘技術でバルタザールと互角にやりあって意識をこっちに向けさせないでほしいのだが……これでは難しそうだ。
「ハピちゃーん。たすけて~!」
「え~……も~……。しょうがないな……」
真に心苦しくはあるが、彼女の“体質”に助けてもらうことにする。「はあ」とハピがため息をつけば、どこからともなく魔獣が引き寄せられるように現れた。
狭い通路の中で暴れさせるのは得策ではないが、仕方ない。突然の闖入者、それも魔獣に、誰もが驚いた。心中で「びっくりするよね~」と適当に共感しておいて、後は魔獣が暴れるのを巻き込まれないように撤退するだけだ。
「いーちぬーけ……」
「きゃっ……!」
「エーデルガルト!」
戦場を抜けようとその場から離れようとした時、魔獣が動いたことにより地面が抉られ、近くにいたエーデルガルトの足場が崩れた。──それはよくない!
一抜けようとした足を踏み留め、魔獣が動かないように、“金縛り”で動きを止めつつ、エーデルガルトの傍へ駆け寄る。
「手を──……!!!」
手を伸ばす。エーデルガルトが私を見る。彼女も手を伸ばして──……
刹那。分節。
何かが、私が、
□
□
「……まっさかバル兄がここにいるなんてね~……」
「……地下に、第四の学級に、……流石の俺も想像すらできなかったよ。まったくどんだけ隠し事があるんだ? ……」
「……偽書に禁書、……凄い取り揃え」
「……ええ!? エーデルガルト殿下本人なのですの!? ……」
「……貴方はヌーヴェル家のコンスタンツェなのね。行方知れずといってたけど……」
「聖騎士でもねえのに……」
ざわざわ、ざわざわと、ぐぐもった音が、だんだんと形を成していくような。ゆっくりと海面へと浮上するような感覚と共に、視界が光に包まれる。
「────―え?」
ハッと電流が一気に流れ出すように、全てが明確になった。
どうしてこんな展開に? 士官学校生と私たちで戦っていたのではなかっただろうか。記憶に、
「おいどうしたー? ボーっとして」
「え、うーん……? なんでこんなに仲良くなって?」
「はあ? お前話聞いてなかったのか??」
ユーリスから呆れられながらも簡単に、ここまでのいきさつを説明してくれた。
士官学校生たちがアビスに来た理由は、ユーリスの部下が地下に入ってくる姿を見て、その正体を突き止めようとしたから。
こちら側も、襲撃されている事情を話し、これに関与している訳でないのなら、一旦は“客人”として迎い入れた……というわけだ。
ユーリスの説明を聞いて、そういえばそうだったと、
「そうだった、そうだった」
「おいおい、大丈夫か??」
「だって夜中も夜中だもん。あんなに運動したら、疲れて眠くなるも仕方ないよねぇ」
「夜通し動いててもケロっとしてる奴が何を……」
とはいえ、夜が遅いのは事実。思い出話に花を咲かせるのは良いことだが、いつまでも地下に拘束するわけにもいかない。積もる話は明日からまたといったところで、今日のところは解散となった。
士官学校生たちをアビスの出入り口まで送る。初見でこの街から地上に出るのは至難の業だ。一人一人挨拶を交わして、外に出るのを見送る。
「あ、エーデルガルトちゃん」
「何かしら。ええと……ルカ、だったわよね」
「そう、よろしくね~……っと、足大丈夫だった?」
「……何のこと?」
魔獣が暴れて地盤が崩れたとき、傍にはエーデルガルトがいたはずだ。
その後どうなったかは……朧気だ。先ほどから物忘れが頻発している。とにかく覚えていないけれど、さすがにあの状況下であれば怪我は免れなかっただろう。
だが、当のエーデルガルトは何のことを指しているのか全く分からなかったようで、訝しげに私を見て首を傾げた。
「魔獣の傍にはいなかったわよ?」
「あれ??」
──そうだったっけ??