呪術師なんてセイロス教と相性悪そうですけど、地下の住人として案外平和的に過ごしてます。 作:こももなっつ
異世界XXX
次に目を覚ました時には、異世界だった……なんていう題材が創作界隈では流行りなのか、そんな広告をよく目にした。トラックに轢かれて死んだと思ったら異世界に、みたいな。みんな現実世界に生きるよりも、別世界に旅立ちたいと夢想するんだなぁと他人事のように思っていたあの日。
──まさか現実として起こりうるなんて、誰が予想できただろう。
本当に、「次に目を覚ました時には、異世界だった」。
一字一句広告に流れていた文字を思い起こすことになろうなんて。
「よかった!目を覚ましたのね!」
明らかに建築様式が現代日本から遠く離れた……中世のヨーロッパにありそうな、間取りが狭く全体的に木造で構成されている部屋のベッドで、私は意識を覚醒した。
傍らには女の子が顔を覗かせていた。栗色の少しはねた髪と、碧の瞳。目鼻立ちがハッキリとしていて、可愛らしいひとではあるが、日本人らしさはない。
……そして喋った言語が、日本語どころか英語ともいえない、聞き慣れないものであった。だというのに、自然と何を言っているのかは理解することが出来る。──つまりどういうこと?そもそもここはどこ?
ここに至るまで何をしていたか、とあまり覚醒していない頭を働かせ、記憶を引っ張り上げる。──そうだ。あの偽物夏油が、私に何かをした。
脳裏に蘇ったのは、夏油の皮を被った何者かが、一人でペラペラと話している姿。渾融操術使いのことを豪く毛嫌いしていた様子で……朦朧とする意識の中で聞き取った“魂だけを剥離する”ということをされたのだろうか。
……一つハッキリと断定できることは、渋谷ではないだろうなということだ。空気が明らかに異なっている。地面の匂いも、部屋の隙間に少しだけ吹く風の匂いすら。
ということで、何もわからないことだけが分かった。
「……ねえ、大丈夫?」
脳内で状況処理に手こずるあまり、女の子が話しかけていることにすら気付かず無視してしまっていた。肩を揺らされて初めて気付く。おそらく眉を顰めて険しい表情する私を不審に思ったのだろう。大きな瞳を揺らしながら女の子はこちらを伺う。慌てて表情を取り繕った。
「あ、うん。ええっと……」
何から聞いたものか。と、自然と女の子と同じ言語で喋れることに気付いて、それに内心驚く。そして次は、ぐう、とお腹が鳴る音。静かな部屋によく鳴り響いてくれた。
脳みそも身体もちぐはぐだ。
「ふふ」と女の子は鈴を鳴らしたように笑い「何か、食べるもの持ってきてあげる」と言って、軽やかに部屋を出ていった。
ちょっと恥ずかしい思いをしながらも、空腹の発信源であるお腹を見やれば……思っていた服装が違っていることに気付いた。
高専で支給されている制服ではなく、薄汚れた白いシャツ。──ってちょっと待った。視界に映る腕の色が何か違う。
私は目線を部屋へと移し、見回す。机を見る、鏡があった。
急いでベッドから降りて、鏡に向かって駆け寄ろうとする。思うように体が動かず、足が縺れながらも、何とか机に手を置いて、鏡を見た。
──瘦せこけた頬。青白い肌。髪は乱れて、四方八方に伸びて毛先はバラバラ。おまけに髪色は、老け込んだように真っ白だった。
瞳の色は見覚えがある。暗所だと蒼紫に、明るい場所では紅紫を映す、生得術式である渾融操術による特徴だ。呪力を帯びたものを“糸”として視認することが出来る、やや面倒な私の瞳。
そこでまたもや一つ気付く。この世界はやけに、“糸”が少ないことを。そういえば、先ほどの女の子には全く“糸”が見えなかった。……例え呪いが見えなくても、人間には少なからず呪力がある。全く無いなんてことは、あり得ないはずなのに。
──改めて立つと視界が高かった。身体見れば、あちこち痣だらけに傷だらけ。
鏡をもう一度見る。手を動かす、顔を近づける。鏡は、寸分違わず、それを映し出していた。
鏡に映る私らしき人物は、目を見開き、青ざめ、頭や顔を両手で触る。
私らしき人物に纏わりついている“糸”は、驚愕の色を濃く示していた。その“糸”の通り、脳内の信号はけたたましく混乱と恐慌のサイレンを鳴らす。もうパニックだ。だってそうだろう。
私だと思っていた外見が、全く違う人間に変わっていたのだから!
──あなたは、誰!?
「……どうしたの?頭抱えて……まさか、どこか痛むの?」
そうこう私が混乱している内に、食事の用意が出来ていたらしい。先ほどの女の子が食器を乗せたお盆を運んで戻ってきた。
□
女の子から用意されたのは、魚の切り身とひよこ豆を煮こんだスープであった。
魚は、味からして鮭だろうか。程よく柔らかくなり、ひよこ豆と合わさった旨味は、胃の中に優しく満たしてくれた。これは体調が悪くなった時にも食べやすい一品だろう。つい数秒前まで混乱していた頭を落ち着かせてくれた。
スープを頂きながら、女の子から、私を発見した時の事や、今いる場所のことについて教えてもらっていた。
どうやら、ここは帝都アンヴァルの市街区にあたり、ミッテルフランク歌劇団という一座が借りている寄宿舎だそうだ。
私はその寄宿舎がある場所の路地裏で倒れていたところを、女の子が発見した……というのがあらましである。
──驚いた。渋谷どころか全然知らない地名なんだけど。
残念ながら私の疑問は何一つ解消されないまま、むしろ増えていった。
渋谷どころか、日本ですらない。海外にそんな都市あっただろうか、と必死に脳内で世界地図を広げて検索をかけても、アンヴァルなんて聞いたことがない。競走馬にいそうな名前である。
「……あの、アンヴァルって、どこの国の都市……?」
「えっ!?」
都市名ではなく国名ならまだわかるかもしれないと思い(それにしたって日本以外にいることの疑問が湧いてくるが)、おずおずと聞いてみたら、さっきの私みたいに驚愕の表情で目を見開き、私を見つめた。──知らないの!?常識でしょ!?と言わんばかりに。
「あ、アドラステア帝国……だけど……」
アドラステア帝国。
……どこの国??やっぱり聞いたことがない上に帝国って言った?君主制の時代は終わったはずだ。時代錯誤ではないのか。
いくら考えても知らないものは知らない。こうなれば、私が知っている部分から照らし合わせていくしかないだろう。思考を切り替えて、質問を切り出す。
「じゃあ……日本って知ってる?もしくは東京」
「にほん……??とうきょう……?」
一縷の望み空しく、思い当たるものはない様子だった。これでも世界経済的には三本指に入るほどの生産性を持つのだけれど、ご存じなさそうだ。アドラステアだのを言っている所で、予想はしていたことだけれど。
ここで私は一つの結論……というより、とある広告を思い出した。
異世界転生。最近流行りなのかはわからないが、娯楽小説によく取り沙汰されているジャンル。動画サイトを見るたびに挟まる広告のキャッチフレーズにあった、“次に目を覚ました時には別の世界、別の人間として生まれていた”という一文を思い出す。
状況を鑑みる、ピッタリとその一文が当てはまる。
──いやいやいやいや。そんな突飛なことがあってたまるか。そんな非科学的で非現実的な現象は呪霊だけで充分だってば。
血迷った結論をいったん取り消した。
「……まだ混乱、しているのかも」
「え、?」
女の子は空になった食器を片してお盆を持ち、おもむろに立ち上がった。
「目覚めたばっかりで、気が動転しているのかもって。ここのことは適当に言っておくから、今日はゆっくり休んだら?」
「あ、ああ……うん、そうかも、そう、だね」
女の子の言う通りかもしれない。……そうか、これ夢かもしれないな。
非現実で突飛な状況。私は夢を見ているのか、と納得した。納得させた。
女の子は、「じゃあ私は隣の部屋にいるからね」と、両手でふさがっているお盆を持ちながら、器用に部屋の扉を開けて、「おやすみ」と最後に一言声をかけてくれた。
私もまた、「おやすみ」と返し、座っていた体勢から、ずるずるとベッドの中へ身体を沈ませた。
部屋の扉がゆっくりと静かに閉まる瞬間に、「あっ」と大きな声が響いた。
その声に少し驚きつつ顔を上げる。視線の先には部屋の扉を少し開けて、顔を覗かす女の子。
「そういえば、お名前を聞きそびれてたわね。私は、ドロテア。あなたは?」
名前を聞かれて、少し困惑してしまった。私の名前。
分からないわけではなかった。だが、これを名乗っていいものだろうか、と迷う。
──まあ、どうせ夢だし、もうなんでもいいか。
一瞬、迷いが過るが、どうでもよくなった。私は、ドロテアを見て
「ルカ」と名乗った。
「ルカ、ね。じゃあ改めて、おやすみ、ルカ」
「おやすみ。ドロテア」
今度こそ部屋の扉は静かに閉まり、静寂が訪れた。
私は掛け布を自分の肩まで覆って、そのまま目を閉じる。
とっとと目覚めて、変な夢を見たと、同級生たちに話そう。そんなことを思いながら。