呪術師なんてセイロス教と相性悪そうですけど、地下の住人として案外平和的に過ごしてます。 作:こももなっつ
ガルグ=マク修道院は険しい山脈の盆地に建立されている。バロック式建築のような、尖塔が細長く伸びている外観が特徴だ。セイロス聖教会の総本山であり、大司教が住まう聖地とされている。
そんな格式高く神聖な場所の地下には、教会に黙認される形で、地上で行き場を失った者が集まる街がある。
それが、私が今居を構えているここ、通称、アビスである。
は地下通路であった所を、無理くり居住用に改築しまくった経緯のせいか、とにかく入り組んでおり、動線というものは考慮されていない。アリの巣のほうがもう少し考えて作られていそうだ。
ここへ流れ着いてから丁度一年が経つが、未だに全容を掴めずにいる。まあそれは何年住んでいても同じようだが……。
予想だにもしていない面倒事に巻き込まれて流れ着いた町ではあるが、案外住み心地は悪くはなかった。
地上に住めないほどの理由を抱えた町の住人たちは、互いに詮索しないのが暗黙の了解であり、利害の一致で互いを助け合って生きている。
三国の中立としての土地柄か、古今東西様々な人種が集まるため、情報はもちろんのこと、流通としても活発である。(もちろん合法ではないが)
ここへ来た当初は後悔の念が強くあったが、住めば都。むしろ私のように素性が不透明な人間にとって、衒いなく拠点にできる利点は強い。
──体の持ち主にとってはどうだか怪しいが……。これ以上考えても埒が明かないので、これも考えを止める。
「おじさーん。厨房貸して~」
「おっルカか、珍しい。こんな時間に来るなんて」
さて只今の時刻は、もうそろそろお昼時といったところ。
珍しく時間が空いたのでお昼ご飯でも作ろうかと酒場の厨房へやって来れば、昼間だというのに暇を持て余した人間たちが酒を煽って賑わっていた。……というより騒がしかった。地下での娯楽といったら、酒か賭博(もちろん違法)の二択。いつも通りである。
「ルカ!飯作るのかー?俺たちにも分けてくれよ!」
「有料です~」
「ひでぇ!」
ゲラゲラ笑う酔っ払いたちを軽く躱して、食材を物色する。
「ルカ。せっかく作るならコイツを捌いてくれないか?」
と、ここを取り仕切っている主人こと、通称踊り子おじさんが、桶を抱えてこちらへやってくる。──何故踊り子おじさんなのかといえば、彼は昔、ここと似たようなお店で踊り子として活躍していた経緯に付随する。この前初めて彼の踊りを見せてもらったが、ミッテルフランク歌劇団とは真逆の表現性だった、ということだけお伝えしよう。
そんな踊り子おじさんが持ってきた桶の中身を覗けば、お酒特有のアルコール臭を漂わせながらその中で浸された大量のザリガニ……カレドニスレッドがぷかぷかと浮いていた、
「ええー。もうカレドニスレッドはいいよ~……」
「そうは言っても、こいつが大量にやってくるんだから仕方がないだろう?せっかくおいしく食べられる方法を編み出してくれたんだから、ちょちょいとやってくれよ、魔法使い!」
地下の食料の流通事情は厳しい。(食料に限らずなんでも厳しいけど)
大体は地上の修道院からのお零れを頂くことが主な入手経路であり、もしくは狩猟の心得の誰かが獲ってくるか……のどちらかだ。
あとは、アビスを利用している商人と交渉して購入する方法。これは高度な交渉技術を要する。下手をうつと足元見られてぼったくられる危険性アリ。
とまあ、お目当ての食材は簡単には手に入らず、大体は魚ならアミッドゴビー(小魚)かカレドニスレッド(ザリガニ)。お肉なら部位どころか元が何の動物かも分からない程混ざったくず肉。野菜は切れ端、芯、栄養がなさそうなところ。といった品ぞろえ。
ちなみに意外にもお酒や香辛料は、そういう流通に詳しい人間のおかげで、無駄に種類豊富に貯蓄している。
私も少し貿易商へ金貸しを行っている関係で香辛料を貰うことがあるので、偏りの備蓄に肩を貸してしまっている。
……とかく、嗜好品は豊富だけど食事情は貧困なのがアビス。
料理のバリエーションも少ない。基本的に丸焼き、生食のいずれかだ。
カレドニスレッドをそのまま丸焼きにしてお出しされたときは、目を剝いた。──これだけお酒があるんだから、臭み取りくらいしなよ!!!という発言は、アビス食事情に革新を生んだ。
まさかこんなところで、高専でのグルメブームで培った知識が役立つとは……異世界系あるあるの前世経験が生きた瞬間だった。いやいやまだ死んでいないはずだ。
以上の経緯が、私が“魔法使い”と言われる所以だ。
グルメブームというのは、話せば長くなるので割愛する。皆で料理に熱を入れ込んでいた時期があったのだ。
そんなわけで、毎度おなじみカレドニスレッドを使って料理をする。
焼くか揚げるか、生食は……怖くてできない。意外にも水道設備は結構整ってはいるフォドラだが、医療技術は発展していないので、引き当てたときに苦しみたくない。
食材が保管されている棚を眺めながら、目についたキャベツ、パンを手に取った。
「あ、ルカだ。こっちにいるのめずらしーね」
「ハピちゃん。やっほ~」
手に取った食材を台所へ並べたところで、同じ地下の住人であるハピが酒場へ顔をひょっこり出してきた。
手を軽く振れば、彼女も振り返してきて、私が厨房に立っていることに興味をひかれたのか、小走りで近づいてくる。やがて厨房を仕切るカウンターに身を乗り出して、「何か作るの?」と聞いてきた。
「うん。サンドイッチでも作ろうかなって。ハピちゃんも食べる?」
「いいの?やったー食べる食べる」
ハピは、生来の気質なのか基本的に気勢は低いが、感情は素直に吐露するひとだ。
あまり口角や瞼を分かりやすく変えることはないので、一瞥しただけでは表情を伺いづらいが、少し顔を覗けば、瞳を輝かせていることが分かったりする。
ハピの嬉しそうに輝かせる瞳に、こちらも嬉しく思いながら窯に火をつけて、フライパンを置く。温めている間にキャベツを千切りにしていく。──先ほどから、「俺たちからは金取るって言ったのに贔屓だー!」と、どこから異議を唱えている声が聞こえるが、これは無視。
「いやー。さっき部屋に行ったらさ、コニーがすっごい難しい顔して唸っててさー」
「あぁ~、私もさっき見たなあ……。何か書いてある紙をじいーっと見つめているコンスタンツェちゃん。顔と紙がくっつくんじゃないかと」
「こりゃー邪魔しちゃ悪いかな、と逃げてきたんだよねー」
丸く象られたパンを二つに切って、温まったフライパンに油を垂らし、傾けながら満遍なく広げる。切ったパンの切り口を下にして焼き目をつけた。
私たちの話題に上がったコンスタンツェもまた、地下に暮らしている女の子だ。
数年前までは帝国貴族だったのが、ダグザ・ブリギットの戦争で一族郎党戦死してしまい、爵位を取り上げられ没落。以来、お家再興のため、得意の魔道を極める真っ只中だという。今日も今日とて、新たな魔道開発に勤しんでいるみたいだ。
パンに焼き目がついたらフライパンから除いて、今度は下ごしらえが終わったカレドニスレッドの身を投入する。
「あ、カレドニスレッド。ルカのそれもおいしいけどさ、やっぱ殻付きもおいしいと思うんだよねー」
「そりゃハピだけだ」と踊り子おじさんがツッコミをいれる。口にはしないが私も心の中で同意した。
ハピはどこかの隠れ里で、自然と共に生きてきたという。大体の食べ物をそのままでいただくことに抵抗がないらしい。その恩恵なのか体質なのか、胃と顎が異常に強い。カレドニスレッドの堅い殻をバリバリ食べていく様を見たときは、素直に称賛した。
カレドニスレッドが焼きあがって丸まったのを確認して、窯の火を止める。ここから盛り付けに入る。
「あ、コニー」
ハピが声をかけた先に視線を向ければ、先ほど話題の中心にいたコンスタンツェが、暗い表情で酒場に現れた。──あれ?室内なのに、あっちのコンスタンツェちゃんかな?
「ごきげんよう……。主人、アルビネベリーの茶葉はございます……?」
「あるよ。コンスタンツェ、なんかげっそりしてないか?」
「……魔道の術式が、あと一歩といったところで合いませんのよ……!!何度も何度も式を見直して、修正しているハズですのに~~~!!!」
頭を抱えて嘆くコンスタンツェ。単純に行き詰まって表情が強張っているだけであった。
あっちというのは、彼女の性質……というか人格の事だ。
没落してから、東奔西走、七転八起……研究に研究を重ね、徹夜を繰り返したのが祟ったのか、日光のもとに出ると別人格が誕生してしまったのだ。
「おつかれさま、コンスタンツェちゃん。サンドイッチ食べる?」
「いただきますわ……」
パンの上に千切りしたキャベツ、焼いたカレドニスレッドの順でのせ、パンで閉じる。
簡単エビっぽいバーガーの完成だ。大皿に乗せて、カウンターに置いた。
一つは私の手元に残して、試食も兼ねた昼食を頂く。
────サクサクしたパンと、ぷりぷり食感とほんのり甘味が感じられるカレドニスレッドと、油とカレドニスレッドの旨味が染みついたキャベツが良いコントラストを生んでいる。これは食べやすい仕上がりになったのでは?満足の仕上がりだ。
「ん、おいしーよ。ルカ」
「ええ。五臓六腑に染み渡りますわ……!」
「コンスタンツェちゃん、まさかと思うけど昨日から何も食べてないことないよね?」
「……」
二人からも好評いただけて何よりだ。コンスタンツェはちゃんと食事を摂ってほしい。──目を逸らすな!
「はい、ベリーティーもどうぞ」と、踊り子おじさんが茶器一式を寄越してきた。
コンスタンツェがそれを受け取って自分以外にも私とハピ分もカップに注いでくれた。「ありがとう」と受け取って、口に付ける。──ベリーのほんのりとした甘みが広がる。おいしい。
フォドラ全域の紅茶種別は多岐にわたる。
茶葉の種類も沢山あるが、淹れ方、拘りとか製法とか、力の入り方がすさまじい。久遠琉馨のときはそこまで紅茶と接する機会が無かったのでより驚いたものだ。紅茶の美味しさにも種類がある、ということを知った。
「よぉ!三人お揃いじゃねえか!!」
と、酒場内の喧噪を圧倒して一際声が響く。一瞬だけ、この場にいた全員が動きを止めるが、特に声の発信源に気に留めず、喧騒がそのまま続いた。なぜならいつものことだからだ。彼の存在は。
声も大きければ、背も大きい。体格も大きい。遠目から見ても存在感があるから、こちらに近づけばその存在に少々の圧迫感も足される。
「バルトじゃん」
「おお、ハピ。何か食ってんな?」
彼はバルト、ことバルタザール。私が地下に住むことになった十割の元凶だ。さも当然の権利のごとく大皿にあるサンドイッチに手を伸ばしてきたので、尽かさずその不埒な手を
「ってぇ!!何すんだよルカ!」
「500ゴールド」
「金とんのかよ!」
「あたりまえでしょうが~。きみが無くした私の資金(損失)いくらだと思ってるの」
「だぁから!てめえの金に関しては事故だろうがよ!」
「きみの厄介な
「愛好家なワケあるか!身の毛がよだつ言い方をするんじゃねえ!」
ミッテルフランク歌劇団を離れて、帝国と同盟領の国境付近にある町に立ち寄った時だった。たまたま酒場でバルタザールと出会い口説かれたことが全ての始まり。
適当に話もそこそこに切り上げようとしたら、バルタザールを始末せんと刺客たちが乗り込んできて、その場に居合わせただけだというのに、なぜか私がバルタザールの関係者だと決めつけられ、襲われそうになり、それは撃退したのだが……このバルタザールという人物、関係各所に借金を抱えている上に、ご実家から命を狙われている賞金首という超とんでも事故物件だったのだ。
そしてあれよあれよとゆかいな刺客の皆々様がたがやってきては追われる始末。噂に尾ひれがついて私がバルタザールの恋……友人だとかなんとかと。すったもんだの挙句、金品を奪われるわ、その誤解の関係性のまま顔を覚えられてしまったので、バルタザールの提案により、このアビスに身を寄せる羽目になった……というわけである。
──うん、何度考えても因果関係のすべてはバルタザールくんにあるよね。
「良いじゃねえかよ!少しくらい分けてくれても!守銭奴め!」
「どちらかといえば守銭奴はバルタザールくんの方では!?」
──私はバルタザールのように日夜お金を求めて彷徨ってはいないよ!
なおも厚かましく大皿に手を伸ばそうとするバルタザールに対して皿を取り上げて、威嚇しているところに、第三者の声が。
「────なにやってんだ、おめーら……」
「ユリ―。いつものことだよ」
「まあそういうこったろうと思ったよ。飽きねえな。相変わらず」
呆れました、と言わんばかりにため息をつきながらコンスタンツェの隣に腰かけるは、ユーリス。端正な顔立ちとは裏腹に、この地下街を仕切る顔役……みたいな人だ。
「む。お金と信頼は比例するんだよ。ユーリスくん」
「はいはい分かりましたよ。その手に持ってるサンドイッチくれ」
「どーぞ」
「ちょっと待て、ってことはサンドイッチを分けるほどの信頼が無いってのか俺は!」
「正解!よくわかったね、バルタザールくん。さすがレスターいちの債務王!」
「格、闘、王、だ!」
「もうっ!お食事の時くらい静かにできませんの!?」というコンスタンツェのお叱りにより、この不毛なやり取りは終息することとなった。
なお、バルタザールの手に、終ぞサンドイッチが渡ることはない。