殺しが上手い忍のはなし   作:海野ミウ

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pixivに掲載しているものに加筆修正したバージョンです。中身は同じ。


獲物を殺す

 私には兄が二人いる。ひとりは父上の模造品で、ひとりは父上の失敗作だ。

 

 失敗作の方が長兄で、名を天元という。一番長い間父上の教育を受けているはずなのに、ちっとも父上の求めるようにならない。体格は良く、忍の技もうまく使うし、実力はあった。けれどそれだけだ。任務のたびに嫌そうにするし、きょうだいが死ぬ度に悲しそうな顔をした。服装も少しおかしかった。

 一の兄上は、心を殺すのが下手なのだ。どうしようもなく下手だ。毒で血反吐を吐こうが骨が飛び出ようが弟妹が死のうが、心さえきちんと殺してしまえば何も辛くはない。なのに一の兄上にはそれができないらしい。俺もお前も駒でも道具でもない、意志を持て馬鹿野郎、が兄上の口癖だった。

 私達は忍だと言うのに何を言っているのか。全く理解できなかったので取り合わなかった。一の兄上が忍に向いていないことだけはわかった。あまりにも甘く、優しい。

 

 そのうち一の兄上に話しかけられることはなくなった。どうやら避けている節すらあった。一の兄上は私と共にいるのも向いていない。どころかこの里には一の兄上に向いていないことが多すぎた。少しでもそれが減ればいいと思ったけれど、大したことはできない。結局距離を取るのが最善のようだった。それで任務に支障を来たすことはなかったから良しとした。

 

 次兄は完璧だった。父上に喋り方から戦い方までそっくりだったから、父上の考えが知りたいときは二の兄上に訊いた。父上のようではない二の兄上もかつていたような気はしたけれど、あまりよく覚えていない。

 二の兄上と父上を見比べる限りでは、忍を継いでいくということは複製を作るということらしかった。そんなんだから滅ぶのではないかと思ったけれど言わなかった。

 

 私には姉と弟妹が七人いた。私が十二になるまでにみな死んだ。

 

 父上はたぶん後継を作るのに向いていないのだろう。あれだけいた子供を七人も潰して、残ったのでさえまともなのは二の兄上だけだ。

 そうだ、私もまともではない。

 

 心を殺す。心を殺す。心を殺す。心を殺す。

 あっては困るから丁寧に殺す。頸を落として挽き潰して、細切れになったものを残らず埋める。

 人なら一度殺せば終わるのに、何度も殺していることが少し不審だった。

 まあ、死ぬまで殺せば同じことだ。

 心を殺す。心を殺す。殺す。殺す。

 

 私は心を殺すのが上手かった。人を殺すのも上手かった。我ながら向いていたと思う。きょうだいの誰より殺しが上手かった。でも殺しすぎたのか、民衆に紛れ込んで笑うことや、女の心を開いて情報を掬い出すことがひどく難しかった。所作をそっくり真似ることは出来ても、表情を真似ることができない。それをするには仮初の心を持たなければならなかったけれど、反射的に殺し尽くしてしまう。

 私は忍としてはあまりに殺しに特化しすぎてしまった。だから父上は私を処分こそせずとも欠陥品として扱った。当然のことと思う。

 

 心を殺す。

 心を殺す。

 必ず殺す。

 全て殺す。

 

 私の中には何も残ってはいない。欠陥があるならせめてモノらしくいなくてはならないから。

 

 心を殺す。

 何度も殺す。

 死ぬまで殺す。

 ──多すぎはしないか。

 

 私の欠陥はそこではない。ないのだ。

 なのになぜ、抜け忍となった一の兄上を前にして、この刀を振り抜けないでいるのだろう。

 

「お前──この木偶! 頸くらい取らんか!」

 

 二の兄上が怒鳴る。その通りだ。二の兄上が足止めしている間に殺さなくてはいけない。二対一とはそういうことだ。爆音が響く。手裏剣が飛ぶ。その混乱に乗じるくらい容易いことだ。

 でも──でも?

 私の腕はなぜか遊びのような斬撃しか繰り出さない。一の兄上は逃げられないが、だからといって命が危ういわけでもない。

 私は途方に暮れた。自分が何もわからなかった。

 

「一の兄上……」

 

 兄上なら、この里を捨てようとしている兄上なら、私に何が起こっているのかわかるだろうか。

 

「そう呼ぶな」

 

 返ってきたのは拒絶だった。私は兄上を見つめた。血の色をそのまま映した虹彩が私を見ていた。

 

「お前俺の名を知らぬだろうが!」

「そん、」

 

 そんなことはない。しかし苦無が首を狙ったので言うより避けることを優先した。

 

「俺の名は天元! 宇随天元‼」

 

 一の兄上は叫んだ──本人の言葉を借りれば「ド派手に」叫んだ。

 

「一だの二だのと記号で呼ばれるようなモノじゃねえ‼」

「あにう、」

 

 なんだか頭が真っ白になってしまった。きっとその名乗りがあんまりに派手だったせいに違いない。

 その隙を逃さなかった兄上に強かにこめかみを打たれて意識が暗転する。

 ……そうかあ、と崩れ落ちながら私は思った。

 一の兄上は、兄上と呼ばれるのが嫌だったのか。

 

 

 二の兄上の殺気で目を覚ましたとき、一の兄上……ではなくて、ええと、天元さまは既に逃げおおせていた。二の兄上は負傷していて、役立たずめ、と私を罵った。その通りなので黙っていた。

 里に帰って報告すると父上も当然怒り狂って、あにう、天元さまの首を取るまで戻ってくるなと仰せになった。もっと効率のいい方法があるのではないかと思ったけれど、父上の言うことは絶対なので(はい)と言った。

 

 放り出されたのは私独りだった。二の兄上は後継だから残るのは当然として、付きの者も何もなく送り出されたことにしばらく途方に暮れていた。

 忍は独りでは任をこなせない。だから組織なのだ。捕物となれば尚更だ。

 ──これは、抜け忍の天元さまと何が違うのだろう、と思ってしまった。

 いけない。こんなことでは忍失格だ。いやそもそも欠陥があるのだけれど、そうではなくて。

 

 だって、私は駒なのだ。駒らしく言われたことを忠実に実行しなくてはならない。境遇に疑問を、命令に叛意を、任務に雑念を、差し挟んではならない。

 考えるな。

 私は拳を地面に叩きつけた。まだ成長しない弱い体では土埃を立てるだけだった。

 何であれ、天元さまを探すしかない。私は立ち上がった。

 ……任務を放棄しても誰にも咎められない、と気づいてしまったけれど、殺しの他に私にできることは何もなかった。

 

 まず私がしたのは近くの栄えた町に降りることだった。

 元忍と言えど、山を行ったところで走破できる距離などたかが知れている。天元さまは奥方殿を全員連れていったはずだから、絶対に街に降りる。大所帯であればあるほど山に跡を残しやすく、街には紛れやすい。

 忍は隠形の術を使う。これが厄介だ。あの目立つ髪を隠して額当てを取って、ただの町人の格好をされては一生見つからない。運良く着替えるまでの間の僅かな目撃者を捕まえたとして、その先どうしろと言うのか。人探しなど独りでやるものではない。

 だから、私が街に降りたのは聞き込みのためではなかった。茶屋を見つけて路銀を稼ぐためだった。

 

 天元さまが見つかる見込みはほとんどなかった。ただ自動的に全国を彷徨うためだけに路銀を稼ぎ、食べ、旅をした。茶屋で働き、宿屋で働き、遊郭の護衛をし、時には盗んだ。何かの強迫のように鍛錬は続けた。そんな生活を一年した。

 

「もし、お坊ちゃん」

(はい)

 

 一年経っても私にはひとに紛れることが難しかった。背は伸びたが骨はさして太くならぬままの顔が、大抵の人間を黙らせる程度には整っていたことがせめての助けだった。

 その日私に声を掛けたのは上品な言葉遣いの男だった。その割には町からぽつんと離れた小屋に住んでいた。ぴりぴりとうなじが痺れた。

 

「もう日が暮れるよ。どこに行きなさるのかね」

「この先の村へ。ここでは宿が取れませんでしたので」

「こんな時間から歩いたんじゃ誰も泊めてはくれないよ。それに夜には鬼が出る。ここに泊まっておいで」

「……ありがとうございます」

 

 私は二拍ほど男を見つめて、その誘いに頷いた。

 鬼が出る、とは、度々耳にする言葉だった。

 夜には人喰い鬼が出る。出歩いてはいけないよ。藤の香を焚いてじっとしておきなさい。

 藤の匂い袋をくれる人さえいた。着飾ることに興味はなかったけれど、体臭を誤魔化すにはもってこいなので断らなかった。

 

 そういうことを言ったりしたりするのは老人が多かった。このように若い男が言うのは珍しい。

 私は袷に手を入れてそっと手を握った。

 

 開けられた戸口は何かで磨いたように黒ずんでいる。やけに分厚い戸だった。

 小屋に足を踏み入れて、背後で扉が閉まった。

 

「嫌な匂いがするね、君」

「お前もな」

 

 血の匂いがする。

 私は握った手裏剣を打った。狙い違わず頸動脈と気管を破壊できたことに少し安堵する。 殺しの任は久しぶりだった。

 血を噴き上げながら男が叫んだ。こぼごぼと濁った聞き取りづらい声。聞き慣れた断末魔の音色。

 

「なぜ……なぜわかっ……!」

「殺気は隠せ」

 

 声を掛けてきた時点で察知できるあたり、大した腕でないのはわかっていた。まだ話せているのは賞賛すべきだろうか。

 あとは死ぬばかりの男を放って私は小屋を見回した。窓はなく、壁はそこかしこがどす黒く染みになっている。目的は知らないがここで殺人に及んでいたのは明白だった。妙に厚みがあったあたり扉にもなにがしかの仕掛けがあって、すぐには開かないのだろう。

 さて、どこから出ようか。

 静かな部屋の中で私は思った。

 ──()()? もう死んだのか?

 

「──!」

 

 飛びずさったその場所を、獣のような爪が裂いた。

 

「なんだ、避けてしまうのだねえ」

 

 この期に及んでも男の口調はやけに上品だった。ごぼこぼという息の音は既になく、首の裂傷すらない。代わりのようにめりめりと音を立ててその形が歪んで、異形になってゆく。

 人ではない。私は即座に手裏剣を打った。今度は額を粉砕する。

 

「ァ……ア、ガ、痛い、痛い、なァ」

 

 まだ喋る。手裏剣より殺傷能力のある武器は忍刀しかないが、それで殺せるか。私は腰を落とした。

 負わせたはずの傷が再生する。男が踏み下ろした足が床を砕く。

 

「痛い、痛い──あぁ、喰わないと気が済まない‼」

 

 異形。人喰いの。死なない。悪臭と言ったか。藤の香のことか。

 ──なるほど、これが鬼か。

 爪を避ける。壁が軋む。斬り付けて、治っていくのを尻目に壁を蹴る。小屋の中は狭い。忍の領域だ。屋根まで跳ぶと遅れて鬼の拳がついてくる。

 何ということもない。大したことはない。私には届かない。ならば。

 

「死ぬまで殺す」

 

 結論から言うと、鬼はいつまでも死ななかった。

 気絶させる技は有効だったけれど、どこを斬っても締めても延髄を突いてもその息の根が止まることはなかった。私の優位が覆ることはなかったけれど、命を奪うこともまたできなかった。そのあたりで逃げるのが最善ではあったのだけれど、私はどうしてもそれを殺したかったのだ。まあ、端的に言って意固地になっていた。

 鬼が死んだのは死ぬまで殺したからではなく、どうやら日光に当たったからだった。攻防でほぼ瓦礫と化した小屋の中、やけに鬼が夜明けを気にするから、もしやと思って定期的に延髄を切断しながら待っていたところ、光が当たったところから灰になっていった。

 結局休むことができないまま夜が明けてしまったのを反省して、その日は近辺で野宿をした。

 

 それから、旅の目的に鬼の滅殺が一つ加わった。天元さまが見つからなければ戦う相手もおらず、体が鈍るばかりだったのでちょうどよかった。

 食べ、眠り、路銀を稼ぎ、鬼の気配がすれば明け方近くに奇襲をかけて、陽の光の中に留め置いて殺す。行く宛は知れない。忍の装束は体に合わなくなったのでとうに捨てた。一族揃いの額当てだけを理由も知らずに持っていた。

 そうやって殺せる鬼にしか遭ってこなかったから、私は少し勘違いをしていた。

 鬼とは、死なないだけの異形なのだと。

 

 その勘違いを、爪が右肩に沈んで初めて知った。

 

「っ、ぐ……!」

 

 異形の爪が鎖骨に当たって僅かに軋む。あっけなく折れる。その感触がわかった。身体を引く。捩る。間に合わない。肋骨に跡をつけて、腹筋を切り裂いて、左の骨盤の角を削る。袈裟に斬り払われている。

 血飛沫で空気が薄赤く染まる。無傷の脚を叱咤して私は後ろに跳んだ。

 避けられなかった──できるはずがない。

 だって、正面から切りつけられたはずの今でさえも、私の目には鬼の爪しか見えていない。振った忍刀に少し手応えがあったけれど、どうせ殺せないのでは意味がない。

 傷口が燃えるように熱くて痛い。それはともかく右腕がもう動かない。傷が大きい。失血が多すぎる。重い刀を捨てて苦無に持ち替えた。

 

「……くそ」

 

 爪が溶けるように消えた。既に霞み始めた目を見開いて周囲を警戒する。いつどこに来てもおかしくない。

 耳鳴りがする。身を隠しているだけなら音でわかるはずなのに、その耳が使い物にならなくなってきている。

 なんだ。あれはなんだ。あんな──人智を超えた挙動は、なんだ。

 次の一撃を入れることはできるだろう。爪が食い込んだ瞬間に肉を切らせて骨を断つ。けれど、それだけだ。夜明けが遠い。あとほんの十分が永遠のようだ。生き延びることができるだろうか。

 

 ──右。

 

 腕は上がらない。首元を庇った左腕に牙の感触。逆手に持った苦無に手応え。激昂した唸り声。

 指は動く、脚も動く、口の位置が分かれば鳩尾がわかる。渾身の力で爪先をねじ込んだが態勢が悪い。失血で眩暈がする。鬼は離れない。

 

 喰われる。

 

「──全集中、音の呼吸」

 

 鼓膜が痺れるほどの轟音が弾けた。

 喰いつかれていた左腕の肉が抉れる。私は吹き飛ばされて、辛うじて脚から着地する。それでも背中から倒れこんで全身が痛んだ。

 

「……は、」

 

 動けない。目が霞む。爆薬の匂い。知っている。これは。里の。

 

「おい、大丈夫……か……」

 

 顔に影が差した。面立ちは陰になってよくわからない。ただ、朝日の先触れが額当ての石を光らせている、それだけが見える。

 

「お前……」

「……てんげん、さま」

 

 間違いない。

 決して見つからないと思っていた、天元さまがそこにいた。

 

「……あぁ、クソ、話はあとだ。生きてるな」

 

 殺せ、と脳内で誰かが喚いた。

 天元。天元さま。宇随天元。抜け忍の。殺せ。任務だ。苦無。左手。持てる。動く。首が。屈んで、すぐ手の届くところにある──

 ──殺せ!

 

「……っあ、あぁ!」

 

 脳が爆発するような心地がした。声を上げたのはきっと傷が痛んだせいだ。

 上に屈みこんできた天元さまの腹を、手首を振って刺した。

 




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