未明。
鐘是不々は未来予測を行なっていた。
魔王ともなれば、過去から未来までを見通す事も出来る、との事。
が、それは敵である現魔王毘比白〈ベヒモス〉も同じであった。
彼女らはその力を駆使し、相手より少しでも優位に立とうと、日夜予測合戦を繰り広げている。
「うーん、奴との戦いに関する未来が、どうも見えてこないねぇ」
この能力一見万能に思えるが、自身の見たい未来をピンポイントで見られる訳では無いのがネックである。
「あー、この未来も役に・・・・否、これは・・・・」
瞬間、彼女の口角がニッと吊り上がる。
「使えるねぇ。直ぐに彼奴に連絡さね」
数日後。
午前10時30分。
皆無は単身、霊〈アストラル〉界へ向かっていた。
理由としては、対毘比白戦における切り札になり得る兵器の開発に成功した、との報せを受けたからだ。
「出来たってほんまか!?」
「はい。まだ試作段階ですが」
そう言うと、白衣を着た開発者の男は机に掛けられているシーツを勢いよく取り去る。
そこには、蓄音機のラッパ部分と中型のエンジンを組み合わせたような重厚な機械があった。
「おぉ・・・・!」
皆無は、驚嘆した。
「これは、どんな力を持っているんや!?」
「ずばり、音波による攻撃です」
「音波?」
「はい。阿ノ玖多羅閣下は、自身が嫌だと思う音がおありですか?」
「嫌な音・・・・黒板を指で引っ掻いた時の音とか?」
「そういった類の相手の嫌な音を探知し、効果を何百何千倍にも増幅させ、標的のみに強制的に聞かせる事ができるのです。又、摘み〈ダイヤル〉を調節すれば、幻覚を見せる音波を放つ事も可能です。標的は苦しみのたうち回り、最終的には耳目から血を吹き出して絶命するでしょう」
言い終えると、開発者は手を軽く挙げ指を2本立てる。
「更に、この機械は魔力〈エーテル〉を音に変えて放つ原理故、魔力量が多ければ多い程、破壊力は抜群となり効果範囲も広がります。閣下と璃々栖陛下が一緒にお使いになれば、一夜にして敵の軍勢を打ち滅ぼす事も可能と思われます」
「凄いやん!これがあれば、戦況優位どころか毘比白への完全勝利も・・・・!」
「只、試作品故に量産が出来るかは決まっておらず、共同作業の件につきましても、先ず機械の方が耐えられるかが懸念点の為、そこは厳しいでしょう」
「そ、そうか・・・・」
皆無は、ガクッと項垂れる。
「そう気を落とさないで下さい。何れ近いうちに、完成品をお目にかける事をお約束します」
「うん・・・・ありがとう」
「あぁ、それとこれをどうぞ」
男は、白衣のポケットから丸みを帯びたケースを2つ取り出し、皆無に渡して来た。
「?これは?」
「これはですね・・・・」
数日後。夜。
「快音発生装置?」
聞いた事のない単語に、璃々栖は思わず頭に疑問符を浮かべる。
「せや。何でもな?これを耳に嵌めて、別個になってるこのボタンを押すと、機械に蓄えられた音が流れて気持ちよくなれるらしいで」
皆無は、説明された内容と万物解析〈アナライズ〉で得た機械の使用方法を璃々栖に伝える。
「これを耳にのぉ・・・・」
璃々栖は不思議そうに機械を眺めた後、片方を自身で付け、
「あ、こっちは俺が」
もう片方は皆無に付けてもらう。
そして、10数個のボタンが付いた長方形の小型装置を持つ。
「では先ずは、①からじゃァッ」
数字の書かれたボタンを押した瞬間、
「!!!?」
彼女の顔は驚きに満ちた、かと思えば、
「ふゃあああぁ♡」
口が少し開き、蕩けた表情を浮かべる。
「な、なんじゃこれはぁ♡」
「①やと、耳掃除の音やな。垢こそ取り出せへんけど、痛みなしであの音が聞けるのは良いで」
「か、皆無ぁ♡知って、おったのかぁ♡」
「俺も貰ったんや・・・・にしても璃々栖、凄い顔になってんで。威厳零や」
「し、仕方ないじゃろぉ♡、こんな快感初めて、なんじゃからぁ♡」
「・・・・」
(この表情、俺以外には見せたくないなぁ)
無意識のうちに、そう思う皆無であった。
10数分後。
「あはァッ、大満足じゃァッ」
璃々栖は非常に満ち足りた面持ちで言った。
「あまりに気持ち良過ぎて、何度か寝てしまう所じゃった」
「一応安眠導入装置らしいから、寝てしもうても正解やったと思うで」
「他には、どんな音が入っているのじゃ?」
「えっと、②が小鳥の囀り③が小川の流音・・・・」
皆無は説明しながら、ボタンを指差して行く。
「それから、このボタンを押すと・・・・」
「押すと?」
「・・・・マンドレイクの鳴き声が流れる」
「永久に眠らす気か!?」
コンコン。
不意に部屋の扉がノックされる。
「入れ」
即座に切り替え、威厳を含んだ声音で璃々栖が応える。
「失礼します」
扉を開けて入って来たのは、聖霊であった。
「陛下、例の開発担当の者が陛下に精謁を願い出まして、如何しましょうか」
「構わぬ、通せ」
「哈ッ、それではこちらへ」
「なんや、もうそこまで来とったんか」
皆無の言葉通り、男はケースを持ち、聖霊の背後から姿を現した。
そして室内へ入ると同時にケースを隣に置き、立膝を付き、両袖の中に腕を入れ、頭を垂れて腕を掲げる。
「璃々栖・弩・羅・阿栖魔台陛下、阿ノ玖多羅皆無宰相閣下、本日は精謁の申し出を受諾下さり、感謝申し上げます」
「そこまで畏まらずとも良い。表を上げ、用件を申せ」
「哈ッ、では単刀直入に」
男は隣に置いたケースを開き、何かを出して立ち上がり、掲げる。
(あれは、人間の頭!?)
皆無は一瞬ギョッとするが、直ぐに頭部を模した機械である事に気づいた。
「これは何じゃ?」
璃々栖が問う。
「擬似頭部形集音器、未来の言葉で言う所のダミーヘッドマイクでございます」
「未来?真逆其方、鐘是不々陛下と・・・・」
「はい。この装置、陛下から直々に仰せつかり作り上げた物でございます」
彼の話は続く。
「鐘是不々陛下は100余年後の未来において、人々が様々な状況下を想定した音声、所謂シチュエーションボイスを耳元で聴きながら睡眠を取っている事を予測、発見されました」
「レコードを寝る時に聴く、みたいな感じか」
「その認識が近いでしょう。陛下はこれを、毘比白との戦いに使えるとお思いになられ、私に作成を一任されました」
「陛下が作れと・・・・皆無から聞かされた装置の話からして、これも悪魔的〈デビリズム〉溢れる兵器かと思うと、期待以上に恐怖を感じるのぅ」
璃々栖が顔を引き攣らせる。
「いいえ、寧ろ反対でございます。これは使用者の安眠快眠を目的に作られていますので、数日前に閣下に御覧頂きました兵器の類ではございませぬ」
「では、戦いに使えるというのは、敵への攻撃ではなく・・・・」
「味方の回復にございます。睡眠を短期間で効率よく取れれば、戦力や士気の維持にも繋がります。この装置と以前閣下にお渡ししました装置を合わせる事により、僅か20分程の睡眠で8時間快眠したのと同レヴェルの肉体及び精神の疲労回復が期待できる事でしょう」
「あはァッ、其れは僥倖じゃ。兵士の体力消耗や士気低下は以前から問題になっていた処じゃ。これがあれば、直ぐにでも解決じゃァッ」
「その通りでございます。しかしながら、本製品は試作品故、実装するにはテストをする必要があります。つきましては、先ず陛下と閣下にお試し頂き、その効果を後程お聞きしたく参じた次第です」
「つまり、予と皆無を実験台にすると?」
「滅相もございません。お2人とも非常に激務であると聞いております故、先ず御癒しをと考えたからに他なりません」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・わかった。では、ありがたく使わせてもらうとするかのぉ」
「ご協力頂き、感謝申し上げます」
男はそう言うと、懐から文字の羅列された紙を取り出し、集音器に添える。
「詳しくは、この説明書をお読み下さい。分からない部分があれば、御連絡下さい」
そして、ケースを持ち、立ち上がる。
「では私はこれで、失礼させて頂きます」
一礼しながらそう言うと、彼は聖霊に連れられ、部屋を後にした。
「さて、と・・・・」
璃々栖と皆無は、集音器をジッと見つめる。
「この姿、どこぞの島の石像のようじゃのぅ」
「確かに」
皆無は、渡された説明書を読み、集音器と
「えーと、このボタンを押して音が鳴ったら接続しています・・・・お、鳴った」
「しかし彼奴、噂には聞いていたが、凄腕の開発者であるな」
「流石、陛下が毘比白等に見つかる前に引き入れろ、と言っただけの事はあるで」
この男、記憶を失くして霊界の極寒地帯を宛てもなく放浪していた所を、未来予測をしていた鐘是不々が偶然発見、皆無達の手によって保護されたのである。
鐘是不々曰く、
「彼奴は自身の居る時代を100年、否200年は間違えているさね」
との事である。
その言葉の通り、彼の持つ技術力は物理〈アッシャー〉界は勿論、霊界においても稀に見る天才的な機械開発者であった。
「物理界の方は、数年前にようやっと無線で声を送れるようになったばかりやっちゅうのに、大したもんやで・・・・これで、接続完了や」
「出来たのか!?」
「慌てんなや。えーと、先ずはワイヤレスイヤホン・・・・この前の小さいのやな、を耳に嵌める」
璃々栖は皆無に手伝ってもらい、先程のやり方で耳に嵌めていく。
「後は集音器に声や音を吹き込むのみ、やって」
「それだけか?」
「らしいで。特に声は一緒に放出された魔力を、機械を通す事によって快楽振動?へと変換し効果が倍増する、って書いて・・・・」
皆無は、一瞬固まる。
「?皆無、どうしたのじゃ?」
「い、否、何でもない」
「では早速、試してみるのじゃァッ。皆無、頼んだぞ」
「へ、俺が!?」
「其方以外に誰がいる?」
「い、いや、そうやなくてやな・・・・わかった、やるわ」
皆無は、何かを決意した様な顔つきになり、集音器の耳部分に顔を近づける。
そして、
「璃々栖・・・・好きや」
好意を伝えた。
「ん♡!?」
瞬間、璃々栖の体はビクンと震え、顔は一気に赤みを帯びる。
「かかかか、皆無!?い、いきなり何を言うんじゃ!?」
「否、説明書に、相手に好意を伝える文言は疲労回復に効果抜群?、って書いてあるからつい・・・・」
「ついってなんじゃ!?そういうのは雰囲気が大事じゃと、前に言うたではないか!」
璃々栖は心臓をドクドク言わせながら、捲し立てる。
「いやぁ、すまん。俺も迷ったんやけど、璃々栖がどんな反応するか気になって・・・・」
「むぅ・・・・」
頬を膨らます璃々栖。
そんな彼女の表情も、皆無は愛おしく思う。
「次は予の番じゃ。皆無、早う準備せい」
「畏まりした我が主〈イエス・マイマジェスティ〉」
皆無は、自身の持つ機械の方に、集音器の接続を切り替える。
「これは多少濡れても大丈夫なのか?」
「防水加工されてるらしいから、平気やと思うで」
「そうか・・・・」
「璃々栖、準備できたで」
間髪入れず、
「皆無、愛しておるぞ♡」
「んっ!!!!」
(あ、危なかった、意識持ってかれる所やった!にしても、予測できたのにこの威力。この集音器凄いな・・・・否、璃々栖だからでもあるのか)
等と、彼の思考が終わるのを待たず、
「ぁむ、あむあむ♡」
「!!!?」
璃々栖は、集音器の耳部分を甘噛みする。
同時に、その感覚が増幅される形で皆無の耳穴から耳たぶに伝わる。
「どうひゃ?ふぁいな♡」
「どう・・・・って・・・・凄い気持ち良いで」
「ひょうか、ひもひぃは♡(そうか、気持ち良いか♡)」
「ちょっ、璃々栖、そこで喋らんでくれ、吐息が・・・・」
皆無がそう言うと、彼女は甘噛みを止めた。
そして、
「では、これはどうじゃ?」
「へ?」
「ふーーーー」
耳穴部分に、息を吹きかけた。
「ひぅっ!!!?」
それから皆無は、愛しの妻が眠りに落ちる迄、彼女からの快楽攻めに耐える事となった。
数日後、霊界。
「これは阿ノ玖多羅閣下。先日お渡しした集音器は如何でしたか?」
「・・・・へん」
「はい?」
「あれは・・・・寝れへん」
「ね、眠れない?い、一体どの様な使い方をなさったのですか?」
皆無は、説明した。
「あー、其れは眠れないですね。精神疲労はとれても肉体疲労は残りますし・・・・意中の相手と行う場合・・・・其れも含めて改良して行かなくては」
「ほんまやで・・・・まぁ、最近忙しくて璃々栖とああいう事できてへんかったから、その点は感謝してるで」
皆無は、小声で呟く。
「?陛下と何ができてなかったのです?」
「い、否!何でもない、こっちの話や!・・・・あ、せや」
皆無は、思い出した様に男に尋ねた。
「何であの装置、マンドレイクの鳴き声が入ってるん?」
「あれですか?鐘是不々陛下が、程々の緊張感はあって然るべき、と仰いまして、入れる様に命じられたのです」
「やっぱ、陛下か・・・・」
そう言って、皆無は白目を剥いた。