午前10時 阿栖魔台城
広く長い廊下をコツコツと音を立て歩く、身長100cm程の人影が1つ。
誰あろう、阿ノ玖多羅正覚其の人である。
神戸での用事を済ませた帰りである彼は、息子夫婦の顔を見に、此処へ赴いたのであった。
腕に六方焼の入った紙袋を抱えて。
「いやぁ、久しぶりだなぁ皆無達に会うのは。丁度出かける所だった聖霊卿にお聞きしたら休みだっていうし、積もる話でもしたいものだね」
そう独り言を呟きながら皆無達の部屋へと向かい、そして辿り着いた。
先ず、ノックを2回。
応答なし。
再度、ノックを2回。
「おはよう皆無、私だ。開けてくれないかい?」
今度は呼びかけてみる。
が、応答なし。
「おかしいなぁ」
正覚は思わず首を傾げる。
彼は先程、聖霊から2人が部屋にいる事を確認したばかりである。
「ひょっとして入れ違った、おや?」
正覚は気付いた。
ドアノブがゆっくり回転している事に。
そして扉が開かれ、中からヒョコッと顔を出したのはーー
「・・・・・・」
非常に愛くるしい姿をした、小さな女の子であった。
彼女はジッと、正覚の方を見ている。
正覚は冷静に、膝をついて少女に手を差し出す。
「失礼。此処は貴女の御部屋でしたか?レディ・・・・・・レディ・・・・・・」
彼が何と呼ぶべきか迷っていると、少女は明るい声で、
「余は璃々栖!璃々栖・弩・羅・阿栖魔台じゃァ!」
そう発した。
「そうでしたか。ではレディ璃々・・・・・・ん?」
聞き間違いではなかった。
確かに彼の目の前の少女は、璃々栖と名乗った。
阿栖魔台家の王であり、彼の息子の主にして伴侶の名を。
正覚は、少女の全身像を見る。
小さくはあるが、璃々栖そっくりの見た目。
彼は考え、ある結論を出した。
(そうか、彼女は2人の子供だ!西洋では自身の名を子に付ける習慣もあるし、そうか、遂に私にも孫が!)
「?」
嬉しそうにうんうんと頷く正覚に、疑問符を浮かべる少女。
そこへ、
「多分やけど、ダディが思うてるのとは違うで」
廊下側から声がして来た。
正覚が振り向くと、彼の愛息である皆無が立っていた。
「おはよう皆無。違うってどういう事だい?」
「其の子は璃々栖本人なんや」
「・・・・・・ゑ」
其れから15分後。
「あむっ」
室内にて、璃々栖は正覚から貰った六方焼にかぶりついていた。
「如何でしょうか?お味の方は」
「美味しい! ありがとう、正覚殿! 」
「それは何よりです・・・・・・ところで皆無」
正覚は息子の方に顔を向ける。
「本当に心当たりはないのかい?」
「残念やけど。着物ごと小さくなってるから、単純な時間遡行でもないようやし、璃々栖は未だ魔力化できへんから僕の場合とも違うし・・・・・・」
「ふむ・・・・・・」
皆無の話を整理すると、昨日寝る直前まで一切の兆候はなく、朝起きて隣を見ると小さくなっていた。
聖霊を呼びに行くも不在で、戻って来た時に鉢合わせしたという訳である。
「鐘是不々陛下の線はどうだろう?」
「いや、アタシでもないさね」
「うおっ!」
父の背後に突如現れた鐘是不々に、思わず驚く皆無。
「これは鐘是不々陛下。と、おっしゃいますと?」
其れに対し、一切動揺せず訊ねる正覚。
「この数日、アタシは未来予測に勤しんで茶会も開いてないし、贈り物もしちゃいない。だからシロさ」
彼女はそう言うと、六法焼きの最後の一口を食べ終えた璃々栖に近づいて行く。
「それにしても、随分と可愛らしい姿になったじゃないか」
そして、璃々栖の頭に手を伸ばす。
「・・・・・・!!?」
瞬間、璃々栖は恐るべき速さで皆無の背中に回り込むと、彼に抱きつきながらガタガタと震え出した。
「璃、璃々栖、大丈夫か!?」
「・・・・・・い」
「え?」
「あの人・・・・・・怖い!」
そう言った彼女の眼には、涙が溜まっていた。
「おやおや、随分と嫌われたものだねぇ」
「・・・・・・心当たり、ある筈では?」
皆無は問う。
「・・・・・・?」
首を傾げる鐘是不々の頭には疑問符が浮かんでいた。
「以前、大量の酒飲ませて風呂で溺れさせたり」
「あぁ、あれかい?言っただろう、あれは修行だって」
蘇生術を施していたとはいえ、あれを悪びれもせず、サラッと言ってのける鐘是不々。
(記憶が無い筈やのに恐怖心を感じさせるとは、やっぱ魔王や)
皆無はそう思った。
次に彼は、後ろを向いて立膝を着き、未だ小刻みに震える璃々栖と目線を合わせる。
「璃々栖」
「?」
「若し陛下が、璃々栖を危ない目に遭わせようとしたら、僕が全力で止めたる」
「・・・・・・本当?」
「あぁ、本当や」
「・・・・・・ありがとう、皆無お兄ちゃん」
そう言って、皆無に抱きつく璃々栖。
(お兄ちゃん・・・・・・今朝自己紹介した時も言われたとはいえ、やっぱり慣れへんなぁ)
彼女の頭を優しく撫でながら、彼は複雑な心境になる。
「伴侶言うても、多分わからんやろし」
「ハンリョ?」
「いや、なんでもない」
「・・・・・・皆無お兄ちゃん」
「何や?」
彼は優しく聞き返す。
「・・・・・・好き」
「!・・・・・・僕もやで、璃々栖」
「・・・・・・スヤスヤ」
「ん?あ、あれ?」
「どうやら眠ってしまわれたようだね」
「急すぎひん!?」
「子供は体力を消耗しやすいからねぇ」
コンコン。
不意に、部屋の扉がノックされる。
「陛下、閣下、只今帰りました」
「あ、聖霊や。入ってええで」
「では、失礼します」
ガチャリと扉を開き、聖霊は室内へ。
「これは、鐘是不々陛下に正覚殿、一体どうされ・・・・・・ゑ」
彼女は直様、皆無の腕に抱かれスヤスヤと眠る、小さな主に気付いた。
「へ、陛下、其の御姿は・・・・・・」
「あぁ聖霊、これはやな・・・・・・」
数分後。
「 それで、原因が分からず途方に暮れていた、と」
聖霊は、寝ている主を皆無から貰い受け、抱き抱えていた。
璃々栖が幼い頃から側で仕えていただけの事はあり、其の抱き方は洗練されていた。
「早いとこ戻す方法探さんとな」
「あぁ、少なくとも3日後迄には見つけなければ」
「な、何で3日後なん?」
「忘れたのか?陛下が出席されなければならない式典があるのだぞ」
瞬間、皆無の頬に汗が滴って行く。
「そ、そうやった、急いで戻さんと!」
「私も手伝おう、皆無」
「ありがとう、ダディ!」
其の後、皆無達は璃々栖を元に戻すために彼方此方を飛び回るが、其れはまた別の御話。