なんちゃってシスターは神を騙る   作:ココア@レネ

110 / 201
第110話:ブラックジョークも程々に

 俺はもう帰る事も、戻る事も出来ない。

 

 それを改めて思い知らされると、心にくるものがある。

 

 勿論ちゃんと折り合いを付けているし、仮に帰れるとしても俺はこの世界に残る気でいる。

 

 俺の命はルシデルシアとディアナが居なければ、とっくに潰えていたものだ。

 

 更にこの世界に来て今の身体にならなければ、身体と魂が乖離して死んでいた。

 

 一応とはいえ助けられているので、恩を返すのは人として当然だろう。

 

 それに、シラキリやライラも居るからな。

 

 あの頃の生活を懐かしむ気持ちはあるが、それだけの感情だ。

 

「あー、何だかごめんね」

「気にしないで下さい。思い出せるかも分からない記憶よりも、こうして話している今の方が、価値があるはずですから。レイネシアナ様も、そうお考えの筈です」

「シスターサレン……」

 

 ミリーさんは苦笑いを浮かべ、ライラは目を伏せる。

 

 妙に湿っぽくなってしまったな……全く、俺とした事が下らない感傷を抱いてしまった。

 

「仮に記憶を思い出したとしても、此処から離れる気はありませんので、これからも私と仲良くしていただけると幸いです」

「それは勿論さ! まあサレンちゃんが何もしなければって頭に付くけどね!」

 

 ミリーさんがブラックジョークを放ち、先程よりも強くライラが鞘で頭を叩く。

 

 流石のミリーさんも椅子から転げ落ち、頭を抱えながら痛みに悶える。

 

「この馬鹿は捨て置くとして、我は何があろうとシスターサレンから離れる事は無い。命の恩人なのもあるが、我が剣を捧げるに相応しい人だと思っている」

 

 相変わらずライラは物々しいが、俺を心配している事がよく伝わる。

 

 王国への復讐も、結局は俺と居たいから行おうとしている側面がある。

 

 復讐をしたいのは本当だろうが、ライラ程の強さがあれば何処にでも行ける筈だからな。

 

 とりあえずずっと不機嫌そうにしているライラの頭を撫でて、軽く機嫌を取っておく。

 

「ありがとうございます。ライラ」

「む……むぅ……」

「私の事は無視かい?」

 

 若干涙目だが、ミリーさんのは自業自得なので仕方ない。

 

「王国への出発はいつくらいの予定ですか?」

「一週間後を予定している。その前に、こいつに偵察をしてもらう予定だがな。本当はアーサーとシラキリにしてもらう予定だったが、来るならば使わせてもらう」

「偵察は構わないけど、兵を召集しているなら奥までは探れないかもよ?」

「どこで待ち構えているかさえ分かれば良い。強襲されるのだけは避けたいからな」

「それなら明日にでも行ってくるよ。少し日程が厳しいけど、何とかするさ」

 

 曲がりなりにも公爵家なのだから、相当数の騎士やら兵士がいるはずだ。

 

 負ける事の心配はしていないが、ライラが侵されていた毒などを使われれば、誰かしら倒れる可能性がある。

 

 俺が近くに居れば大丈夫だが…………ああ、ポーションを用意しておけばいいか。

 

 前回以上に強力な付与をしておけば、多分大丈夫なはずだ。

 

 ポーションを入れるのが瓶であるので割れる心配はあるが、あくまでも保険だからな。

 

 しかし一週間後か……。

 

 スフィーリアへの引き継ぎと、マイケルとオーレンのパーティーに助っ人を頼もう。

 

 それから念のため、アドニスさんにもお願いしておくか。

 

 後はベルダさんに聖書のお願いしておいて、またドーガンさんの所で棒でも買うか。

 

「私の方も準備をしておきますね」

「シラキリとアーサーには、既に日程を話してある。目標は……」

「シラキリちゃんの入試に間に合わせるように帰ってくる……かな?」

「その通りだ。出来ればシラキリは連れていきたくないが、あれはシスターサレンが行くとなれば、嫌でも付いて来るからな」

 

 学園の入試は確か、今から二ヶ月から三ヶ月程度先だったかな?

 

 王国だけならまだしも、教国を経由するとなるとギリギリとなるだろう。

 

 教国まで、どれくらい掛かるか知らないけど。

 

「おや? 帰ってきてたのですね」

「アーサーか。こいつも行く事になった。それと、お前の素性も知っている」

「どうも。黒翼騎士団のミリーです」

 

 帰ってきたアーサー、ミリーの自己紹介を聞いて固まる。

 

 それからひきつった笑みを浮かべる。

 

「そそそうですか。これからもよろしくお願いじます」

 

 面白いくらいアーサーは動揺し、言葉も噛んでしまっている。

 

 ミリーさんに怯えるという事は、やはり執事ではないのだろう。

 

 今思い出せば、どう見ても暗殺者の格好だったしな。

 

 裏の人間にとって、黒翼とは恐るべき存在なのだろう。

 

 それにしても、よくよく考えると凄い状態だよな……。

 

 ライラは一応公爵令嬢であり、神の生まれ変わりでもある。

 

 更にルシデルシアが作った剣を持っている。

 

 ミリーさんは自由裁量権を与えられているような、通常とは違う騎士だ。

 

 帝国なんて呼ばれている国では異例と言っても良いだろう。

 

 つまり、とても偉い……いや、特殊な存在だ。

 

 更にアーサーも元暗殺者であり、ライラが雇用……仲間にしたって事は、相当優秀なのだろう。

 

 現に俺とシラキリは随分お世話になっている。

 

 そんな俺も元となっているのはただの一般人だが、魂は魔王と聖女と融合している。

 

 俺個人の力はそうでもないが、ルシデルシアならば世界を破壊する事も出来るだろう。

 

 ただの一般人はシラキリだけとなるが、ただの一般人は訓練を初めて一ヶ月足らずでB級の魔物を倒せたりしない。

 

 出身は普通かもしれないが、その才能は類い稀なるものである。

 

 俺が言うのも何だが、やはりまともな人間が誰も居ない。

 

「帰りました」

 

 ミリーさんが硬くなったアーサーを弄っていると、シラキリが帰って来た。

 

「お帰りなさい。来週から王国に行くので、用事を入れないようにしておいてください」

「はい。話は聞いているので大丈夫です。ミリーさんも来るのですか?」

「はい。それと予定通り教国にも寄りますので、準備は怠らないように」

「分かりました」

 

 シラキリが帰って来たついでに外を見ると、日が沈み始めている。

 

 結構な時間話していたようだな。

 

 ミリーさんも居る事だし、食べに行くとするか。

 

「良い時間になりましたし、食べに行きましょう。ミリーさんも如何ですか?」

「良いよ良いよ。明日から王国に行かないとだからね。英気を養うには、お酒が一番さ」

 

 おかしいな。一言も酒を飲むと言っていないのに、酒を飲むことになっているぞ。

 

 …………まあ、飲むんだけどさ。

 

 毎度ながらライラの視線が突き刺さるが、これまで一度として吐いた事も、深酔いした事もない。

 

 自分が定めた通り暴飲暴食ではなく、節度ある飲食だ。

 

 確かに他人から見れば飲み過ぎかもしれないが、決して……決して暴飲ではない。

 

 口に出せばライラとシラキリ辺りから、反感を買いそうなので何も言わないけど、それだけは理解してほしい。

 

「あ、そうだ。折角だから、いつもの酒場で良い? ちょっとお願いがあるんだ」

「お願いですか?」

「前に弾いた、骸に捧げるなんちゃらって曲を、また聴きたいんだ。駄目かい?」

 

『ほう。中々お目が高いな。練習の成果を見せる時ではないか?』

 

 ミリーさんからのお願いとは珍しいが、あの曲か……。

 

 あの日ルシデルシアから渡された……送り込まれた楽譜を見ながら演奏した。

 

 しかし、かなりの長丁場なのと一発通しだったので、合格点を貰えたものの、ルシデルシアからかなりの駄目出しをされた。

 

 それから、夜早めに寝た時はルシデルシアの所に呼び出されて、散々練習をさせられたのだ。

 

 確かにとても良い曲であり、心に響くものがある。

 

 だからと数十……数百回も訓練をさせられれば、何の感慨もなくなる。

 

 ただミス無く弾くだけならば最初の数回で何とかなったが、そこに感情を乗せろと言われ、相当苦戦した。

 

 ルシデルシア曰く、魔法も音楽も感情が乗ってこそ面白い物になるのだとか。

 

 気分よく笑うルシデルシアとは対照的に、俺は若干気落ちする。

 

 まあミリーさんたっての願いだから構わないが、もしもルシデルシアが納得しなかった場合、また地獄のピアノ練習をさせられる事になるだろう。

 

 今回は、俺も気を引き締めなければならない。

 

 ルシデルシアは面白がっているだけだが、俺は睡眠時間が削られて辛いのだ。

 

 だから……。

 

「構いませんよ。折角なので、私も気を引き締めて演奏しようと思います。しばしのお別れとなりますからね」

「私としては簡単な部類の仕事だけどね。見てくるだけなんて、ちょろいちょろい」

 

 俺の記憶では、偵察って結構危険な任務だと思ったんだがな……。

 

 やはりミリーさんも、ライラ側の人間なのだろう。

 

「シスターサレンの演奏か……久々だが、楽しみだな」

「私も聴きたいです!」

 

 ライラとシラキリも続き、アーサーも楽しみだと言わんばかりに頷く。

 

『ふふふ。今宵も良い宴となりそうだ』

 

(それはようございましたね)

 

 仕方ないが、見せてやるとしよう。

 

 この俺の練習成果をな!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。