なんちゃってシスターは神を騙る   作:ココア@レネ

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第111話:心を揺さぶる演奏

「いらっしゃ…………氷の女王様のご来店でーす!」

 

 恒例行事となり始めている、来店一発目のコールを聞き、何故か用意されている席に座ると、スッとレッドドライが差し出される。

 

 ここまでの流れが完璧すぎるせいで、止めてくれと言うのも憚られる……。

 

 何せ、ただ酒を飲めるのだから。

 

 今回は珍しく人数が多いので、店長さんが気を利かせてくれて、大きなテーブルを持ってきてくれた。

 

 そっちの席に座らせてくれれば良いのに、態々テーブルを交換する理由が分からない。

 

 いや、分かってはいるけど、そこまで普通するか?

 

 今座っている席は、店内の丁度真ん中辺りであり、ピアノのあるステージまで真っすぐに行くことが出来る。

 

 要は邪魔なテーブルさえ退かせば、花道が出来上がるのだ。

 

 前回もいざ弾こうと言う話になった時、息の合ったコンビネーションで道を作っていた。

 

 因みにピアノを弾かずに帰る事の方が多いのだが、この店に来る度にじわじわと信徒が増えている。

 

 …………信徒で思い出したが、信徒の証的な物を作るのを忘れてたな。

 

 ドーガンさんの所に、行った時に話をするとしよう。

 

 受け取るのは、帰って来てからになるだろうが、その頃にはまとまった金が出来ているだろう。

 

「ここは相変わらずですね」

「相変わらずと言うか、サレンちゃん色に染まってるけどね」

 

 祈りを捧げてから、レッドドライを軽く半分程飲む。

 

「とても良い事ですね」

「シラキリよ。世間一般的に言えば異常な状況だからな?」

 

 笑顔で賛同するシラキリに、あきれ顔のライラが注意をするが、全くもってその通りである。

 

 まあどうせ異世界だし、違法ではない。

 

 ついでにミリーさんが何も言わないのならば、基本的に大丈夫な筈だ。

 

「先ずはお腹を落ち着けましょう。店員さん」

「はいはーい! ところで、今日の演奏のご予定は?」

 

 ……まさか直接聞いてくるとは思わなかったな。

 

 俺が演奏した日の売り上げはかなりのものだとミリーさんが言っていたが、やはり相当なもののようだな。

 

 分け前を寄越せと言いたいが、多分俺の酒代でトントンだと思うので、黙っておこう。

 

 素人演奏だし、演奏料なんてたかが知れている。

 

「ミリーさんたってのお願いなので、今日は演奏しようと思います。大丈夫でしょうか?」

「勿論ですよ! 皆さん! 今日は演奏して頂けるそうです!」

 

 まるで獣の様な咆哮が響き、喜びを露にする。

 

 おかしいな……別に洗脳とかそんな技能は無いはずなのに、この熱狂はなんだ?

 

「あっ 注文ですよね。とりあえず持ってきますので、じゃんじゃん食べてください」

 

 呼び止める暇もなく、自己完結して店員は去っていってしまう。

 

 ミリーさんに視線を送ると、苦笑いで返される。

 

「流石サレンちゃんは人望があるね」

「それで片付けて良いのでしょうか?」

 

 これはあれだな。ライブが始まる寸前の熱狂によく似ている。

 

 ここでやっぱり演奏しないと言えば、暴動が起こるだろう。

 

 明らかに他の客用に作っていたと思われる料理が直ぐに運ばれてきて、悲しそうな表情をしている客に頭を下げてから食べる。

 

 譲っても良いのだが、今の状態で下手な事をすれば、悲しそうにしている客にも良い事は無い。

 

 ちゃんと店員も新しいのを作っているだろうし、ほんのちょっと食べるのが遅くなるだけだ。

 

 料理は適当に持ってきてくれるが、酒は各自で頼んでいる。

 

 ミリーさんはこれ幸いと、初めてこの店へ来た時に飲んでいた高いミードを美味しそうに飲み、ライラはいつも通りワインをゆっくりと飲む。

 

 アーサーはカクテルを飲み、シラキリはリンゴジュースである。

 

 俺は最初のレッドドライ以降は、ワイン系を飲んでいる。

 

 先日公爵家から頂いたワインだが、やはり素晴らしいものであり、ミリーさんと一緒に飲もうと思っていたのだが、全て自分で飲み切ってしまった。

 

 後一口。後一杯。これを飲んだら。

 

 結局全てのボトルを空けてしまったのだ。

 

 一応部屋で隠れて飲んでいたので誰にも知られていないだろうが、そんな事もあり、少しワインにはまっている。

 

 レッドドライのような辛口でガツンとくるのも悪くないが、ワインの芳醇な香りと甘みも悪くない。

 

 だが、下手に香りと甘みがあるせいで、味の良し悪しが分かりやすい。

 

 一つ一つ銘柄と値段を確認しながら飲んでいるが、安ければ不味い。高ければ美味しいとは一概に言えない。

 

 まあ安いものよりは高い物の方が外れはないのだが、シスターが高いワインを水の様に飲んでいては沽券に関わる。

 

 そもそも酒を飲むなと言う話かもしれないが、安くて美味しいワインを探しておくに越したことは無い。

 

 しばらく飲食を楽しみ、それなりに時間が経過すると、いつもよりもじっとりと視線が俺に向けられ始める。

 

 もうそろそろ、頃合いという事だろう。

 

「それでは、そろそろ演奏してこようと思います。長くなるようでしたら、先に帰って寝てくださいね」

 

 立ち上がりながらシラキリの頭を撫で、ピアノに向かい歩き始める。

 

 見計らっていたかのように道が作られるのは、ご愛敬と言うものだろう。

 

 ゆっくりと歩き、ピアノの前に座る。

 

 前回よりも椅子が柔らかいものに変わっており、尻が痛まない。

 

 ドリンクホルダーも完備され、ピアノは清潔に保たれている。

 

 始めての時は指に埃が付いたのだが、今は冷たい感触が伝わるだけだ。

 

 少し強く鍵盤を押し、店内に音を響かせる。

 

 ガヤガヤとしていた店内は徐々に小さくなり、やがて全員の視線が俺に向けられる。

 

 常連も居るだろうが、今日この店に来るのが初めての人も居るだろう。

 

 なので、軽く自己紹介しておくとしよう。

 

 これも、ある意味布教の様なものだからな。

 

「初めての方もいると思いますので、自己紹介させていただきます。私はイノセンス教のシスターをしているサレンディアナと申します。少々縁ありまして、この度演奏させて頂こうと思います。しばしご静聴頂ければと思います。――それでは」

 

 体内のアルコールを全て吐き出すように大きく息を吐き、酸素を腹いっぱい吸い込む。

 

 両手の指を鍵盤に乗せ、意識を切り替える。

 

 ルシデルシアが作った曲である骸に捧げる誓いの賛歌は、ゲームのラスボス戦の様な曲だ。

 

 ゆっくりとしたテンポで始まり、それから一気に転調する。

 

 起承転結……それが一番良く当て嵌まる。

 

 この身体だからこそ弾けるが、元の身体では絶対に指が追いつかない。

 

 何より、ミス無く弾けたとしてもルシデルシアは合格点を出さないだろう。

 

 無難に弾くだけでは駄目なのだ。

 

「いきます」

 

 小さく、誰にも聞こえないように……いや、ルシデルシアに向けて呟く。

 

『楽しませて見せよ。我が子よ』

 

 俺は、指をゆっくりと押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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 偶然立ち寄った酒場。

 

 そこで彼女は夕食を食べる事にした。

 

 彼女はとある劇団の一員であり、インスピレーションを求めて適当にこの酒場に入ったのだ。

 

 この酒場はピアノが設置されており、遠目でも分かる位上等なものだと分かる。

 

 誰か何かしてくれないだろうか。そう考えながら安いエールを飲んでいると、店員の大きな声が聞こえた。 

  

「氷の女王様のご来店でーす!」

 

 店員の声を引き金に、瞬く間に店内の空気が変わり、何だと思いながら、女性は来店してきた人物に視線を送る。 

 

 そこに居たのは、何ともちぐはぐな五人組だった。

 

 赤い髪がウィンプルから覗く、長身の女性。

 それとは対照的に、ピンク髪の背の低い女性。

 何本も剣を装備した、髪の色が独特……隣国であるユランゲイア王国では禁忌とされている髪の色をした少女。

 金髪で、見るからに教養がありそうな男性。

 そして兎の耳を生やした獣人の少女。

 

 何故こんな店内が盛り上がっているのかと思い、聞き耳を立てると、どうやら赤髪の聖職者は此処では有名らしい。

 

 女性は顔が見える位置に移動すると、氷の女王と呼ばれている理由に納得した。

 

 たまに見かける聖職者は大抵暖かい微笑みを浮かべているが、赤毛の女性は威厳のある冷たい視線を周りに向けている。

 

 女性は何だが怖くなりそそくさと席に戻る。

 

 すると、自分が頼んでいたと思われる料理が素通りし、氷の女王の所に配膳される。

 

 どうしてと視線を向けると偶然視線が合い、氷の女王が頭を下げてきた。

 

 周りの雰囲気的に異を唱えることも出来ず、女性は渋々酒で唇を濡らして時間を潰す。

 

 暫くすると女性の所にも料理が運ばれてきて、店員が謝罪をし、支払いを半分にしてくれると言った。

 

 女性は店員に氷の女王とはどういった人なのかを聞くと、店員はまるで自分の事を自慢するかの如く、氷の女王を褒め称える。

 

 何でもピンク髪の女性が連れてきたらしく、イノセンス教と呼ばれる宗教のシスターだとか。

 

 店員も信徒であるが、喜捨の強要もなければ、祈るのは食事の時だけと、今時珍しい宗教らしい。

 

 また時折ピアノを演奏したり歌を歌ってくれるのだが、それがあまりにも素晴らしいもので、この店のピアノも、氷の女王の為に清潔に保っているそうだ。

 

 更に信徒になってから売り上げは右肩上がり。客のマナーも何故か良くなり、良い事尽くめとなっている。

 

 軽く料理を摘まみながら話半分に聞くが、どうも胡散臭く聞こえてしまう。

 

 劇団なんて、宗教とは遠く離れた場所に居るせいかもしれない。

 

 女性は店員に話のお礼をしてから、氷の女王を観察する。

 

 ピンと伸びた背に、気品を感じさせる食べ方。

 

 そして、次々と消えていく酒。

 

 どう見ても致死量を超えているように見えるが、氷の女王に酔っている素振りは見えない。

 

 それはそれとして、あんなにガバガバ酒を飲むのは聖職者としてどうなのかと女性も思うが、周りで気にしている人物はほとんどいなさそうに見える。

 

 少しすると、氷の女王は酒を飲む手を止めて立ち上がった。

 

 ピアノのあるステージの方に歩き始めると、花道を作るかのように客達がテーブルを退かす。

 

 我が物顔で歩き、氷の女王はそっとピアノ前の椅子に座る。

 

 そしてピアノ特有の高い音が、一音だけ店内に響く。

 

 その音は店内に風のように吹き抜け、冷たい緊張が走る。

 

 ざわつきが消え、女性も静かに氷の女王を見つめる。

 

 演奏をするのは理解できる。だが、たかがシスターが放つとは思えないプレッシャーを女性は感じていた。

 

 相手は確かにただのシスターの筈だ。演奏の腕も自分の方が高いだろうと、女性は自分を落ち着かせる。

 

 あくまでも、インスピレーションを得るために、此処に来ているのだ。

 

 言い方は悪いが、笑うために来ている。

 

 誰かが馬鹿な事をしてくれないかと思っているのだ。

 

 ピアノの音が止まり、氷の女王は自己紹介をする。

 

 一応シスターらしいが、プレッシャーしかり、見た目からも到底シスターとは思えない。

 

「――それでは」

 

 氷の女王……サレンディアナはその一言を発してから、ピアノを弾き始めた。

 

 それから十秒後、女性は膝から崩れ落ちた。いや、これはあくまでも内心の話であり、実際は静かにサレンディアナの演奏する姿を見つめていた。

 

 これは、人が出せるような……弾けるようなものではない。

 

 女性には自信があった。これでも歌と演奏については、帝国では知る人ぞ知る有名人であった。

 

 頑張れば、今サレンが弾いている曲を演奏できるだろう。

 

 だがこの完成度は無理だ。自分ではそこに辿り着くことが出来ない。

 

 これは彼女のための曲であり、彼女以外が弾いてもそれはただの音だ。

 

 女性を形成していた物が全て崩れ去り、胸の奥から新たな感情が湧き出てくる。

 

(私は……人を感動させるために、劇団に入ったんだったわね)

 

 いつの間にか忘れていた初心。

 

 気が付けば、ただ最高のエンターテインメントを提供できれば良いと言う考えになってしまっていた。

 

 ふと目元に触れると、涙が流れていた。

 

 それは自然と流れ出たモノだった。

 

 気が付くと演奏が終わり、酒場だと言うのに無音の時間が流れる。

 

 拍手が巻き起こるでもなく、ただ終わったと言う現実だけが残る。

 

 サレンの首筋から一筋の汗が流れ、地面へと落ちて弾ける。

 

「ご静聴ありがとうございました」

 

 サレンの言葉を境に、今度こそ拍手が巻き起こる。

 

 女性も自然と拍手をして、先程よりも多くの涙を流す。

 

 これ程の人物が場末に居るなんて……。

 

 宮廷音楽家も、おそらく帝国一と呼ばれている歌姫すら、これ程の感動を与えるなんてことは出来ない。

 

 もしも演奏料を払ってでも聴こうとすれば、数百万ダリアは必要となるだろう。

 

 偶然とは言え、演奏を聴けたことに女性は心から感謝した。

 

 イノセンス教のシスターであるサレンディアナ。

 

 彼女のことを、女性が忘れることは一生無いだろう。

 

 何せ、この後直ぐにイノセンス教へ加入することを、決意するのだから。

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