なんちゃってシスターは神を騙る   作:ココア@レネ

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いつもお読みいただきありがとうございます。季節柄体調を崩しやすいと思いますので、皆さまも体調管理には十分注意しましょう(切実)
体調が悪い時は外へ出ず、家に居ましょう。菌を移される側は本当にどうしようもないので(切実)
それと評価等頂けると幸いです。


第112話:通常の人の約百倍のアルコール摂取

『悪くない。これまでで最も良い演奏であった』

 

(そいつは良かった)

 

 少々頑張ったせいか、汗が滴り落ちてきた。

 

 やっと演奏が終わり、鍵盤から指を離す。

 

 少し指が引き攣っている感じがあるが、少し休めば治るだろう。

 

 ルシデルシアから合格点を貰えたのは良いが、この曲はここぞという時以外は演奏するものではないな。

 

 この曲は自分のためではなく、誰かの為に弾く曲であり、弾きたいから弾いただけではこの曲の持ち味を殺してしまう。

 

 ――そんな感じがする。

 

 集中のあまり止めていた呼吸を再開し、周りに意識を向けるととても静かだった。

 

「ご静聴ありがとうございました」

 

 顔を上げて、演奏が終わった事を告げる。

 

 すると拍手が巻き起こり、涙ながらに「素晴らしかった」「感動した」等と声が上がる。

 

 ルシデルシアが合格点をくれただけの事はあり、悪くない結果みたいだな。

 

 今回演奏する事になった発起人であるミリーさんの方を見ると、顔を伏せている。

 

 寝ている訳ではなく、顔を誰にも見せたくないのだろう。

 

 これでミリーさんに恩を売れれば良いのだが、少し疲れたし休むとしよう。

 

 ……その前に、しっかりと布教をしておこう。

 

「今日はこれにて終わりとなりますが、もしも新たな教徒が増える様でしたら演奏しようと思います。聖書の販売もしておりますので、お声お掛け下さい」 

 

 販売用の聖書は常にアーサーに運んで貰っているので、こんな時でも問題ない。

 

 ステージからテーブルに戻り、喉を潤うためにワインを飲む。

 

 よく冷えており、火照った身体には丁度良い。

 

 ゆっくりと呼吸をして、気を静める。

 

「どうでしたか? ミリーさん」

「ああ、うん。我ながら後悔する位には素晴らしかったよ」

 

 ゆっくりと顔を上げたミリーさんの目は赤くなっており、泣いていたのが分かる。

 

 後悔とは、俺に対する思いの事だろう。

 

 裏組織……じゃなくて汚れ仕事専門の騎士であるミリーさんは、場合によっては俺を殺さなければいけないかもしれない。

 

 そこに私的な感情はなく、殺す必要があるから殺す。

 

 ミリーさんがどれだけ俺と親しい仲であっても、そこに迷いは生まれないだろう。

 

 ――今までは。

 

 今のミリーさんには、少なくない迷いが生まれている筈だ。

 

 出来れば、俺を殺したくはないってな。

 

 まあ元々敵対する気は無いし、迷いが生まれた程度で、俺が敵対すれば躊躇することなく刃を向けてくるだろう。

 

 あくまでも保険的なものだ。

 

「前回以上に、素晴らしい物でした。やはりサレン様は素晴らしい人だ」

「うむ。まさかこれ程の腕前を隠し持っていたとはな……うむ? 前回?」

 

 歓喜のあまりさめざめと泣くアーサーだが、同意したライラが前回と言う言葉を聞いて睨みつける。

 

 アーサーの涙は直ぐに引っ込み、サッとライラから視線を逸らした。

 

 馬鹿な奴め。

 

「凄かったです! もう……とても凄かったです!」

「ありがとうございます。シラキリ」

 

 顔を紅潮させてずいずいと顔を近づけてくるシラキリの頭を撫でながら、突っ込んでこないように押さえつける。

 

 休憩がてらミリーさん達に感想を聞いていると、いつの間にかテーブルの前に列が形成されている。

 

 一番前には、先程料理の件で頭を下げた女性が居た。

 

「あの……この列は?」

「イノセンス教の入信希望者となります!」

 

 列の整理をしている店員に話し掛けると、元気よく言われた。

 

 人数は……八人か。結構多いな。

 

 信徒の名簿もちゃんとアーサーに持たせてあるので、入信は直ぐに出来る。

 

 その代わり聖書は買ってもらうがな。

 

「それはお手数おかけしました」

「いえ氷の女王様の為でしたら、これ位どうってことないです!」

 

 ありがたいことではあるが、店内でこんな事を……って今更か。

 

 テーブルを変えたり花道を作ったりと、やりたい放題だからな。

 

 店員にお礼を言ってから、列の一番前に並ぶ女性を見る。

 

 他の人と同じく泣いていたのか、目が赤くなっている

 

「確認ですが、イノセンス教へ入信するという事で宜しいでしょうか?」

「はい。私はウィルライズ劇団に所属しているエストリアと言うの。先程の演奏を聴き……」 

「ウィルライズ劇団! ……って、あなたは赤薔薇の舞姫様!」

 

 自己紹介を始めた所で店員が割り込んで来て、店内がどよめく。

 

 エストリアさんは恥ずかしそうに頬を掻き、店員に「そうよ」と返す。

 

 知っていて当たり前みたいな雰囲気だが、全く知らない。

 

「今はただの酒場の客よ。ちょっとスランプ気味だったのだけど、あの演奏を聴いて全て吹っ切れたわ。問題ないのなら入信したいのだけれど?」

「それでしたら先ず此方の聖書をお読み頂き、問題なければ名簿に記入をお願いします」

「分かったわ。因みに聖書はいくらなの?」

「千二百ダリアとなります」

 

 エストリアさんは目を見開き、となりに居る店員を見る。

 

 安くて驚いてるのは分かるが、俺だって本当はもっと利益が欲しいんだよ……。

 

 これも、ディアナ復活のために仕方なくやっているのだ。

 

 とりあえず言い訳しておくか……。

 

「私はイノセンス教を広めたいのであって、それでお金を儲けたい訳ではないのです。勿論原価は回収しますけどね」

「……恐ろしい人だと思ったけど、案外しっかりしてるのね」

 

 聖書を受け取り、エストリアさんは席に戻って読み始めた。

 

 それからも列に並んでる人達と軽く話し、聖書を読んで判断してくれとお願いする。

 

「しかし驚きましたね。あの赤薔薇の舞姫様が居るなんて……」

 

 入信希望者が全員捌けた所で、手伝いをしていた店員がポツリと呟く。

 

「有名な方なのですか?」

「はい。帝国で一番有名なウィルライズ劇団で、その中でも花形の一人が赤薔薇の舞姫様です」

 

 有名ねぇ……。

 

 エストリアさんの方を見ると、ファンだと思われる男を片手で払いながら聖書を読んでいる。

 

 折角なので店員にウィルライズ劇団の事を教えてくれと頼むと、元気よく返事を返してくれた。

 

 店のことは大丈夫なのかと心配になるが、何かあれば中断して戻るだろう。

 

 ウィルライズ劇団とは、帝都を拠点としており、各地を旅して講演をしている劇団である。

 

 項目は多岐に渡り、歌に踊り。芸にサーカス。

 

 人々に笑顔を与えようのスローガンの下、活動しているとか。

 

 その中でも有名な人物が四人居て、その中の一人が先程のエストリアさんとなる。

 

 二つ名の通り情熱的な踊りと歌を披露するため、男性は勿論女性にも絶大な人気を誇っている。

 

 そんな人物が何故俺の素人演奏に感銘を受けて、信徒になろうとしているのかは謎だが、そんな事はどうでもいい。

 

 有名人って事は、それなりに金を持っているはずだ。

 

 懐事情が寂しい訳ではないが、金を貰えるなら貰いたい。

 

 出来れば一千万ダリア位。

 

 ……つか、あのファンの男ってチャラ男……じゃなくてアドニスじゃないか。

 

 何をやっているんだか……。

 

 まあそんな事は良いとして、上手くエストリアさんに動いてもらえれば、ホロウスティア外にもイノセンス教が広がるかもしれないな。

 

「一通り読んだわ。それにしても面白い宗教ね。他を肯定するわけではなく、かと言って否定するでもない。手を取り合ってなんて、今時珍しいを通り越して絶滅危惧種よ」

「別に戦いを否定しているわけではありません。人と人は分かり合う事が出来ますが、それは全員に当て嵌まる事ではありません。かと言って最初から否定するのは、余りにももったいない。そうレイネシアナ様は考えています」

 

 初対面では気に食わない相手でも、付き合いが長くなると案外馬が合ったりもする。

 

 勿論一方的に悪意を向けてくるならば、此方から手を振り解かせてもらうがな。

 

 魔王と勇者の様に、分かり合えない存在は必ず存在するからな。

 

 それとエストリアの態度に、じわじわとシラキリの圧が強くなってきている。

 

 どうか落ち着いて、手元にあるリンゴジュースを飲んでいて欲しい。

 

「今の情勢に真っ向から喧嘩を売るのね。……いいわ。改めてお願いするわ」

「でしたら此方に記入をお願いします。それと、何か聞いておきたい事や、質問はありますか?」 

 

 名簿を渡し、書いてもらっている間に聞いておく。

 

「喜捨とかって必要なのかしら? たまに劇団に来る人達は、入信しなくても良いから喜捨だけでもって強張ってきたけど?」

「イノセンス教は和を広めたいのであって、搾取したいわけではありません。こちらの様に頂けるものは頂きますが、強要もしませんし、度を越したこともする気はありません」

 

 そう言って、ワインが入っているグラスをエストリアに見せつける。

 

 それなり……そこそこ……人の数倍程度酒を飲んでいるが、 店からしたら微々たるものだ。

 

 それに、俺が演奏すればその分は簡単にペイ出来ている。

 

 お互いウィンウィンの状態なのだ。

 

 そう語ったのはミリーさんなのだが、多分嘘ではないだろう。

 

 エストリアさんは若干目を逸らしたが「そう」とだけ言い、名簿を渡して来た。

 

「ところでまた演奏すると言っていたけど、シスターをやる前はどこかで習っていたの?」

「いえ。実は少々記憶を失っていまして、昔の事はほとんど覚えていないので分かりません」

「それは悪い事を聞いたわね。さっきの曲だけど、一度も聴いた事が無いし、それに楽譜を見ずに演奏してたから気になったの」 

 

 楽譜は一応頭の中に無理やり入れられているので、あるにはある。

 

 そして練習は寝ている間に、それはもう嫌と言う程やっている。

 

 流石に全てとはいかないが、八割は見ないで弾ける自信がある。

 

「気にしないで下さい。私自身も何故弾けるの分かっていませんので。ですが、私の演奏により、皆さんが笑顔になるのでしたら、素敵な事だと思いませんか?」

「――ふふ。そうね。次の演奏も楽しみにしているわ。これは聖書の代金と演奏の代金兼喜捨よ」

 

 一瞬驚いた顔をした後、妖艶な笑みを浮かべて去って行った。

 

 千二百ダリアと、二十万ダリアか……流石有名人は気前がいい。

 

 金を貰ったからには、俺も頑張るとするか。

 

 貰ったお金と名簿をアーサーへと渡し、シラキリの頭を撫でてから立ち上がり、店員から未開封のワインを一本貰う。

 

 再びピアノの前に座り、ワインを開封して一口煽る。

 

「お待たせしました。それでは再び演奏をさせて頂きます」

 

 これからはいつも通り、軽めの曲となる。

 

 ルシデルシアに頼めばきっと他にも曲を提供してくれるかもしれないが、寝ているのに練習させられるのはもうこりごりだ。

 

 おかげ様で演奏の腕自体もアップしたが、実質的に一週間徹夜させられたのだ。

 

 あくまで趣味でやっていただけで、寝る暇……寝ている時間も弾いてなんてしたくない。

 

 骸に捧げる誓いの賛歌の時とは違い、軽い気持ちで鍵盤を叩く。

 

 鼻歌を歌う余裕や、時々ワインを飲む余裕すらある。

 

 折角なのでエストリアさんの方を見ると、驚いたり落ち込んだり、目を閉じて身体を揺らしたりと、面白い事をしている。

 

 これだけ大量に酒を飲めるのは、次にホロウスティアに帰って来た時となるだろう。

 

 気分よく演奏していると、いつの間にか瓶が空になり、ライラとシラキリが居なくなっていた。

 

 結構時間が経っていたようだな。

 

 今日はこの辺で切り上げて帰るとしよう。

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