「へっくしょん!」
最初はご褒美兼お詫びも込めてシラキリと一緒に寝ていたのだが、いつの間にか当たり前の様に日々入り浸っている、シラキリの耳により目が覚める。
今日はミリーさんが王国から帰ってくる予定の日であり、王国に旅立つ三日前である。
ミリーさんのために、骸に捧げる誓いの賛歌を弾いたあの日、いざ帰ろうとしたらアンコールが巻き起こり、結局日の出まで付き合うことになった。
諸々を省くが、廃教会に帰った時、朝の鍛錬をしていたライラの目がとても冷たかった。
まああの日の事は忘れるとして、今日は少し用事がある。
出来れば王国と教国。それとスフィーリアへの引継ぎやマイケル達へ確認などをしたいが、今日ばかりは何も出来ない。
そう。遂にミシェルちゃんが痺れを切らし、ネグロさん経由で呼び出し……会う事になったのだ。
もしもシラキリとライラに知られれば面倒な事になるので、今日はアーサーすらお供に付けないで行動をする。
一応いつもの神官服ではなく、私服なので大丈夫だとは思う。
念のためドーガンさんの所で買った手袋は携帯しておくが、何も起きない事を祈るばかりだ。
ベッドから起き上がると、シラキリも一緒に起き上がってくる。
顔を洗い、フード付きの少し大きな服を着てからズボンを履こうとすると、シラキリがサッとズボンを隠し、代わりにスカートを差し出してくる。
「シラキリ?」
「こっちの方が似合います」
似合う似合わないじゃない。好きか嫌いかなんだ。
シラキリとの押し問答の末、俺は諦めてスカートを履く事にした。
力ならシラキリに勝てるが、速さではシラキリに勝つことは出来ない。
それと泣きそうになり始めたので、仕方なくだ。
結局体験入団の時と同じ服装になり、角を隠すように髪を結ぶ。
身支度を整えて外に出ると、ライラとアーサーが模擬戦をしていた。
相変わらずストイックな奴らだ。
「アーサー。私は用事があるので、スフィーリアの護衛をお願いします。それと、一応確認をしておいてください」
「……サレン様の護衛は?」
「今日は大丈夫ですよ。人気の無い所に行く気もありませんし、私一人ではないので」
「用事とは、誰かに会いに行くのか?」
戦いを止め、シラキリから受け取ったタオルで汗を拭いているライラが聞いてくる。
ここで馬鹿正直に話せば面倒な事になるので、はぐらかしておく。
「はい。騎士の関係者と少しお話がありまして。最近スラム付近の巡回を増やしてもらったのですが、巡回を増やす必要も無かったので、止めて頂くように言いに行こうかと」
「ああ。最近騎士をよく見ると思ったが、シスターサレンがお願いしていたのか。確かに騎士と会うならば、ちょっかいを出してくる奴らも居ないだろう」
先ずは護衛無しで出掛ける許可を、ライラから得る事が出来たな。
実際騎士達についてはネグロさんを通して、ジェイルさんにお願いしようと思っている。
まさか警戒するべき人間が、騎士とは思わなかったからな……。
家賃を払ってからは見ていないが、王国に行く前に追加分を払っておかないとな。
まあ、払うのは俺ではないが。
「そう言えば、王国へ向かう前に家賃を払っておかないとですね」
「我が払いに行こう。場所は知っているからな」
「お願いします」
これでライラとアーサーの動きを固定することが出来た。
後はシラキリだな。
「シラキリ。少しお使いをお願いしたいのですが、今日は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。後は復習をすれば問題ないので」
「それでしたら、此方のメモに書かれているのをお願いします」
事前に用意しておいた、買い出しのメモをシラキリに渡す。
ギルドの転移門を使用したとしても、メモに書かれている全ての物を買うには、五時間は掛かるように計算してある。
ミシェルちゃんと出掛ける場所とは被らないようにしているので、街でばったりなんてならないだろう。
「分かりました。お任せください」
メモを受け取ったシラキリは満面の笑みで頷き、やる気を見せながら抱き着いてくる。
これで三人を俺から引き離すことに成功した。
更に予定も分かっているので、出くわすこともないだろう。
「それでは、私は出掛けてきますね。夜になる前には帰ります」
集合時間は九時くらいとなっていて、場所はネグロさんの執務室となっている。
余裕はあるが、早目に行けばその分早く帰れるだろう。
体験入団の時に後で会おうとは言ったが、後一週間遅ければホロウスティア外に逃げられたのにな……。
1
「シラキリ」
「半分くらい本当だけど、ウソも吐いている」
サレンを見送ったライラは、シラキリの答えを聞いて目を細める。
残念ながらサレンの思惑はバレバレであり、ライラは不信感を募らせていた。
サレンが何かしら悪い事をするとは考えていないが、あまり隠し事をしているのは感心しない。
「アーサーは何か知っているか?」
「いえ。先日ネグロから手紙を受け取っていた事くらいしか」
「あいつか……」
ネグロには世話になっているが、受ける依頼全てで問題が発生している。
誠意を見せているし、悪い人間ではないとは思うが、一抹の不安をライラは感じた。
「アーサー、シラキリの分の買い物を代わり、例のゴロツキに事情を話しておけ。シラキリは我と一緒に尾行するぞ。念のため武器は持っておけ」
「分かりました」
「はい」
サレンが人に襲われる心配はしていないが、何故自分たちを遠ざけて出掛けたのかは大いに気になる所だ。
しかもいつもの神官服ではなく、私服姿で。
シラキリの目からは少しずつハイライトが消え、耳をピコピコと動かす。
これまでの勉強や、ネグロの執務室で経験した会話により、シラキリは様々な面で成長している。
なのでちょっとした物事から、その先の事を考える力も鍛えられている。
自分たちを遠ざけて私服姿で出掛けるとなれば、誰かに会いに行くのだろうと考えられる。
ライラは少し苦笑するものの、直ぐに装備を整える。
七曜剣グローリアを分解して装備し、グランソラスを腰に携える。
髪を邪魔にならないように結んで、数種類のポーションを服の下に隠す。
シラキリも二本の小刀を腰に差し、ちょっとした飛び道具を服の下に忍ばせる。
サレンが居ない間にシラキリとライラは武器の代金を支払い終え、シラキリは追加で幾つかの武器を購入した。
シラキリはアーサーやライラに比べて魔力が少なく、放出系の魔法をほとんど使う事が出来ない。
小刀で斬撃を飛ばす事も出来るが、十回も使えばガス欠になってしまう。
なので、飛び道具をアーサーとドーガンと相談して作ったのだ。
人は勿論、魔物でも一撃で倒せ、シラキリでもそれなりの量装備できる武器。
そう、クナイを開発したのだ。
ただ鉄を加工したのではなく、一つ一つに魔石を埋めて魔導具として作ったのだ。
闇の魔法により視認性を下げているので、避けるのは至難の技だろう。
サレンが見ればまんまくノ一じゃんと言いそうな装備だが、サレンには内緒にしている。
ライラとシラキリは、サレンを善人だと思っているので、あまり人の黒い部分を見せたくないのだ。
サレンには、ただ人を救う存在であって欲しい。
そしてそんなサレンを誑かす存在がいるのならば……。
「準備は出来たか?」
「問題ない。サレンさんは東冒険者ギルドへ向かう馬車に乗ったみたい」
「冒険者ギルドか…………ならば外で張り込むとしよう。っと、忘れるところだった」
ライラは外套を羽織り、髪が見えなくなるように隠す。
人に埋もれたとしても、ライラの髪は目立つので、容易に見つけ出すことが出来る。
また、これまでライラは髪の件で幾度かトラブルが起きているが、全て秘密裏に処理している。
「ただの杞憂だと良いのだが……」
「何となく、何かありそうな気がする。多分……誰かに会いに行ってる」
「相手次第ならば葬れば良い。使える駒が今日帰って来るからな」
使える駒とはミリーの事であり、ライラはミリーの事を毛嫌いしている。
理由は幾つもあるが、一番は酒だ。
サレンに酒を勧め、何かあれば二人揃って酒を飲んでいる。
酒その物は嫌いではないが、酔っ払いがライラは嫌いなのだ。
ワインを飲んで酔っ払ったコネリーに、ワイン瓶で殴られた回数は数え切れない程あり、そのせいか拭いきれない不快感を持ってしまっている。
サレンがそうならないとは思うが、大量のアルコールを摂取しているのを見ると、どうしても心配になってしまう。
他にも色々と気に入らない面はあるが、サレンを誑かしているミリーが憎くてしかたない。
「軽く何か買って、冒険者ギルドに行こう。シスターサレンは目立つから、見失うことも無いだろうからな」
「分かりました。パンを買っていきましょう」
シラキリ御用達の店でパンを買った二人は、サレンを追うようにして東冒険者ギルドへ向かう馬車に乗る。
少女二人だけと言うのは目立つが、ライラの装備を見て話し掛けようとする人は居ない。
それだけではなく二人共見るからに不機嫌なオーラを纏っており、近づくのすら躊躇われる。
『次は東冒険者ギルド前ー。東冒険者ギルド前ー。お忘れ物のございませんようにお願いいたします』
居心地の悪い時間が過ぎて目的地に着くと、他の客たちはそそくさと降りていく。
「着いたな。それでは張り込むとしよう。なるべく気付かれないようにな」
「任せて」
二人は冒険者ギルドの入り口が見える路地へと入り、パンを食べながら待機する。
髪さえ隠せてしまえばライラは目立たないが、フル装備しているため、どうしても人目を引いてしまう。
シラキリのじっとりとした視線でライラはその事に気付き、剣を組みなおして二本の剣に分ける。
片方をシラキリに持たせれば、それほど目立つ武器ではなくなる。
「おいてくれば良かったんじゃない?」
「我も今になって後悔している。街の中では流石に重装備過ぎたな」
ライラが軽く後悔していると、背が高く赤い髪をした女性が冒険者ギルドから出て来た。
その隣には…………サレンの腕に腕を絡める、一人の少女が居た。
「……あれは?」
「むう……」
二人が手をついている建物にヒビが入り、軋む音を立てる。
物に八つ当たりする事で魔力が溢れないようにしているので、気付かれる事はないが、二人の怒気は相当なものだ。
サクッと始末してしまいたいが、流石にそれは不味い。
「後を追うぞ」
「はい」
二人は路地から飛び出し、サレンの後を追う。
この後サレンを待ち受ける運命は如何に…………。