なんちゃってシスターは神を騙る   作:ココア@レネ

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第122話:サレン式布教……術?

 食料の買い足しは、複数の店から少量ずつ集めることにした。

 

 食料を入れるのは拡張鞄なので、怪しまれないようにするためだ。

 

 それに、一ヶ所で大量に買い込めば目立つし、こんな状況の街では格好の獲物として見られかねない。

 

 リスクは分散するに限る。

 

 時間が掛かるが、安全性と確実性が第一である。

 

「買い物はこれくらいで終わりかなー。思った以上にお金を使ったねー」

「はい。どの店も似たような価格だったので、あれが正規の価格なのでしょうね」

「どこかが買い占めて、値段を吊り上げているならまだやりようはあるけど、全部が全部あの様子だとねー」

 

 折角ならばどこかで食べてから帰ろうとか思ったが、期待する事は出来なさそうだし、自分で作った方が良いだろう。

 

 道中はホロウスティアで買った総菜等で食いつないで来たが、今回買ったのは出来合いの物ではなく、殆ど食材だ。

 

 調味料や包丁も一応持ってきているし、水の魔石もあるので、必要なものは揃っている。

 

 ちゃんと料理を作ったのはひな鳥の巣で数回だけだが、多分まともな料理を作れるのは俺だけなので、俺がやるしかない。

 

「それで、布教してみるの? ホロウスティアみたいに許可を取る必要は無いけど、この様子だと上手くいかないかもよ?」

「それでもやってみようと思います。これからの事を考えますと、多少の無茶振りを成功させる位の事をやっておかないと、大変ですからね」

 

 営業なんて失敗するのが前提の仕事であり、中には本当に無茶な事をしなければならない事があった。

 

 言葉の暴力が当たり前の世界であり、頭を下げただけでどうにかなる事なんてほとんどない。

 

 それに、今回は秘密兵器を拡張鞄の中に用意してある。

 

 あまり自信はないが、ピアノと同じ様に夢の中でルシデルシアが合格を出すまで練習をしたので、それなりに効果はあるはずだ。

 

 ピアノを見た時からもしかしたらと思い、探していたのだが、運良く中古品を買う事が出来た。

 

 中古品でもそれなりの値段だったが、娯楽品が高いのは仕方ない。

 

「何か策でもあるの?」

「はい。少し大きなものを拡張鞄から取り出すので、路地裏に行きましょう。それと、少しお手伝いをお願いします」

「ふーん。良いよ。お手並み拝見と行こうか」

 

 ほんの一瞬だが、ミリーさんは暗い表情を浮かべた。

 

 おそらく無意識レベルで宗教を嫌悪しているのだろうが、ルシデルシアが言う通りの存在なのだろうか?

 

 にんまりと笑みを浮かべたミリーさんと一緒に路地裏へ入り、秘密兵器……そう、バイオリンを取り出す。

 

 俺の曖昧な歴史の知識では、バイオリンよりも後にピアノが登場していた筈なので、バイオリンがあると思っていたのだ。

 

 ピアノと違いバイオリンを弾いた事は無かったが、そこは最強であり万能魔王であるルシデルシアの出番である。

 

 ……まあ出番と言っても俺に教えてくれただけなので、頑張ったのは俺本人だけどな。

 

 バイオリンを探していた理由だが、ギルドの外で布教する際にアカペラで歌ったのだが、やはり楽器があった方が歌は映えるのだ。

 

 電子ピアノは流石になく、ピアノを外で演奏するのは流石に難しい。

 

 それで選んだのがバイオリンだ。

 

 そこまで嵩張らず、軽量なので邪魔にならない。

 

 ギターの選択肢もあったが、個人的にバイオリンの高音が好きなので、バイオリンを選んだ。

 

 そのせいで地獄を夢の中で見たが、夢の中の出来事なので、どれだけ酷かったかを知るのはルシデルシアだけだ。

 

 ケースの中からバイオリンを取り出し、軽く弦を引っ張る。

 

「へー。ピアノだけじゃなくて、バイオリンも弾けるんだ」

「いえ。バイオリンは記憶を無くしてから練習したものになります。素人ですが、注目を引くには丁度良いと思いまして」

「……大丈夫なの?」

「駄目そうでしたら、アカペラで歌でも歌おうと思います。ミリーさんは音が周りに届くように調整をお願いします」

「ホロウスティアじゃないから問題ないけど……やり過ぎないようにね?」

 

 俺の基準ではやり過ぎではないのだが、大体他から見ると、やり過ぎと捉えられてしまう。

 

 認識の違いと言うのは中々埋められるものではないが、注意だけはしておこう。

 

 結果はお察しだろうがな。

 

「はい。それでは行きましょうか」

 

 弦を少し擦り、音の確認をする。

 

 調律の方法も教えてもらったが、何もしなくて問題なさそうだ。

 

 それでは、――布教活動をするとしますか。

 

 

 

 

 

 

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 アイリスの街。

 

 そこはグローアイアス家の領都からそこまで遠くなく、本来ならば活気が溢れる街……の筈だった。

 

 ライラの祖父が当主だった頃は良かったが、グランソラスの後遺症により当主の座を息子に渡してから激変した。

 

 上がる税金。滞る物流。入れ替わる兵士達。

 

 祖父の代に居た兵士や騎士をコネリーは順次入れ替えていき、自分の命令に忠実な者以外を排除していった。

 

 その結果治安も悪化し、かと言ってグローアイアス家の領民が外に出るのをコネリーは厳しく制限したため、活気は落ちる一方だった。

 

 そこに追い打ちをかける様にライラが宣戦布告したため、兵士達は街から物資という物資を奪い取り、コネリーの居る領都に引き上げていった。

 

 たまに見回りの兵士が来るものの、街を襲う魔物を少しばかり倒す位で、死体などは放置したままだ。

 

 倒してくれるのは街としてありがたいが、魔物の血の匂いに釣られて、更に多くの魔物が襲ってくることで、二次被害が起きたりもする。

 

 結果的に街の中から有志が門番を務めて、魔物や盗賊の被害を抑えている。

 

 中にはコネリーにクビにされた者も居るせいか、コネリーの腰巾着によって怪我を負わされるなんて事件も起きている。

 

 アイリスの門番が良い例だろう。

 

 神官すら居なくなり、ポーションすらない街で出来る手当など、アルコールで消毒して包帯を巻くのがやっとだ。

 

 安静にしていられるならともかく、その程度の処置で腕を動かせば、直ぐに悪化してしまう。

 

 そんなアイリスの街の広場で、突如甲高くも優しい音色が響く。

 

 広場をとぼとぼと歩いていた町人達は、音のする方に視線を送ると、そこには神官服を着た女性が、目を閉じてバイオリンを弾いていた。

 

 暫くすると女性は歌を口ずさみ、楽し気にバイオリンの演奏を続ける。

 

 こんな時に何をやっているんだと僅かに怒りが湧いてくるが、それ以上に聞こえてくる音色に心を奪われてしまう。

 

 演奏する女性の前には、いつの間にか人が集まりだし、演奏を聴くため、静かになっていく。

 

 五分程で演奏は終わり、演奏を聴いていた人の意識が、演奏をしていた女性……サレンへと集まる。

 

「皆さま。演奏を聴いて頂きありがとうございました。私はイノセンス教のシスターをしているサレンディアナと申します」

 

 整った 顔立ちに、燃え上がる様な赤い髪。

 

 そして――捕食者の様な鋭い目。

 

 間近で見ていた者達は心臓を掴まれた様に固まるが、先程の演奏と歌声を思い出し、何とかその場に留まる事が出来た。

 

 あの様な演奏と歌を披露できる人物が、自分達を害するはずがない。

 

 何より、先程自分をシスターと名乗ったのだから、大丈夫だろうと考えたのだ。

 

「先ずは謝罪をさせて頂きます。ただのシスターである私では、皆さまを救う事も、助けるだけの力もありません」

 

 見た目こそ普通とは呼べないが、サレンが持っているのは鞄が一つと、今も手に持ったままのバイオリンだけだ。

 

 膨大な食料を持っているわけでも、金銭を持っているわけでもない。

 

 そして聖女なんて大層な者ではなく、ただのシスターでは使える加護も大したものではない。

 

 演奏こそ素晴らしいものだったが、それだけでは意味が無いのだ。

 

「皆さまが圧政に苦しみ、困難な目に遭っているのを知っています。ですが、その日々ももうすぐ終わると、我が神であるレイネシアナ様に誓いましょう」

 

 サレンは集まっている全員に聞こえる様に、大きな声で話す。

 

 この場にコネリーの手の者が居れば、サレンを反逆罪として、速やかにその首を刎ねるだろ。

 

 だがこの場にはミリーが居るので、仮にサレンを捕まえようとする人間が居ても、対処する事が出来る。

 

 宣言を聞いた民衆は何を馬鹿な事を言っているのだと、サレンに疑惑の視線を向けるが、サレンは真っすぐ視線を向けたまま、直ぐに口を開く。

 

「何を言ってるのだと疑問に思う方が大半だと思います。ですが、一週間程お待ち下さい。そうすれば、必ずこの状況が打開されます」

「……その言葉は嘘じゃないんだろうな?」

「はい。あなた方を見捨てて逃げた神の僕と違い、必ずです」

 

 あまりにも荒唐無稽な事を言うサレンに、思わず男は疑問を零してしまったが、返された言葉に息を呑んだ。

 

 これがただの馬鹿な人間の戯言ならば、誰も耳を貸さないだろう。

 

 だがサレンの演奏を聴き、力強い声を聞いてしまったが故に、本気なのだと集まった民衆が理解してしまった。

 

「この場で、私は信徒を集おうとは思いません。ですが、皆さまの生活が改善した際は、イノセンス教の事をどうか思い出してください。そしてどうか、レイネシアナ様に祈りを捧げて下さい」

 

 サレンはゆっくりと頭を下げ、それから聖書を二冊取り出して、一番前に居た男女へ渡す。

 

「そちらはイノセンス教の聖書となります。宜しければ皆さんでお読みください。それでは私はこれで下がらせて頂きます。静聴して頂き、ありがとうございました」

「――ちょっと待ってください!」

 

 やる事を終えて、さっさと帰ろうとサレンはするが、一人の女性が待ったを掛ける。

 

 声を聞いたサレンは僅かに身構えるが、その事を気取らせないようにして女性の方に振り向く。

 

「どうかなさいましたか?」

「あの……もう一回……もう一回だけ演奏をお願いできませんか? あんなに心を揺さぶられたのは初めてで……」

「そ、そうだ! 頼む。もう一回だけで良いから!」

「ああ。頼むよシスターさん!」

 

 女性に同調する様に声は広がり、広場にはサレンへアンコールを求める声が広がる。

 

 これには陰で様子を見ているミリーは勿論、サレンも苦笑いを浮かべる。

 

 疲れ切った心に響いた演奏。サレンは注目を引くためだけにやったのだが、その効果はサレンが思っている以上に大きいものだった。

 

 一時の安らぎ……それだけでも得られるのならば……。

 

 時間に余裕がある訳ではないが、一曲位でどうこうなるほどではない。

 

 仕方なくサレンはバイオリンを構えて演奏をする体勢をとる。

 

「一曲だけ演奏させて頂きます。ですが、終わったら皆さん解散して下さいね」

 

 喜びの声が上がるが、サレンが演奏を始めると直ぐに静かになる。

 

 それから一曲数分の曲を軽く歌いながら演奏をした。

 

 それだけで終わり……とならないのが、サレンと言う存在だ。

 

 ミリーは話に聞いただけだが、サレンは軽く歌っただけでダンジョンの一層を浄化した前科を持っている。

 

 あれはサレンがやった事だが、今も眠っているディアナが悪さ……暴走してしまった結果だ。

 

 眠っているディアナは子守歌みたいな鼻歌を聞いて、力が少し漏れ出てしまったのだ。

 

 起きていれば問題ないが、眠っているディアナの行動は無意識下の物なので、調整など出来るものではない。

 

 そして今回も……。

 

 運が良かったのはダンジョンの時と違い、あからさまに光らなかった事と、異変が起きた事に気付いたのがミリーだけだった事だろう。

 

 街から出た帰り道で、サレンはミリーから怒られるのであった。

 

 

 

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