迫りくる万の大軍を前にして、ライラは光の大剣となったグランソラスを振り下ろす。
その技はライラが祖父から受け継いだ、山断ちと呼ばれる技だ。
しかしライラの山断ちは祖父のモノよりも大きく、また輝いていた。
膨大な魔力を剣を起点にして循環させ、触れるモノ全て塵と帰す魔法。
どれだけ強固な魔法や盾で防御しても、この技を防ぐことは出来ない。
そして過去に、山断ちを見たことがある者は恐怖した。
その技で敵の軍が消滅したのを知っているからだ。
「逃げろー!」
誰かが大声を上げるが、振り下ろされたグランソラスに呑み込まれ、姿を消す。
光が消え去ると、そこには何も残らず、コネリーが住む屋敷まで真っすぐの道が出来上がる。
態々屋敷を呑み込まないように調整したのだ。
たった一撃で――数千人が死んだ。
これが悪魔の髪を持つ者の力。
これがグランソラスの山断ち。
これが今から倒さなければならない相手。
「狼狽えるな! 相手は小娘一人だ! 数で押せばすぐに殺せる!」
騎士たちの間に迷いが生まれるが、コネリーに報告をしていた、隊長格の男が鼓舞して士気を高める。
数千人死んだとは言え、まだまだ人数は居る。
負ける筈がないのだ。
「進め! 逆賊であるライラルディア……いや、悪魔を討ち取るのだ!」
士気を取り戻した騎士達は、止まりそうになっていた足を再び動かし、ライラへと距離を詰める。
「魔法兵! 距離が詰まる前に一斉掃射!」
「ハッ! 了解しました!」
男の掛け声で一斉に魔法がライラに向かって放たれるが、ライラはそれを薄く笑いながら見上げる。
当たれば、肉片となって死ぬだろう。
何よりこの規模では、後ろに居るサレンまで被害が出てしまう。
(お構いなし……そう言う事か)
ライラは背中に背負っている、七曜剣グローリアを片手で抜く。
今のライラはグランソラスから魔力供給を受けているため、ほぼ無尽蔵の魔力がある。
更にグローリアは幾度かの改造を経て、様々な強化を施されている。
ただの魔導剣ならば、今のライラの魔力を受け止めることが出来ない。
だが、七つの剣で構成されているグローリアは、文字通り七倍の許容量がある。
またライラが使えない水と光も、変換用の魔石を用いる事で、効率は悪いが使えるようになっている。
膨大な魔力を送られたグローリアは様々な色の光を放ち、魔法が発動するのを今か今かと待ちわびる。
「エレメンタルアルター」
グローリアで薙ぎ払うと、空を埋め尽くしていた魔法に対して、同規模……いや、それ以上の魔法が放たれる。
魔法を返された兵達は直ぐにライラの魔法を防御しようとするが、全ての属性を網羅しているエレメンタルアルターを防ぐことは出来ず、山断ちと同規模の被害を齎す。
ライラは自分が作った惨状を冷たい目で見るが、少しも動揺することがなく、冷めきっている自分の心に、笑いそうになる。
自分はやはり、悪魔の子なのだろう。
これだけ殺したのに、とても痛快で、もっと殺してしまいたいと思ってしまっている。
ライラは二本の剣を引きずるようにしながら走り出し、迫りくる人の波に飛び込んでいく。
山断ちとエレメンタルアルターで数千人を殺せたとは言え、まだ殺した以上の相手が残っている。
血の海を作り上げながら、ライラは前へ前へと進んで行く。
その姿に恐怖を抱かない者はいない。
だが騎士として、任務をこなさなければならない。
「休ませるな! 常に攻撃を仕掛け続けろ!」
「死体を盾にしろ! 少しでも怪我を負わせろ!」
「負傷した者は、直ぐにポーションで回復しろ!」
戦況は少しずつライラに傾いて行くが、ライラとて決して余裕がある訳ではない。
どれだけ強力な武器を持っていても、ライラの身体は少女のままだ。
魔力で強化しているとは言え、剣で心臓を突かれれば死ぬし、手足を落とされれば戦えなくなってしまう。
けれども、今の所ライラはかすり傷一つ負っていない。
ホロウスティアでグローリアを手に入れて以降、ライラは一対多での戦いを念頭に置いて訓練を積んでいた。
それが
ダンジョンの時のように壁は無いが、突き刺したグローリアの一部を跳びながら動き回り、剣と魔法で戦場を蹂躙する。
徐々に減っていく騎士達を見て、指令を出していた男は歯を食いしばり、ライラをどうすれば殺せるか考える。
最後には殺せるだろうと考えているが、既に被害は想定していたよりも大きくなっている。
このままでは……このままでは。
その時、男に天啓が降りた。
ライラと共に居た、神官服の女性。
それを人質にして、ライラを追い詰めれば良い。
一瞬でも隙を晒してくれれば、王国秘伝の毒で仕留める事が出来る。
直ぐに男は腹心となる部下に、今すぐ神官服の女性を捕らえてくるように命令をする。
抵抗するならば、手足を落としても良いと付け加えて。
その命令が、今以上の悲劇を作り出す引き金になろうとは、思いもせず……。
1
(なあ)
『……なんだ?』
(正直舐めていたんだけど、あれってルシデルシアから見てどうだ?)
初手から大技を繰り出したライラだが、更にそこからグローリアで魔法の弾幕を張り、ほんの数分で数千人規模の死者を出した。
それからグローリアとグランソラスの二刀流となったライラは敵に飛び込んでいき、現在暴れている。
『流石神喰に認められているだけの事はあるな。まだディアナと共に我に挑んだあの男ほどではないが、光るものがある』
若干はぐらかしているが、つまり思っていたよりもライラが強かったのだろう。
敵を殺せば殺す程グランソラスが保有する魔力は増えるわけだが、人の身であるライラには限界がある。
だが……勝ててしまいそうだな……。
それなりに離れているので、俺の視力を持ってしてもライラはほとんど見えないが、少しずつ前に進んでいるように見える……おや?
ライラが戦っている場所よりも離れた所から、こちらに向かって数名が馬に乗って向かってくる。
…………ふむ。これは多分あれだな。ライラが手の施しようもないほど強いから、俺を人質にでもしようと企んでいるのだろう。
俺が向こう側だとしたら、多分同じことをするだろう。
逃げるにしても、こんな平野では無理だろう。
仕方ないが、迎え撃つしかない。
人を相手にするのは怖いが、この身体のポテンシャルなら何とかなるだろう。
向かってくるのは五人。軍隊で言えば組や班と呼ばれる人数だな。
「そこの女! 我々と共に来い! 抵抗するならば……」
俺の前で止まった五人は馬から下りて、一斉に剣を抜き威圧してくる。
此方は丸腰にバッグを持っているだけと言うのに、物騒な奴らだ……。
「お断りさせて頂きます。私は見ての通り、ただのシスターです。無抵抗の人間に剣を振るう程、腐っているのですか?」
「黙れ! 悪魔の仲間ならば、容赦などせぬ! 掛かれ! 手足までなら良いと許可を貰っている」
なんだか完全に殺しに来ている様な雰囲気だが……仕方ない。
一度目を閉じて、それから意識を切り替えながら開く。
足を切り裂こうと迫りくる剣を後ろに跳んで避け、横から腕を飛ばそうと振るわれる剣を、袖から出した鉄扇で弾く。
こいつらは、腕や足を斬り飛ばした後に、ポーションでも使えば良いと思っているのだろう。
一般人に対してこの仕打ちとは、腐った奴らだ。
前から迫りくる剣を、鉄扇を開いて受け流し、直ぐに畳んでから手首を強打する。
骨の砕ける音が響き、剣を取り落としながら後ろに下がる。
「隠し武器か……神官の癖に小賢しい真似を」
「あなた方の様に、卑しい真似をするよりはマシかと」
正規の騎士なだけあり、ミシェルちゃんやリーザンよりも動きが洗練されている。
だが、ピリンさんよりは下だろう。
俺が危険と理解したのか、じりじりと囲むように動き、間合いを見計らう。
一気に全員の手首を砕き、ポーションを奪うか、容器を砕いてしまえば俺の勝ちだろう。
遅くなった視界の中、周囲から同時に襲い掛かってくる剣を近い順に叩き、バランスを崩した奴の手首を砕いてから、鉄扇で胸を突いて吹き飛ばす。
後は順番に小手と突きを繰り出し、五人共無力化する。
ポーションを取り出そうとしたところを追撃し、回復を出来ないようにする。
「ば、馬鹿な……俺達がこんな奴を相手に……」
「神の僕である私を襲うとは、公爵家の者は腐っているみたいですね。私から見れば、あなた達こそ悪魔そのものです」
鉄扇を広げてから払い、それから畳んで袖に隠す。
馬は適当に逃がすとして、俺ももう少しライラの近くに移動するか。
離れるよりも近くにいた方が、互いに安心できるしな。
『殺さなくて良いのか?』
(俺に人を殺す度胸は無いさ……いや、殺す事は出来るだろうが、あまり昔の自分を見失う様な行為を避けたいだけだ)
根底の部分では魔物だろうが人だろうが、殺した所で傷つく事はない。
だが、元の世界で人殺しは禁忌の様なものだ。
もしも俺自らがそんな事をすれば、今の不安定な状態が、悪化する恐れがある。
この後あいつらが魔物に食われて死んだりするのは構わないが、俺の手で殺すのだけは避けておきたい。
『そう言えばそうだったな。人に襲われただけなのに、少しサレンの魂は不安定になっていた様に見える。脆弱な事だな』
(平和な日本人だからな。基本的に暴力とは無縁なんだよ。まあ、いざとなればお前がどうにかしてくれるだろう?)
『サレンに倒れられるのが面倒なだけだ』
ツンデレと言うか何と言うか……。
溜息を零すと、ふと違和感を感じたので足を止める。
何か……何かおかしい。
『サレン! 避けろ!』
ルシデルシアの叫び声が聞こえ、遅くなった視界の中で一筋の光が飛んでくるのが見えた。
方向はライラの実家である、グローアイアス家の屋敷がある方だ。
避けようとするが、光の方が早い。それに、思ったように身体が動かない。
思考が加速する中、剣が腹に突き刺さり、意識が闇に落ちていく。
意識が完全に落ちる瞬間、ルシデルシアの怒りの感情が俺を満たす。
どうやら、選手交代のようだ。
どうか目覚めた時に、屋敷が更地になっていない事を祈ろう。