早朝。日が昇り始めた頃に目が覚めると、馬の嘶きが聞こえた。
馬車を取りに行くとは言っていたが、本当に馬車を持って来たのか……。
流石にホロウスティアで見かける、馬車モドキの魔導車ではないんだな。
「おはようございます。ミリーさん」
「おはよー。これが昨日言っていた馬車だよ。普通でしょ?」
ミリーさんが持って来た馬車は、某国民的ゲームに出てきそうな見た目をしている。
馬車の後ろには幌が張られており、日除けが出来るようになっている。
中を見ていると木箱が幾つか積まれていた。
なるほど、商人に偽装するって訳か。
これならば、国境の検問を越える事が出来そうだな。
ライラには一時的に隠れていてもらえれば、髪の色による騒動も起きないだろう。
因みに馬は二匹居て、今は草を食っている。
正式名称は飼葉で良かっただろうか?
しかしミリーさんが言う通り、これと言って特徴のない馬車だな。
「そうですね。これならば、何も疑問を持たれなさそうですね」
「目に見えない部分では少し趣向を凝らしてあるけど、バラさない限り分からないからね」
見えない部分……おそらく車輪関係で何か弄ってあるのだろう。
予定通りこれからの移動は楽になりそうだし、朝食を作るとするか。
適当に肉を焼いてからパンで挟み、注ぎ足しながら作っているスープを用意する。
これで軽くワインでも飲めればいいのだが、朝からは絶対に飲ませてもらえないので我慢する。
「……普通ですね」
荷物を積み込むついでに、馬車をグルっと見たシラキリが、そんな感想を呟く。
「私達の目的が目的だから、目立たない方が良いのさ。ささ、乗った乗った」
荷台に乗って思ったが、椅子や客席的な物は勿論ない。
しかし木箱があり、サイズも複数ある。
これを椅子代わりにしろって事か。
「御者は私とアーサー君とで交代で良いかい?」
「問題ありません」
「うし、私は寝るから、暫くは宜しくねー」
ミリーさんは木箱の中でも一際大きいのを引っ張り出し、蓋を開ける。
木箱の中には布団と思われるものが入っており、ミリーさんは箱の中に入って寝始めた。
これもさっきミリーさんが言っていた、目に見えない部分の一つなのだろう……うん。
苦笑いしながらアーサーは馬車の前に座り、俺とライラとシラキリは荷台に乗り込む。
馬が嘶くと共に、馬車が動き出した。
まだ街道ではなく、まったく舗装されていない地面なのだが、思っていたよりも振動がない。
もしかしたら、ホロウスティアでいつも乗っているのよりも、これの方が高性能なのではないだろうか?
スピードを出していないのも理由かも知れないが、これくらいの揺れならば、字を書くことも可能だろう。
広さもあるので、ストレスも感じない。
拡張鞄も素晴らしいものだが、この馬車も欲しいな……。
足回りの機構を後でコッソリと見ておくかな。
電子部品がないのなら、ある程度は再現できるかもしれない。
「……もしや」
「どうかしましたか?」
寝ているミリーさんを眺めていたライラが、苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
一体どうした……ああ、もしかしてそう言うことか?
「どの様に我を連れたまま、国境を越えるのかと考えていたのだが……」
「多分これですよね?」
ミリーさんが寝ている木箱だが、蓋をしたとしてもそれなりに空間があり、息苦しさを感じなさそうに見える。
そして蓋をしてしまえば、どこからどう見てもただの木箱だ。
もしもこれにライラが入れば、一見すればただの荷物にしか見えないだろう。
仮に持ち上げたとしても、ライラ位ならば違和感を感じないと思う。
つまり、この木箱にライラを入れれば、多分国境を抜けられるだろう。
しかしライラ的には不服なのだろうな……。
使い古された手だとは思うが、使い古されているという事はそれだけ有効だと言う左証だろう。
何も言わずに堪えているという事は、ライラ自身も自覚している筈だ。
「……業腹だが、この手が無難だろうな」
「……クス」
流石のシラキリも笑ってしまい、ライラに睨まれてスッと視線を逸らす。
流石の俺も木箱に収納される、ライラの事を考えると笑いそうになったので、苦笑いで何とかしのぐ。
おそらく、この話を聞いているアーサーも、苦笑いしている事だろう。
しばらく馬車に揺られていると、街道に出た事により更に揺れが少なくなる。
出てからもう直ぐ四時間位だと思うので、もう少ししたら一度休憩となるだろう。
「ふわ~。良く寝た。この感じだと、街道に出たみたいだね」
「はい。少し前に出ました」
「そうなると……後一時間位すると街に入るから、一度ライラちゃんには隠れてもらおうっか。迂回しても良いけど、街道を走らない馬車って結構目立つからね」
「……」
木箱から起き上がったミリーさんは、軽く背伸びをしてからライラに微笑みかける。
ライラにとってその笑みは受け入れがたいものではなるが、一度は木箱に入らなければならない。
何か問題があっても困るだろうし、一度確認のために入っておくのもありかもしれない、
「……それに入る以外の手はないのか?」
「あるにはあるけど、これが一番安全だよ? 魔力探知されないように工夫されているし、見ての通り毛布も敷かれているからね」
「そうか……」
ライラが木箱に入りたくないのは、単純にプライドの問題なので、最後には街の近くまで行ったら入ると答えた。
街まではまだ少し時間があるので、シラキリが木箱の中に入ってみたいと言うので、ミリーさんと入れ替りで、木箱の中で横になる。
「……気持ちいいです」
「でしょ。見た目は悪いけど、中身は要人でも問題ないクラスの気持ちよさだよ」
「……すぅ」
「あれ? シラキリちゃん? おーい?」
横になったシラキリは思いの外気持ちがよかったのか、そのまま寝息を立て始めてしまった。
寝心地はかなり良いみたいだな。
仕方なく寝たままのシラキリを木箱から取り出し、そのまま膝の上で寝かせる。
今度機会があれば、俺も入ってみるとしよう。
そんな寸劇をやっている内に、街が近くなってきたので、渋々ライラが木箱の中に入る。
蓋をした後はそれっぽい位置に木箱を積み、しばらくの間じっとしていて貰う。
本当なら街で一泊したり、軽く買い物をしても良いが、王国から出るのか最優先である。
それに物資はまだまだ余裕がある。
「止まってくださーい。街への目的と、人が乗っているなら一度降りてください」
門番の声が聞こえ、馬車が止まる。
やり口は前回の街とほぼ同じであるが、今回はアーサーは駆け出しの商人で、俺とミリーさんは乗らせて貰った神官と護衛だ。
寝ているシラキリは、アーサーに雇われたアルバイト的な存在としてある。
まあ、今も俺の膝の上ですやーとしているので、担いで馬車から下りる。
「私は旅をしている商人でして、街へは教国にへ行くために来ました。このまま通り抜けようと思っています」
「そうか。そちらの者達は?」
予定通りアーサーは当たり障りのない答えをし、門番は特に何も言わないでこちらに視線を移す。
「私は巡礼の旅をしている、イノセンス教のシスターです。此方は護衛のミリーと寝ているのは商人の連れの方となります」
「そうか……念のため少し中を見させてもらうぞ」
門番はアーサーに確認を取ってから馬車の中に入り、数分したら出てきた。
何も言わないって事は、問題無いのだろう。
「特に怪しい物は無いな。それと、最近グローアイアス領で不審な動きが見られるようだが、何か知っているか?」
「私は何も……グローアイアス領は通り過ぎただけですので」
「そうか……どうぞお通り下さい」
少しドキリとする質問だったか、特に疑われる事無く再び馬車に乗り込み、街の中へと入っていく。
街と言ってもそんなに大きい訳ではなく、馬車なら一時間もしないで端から端まで行ける位だ。
「私はちょいと出掛けるけど、このまま進んでて良いからねー」
「承知しました」
アーサーに声をかけたミリーさんは、動いている馬車から飛び降りて人混みに紛れていく。
おそらく帝国の騎士団と、連絡を取りに行ったのだろう。
一仕事終わり、王国の件は一応終わったからな。
寝ているシラキリの耳をもふりながら、外の声に耳を傾ける。
他愛もない会話ばかりだが、グローアイアス領についての噂話らしきものも聞こえてくる。
此処は何とかって伯爵の領内となるが、通りすぎるだけなのであまり覚えていない。
多少不景気らしい声も聞こえるが、それ程でもないようだ。
やはり、グローアイアス領だけ異常だったわけだな。
話に耳を傾けている内に馬車の速度が落ちていき、やがて止まる。
どうやらもう、出口側の門に着いたようだ。