なんちゃってシスターは神を騙る   作:ココア@レネ

142 / 203
第142話:出された酒を飲むのは礼儀

 シープビギニング。それは白濁色をした酒であった。

 

 テーブルに置かれた時に表面がほとんど揺れなかったので、おそらくとろみがあるのだろう。

 

 白濁の酒と言えばマッコリやにごり酒が出てくるが、その二つならばジョッキで出ても別におかしくない。

 

 どちらも蒸留なんてしないので、度数は高くても二十そこいらだ。

 

 こんな反応になるのはおかしい。

 

 つまりこの酒は、どちらでもないのだろう。

 

 ミリーさんを見ると、サムズアップをされた。

 

 店員の言う通り全部飲めばタダになるのはありがたいが、なるべく騒ぎを起こさないで国境を越えようって話だったはず……だ。

 

 後でミリーさんが騒ぎを起こしたと報告するとして、この酒はホロウスティアでも見たことがない。

 

 考えても仕方ないし、とりあえず飲んでみるとするか。

 

 下でシラキリがオレンジジュースをくぴくぴと飲むなか、ジョッキを片手で持ち上げる。

 

 何故か店員は去らずに、じっと俺を見たままである。

 

 先ずは口に少し含んでみるが……ほう。

 

 何かの乳だと思うが、トロリとしていて仄かに甘い。

 

 しかしレッドドライ程ではないが度数が高く、口の中をアルコールが蹂躙する。

 

 シープビギニングと言う銘柄だから、羊の乳から作っているのだろうが、どうやって作っているのか気になるな……。

 

 これまで飲んできた酒とはまた一風変わってるが、中々美味い。

 

 レッドドライの様なキレは無いので、何杯も飲むってのは難しいが、とりあえず飲んでしまおう。

 

 少しずつジョッキを傾けていき、顔を上げていく。

 

 そのまま一気に飲み干して、そっとテーブルの上にジョッキを戻す。

 

「うっそー……」

 

 ジョッキを置いたタイミングで、店員がボソッと呟く。

 

 これだけ度数が高いものをジョッキで飲めるのは、かなり限られてくるだろう。

 

 店員も俺なんかでは無理だと思ってミリーさんの口車に乗ったのかもしれないが、運が悪かったな。

 

「御馳走様でした。大変美味しかったです」

「あっ……えっと、料理も美味しいので、良かったら味わって下さい」

 

 ひきつった笑みを浮かべてから、店員は下がっていく。

 

 多分だが、このシープビギニング分はあの店員が払うのだろうな……。

 

「流石サレンちゃんだね。味はどうだった?」

「ミルクの様な味ですが、中々珍しい風味で美味しかったです。先程店員に何と言っていたのですか?」

「ちょっと賭けの話をね。もしもサレンちゃんが飲めなかったら、二倍の金額を払い、全部飲めたらタダにするってね」

 

 案の定だが、とりあえず一杯飲めたので、文句も言い難い。

 

 怒るのはライラに任せるとして、夕食を食べるとしよう。

 

 出された肉は匂い的にラム肉だと思われるが、俺はラム肉が結構好きだ。

 

 独特の臭いがあるものの、それが結構癖になる。

 

 ……そうか。シープビギニングはラム肉と一緒に、飲むのに適した酒だったのか。

 

 匂い的にラム肉だと思っているが、シープビギニングの甘味はラム肉と合いそうである。

 

 ふむ……シープビギニングは珍しい酒なだけあり、少々値段が高い。

 

 ショットとならばそうでもないが、出来れば酒は豪快に飲みたいものだ。

 

 この場で一番面倒なのは、アーサーだろう。

 

 一応ライラの部下的な立ち位置であり、俺への忠誠を誓っているみたいだが、俺が良からぬ事をすれば間違いなく報告する。

 

 先程の一杯はミリーさんのせいにすれば良いが、自主的に動けば俺も悪者となってしまう。

 

 一気飲みなんて馬鹿なことをしなければ良かったのたが、駆けつけ一杯は大人の嗜みである。

 

 間違いなく間違いだが。

 

 どうにかして酒を、怒られること無く飲むかを考えながら、料理を食べる。

 

 やはり羊独特の味がするので、間違いなくラム肉だ。

 

「おう姉ちゃんさっきは……いえ、何でもありません。失礼しました」

「はい?」

 

 どうしたものかと悩んでいると、酔っ払いの男が話しかけてきたが、俺の顔を見ると顔を青くし、自分の席へと帰って行ってしまった。

 

 何やら周りからなじられているが、俺と視線が合うと、サッと逸らされてしまう。

 

 ……諦めて、一般常識程度の酒を飲むしかないか……。

 

「いやー久々のミードはいいね! 生き返るよ」

「そうですね。ここ最近はワインばかりでしたからね」

「お二人とも、羽目を外さないようにお願いしますね」

 

 おかしい。少しミリーさんとお酒の話をしただけなのに、何故アーサーに注意されているのだろうか?

 

 料理を摘まみながら何を飲もうか悩んでいると、先程の店員が俺達の方に歩いて来た。

 

 手には先程俺に出したジョッキと同じものを持っており、中には赤い色をした液体がギリギリまで注がれている。

 

「お客さんお酒に強いんですね。こちらサービスになります。――残さないで下さいね」

 

 俺のせいで賭けに負けた腹いせだろうが、だからってこれを持ってくるか……。

 

 俺としてはありがたいが、周りからの反応は驚愕の一言だろう。

 

「おいおいマリアンちゃん、それは流石に酷くないかい? しかも相手は神官様だろ?」

「さっきのだってどうせ、無理して飲んでるんだぜ? そんな物のんじゃあ倒れちまうよ」

「煩いわよ! 何ならあんたたちが代わりに飲む?」

 

 巻角の店員は俺達に向けるお客用の笑顔から、知り合いに向ける容赦のない顔で怒鳴る。

 

 怒られた男達はすごすごと引き下がり、こちらを窺いながら酒を飲む。

 

 あちこちから笑い声も漏れるが、この提案に乗る以外の選択は無い。

 

 乗るしかない――このビッグウェーブ(タダ酒)に!

 

「出された物を拒むのは教義に反しますので、ありがたく頂きます」

「えっ、そ、そう? お客さんは流石ね」

 

 何故か店員に引かれながらもジョッキを持ち上げ、ゆっくりと飲んでいく。

 

 シープビギニングの様な口に残る感じではなく、ラム肉の油を洗い流すような、辛口の口触り。

 

 喉を焼く様に高いアルコール度数。

 

 僅かな甘みが最後に広がり、余韻を残す。

 

 そう、それは……お馴染みのレッドドライである。

 

 半分程飲んだ辺りで一度テーブルに戻し、ほっと一息つく。

 

 すっと辺りを見ると、沢山の目が見開かれている。

 

 ミリーさんは笑い出すのを我慢していて、店員は頬がひきつっている。

 

「お、お客さん……大丈夫?」

「はい。この程度は飲み慣れているので、問題ありません」

「うっそ……」

「ぐふ」

 

 店員の驚きの声を聞き、ミリーさんから少し笑いが漏れる。

 

 徹夜でピアノを弾きながら酒を飲んでいた俺にとって、この程度の酒は水……とまではいかないが、ジュースみたいなものだ。

 

 このまま残りを飲み干しても良いが、料理を味わいながら飲むとしよう。

 

 おっと、その前に礼を言っておくか。

 

「サービスありがとうございます。出されたものは飲みますので、良ければまたサービスをしてください」

「……はい」

 

 ガックリと肩を落とした店員は、キッチンへと下がっていく。

 

 二杯もタダ酒を頂けるなんて、本当に運が良い。

 

 これくらいならば目くじらを立てる程でもないし、イノセンス教の教示の範囲内と言い訳も出来る。

 

 出来ればもう一杯シープビギニングを飲みたいが、誰かくれないだろうか?

 

 外野が少し煩いが、俺と店員のちょっとした戦いは、俺の勝ちとなった。

 

「流石サレンちゃんだね。普通なら無理だって断る所なのに、普通に飲んじゃうんだから」

「似たようなことが前にもありましたからね。分かっていれば問題ありません」

 

 初めてミリーさん行きつけの、今はほぼイノセンス教第二支部となってしまっている酒場だが、あの時もレッドドライをジョッキで出された。

 

 今となっては懐かしい記憶だが、こればかりは酒に強い、この身体に感謝である。

 

 ただ、まるで罰ゲームみたいにレッドドライが使われているが、下手な酒よりもレッドドライの方が美味しい。

 

 アイリスの街で買ったワインを二十点だとすれば、レッドドライは六十五点位ある。

 

 ついでに決して高くはないが、安いと言う程でもない。

 

 二杯飲んで、一食分位だろう。

 

「いやー、神官様なのに、良い飲みっぷりだな。惚れ惚れするぜ」

「ありがとうございます。食事も美味しくて、良い酒場ですね」

 

 さっきの回れ右した客とは違う奴が、話しかけてくる。

 

 アーロンさん程ではないが、大きな体格をしており、厳つい風貌をしている。

 

 武器も持っているので、おそらく冒険者だろう。

 

「ああ。結構賑やかで気に入っているんだ。それも悪気があって出した訳じゃなくて、飲めなかったら飲めなかったで、ちゃんと処理してくれただろうさ」

 

 店員を庇うとは、中々良い客だな。

 

 まったく怒っていないし、何なら感謝をしているのだが、これはチャンスではないだろうか?

 

「大丈夫ですよ。店の雰囲気を見れば、あの方が慕われているのが分かります。それに、この程度のお酒はジュースみたいなものです」

「へぇ、言うじゃねえか。そこまで豪語出来るってなら……」

 

 男は残っていた自分の酒を飲み干し、空になったコップを見せてくる。

 

 俺も残っている料理を摘まんでから、残りのレッドドライを飲み干す。

 

 向こうの考えは丸分かりだが、この程度は想定の範囲内だ。

 

「……野郎共! 今から俺とこの女で飲み比べをする。どっちが勝つか賭けの時間だ!」

 

 あちこちから声が上がり、囃し立ててくる。

 

 シラキリが男の物言いによって不機嫌になるので、再び頭を撫でて機嫌をとっておく。

 

 気付いたら相手が死んでいた……なんてなっても困るからな。

 

 俺にサービスサービス(二杯の酒)してくれた店員がニコニコとテーブルを用意し、ついでに男の方に金を賭けている。

 

 ミリーさんもいつの間にか席を離れて賭けをしに行っているし、アーサーは天を仰いでいる。

 

「ライラには内緒にしてくださいね」

「分かっているのでしたら、自重してください」

「折角のお誘いですから。イノセンス教のシスターとして、断るわけにもいきません」

 

 俺は今回何もしていない。

 

 売られた喧嘩……誘いに乗っただけだ。

 

 もしも悪者がいるとすれば、それは最初の切っ掛けを作ったミリーさんだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。