なんちゃってシスターは神を騙る   作:ココア@レネ

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第150話:倍プッシュといきましょう

 俺は頑張った。

 

 骸に捧げる誓いの賛歌が全身全霊で挑む曲とするならば、今回演奏したのは身体の全てを、指の全てを酷使する曲だった。

 

 しかも準備運動とばかりにゆっくりと始まり、温まった所で加速が始まる。

 

 温めていなければ俺でも指が攣りそうになるほど激しくなり、最後はそれまでの激走が嘘だった程静かに終わる。

 

(や、やり切ったぞ)

 

 体力的にはかなり余裕がある。しかし、今すぐに続けて弾けるだけの力が湧いてこない。

 

 暖機運転が終わったが、ついでにガソリンも全部使ってしまった感じだ。

 

『悪くはないが、やはり即興では無理があるな。音の外れはないが、感情が入り切っておらん』

 

(楽譜から曲を連想できるほどの腕前は無いからな。一回目は許してくれ)

 

 鍵盤から指を離し、立ち上がる。

 

「聴いていただきありがとうございました。良ければ沢山飲んで食べて楽しんでください」

 

 一礼すると共に拍手が巻き起こり、アンコールの嵐が巻き起こる。

 

 演奏中は周りを気にする余裕が無かったが、思ったよりも好評なようだ。

 

 アンコールを受け入れたい所だが、少し休みが欲しいし、俺の一存では決める事が出来ない。

 

 ついでにマリアンにも仕返ししておきたいし、酒も飲みたい。

 

「アンコールにつきましてはお店の方にお願いします。私は一介のシスターでして、所属がある訳ではありませんので」

 

 声を無視してさっさと席へと戻り、軽く指の柔軟をする。

 

 痛みはないが、熱を持っている感じがするな。

 

「良い曲だったね。お酒を飲むに丁度良かったよ」

 

 エールを差し出しながら、ミリーさんが労ってくれた。

 

 準備していてくれたのか。

 

 一口飲んでみると、かなり冷えていて、火照った身体に丁度良い。

 

 生き返るわー。

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」

「今回の()聴いたことがなかったけど、思い出した奴なの?」

 

 もが異様に強調されているが、今回はちゃんと言い訳を考えてあるので問題ない。

 

 これまで思い出したものと嘘を吐いていたが、流石に何度も同じ手を使うのは駄目だろう。

 

「暇を見て作っていた曲になります。練習曲として、全てを使うような曲となるように作ってみました」

「なるほど。だからあんなに音域が広かったんだね」

「はい。初めてのピアノというのもあったので、調子を見るには丁度良いと思いまして」

「それにしては中々ハードだったけど、どうだった?」

「見た目通り素晴らしいピアノですね。指への吸いつきも、音のキレも凄かったです」 

 

 一目見て圧倒されたグランドピアノだが、第二支部となり始めている酒場のに比べると、倍近く差があるだろう。

 

 指へと感じる鍵盤の感触はとても滑らかであり、押し込んだ時の反発は次へ繋げるのに最適と言って良いものだった。

 

 どう考えてもこんな酒場にあって良いものではないし、こんなアルコール臭に曝して良いものではない。

 

 第二支部酒場にあるピアノを中古品とするならば、これはハイグレード品だ。

 

 車で言えば普通乗用車とスポーツカークラスの差がある。

 

 やはりバーのマスターなだけあり、人には言えない人脈があるのではないだろうか?

 

「やあやあ。素晴らしい演奏だったね。あんなに凄い演奏が出来るとは思わなかったよ」

 

 軽くミリーさんに演奏の感想を聞いていると、マリアンが負けたのに軽い足取りで寄って来た。

 

 表情を見るに、俺の見立ては当たっていたようだな。

 

 店の売り上げが上がれば、店員の給料が上がる。

 

 負けたとしてもマイナスにはならない。

 

 そして負けるならば、いっそ更に負けた方が、プラスになる。

 

 そして俺におべっかを使うためか、その手には新しい酒を持っている。

 

「うちのサレンちゃんは多芸だからね。あっ、それも勿論タダだよね?」

「はい。負けたので、そうなります」

「つまり、サレンちゃんは昨日の様にいくらでも酒を飲んで良いって事だよね?」

「……あっ」

 

 どうやら昨日の今日だというのに、マリアンは俺がどれ位の酒豪だったのか忘れてしまっていたようだ。

 

 俺が何度もジョッキで飲まされている……飲んでいるレッドドライは、そもそもジョッキではなくショットで飲む酒であり、値段も相応に高い。

 

 どの様に蒸留しているか知らないが、基本的に蒸留酒は手間がかかるので、高くて当たり前だ。

 

 レッドドライ以外にも高い酒は沢山あり、基本的に度数が高くて量は少ない。

 

 常人なら少量で満足できるので、店側としてもそんなに困らないだろう。

 

 だが、俺はその気になればいくらでも飲める。

 

 店の酒全てとまではいかないが、そこそこ飲めるはずだ。

 

 高い酒から順番に飲んでいけば、店を赤字にすることも出来るだろう。

 

 まあそんなことをすれば目立つので、やるかやらないかはミリーさんとマリアン次第だろう。

 

「私とサレンちゃんが本気を出せば、店を赤字に追い込む事も出来るんだよね。そうなれば、給料も下がるってもんだよね」

「ぐぬぬ……」

「それに、たった一曲で終わりになれば、今の雰囲気から察するに、明日以降のお客の入りは少なくなるかもねー」

 

 俺に直接言ってくる者は今のところいないが、マスターや店員に、俺の演奏を聞きたいとお願いしている客が多い。

 

 俺がここで逃げたとしても、今日の売り上げは大丈夫だろう。明日以降は分からないがな。

 

 俺としては俺の演奏に価値をあまり見出だせないが、世論()は俺の演奏を望んでいる。

 

 中々にミリーさんの揺さぶりが酷い。

 

 これは多分、また悪さを企んでいそうだな……。

 

「そんなわけで、ちょっと耳を貸して」

 

 ミリーさんはマリアンを呼び寄せると、こそこそと耳打ちをする。

 

 唸ったり目を閉じたりと百面相をするマリアンだが、最後はニヤリと笑う。

 

「よく分からないけど、その賭けに乗るわ」

「良いのかい? 昨日も今日も負けているのに?」

「よく言うわね。どうせ乗らなかったら本当に帰る気なんでしょう?」

 

 周りの客に聞こえないようにこそこそと言い合っているが、やはりまた賭けを吹っ掛けたか……。

 

 どうせ俺の演奏をチップにしたのだろうが、今度は何を奪う気なのだろうか?

 

 とりあえずエールも飲み終わったし、持ってきた奴を飲むとするか。

 

 泡が出ていないので発泡酒ではないが、透明な酒か……。

 

 ふむ、白ワインか。最近は赤ばかり飲んでいたから新鮮だな。

 

 それにエールの後なので、口直しには丁度良い。

 

 中身はダメダメだが、センスは良いみたいだな。

 

 ミリーさんは一度マリアンを遠ざけた後、俺の近くに寄ってくる。

 

「それはどうだろうね。さて、サレンちゃん」

「なんでしょうか、ミリーさん」

「大変だと思うけど、()()をお願いできない?」

 

 あれ……あれ……ああ、骸か。

 

 疲れる曲の後に疲れる曲と言うのは、正直気が進まない。

 

 仕事ならば嫌でもノーとは言わないが、プライベートならば嫌な物は嫌と言うのが俺だ。

 

 とは言ったものの、今の俺はミリーさんの好感度稼ぎの真っ最中である。

 

 感情としては嫌だが、利益のためには演奏以外の選択肢がない。

 

 端から選択肢は無いのだ。

 

 とは言ったものの、このまま引き受けるのはあまり宜しくない。

 

 今の状態はあまり公平とは言えないからな。

 

 ここで素直に良いですよと答えるのは、俺の性格からしたらおかしい。

 

 シスターとして相手の願いを聞くのは当たり前だが、無償で聞くような事を聖典には書いていない。

 

「個人的には聞いて上げたいのですが、理由をお伺いしても?」

「あのピアノってさ、とても良い物だと思わない? 遠目からでも感じられる高級感。乱れの無い音。それにサレンちゃんも今言った通り、鍵盤も素晴らしい物だったんだよね?」

 

 ……この人まさか。

 

 いや、まだ早計だ。そうと決まった訳ではない。

 

 先ずは最後まで聞いてみてから決めるとしよう。

 

「そうですね。いつも弾かせて頂いているピアノを小鳥とするならば、今回のはまるで白鳥の様に優雅で力強いものでした」

「白鳥?」

 

 おっと、ついつい失言をしてしまった。

 

 この世界に白鳥みたいな魔物は居ても、白鳥なんて名前の生き物はいない。

 

 えー……。

 

「ペガサスの事です」

「ああ、なるほど。まあそんな事は良いとして、あのピアノを、安く手に入れられるとしたら、どうする?」

 

 ……これは悩ましいな。

 

 価格で言えば、いつものが百万ダリアならば、このピアノは八百万から一千万ダリア位の価値があると思われる。

 

 営業で培った俺の審美眼は中々の物なので、そう的外れではないはずだ。

 

 つまり、このピアノが一千万円だと仮定して、安くなったとしても七百万とか六百万位が限度だろう。

 

 ――普通に高いです。

 

「あのピアノをホロウスティアでも弾けると言うのならば確かに欲しいですが、どれ位の価格ですか?」

「サレンちゃんが払うお金は一切ないよ。その代わり、サレンちゃんには相応の曲を弾いてもらいたいってわけさ」

 

 ふむふむそれならば……悪くないな。

 

 誰がどう金を払うかが気になるが、要は俺が演奏すればその分安くなる。

 

 つまり割引分を俺が演奏で払うって事になる。

 

 どんな賭けでミリーさんが、こんなとんでもないチップを引き出したか分からないが、乗らない手はない。

 

 負けた時の事を話さないって事は、俺の事を信用しているって事だしな。

 

「分かりました。もう一杯を飲んだら次の演奏を始めようと思います」

「頼んだよ」

 

 白ワインをくいっと飲んでから、ウォッカを使ったカクテルを注文する。

 

 そして俺が届いたカクテルを飲んでいる間、ミリーさんがマリアンを使ってアンコールに応えると宣伝する。

 

 中には俺と同じ神官服を着ているのも交じっているが、おそらくアレスティアル教国の神官だろう。

 

 ホロウスティアでは全員敵と見なしていたが、ミリーさんの説明通りならば、アレスティアル教国は俺をホロウスティア以外で迫害する必要がない。

 

 それにこの街は布教も禁止されているので、基本的に宗教間で争う必要がなく、純粋に演奏を楽しんでいるのだろう。

 

 さて、周りが煩くなってきたし、そろそろやるとするか。

 

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