なんちゃってシスターは神を騙る   作:ココア@レネ

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第187話:結婚の誓い

 サレンディアナ・フローレンシア。

 

 運悪く……いや、今思えばミリーにとっては、一種の運命の出会いだったのかもしれない。

 

 これまでミリーは一度として、仕事仲間より深い仲を築いたことが無かった。

 

 必要な時に、必要な分を。足りなければ自分が動けばいい。

 

 終わったら適当に縁を切るか、適当に扱えばそれで済んでいた。

 

 何故ミリーが友人と呼べる存在を作らなかったかだが、ミリーは別れというものがあまり好きではない。

 

 何より、様々な出来事があって歪んでしまったミリーだが、本当は孤独が嫌いなのだ。

 

 そして孤独とは誰かと別れる事で手に入る物であり、最初から誰も居なければ、孤独を味わう事は無い。

 

 そう、無意識に考えているのだ。

 

 それに、ミリーは実質的な不老であり、もしもその事が知られれば、一般人からしたら化け物であり、一部の権力者からは実験体としてその身を狙われることになる。

 

 だから、リスクを考えれば誰かに教えるのは悪手も悪手であった。

 

 初めは本当にただの観察対象だった。

 

 そこに仕事以外の感情はなく、どちらかと言えば脅威度からくる危機感があるくらいだろう。

 

 来歴はなく、過去も辿ることはできない。

 

 誰もその存在を知らず、曰く付きの廃教会にいつの間にか居た女性。

 

 シスターを名乗っておきながら、その身は聖女であり、奇跡も一線を凌駕している。

 

 視線だけで人を殺せそうな程の目付きだが、その性格は聖職者らしく温厚で、とても穏やかなものである。

 

 だからと言って聖職者に見られる盲目的な神心はあまり見られず、清濁併せ吞む様な面も見られる。

 

 いや、清濁と言うよりは、酒を馬鹿みたいに飲んでいる。

 

 酔う酔わないの前に、間違いなく致死量に達していると思われるが、本人はいくら飲んでもケロリとしており、二日酔いすらしている場面を見られたことがない。

 

 奇跡で二日酔いを醒ます事が出来るが、その場面すらもだ。

 

 そんなサレンとの関係がミリーの中で最初に変わったのは、ピアノの演奏を聴いた時だろう。

 

 情報収集も兼ねて弾かせて見たものの、サレンの演奏はミリーの心まで響き、少しだけサレンへの評価を変えた。

 

 それからもサレン関係で東奔西走したり、徹夜で仕事をすることになったミリーだが、サレンの規格外さが徐々に……だがはっきりとあらわれ始める。

 

 サレンの周りに居るライラとシラキリも普通とは程遠い存在ではあるが、それでもサレンの方が頭一つ抜けている。

 

 ミリーが確認した中でも、瀕死の人間を完全に回復させる奇跡。ダンジョンのフロアを丸々聖域と化す奇跡。

 

 ただのポーションを最高級品レベルの効能にしたり、通常の手段では解毒の難しい毒を解毒する奇跡。

 

 ついでに、本人の並外れた体力と筋力もだろう。

 

 悪人ではないのは分かるが、あまりにも通常の人よりもおかしい。

 

 そのおかしさをミリーが正確に感じたのは、サレンが騎士団へと体験入団した時だ。

 

 教国と王国の暗躍により、決して少ないとは言えない帝国の市民が犠牲になった。

 

 その戦いにおいて、サレンは禍々しい魔力を身に纏い、魔物を一匹殺して見せた。

 

 サレンがただ魔法を使って倒したならば、そこまでおかしい事ではない。

 

 しかしその時に感じたのはサレンとはまた違った魔力であり、様々な仮説がミリーの中で生まれる事になった。

 

 そして、ミリーの中で決定的にサレンの評価が変わったのは、ライラの実家であるグローアイアス公爵領での事件だ。

 

 サクナシャガナの来襲によりサレンが死に掛け、それによりイノセンス教の神がサレンの身体を依り代として顕現した。

 

 ミリーはサレンに説明しなかったが、神をその身に降ろす行為は、依り代に悪影響……寿命や命が代償として失われる。

 

 その筈なのに、サレンは特に変わった様子はなく、神の方もサレンの身体を気遣うものの、代償については何も言わず仕舞いだった。

 

 サレンならば、神を相手に戦うことが出来る。

 

 その時、ミリーはそう確信した。

 

 だからミリーは、自分の生い立ちをサレンへと話し、同情を買おうとした。

 

 自分が化け物と呼ばれようが、人でなしと呼ばれても良い。

 

 ただ復讐を成し遂げるためだけに生きてきたミリーにとって、自分の事などどうでも良かった。

 

 既に百年以上の時を過ごし、サクナシャガナを殺すためにコツコツと準備をしてきた。

 

 加護によって生き長らえているミリーは、サクナシャガナに勝ったとしても死ぬ運命にある。

 

 サレンに生きて欲しいと言われても、神を殺す以上ミリーが死ぬことが覆ることはない。

 

 好きか嫌いかならば、サレンの事をミリーは好きだ。 

 

 だが決められた運命である以上、ミリーに抗う気力は無い。

 

 ――そのはずだった。

 

「因みにだけどさ、私に生きて欲しいって言うけど、方法はあるの?」

「ある事にはあります」

「――えっ?」

 

 諦めてもらうために、問いかけたのだが、思っていたのとは違う言葉が返って来た。

 

 それから妙に遠回しな表現で死なない方法をサレンは話すが、その内容は可能性として考えれば出来うるかもとミリーに思わせるものだった。

 

 もしも、もしもこれからも生きて行く事が出来るのなら……。

 

「何がとは聞かないど、ついでに寿命ってどうなの?」 

 

 少しだけ違う事を聞いた後、一番聞きたかった事を聞く。

 

 ミリーが居残る事が出来、加護がそのままならば、その寿命は不老に相応しいものになる。

 

 加護の能力は、人から生命力を奪った方が効率的だが、生きるだけならば草木だけで事足りる。

 

 死にたくなったら、加護の能力を使うのを止めればそのまま年老いて死ぬ事が出来る。

 

 だから、サレンがどれ位生きるのかが気になった。

 

 仮に……そう、仮にミリーが生き残れたとしたら、帝国への恩返しはある物の、それよりもサレンへの借りが大きくなる。

 

 ミリーとしては別段死んでもいいのだが、こうも求められると、胸の中に僅かながらもやもやしたものが込み上げてきた。

 

 サレンはミリーからしたら、本当に変わった人物だ。

 

 自分の様な化け物を本当に心配し、親身に接し、友として過ごしてくれている。

 

 同じ時を過ごすというのも、悪くないかもしれない。

 

 そして返って来た回答はミリーが望むものだった。角の跡があるため、人よりも長いのは予測していたが、流石に数百年とは流石に驚いた。

 

 しかし、何故サレンは内容は話すのに方法を話さないかと思い、直接サレンへとミリーは聞いた。

 

「方法は――ミリーさんが本心から生きたいと願い、私にキスする事です」

「ふぇ?」

 

 これには流石のミリーも一瞬思考が停止し、 少しだけ顔が赤くなる。

 

 初心と言うわけではないが、流石に面と向かって言われれば、困惑する程度の情緒をミリーは持ち合わせている。

 

 サレンの表情は真面目そのものであり、嘘ではない事が読み取れる。

 

 サレンの血を飲むとか、眼球を抉り出すとかならば理解出来るし、それ位の痛みはミリーにとっては耐えられるものだ。

 

 だが……まさかのキスだ。

 

 それもただすれば良いのではなく、生きたいと想いを込めなければならない。

 

 それはある意味、実質的な告白みたいなものだ。

 

「いや……それってどうしてなのさ?」

「加護とは魂に紐付いているものであり、お互いの魂を近付かせるには、粘膜による接触が一番安全になるかららしいです」

「あー、確かに理には適っているのかー……ん? 粘膜?」

 

 サレンの言い分はミリーも納得できるものだが、ふと冷静になって考えてみる。

 

 魂が何処にあるかなんてミリーには分からないが、体内のどこかにあるのだろうとは思う。

 

 サレンの説明通りならば身体同士が触れあっていれば、お互いの魂を近づける事が出来るが、より安全性を考慮すると、粘膜同士を接触させた方が良いという事だ。

 

 だが、粘膜は上だけではなくて、下にもある。

 

 そして生命的な事を考えれば、上よりも下の方が魂的な繋がりは強くなるのだろうと、ミリーは予測する。

 

 キスだけならば、女性同士だとしても分らなくもない。

 

 だが、下となると…………サレンが言い淀んだ理由が分かり、ミリーは落ち着くためにコップの中の氷を口に含んで嚙み砕く。

 

 少しばかり動揺したが、サレンの事は嫌いではないし、そちら方面の事を何も考えてこなかったが……。

 

 サレンの目をジッと見て、それから唇へと視線を下げる。

 

(…………ありなのか?)

 

 死んで終わりにしたいという感情と、サレンとならば一緒でも良いかもしれないという感情。

 

 ミリーには復讐しか残っていないが、それは燃え上る様なものではなく、燃え残りこびり付いたものだ。

 

 復讐だけはやり遂げるが、別にそれだけしか考えられないわけではない。

 

 復讐しか考えられない時もあったが、百年も生きていれば、色々と考えるものがある。

 

 サレンに会ってからの人生は、ミリーの人生の中でも思い出に残る位強烈なものだった。

 

  その思い出はミリーの排他的な感情を溶かし、僅かながらも希望を灯す。

 

 サレンの地道な行いは、しっかりと実を結んでいたのだ。

 

 存在しないはずの選択肢が、鎖で縛られて選べない選択肢が……ミリーの中に生まれる。

 

「私と一緒に生きるのは、無理でしょうか?」

「――ずるいなー。本当にサレンちゃんはずるいよ……」

 

 ミリーの物語は、まだ終わっていない。

 

 ならば、まだ書き続ける事が出来る。

 

 まだ間に合うのだ。

 

「良いよ。もしも生き残れたら、サレンちゃんの提案に乗ってあげるよ。その代わり、責任は取って貰うからね」

「分かっています」

 

 即答するサレンに、ミリーは本当の意味では分かっていないのだろうと感想を抱く。

 

 ミリーの言った責任とは、結婚の誓いにある、健やかなるときも、病めるときもと同じ意味である。

 

 サレンはあまり深く考えていなかったが、ミリーは百年以上も復讐に焦がれる、想いを抱ける執念深さを持っている。

 

 その執念深さを思い知る事になるのは、もうしばらく先の事であった。

 

 

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