「終わったようだな」
「とても……疲れた」
「マヤさんが居なければ、少し危うかったかもしれませんね」
サレンとミリーが、サクナシャガナが展開した異空間に閉じ込められてからも、天使達はいなくなるどころか、その数を増やしてライラ達を襲ってきていた。
神殿で発生した、信徒を生贄にして召喚された天使の強さはそこまでではなかったが、異空間が展開されてからは虚空からも現れるようになり、その天使達の強さは数段上がっていたため、流石のライラ達も苦戦を強いられていた。
アーサーの作り出した壁に穴を開けて、聖都側にマヤやアオイ達を逃がす手もあったのだが、壁の奥からも天使が飛来してくるのを見たライラは、その手を取らなかった。
マヤ達を逃がすためには護衛戦力が必要になり、そうなった場合抜ける事ができるのはシラキリだけだ。
しかしそのシラキリが抜けた場合、戦いは更に厳しい物となる。
結果的に護衛しながらの戦いとなったか、奇跡的に死者は誰も出る事は無かった。
途中魔力が切れかけて危険な場面もあったが、マヤがその場で調合を行ったりして何とか危機を凌ぐ事が出来た。
そして今……空間が歪み、世界が割れ、天使達が姿を消した。
「向こうも、終わったようだな」
ライラは全てを合体させたグローリアを地面へと突き刺し、荒い息を整えながら何もなくなった神殿があった場所を眺める。
グローリアの一部は欠け、核となる魔石もヒビが入っている物があり、これ以上戦闘していれば、使えない剣も出て来ていただろう。
「お風呂に入りたいです……」
シラキリも暗器は全て無くなり、二本ある小刀の内、一本は半ばから完全に折れ、地面へと座り込む。
耳が小刻みに動き、サレンの音を捉える。
今すぐに会いに行きたいが、流石に限界なので、今は身体を休める。
「皆さん怪我は大丈夫ですか? 壁に穴を開けるので、そちらの方は先に逃げて下さい」
頑丈が売りのガイアセイバーには傷も刃こぼれすらないが、一番魔法を多用してきたアーサーの顔色は悪い。
しかしそれを感じさせない雰囲気で、神殿で生き残った僅かな人達を、サレンが帰ってくる前に壁の外へと逃がす。
無論この中にマヤやアオイ達は含まれておらず、今壁の中に居るのは、全員関係者……或いは犯罪者とも言える存在たちだ。
一応巻き込まれただけとも言えなくないが、マヤとタリアは脱獄。アオイとユウトは脱走。
アオイとユウトは事情が事情だが、マーズディアズ教国の法に照らし合わせればらそうなる。
その法を司る神殿は更地となり、神はおろか主要人物は全員生贄となり、国としての体制を維持できなくなってしまっているが。
「お、終わったのね」
「ああ。そうみたい……だな」
聖女としての力を失ったアオイと、勇者としての能力を失ったユウトは、目の前で起きていた戦いがあまりにも現実離れしていたため、今になって現実を噛み締めていた。
特にユウトは、これまでダンジョンに潜ったり、訓練なども受けていたが、それらがあまりにもレベルが低かったのだと、異世界の過酷さを今になって感じていた。
アーサーは大人だが、身を挺して戦っていたのは、自分よりも幼いライラ達だ。
神殿の騎士達と訓練したり、ダンジョンでも魔物を倒してきたが、それらは児戯と呼んで良い物だったと、理解した。
自分は強い。自分は選ばれた存在。自分ならば…………。
そんな考えが吹き飛ぶ程の、次元の違う戦い――惨劇だった。
仮に勇者としての力が有ったとしても、ユウトでは戦いの土俵に立つことは出来なかっただろう。
決して心が折れたわけではないが、ユウトの心に消えない憧れを残す事となる。
「まさかこのような事になるとは……」
「神々の戦いの一端。それを僅かとは言え見られたのは、幸運なのか、或いは災難だったのか……」
死と隣り合わせの状況で精密な調合をしていたマヤも、ライラ達と同じ位消耗していた。
今目を閉じれば、そのまま気絶するように眠れるだろうが、戦いが終わったと言っても、まだ安全と言うわけでは無い。
そんなマヤを気遣いながら、タリアは大量に現れた天使と、僅かに見えたサクナシャガナやミリー。ルシデルシアの正体について考える。
かなり遠く、しっかりとは見えなかったが、天使とは違い四枚の翼が生えていたサクナシャガナ。
そのサクナシャガナと戦っていた人と思われるミリー。
そして、突如現れたルシデルシア。
ルシデルシアについては予想は出来たが、その通りならばサレンの存在が、タリアが思っていたよりも予想外の存在という事になる。
僅かに感じた禍々しい気。そして神と思われる存在との戦い。
何も知らないタリアだが、年の功か、神や宗教についての知識は人一倍ある。
(神殺し。そして、サレンさんが行ったのは神降ろし……助けては頂きましたが、マヤを任せるのは……いえ、戻る事は出来ないのですし選択肢は……)
マーズディアズ教の神であるサクナシャガナが死に、国として崩壊したとしても、それは完全に消滅したわけではない。
サクナシャガナの庇護下にいた神は生きているし、その加護は失われていない。
何より、マヤとタリアが帰れば迷惑をかける事となる。
帰れば喜ばれはするだろうが、マーズディアズ教の人間に襲われるかもしれない恐怖を与える事になる。
普通に考えれば、マーズディアズ教が崩壊したなんて情報を信じてもらえる訳もなく、過去にあった脅しを行われる事になると考えてしまう。
ほとぼりが冷めてならばともかく、今すぐには帰ることは出来ない。
サレンとその宗教であるイノセンス教について思う事もあるが、助けてくれたのは事実であり、もしもの場合を考えれば信用出来る人間が居るのはありがたい。
何せ文字通り上位の存在を殺して見せたのだ。
サレン達に勝てる存在は、まずいないだろう。
「帰ってきたようだな。怪我は……ふむ。大丈夫そうだな」
「ライラもありがとうございました。ポーションは役に立ちましたか?」
休んでいるライラの所までサレンが帰って来て、声をかける。
防具こそ破損しているものの、ライラに怪我は見られず、同じくサレンも怪我らしい怪我をしていない。
上着の一部がサクナシャガナの攻撃により破れたりしたものの、その上着はミリーに着せているので、パッと見は問題ないのだ。
「ああ。それと、途中でマヤも協力をしてくれてな。王国の戦いよりも厳しい物ではあったが、誰も欠けることなく終わったよ」
ニヒルにライラは笑い、グローリアを支えにして立ち上がる。
まだ身体は重く、動くのは辛いが、いつまでも休んではいられない。
「それは良かったです。では、此方をお返ししますね。それと――我が神よ傷付きし者達を癒したまえ」
神喰……グランソラスをライラへと返し、サレンは祈りを捧げる。
ライラを含めて壁の中に居る全員へ光が降り注ぎ、怪我を治し体力を回復させる。
ライラ達はサレンの奇跡を流石だと受け止め、アオイとユウトはサレンの奇跡の凄さに純粋に驚く。
そしてマヤとタリアは常識外のサレンの奇跡に、畏怖にも似た感情を抱く。
マヤとタリアでは感じ方に差異はあるが、奇跡の強さとは神の強さでもある。
七人を一気に癒すのはまだ分かるが、疲れ切っていた身体は清々しい朝の目覚めの時の様に活力が満ち溢れ、怪我は勿論の事、埃や汗などの汚れが落ちていた。
シスターと名乗ってはいるが、これだけの力を使えるのだ。それが嘘だという事は明らかだろう。
「助かった。しかし……いや、先ずは聖都から出るのが先決だろう。ミリーさんは大丈夫なのか?」
「疲れて眠ってしまっているだけです。相手が相手だったために、かなり消耗していましたので」
「そうか……後で全部話してくれるのだろうな?」
「はい」
「ならば良い。時間も惜しいし、行くとしよう」
聖都の戦いが終わったとはいえ、ホロウスティアに帰るまで気を抜くことは出来ない。
何より、今は激戦の後の為にサレンは忘れているが、戦いはまだ終わりとは言えないのだ。
マーズディアズ教国とフェンダリム帝国の国境の近くには、マーズディアズ教国の兵士が集結しており、出陣の時を今か今かと待ちわびている。
「サレンさん!」
元気を取り戻したシラキリはサレンへと抱き着き、匂いを胸いっぱいに吸い込む。
これにはサレンも苦笑いを浮かべるが、片手でミリーを背負っているので、引きはがす事も出来ない。
引き剝がそうとすれば引き剥がせなくもないが、これまでシラキリの自立を促すために色々とやってきたため、今日くらいは甘やかしても良いだろうとサレンは考えた。
ミリーとシラキリの体重を足した所で、ダンジョンへ行く時に使ったハンマーよりも軽く、苦にはならない。
強いて言えば少々暑苦しくはあるが、大仕事が終わった解放感に比べれば耐えられるものだ。
「シラキリもお疲れさまでした。ゆっくりとしたい所ですが、分かりますね?」
「はい」
現在街と神殿の跡地はアーサーによって隔離されているが、この後は壁を崩し、なるべく住人に見つからないように行動し、アーサーが隠している馬車まで行かなければならない。
街がどうなっているかは壁を解除するまで分からないが、最低でも火の手が上がり混乱している事は予想できる。
神殿に避難しようとしてくる人が屯している可能性もあったが、アーサーが無関係の人達を逃がす際、壁に穴を空けた時には、周囲に人は見られなかった。
後ろにミリーを、前面にシラキリを張り付けたサレンはアーサー達の居る所まで行き、これからの事を軽く話す。
サレンが助けた時は時間が無く、それからも天使との戦いになったため、殆ど話せていない。
とは言っても、現在もあまり時間は無く、どちらにせよマヤやアオイ達がサレンの提案を断ることは出来ないのだ。
アオイ達は独力で生きていくには何も知らないし、マヤ達はその身を狙われる可能性が高い。
一先ず聖都から逃げて馬車に乗り、ホロウスティアへと向かう事だけを話し、話し合いは終わりとなった。