「それではアオイさん、お願いします」
「……はい」
大人として、話しやすい様にお膳立てしておく。
一瞬立ち上がりそうになったが、少し腰を浮かせるだけで済んだ。
自己紹介や話す時に立ち上がる。
日本人ならば無意識にやってしまう動作だ。
正式な場ならばともかく、こんな所で一々立ち上がる必要は無い。
「私は異世界から来ました、秦野葵。この世界の場合ですと、アオイ・ハタノと申します。私自身よりも、皆さんの方が理解されているとは思いますが、サレンさんのおかげで、神殿から逃げる事が出来ました。出来れば元の世界に帰りたいと思っているのですが……」
「あーうん。過去の召喚者や転移者で、帰れたってのは聞いたことが無いね」
ミリーさんが何とも言えない表情で、俺と同じことを口にする。
まあこればかりは仕方の無い事だが、可能性自体はゼロではない。
カフェオレとなった牛乳と珈琲を分解する位の難易度だが、ゼロではないのだ。
……少し違うな。
まあ良いや。
「はい。難しい事はサレンさんから聞いています。ですが、それでもまだ諦められなくて……」
「まあ気持ちは分かるよ。基本的にはサレンちゃんが面倒を見てくれるそうだし、出来る事なら協力するから、あまり気を落とさないようにね」
「はい……心配して頂き、ありがとうございます」
落ち着いたら、アオイとユウトの召喚者特有の能力とやらの検証もやらないとだろうが、やはり帰るのは無理な気がするんだよな……。
その能力とやらが、帰れないから与えられた、神からの贈り物と思ってしまう。
うん? そう言えば……。
(今更だが、俺も転移者、或いは召喚者だから、能力とかないのか?)
少し特殊ではあったが、俺も能力が付与される条件を満たしている筈だ。
ちょっと気になるというか、日本人として能力と聞くと心が躍る。
『気付いていなかったのか? 貴様のその力がそれだろうに』
力? 力……えっ?
(その力って文字通りの力か?)
『うむ。あくまでもその身体は貴様がベースであり、魂のみが異質なものとなっているだけだ。見た目が変わり、性別が変わった位で身体能力などそう変わる訳が無かろう』
……言われてみればそうだが、この異常な筋力が能力とは……確かにこの力に救われた面はあるが、何かしょぼいというか、微妙というか……。
奇跡はディアナによるもので筋力はルシデルシアの物的な事を言われていた様な気がするが、軽く聞いていただけであり、あの時は転生者の能力についても知らなかったので、俺がただ勘違いしていただけか……。
魔法が使えない事については諦めがついているが、せめて空が飛べるとかが良かった…………。
『先に言っておくが、能力については余でも全く理解できない物である。サンプル自体が少なく、原理すら不明なのだ。その様なものだと浸透しているだけであり、その中身を知っている者は誰もいないだろう。勿論、神を含めてな』
(文句を言いたい訳じゃないさ。ただ、もう少しテンションの上がるような能力が欲しかっただけさ)
少しルシデルシアと話し込んでしまったが、その間にアオイと他の人達の雰囲気は良くなっており、アオイも笑顔を浮かべられるようになっていた。
そして、次が最後になる。
「俺は緒方悠人と言います。アオイと同じく異世界から呼ばれ、少し前までは勇者として活動していました。ですが……」
ユウトは言葉を途切れさせ、俺を見る。
……あっ、説明するのを完全に忘れていたな。
「ユウトさんとアオイさんは神からの加護と、洗脳を受けていたので、グランソラスの加護を用いて解除しました。今は一般人と変わらない状態になっています」
「む? グランソラスにその様な能力があるのか?」
ライラが首を傾げるが、知らないのも無理は無い事だろう。
グローアイアス家に伝わっていたのは、おそらく破壊力の事だけで、神が関係する能力は忘れ去られていたのだと思う。
神自体が居なくなり、天界から降りて来られなくなったので、使う事もなかっただろうし。
「はい。ライラには……いえ、話していなかったと言うよりは、私も神から教わって知ったのですが、グランソラスは我が神が作り出した剣になります」
「なに?」
「えっ、そうだったの?」
ライラとミリーさんが驚くのも無理はない。
俺としても話す気は無かったが、ユウトとアオイにした事を考えると、全ての情報を隠し通すのは流石に無理なので、教えられる所だけ教えておかないと辻褄が合わなくなる。
どうせ過去を知る人間は此処には居ないし、文献の類はサクナシャガナの策略でほとんど消失している。
俺の嘘がバレることは無いはずだ。
「過去の神や魔王達の戦いがあった時代に作られたものであり、様々な繋がりを断ち切る能力が有ります。その能力の一端として、山断ちの様な技があるようです」
「なるほど。だからグランソラスを借りる必要があったのだな。しかし、何故洗脳をされていると分かったのだ? 我やミリーさんが調べた限り、その様な情報は見当たらなかったが?」
「実は決行日の前に、アオイさんと会う機会がありまして、話している内に、不審な点に気付きまして」
「それで、何で洗脳なんてされていると思い至ったの?」
「異世界の話を聞いている内に、アオイさん達の世界とこの世界での大きな違いに気付き、その事について聞いてみたところ反応がおかしく、そう思ったのです」
結局のところ、洗脳されているかどうかを知る方法は無い。
あまりにも常軌を逸した行動をしているのならば、直ぐに分かるかもしれないが、アオイ達がされていたのは、認識を少し誤魔化す程度のものだった。
「そうか……まあシスターサレンが言うのならばその通りなのだろう。既に終わった事を問い詰めることはないが、グランソラスについて他に知っている事があれば後で教えて欲しい」
「分かりました」
能力的な事はおいといて、過去に勇者が使っていたとか、その製作者といった神は実は魔王だったりするのだが、これらは教えなくても良い事だろう。
さて、これで一応全員の自己紹介が終わった形となる。
何とかアオイとユウトに剣を突き刺した事を話されなかったので、俺としては一安心だ。
本当はちゃんと口止めをする予定だったが、あんな状況では無理だったし、それ以降は話す時間を取るなんて出来なかった。
流石に聖職者として、助けるためとはいえ剣で貫いたのは外聞が悪いし、あまり知られて良い物ではない。
幸い服は馬車に着いて身体を拭いたタイミングで着替えてもらったので、本人たちが話さない限り問題ない。
「それにしても、あれだけ被害を出しておいて、こっちの被害がゼロになるとは思わなかったねー」
「正直な所、天使の犠牲になった人々についてはどうにか出来なかったのか考えてしまいます」
サクナシャガナがいるであろう場所を考えれば、忍び込んだり強行突破するよりも、サクナシャガナ側からアクションを起こして貰った方が、対処が楽だった。
あそこまで酷い事になるとは、正直なところ思ってもいなかった。
神殿の大きさと、俺が見た天使の数。
それから街側の被害を考えると、五千人位死んでいてもおかしくない。
ライラの時よりも少ないかもしれないが、聖都の場合は都市機能がほぼ消えた形になる。
二次被害が出ないとも限らないが、後は頑張ってもらうしかない。
「あの……神様が居なくなったわけですが、これからどうなるのですか?」
「当面の間は何も起こらないだろうね。他に二つ教国はあるけど、基本的に自国から攻める事は無いし、王国もそれどころじゃないからね。今の帝国も態々他国を攻める事をしないから、自然と消滅するか、何処かに併合される事になると思うよ」
アオイの心配は既に俺もしていた事であり、会議でも話した内容である。
少しだけミリーさんの話す事が違っているが、大体は同じ内容だ。
しかし、帝国とは基本的にどんどん他国を吸収して大きくなっていくイメージがあるのだが、フェンダリム帝国は本当に保守的な国である。
既に領土が広すぎるというのが理由らしいが、まあ平和主義な元日本人として、今の帝国の方針はありがたい。
ホロウスティアなんて都市も作ってくれているし、おかげさまで生活水準は……まだあまり高くないが、適当な街に転生されるよりはかなり良かった。
「それは……大丈夫なんですか?」
「どう転んでもこれ以上酷くなることは無いさ。先も言ったけど、どの国も……あっ」
軽くおどけながらミリーさんはアオイを宥めようとするが、ふと変な声を出す。
何やら嫌な予感がするが、大丈夫だろうか?