グラスと一口に言っても、種類は豊富であり、大きさも含めれば無限とも言って良い程だ。
しかし、ルシデルシアの真意が掴めないが、何故グラスなんだ?
『ライラはワインを嗜んでいる。送られたグラスで飲む酒と言うのは存外良いものでな。インテリアとしても申し分ないだろう』
……確かにルシデルシアの言う通りではあるが、あのルシデルシアが他人のために提案をしてくるというのは、結構な驚きである。
俺とディアナ以外に対しては、ルシデルシアかなり無関心だと思っていたが……。
(お前からの提案なんて珍しいな。どうしてだ?)
『なに。ライラのおかげで美味いワインが飲めているからな。貴様の世界のと合わせても、あれだけの酒は中々飲めん』
(一般営業サラリーマンが、そんなに高い酒を飲めるわけが無いだろうが)
酒はワインを含めて高い物は天井知らずに高い。
俺がキャバクラでボッタくられた金なんて、目じゃない値段だ。
一本一万だって、庶民からしたら高価なモノだ。
まあワインのことは一旦おいといて、ルシデルシアがライラを贔屓している理由は分かったな。
だがグラスか……悪くは無いな。
廃教会で飲むことはこれまでなかったが、これから先教会を建て直してからは普通に飲む日もあるだろう。
グラスを送る意味には確か、新たな始まりとかって意味があったはずだ。
今のライラにはぴったりだろう。
「おっ、いらっしゃ! …………何か御用でしょうか?」
俺に気付いた店員は最初だけ元気よく挨拶をするが、直ぐにビクビクと下手に出てきた。
この見た目の良い所は、基本的に店が足元を見てこない点だろう。
ボッタくりのキャバクラも、ヤクザ相手には清い商売をするのと一緒だ。
「知人に、ワイングラスをプレゼントしようと思いまして。美しいグラスがありましたので、声を掛けさせて頂きました」
「そ、それはありがとうございます。その方がよく飲まれるのはどんなワインですか?」
「基本は赤ワインですね。食事の際は必ず飲んでいます」
野宿の時はともかく、飲める時は基本的にライラは赤ワインを飲んでいる。
それ以外も嗜むが、俺が見た限り八割以上は赤ワインだ。
「で、ではこれなんかどうでしょう? ボウルの部分を膨らませることで、ワインの香りをより豊かに感じられる様にしたものになります」
店員が勧めてきたのは、元の世界ではブルゴーニュグラスと呼ばれる、少し変わった形をしたワイングラスだった。
底の方が丸く膨らみ、飲み口となるリムの部分とは大きさにかなりの差がある。
あまり使ったことはなかったが、店員の言う通り香りを楽しむ事が出来るのは知っている。
ワインもそうだが、グラスの方も良いものは中々の値段になる。
ワイングラスで重要になってくるのは、リムの薄さだ。
薄く均一であればあるほどワインの温度を損なうことがなく、美味しく飲む事が出来る。
「少し手にとっても宜しいですか?」
「はい、どうぞお持ちください」
折角なのでグラスを受け取り、軽く見回す。
これは…………。
『中々良いグラスではないか。偶然見掛けただけだったが、良い拾い物をした』
ルシデルシアが言う通り、俺の目が良いのもあるが、かなり薄く滑らかなグラスだ。
酒屋で適当に売られているのとは、大違いだ。
「このグラスは、あなたが作ったのでしょうか?」
「は、はい。そうですが、何か変でしたか?」
「とても素晴らしいグラスだと思いまして。これと同じ形の物はまだありますか?」
実際にワインを注いでみなければ、正確には分からないだろうが、間違いなく逸品と言えるグラスだ。
ルシデルシアも褒めているし、間違いはないだろう。
「はい。二個セットで作ったものなので」
「では二つとも買いたいと思います。出来れば箱に包んで頂きたいのですが……」
「しっかりと贈り物として失礼の無いようにしますんで、少しお待ちください!」
立ち上がった店員は走り去ってしまい、ポツンと残されてしまう。
俺だから大丈夫だが、せめて金を貰ってからの方が安全だとは思うが…………まあそれだけ嬉しかったのか、俺と一緒にいたくなかったのか……。
店員は直ぐに戻って来たが、その手には贈り物として品のある小さな木箱があった。
箱の中には割れ防止用の木くずが敷かれていて、店員はグラスを箱に入れてからリボンでラッピングをする。
手の動きに淀みがなく、慣れているのが良くわかる。
ライラ用のはこれで良いが、折角だしミリーさん用の奴も買っておくかな。
これだけのグラスとなると、ホロウスティアではいくらするかわからないが、ここでならばまだお手頃と言っていい値段だ。
普通のよりは確かに高いが、それでも普通に買うよりは安い。
「お待ちしました。どうぞ」
「ありがとうございます。それと、もう一つ買いたい物があるのですが」
「はい。何でしょうか?」
「ミードに合うグラスがありましたら、一つ買いたいのですが」
「ミード? それはまた珍しい……送るのは男性と女性どっちで?」
「女性になります」
店員は顎を擦りながらしばらく唸り、木箱を一つ取り出し、その中には美しいカットグラスが収まっていた。
見るからにこんな露店染みた場所で売られている様な物ではなく、精密な計算の下、長い時間をかけて作られただろう見事な形をしている。
「俺の師匠が作った物になりますが、どうでしょうか?」
「確かに素晴らしい物になりますが……流石にこれだけのものを買うお金は……」
「値段はさっき買っていただいた、ワイングラスと一緒で構わないですよ。あれだけ俺の作ったグラスを褒めてくれたサービスって奴です」
そう言われても、日本人としての俺の心は駄目だと言う。
しかしこれだけのグラスなんてホロウスティアでも見た事が無いし、見られたとしても買える事は無いだろう。
五十万位したとしても、驚く事はない。
だが……うーむ。欲しい。
結局ミリーさんへのプレゼントとなるが、これ程の一品をまた見る事が出来るならば、それでも構わない。
これならばミリーさんも喜んでくれるだろう。
「それでしたら買わせていただきます。こちら代金になります」
「毎度ありがとうございます!」
ライラへのプレゼント用の奴はそのまま手に持ち、ミリーさん用の奴が拡張鞄へと入れる。
少々……かなり予算を越えてしまったが、これも必要経費というものだ。
二人共やっと過去を乗り越えたのだし、未来に向けて何かあげようと考えていた。
シラキリとアーサーは仲間外れとなってしまうが、二人にはホロウスティアへ帰った後に、何かプレゼントを買ってあげるとしよう。
道中で何か見つかるのが一番だが、こんな運命的な出会いを果たす事はまずないだろう。
首尾よく買えたので、待ち合わせの木の下へ向かうと、既にライラが待っていた。
手には紙袋を持っているので、しっかりと買えているようだ。
「待たせてしまいましたか?」
「いや、ほんの数分だ。シスターサレンもちゃんと買えたようだな。この場で渡すのか?」
「折角なので、何処か喫茶店に入ってからにしましょう。それなりに歩きましたし、休憩ついでという事で」
「それもそうだな。我も少々喉が渇いた」
適当に目に付いた喫茶店へ入り、ジュースを頼む。
名産だから仕方のない事だが、聖酒が普通にメニューにあるのはどうなのだろうか?
いや、喫茶店とは名ばかりで、ほぼ酒場みたいなものだし、普通なのか?
都会の方ならともかく、これ位の街なら喫茶店一筋で生きていくのは難しいだろうし。
軽く会話をしながらジュースが届くまで時間を潰し、届いたジュースを一口飲んで喉を潤す。
少し温いが、これはこれで甘味があって悪くない。
「さて、シスターサレンはその木箱か?」
「はい。ライラにピッタリの物が見つかりまして、思わず買ってしまいました」
「それは楽しみだな。ならば我から先に渡そう」
ライラが紙袋から取り出したのは、リンゴの形をした水晶だった。
インテリアとして十分であり、ほんのりと甘い匂いがするので、何か振りかけられているのか、もしくは魔法的な処理をされていそうだ。
「とても綺麗ですね。それに、匂いもとても爽やかです」
「む……そ、そうか。気に入ってくれたのならば、それで良い」
仄かに頬を赤らめ、誤魔化すようにライラはジュースを飲む。
向かい合う席でなければ、頭を撫でる事も出来ただろうに、少し残念だ。
昔友人が猫を撫でるとストレスが解消されると言っていたが、今ならばその言葉の意味が本当に良く分かる。
シラキリの耳や髪も良いが、やはりライラのが一番和む。
「これは名前とかあるのですか?」
「真実の果実という名前らしい。それと発せられる香りには、精神を落ち着かせる効果があると言っていた」
精神が落ち着いて気を抜いたところで、ポロリと真実を溢してしまう。
……わりとヤバい代物では?
いや、あくまでも名前からの邪推なので、気にしすぎなだけだろう。
お礼を言ってから、ライラから貰ったリンゴの水晶を紙袋へと戻し、拡張鞄の中へと入れる。
「して、シスターサレンのそれは何だ?」
「どうぞ開けて下さい。ライラならば気に入ると思います」
「……そうか」
ライラは木箱にされていたラッピングをほどき、蓋を持ち上げる。
さて、気に入ってくれるだろうか?