なんちゃってシスターは神を騙る   作:ココア@レネ

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第22話:男なら一度はやってみたいこと

 マチルダさんが魔法の講義の準備を終えるまで微妙に時間が空いたので、ライラとシラキリの様子を見に行く事にした。

 

「やってるねー。あっ、踏まれてる」

 

 ギルドの二階からたまたま戦いの様子が見え、シラキリが大男に踏まれていた。

 

 結構距離があるのだが、身体が変わって目も良くなっているようだ。

 

 ライラの方は寝っ転がっていたが、アドニスと戦いを始めた。

 

 戦うのが当たり前。

 

 日本では絶対に見られない光景だろう。

 

 とりわけライラとシラキリが幼いが、十代と思われる人は他にも居る。

 

「大きな怪我をしなければいいのですが……」

 

 裏の言葉は騒動を起こさないでくれだ。

 

「大丈夫じゃない? シラキリと戦っている男はでかい身体の割りに技巧派だから、ミスなんて起こさないでしょ。それより、さっさと行こっか」 

「そうですね」

 

 一階に降りてから訓練場へ入るための登録を済ませる。

 

 そう言えばだが、昨日に比べると、同職と思われる人が増えている気がするな。

 

 俺みたいに服だけではなく、防具や武器なども持っているので、どこかのパーティーの一員なのだろう。

 

「おい。あれ……」

「誰か犯罪でもしたのか?」 

「ひっ!」  

 

 訓練場に出てライラ達の所に向かうのだが、何故か全員道を譲ってくる。

 

 もう理解しているので文句は言わないが、そんなに怖い顔だろうか?

 

「今日はランクが高いのは居ないねー」

「そうなのですか?」

「うん。たまに中央辺りでガチンコ勝負してたりするんだけど、今日は静かだからね」

 

 静かと言うわりに結構金属のぶつかる音が響いていると思うのだが、ここではこれが普通なのだろう。

 

「危ない!」

 

 突如として上げられた声。

 

 それが自分に向けられたものだと気付くのに、時間は掛からなかった。

 

「あっ」

 

 そんな言葉が、ミリーさんから漏れた。 

 

 回転しながら向かってくる剣。

 

 刃引きされているとしても、当たり所が悪ければ大怪我するだろう。

 

 ましてや顔面に当たろうものなら、死ぬ可能性もある。

 

 このままでは俺の顔に直撃し、悲惨な事故となるだろう。

 

 では、何故俺は今冷静に状況を考えられているのか?

 

 普通なら慌てるどころか、気づいた時には当たっているような速度なのだが、死を覚悟した瞬間に世界の速度が遅くなったのだ。

 

 高速で回転しているはずの剣も、人が歩いている程度の速度に見える。

 

 つまり……なんだ。避けるのは簡単なのだ。

 

 この感覚は、ハイタウロスの斧をハンマーで叩いた時にも感じたな。

 

 異世界だからと受け入れれば良いのか、この身体だからと受け入れれば良いのか……。

 

 少々感情がぐちゃぐちゃになりそうだが、一度頭をリセットしよう。

 

 楽しめる時は楽しんでおかないと、損だろうからな。

 

 こんな機会はそうそう訪れないだろうし、折角だから()()をやってみよう。

 

 剣に合わせて片腕を上げ、人差し指と中指を開く。

 

 そして刀身が指の間に入った時を見計らって指を閉じる。

 

 男ならば学生の頃に一度はやるであろう白刃取り(指バージョン)だ。

 

「――うっそでしょ」

 

 ミリーさんの驚く声だけが聞こえ、俺の方を見ていた全員が固まった。

 

 はて? 俺がやった事はおいといて、白刃取り位は別に驚く程の事ではないのではないだろうか?

 

 身体強化が当たり前とか言っていたし、これ位出来る人間は多かろう。

 

「危ないですね。次からは気を付けて下さいね」

「す、すみませんでした! 何でもするので許して下さい!」

 

 顔が青ざめている剣の持ち主に剣を返すと、泣きながら謝られた。

 

 大の大人が脇目も振らず泣く様は何とも哀れだが、別に怒ってはいない。

 なんなら白刃取りが出来て、少し嬉しかったくらいである。

 

「気にしていないので大丈夫ですよ。ですが、それで気が済まないのでしたら、イノセンス教の事を覚えておいて下さい。その内ギルドで布教させていただきますので」

「ももも勿論です! 絶対忘れません!」

 

 折角なので軽く宗教の宣伝もしておく。

 

 布教をするのは正式に登録をしてからとなるが、こんな宗教がありますよー程度の噂を流しておくのはありだろう。

 

 だが、ヒソヒソと聞こえてくる声の中に、聞き捨てならないものがある。

 

 やれ「あいつ後で消されるんだろうな……」とか「あれシスターじゃなくて絶対裏の人間だよな……」など、酷いものがあった。

 

 消さないし裏の人間なんかじゃないからな? 一応スラムに住んでいるから裏と言えば裏だが、別に何の組織にも属していない。 

 

「あー、大丈夫?」

「はい。なんともありません。確認ですが、あんな風に武器が飛ぶのが此処の普通なのでしょうか?」

「いや、あれだけ勢いよく飛ぶなんて事は普通無いし、飛ばす可能性のある新人は壁の方に配置されるからね。単純に運が悪かったんだろうね」

「そうですか」

 

 こんな事が日常的に起きてるなら二度と此処には来ないが、運が悪かったなら仕方ない。

 

 気を取り直してライラ達のところに向かおうとすると、ライラ達が俺の方に向かってきていた。

 

「大丈夫であったか?」 

「はい。こう、パッと止めましたので」

 

 ライラに向かってピースをして、閉じたり開いたりする。

 心配をしていた顔は、若干呆れ顔に変わった。

 

「無事なら良かったが、ミリーさんが居ながらこの様な事態になるとはな」

「いやー。反応しようとしたら思った以上にサレンちゃんが冷静にしていたせいで、呆然としちゃったんだ。ごめんね」

 

 ミリーさんはライラに向かって手を合わせて頭を下げるが、ライラは不服そうにしたままだ。

 

「まあまあ、私は大丈夫でしたから。それよりも、ライラ達はどうですか?」

「……いい訓練にはなっておる。シラキリも張り切っているみたいだ」

「そうですか。それは良かったです。私は見学していますので、どうぞ続けて下さい」

 

 俺は見ているだけで十分なので、ライラ達が見やすい辺りで且つ安全な所に腰を下ろす。

 

 先ほどの白刃取りのせいで、視線が憂鬱しいが無視だ。

 

「本当にごめんね。でもあんな事が出来るなんて驚いたよ」

 

 ミリーさんも俺の隣に座り、一緒にライラ達を眺める。

 

「私も驚きです。身体が勝手に動いた……そんな感じです」

 

 嘘です。やってみたかったからやってみました。

 

「そう言えば記憶が無かったんだっけね。今更だけど、どれくらいないの?」 

「おそらくほとんど覚えていないです。自分の名前と、イノセンス教の神官であること。それ以外はさっぱりです。どこで産まれ、どうしてこの都市に居るのかもわからないです」

 

 本当にどうしてこんな場所に、この身体で居るんだろうな?

 

「何か手掛かりになりそうなものは持ってないの?」

「何もありません。着の身着のままです」

 

 ミリーさんは「ふーん」と言った後、ライラ達の戦いを見る。

 

 それから暫く無言の時間が続く。

 

 ライラの相手はアドニスがしているが、中々良い感じに打ち合っているように見える。

 

 キレがあり、剣の振りに淀みがない。

 

 対するシラキリは熊耳の生えた大男に遊ばれている。

 

 あれは完全に指導だろう。

 

 だがシラキリの攻撃は思い切りがあり、大男からの攻撃を恐れていない。

 

 割りと痛いと思うのだが、あれが戦いのセンスとか言うものなのだろうか?

 

「サレンちゃんはさ」

「はい」

 

 唐突にミリーさんが話しかけてきた。

 

「覚えていたのが宗教の事だけだったみたいだけど、他の道を選ぼうとは思わなかったの? どこかの店で働くとかさ、冒険者として魔物と戦うとかさ」

 

 そうだな……もしも男としてこの世界にこれたならこんな回りくどい事なんてしないだろう。

 

 この事は少し前に考え、既に結論を出している。

 

 だから、迷うことはない。

 

「思わなかったですね。この道しかないと、告げていました」

 

 ――告げていたって誰がだ?

 

 この道は俺自身が決めたもののはずだ。

 

 またこの身体の記憶が、流れこんできたのだろうか?

 

「それは神様が?」

「どう……なのでしょうか……私自身もよく分かっていません。今はただ、生きるのに精一杯ですから」

 

 俺が俺である証明は、俺にしかできない。

 

 この世界では誰も俺が井上潤とは知らない。

 

 壊れないように心に蓋をし、今の状況を深く考えないようにする。

 

 一度不安が爆発すれば、きっと俺は俺を保つ事が出来ないだろう。

 

 今この時も、怖くて怖くて仕方ない。

 

 けれど、その事をおくびにも出さないのが大人と言うものだ。

 

 一度深呼吸をして、思考を切り替える。

 生きる為なら手段を問わない、冷徹で無慈悲であり、利己的なものに。

 

「もしもだけど、記憶が戻ったとしたらどうする?」

「どうなのでしょうね…………過去の私が何をしていたのか分かりませんが、せめてあの二人の事を裏切る様な事はしたくないですね」 

 

 虚言であり、虚飾の言葉。

 

 自分が生きられるなら、誰かが死んでも構わない。

 

「――そう」

 

 ミリーさんはライラ達の戦いを見ながら呟いた。

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