「連れて来たよ」
オーレンは直ぐに戻ってきた。
だが連れて来たのは幼馴染のスフィーリアと、何とも奇怪な三人組だった。
一人は神官なのだろうが、フィリアが知っている神官とは全く違う。
鋭い目に、燃え上る様な赤い髪。神官と言うよりは断罪者。または異端審問官と言われた方がしっくりとくる。
まさか自分のこの醜い心を見透かされたのか?
もう一人は見たことも無い、綺麗なグラデーションの髪を伸ばした少し背の低い少女だ。
神官と同じく刺々しい雰囲気だが、それよりも目を引くのは持っている武器だ。
背中に大振りの剣と、腰に二本。
予備として持つにしてもそうだが、少女が持つにしてはあまりにも不釣り合いだ。
そして何より、格が違うと認めてしまう圧がある。
最後の一人は唯一普通そうに見えるが、フィリアが見てきた中でもかなりのイケメンだ。
「初めましてイノセンス教のシスターのサレンディアナと申します。本日は宜しくお願いします」
「あ、ああ。頼む」
見た目と違い、言葉はとても優しいものだ。
少し不安に思いながらフィリアはスフィーリアを見ると、目を逸らされた。
不安に思っている間に、サレンディアナがフィリアの前で膝を突いた。
「天におりまする我が神よ。少女を蝕む邪なる苦しみを取り除き、誇りを与えたまえ」
天井があるはずなのに、そんなものは無いとでも言う様に、光がフィリアへと降り注ぐ。
その様子を見て、スフィーリアは目を見開く。
その光景は、一定の聖職者にしか許されない、聖なるものだった。
一般的な祈りは、患部を照らす程度だ。
なのに、まるで神が祝福するか如くの光を降らせる。
それは、たかが一介のシスターが成せる奇跡ではない。
それは、たかが新興宗教の者が乞い願って良いものではない。
それは、大いなる神でなければ、叶えて良いものではない。
同じ聖職者だから、スフィーリアはサレンの異質さが分かる。
(これでシスター? そんなの嘘に決まってるじゃない! これは、この奇跡は!)
スフィーリアが狼狽えている内に光は止み、サレンディアナが立ち上がった。
血に染まり赤くなっていた包帯は新品のように白くなり、部屋に漂っていた血の匂いも失せてしまった。
「包帯を取ってみて下さい」
「あ、ああ」
光が収まってから痛みを感じなくなったフィリアは。恐る恐る包帯を取り外していく。
ぺたぺたと顔を触るが膿が出る事も、血が滴ることも無い。
「凄い! 本当に治っている。ありがとうございます」
「いえ。これもレイネシアナ様のお導きです。話したい事もあると思いますので、私達は下の食堂で待っていますね」
フィリアの顔を見て喜ぶオーレンだが、サレンの心遣いでハッと我に返る。
治った事は嬉しいが、自分が結んだ契約の事をフィリアに話さなければならない。
もしもフィリアが、今回の怪我がトラウマとなり、戦う事ができなくなれば、オーレン達の戦力は激減してしまう。
そうなれば生活費を稼ぐのは勿論、サレンの依頼を受けるのもままならなくなる。
サレンとの契約を放棄するという事は、当初の話通り犯罪奴隷となり、働く事になる。
それも覚悟の上だが、やはり三人一緒にまた頑張り、学園を卒業したい。
驚きのあまり固まっていたスフィーリアはサレン達が部屋を出て行ったことで正気に戻り、サレン達の後を追うか、ここで話をするか少し迷った後に、オーレンの隣に並んだ。
「その……なんだ。どうやってあの神官を呼んだの?」
先に口を開いたのはフィリアだった。
痛みによるストレスが無くなり、先程まで考えていた事に対して自己嫌悪していた。
まるで仲間を売る様な行為を正当化し、オーレンの善意に付け込もうとしていた。
親元から逃げ出し、一緒に頑張ろうと誓い合った仲だと言うのにだ……。
「うん。四十万ダリアの代わりに、あの人からの依頼を一定数無料で受ける事で呼んだ」
「そう……か」
「言っておくけど、ここで抜けようなんて考えない事ね。それに、ギルドを仲介しているから、逃げればギルドを通しての仕事は出来なくなるわよ」
「そんな事は考えていないわ。ただ、断っといて結局治してもらったから、どうしたのかと思ったのよ……」
スフィーリアが釘を刺したのは、何もフィリアの為だけではない。
先程目にした、本物の奇跡。
聖職者たちが目指す、信仰の完成系。
信仰の形は神によって違い、その加護もまた変わる。
けれどそこに至った者はシスターなどではなく、聖女や教皇などと呼ばれる宗教の中でも格のある階級でなければ可笑しい。
サレンの属している宗教が可笑しいのか、それともサレン本人が可笑しいのか?
だが仕方ないとは言え、金を求めて一歩も譲歩しなかった自分の宗教の人間達より、高潔なのは確かだ。
助けてくれぬ神……宗教に属していたとしても、スフィーリアが求める願いは叶わないのだろう。
今のスフィーリアはまやかしの信仰心しか、持っていないのだ。
ならばどんな形であれサレンと関係を持ち、祈る神を変えるのも悪くないかもしれない。
「また三人で一緒に頑張る……って事で大丈夫かな?」
「ええ。もう下手は打たないわ。あの時ももっと大きめの盾を持ってきていれば、大丈夫だったろうしね。なんだか、前より身体も軽くなったようだわ」
「……」
ベッドから立ち上がるフィリアを見てスフィーリアは、そりゃそうだろうねと思う。
サレンの奇跡が本物ならば、フィリアの呪いや顔の怪我だけではなく、身体の悪い部分が全て治っているはずだ。
古傷や、戦いでの疲労や睡眠不足が全て無くなれば、身体が軽いと感じるだろう。
「それじゃあサレンさん達を待たせているし、下に降りようか。フィリアは大丈夫?」
「大丈夫よ。ただ、着替えるから先に行ってて。直ぐに行くから」
「分かったよ」
ダンジョンから帰って来てからあった、三人の蟠りは殆ど無くなった。
けれど、三人の思いは変化を始めた。
三人がどの様な将来を迎えるかは、サレンとの関係次第となるだろう。
1
フィリアの怪我を治し、宿の一階にある食堂で優雅に紅茶を飲む。
やはり疲労や何かが減った感覚は無く、やはり現実味が欠けるが、商売として割り切ろう。
「何度見ても、シスターサレンの奇跡は綺麗なものだな」
「私は他の方のを知らないのですが、そうなのですか?」
「いや、我も教会に行く機会など無かったから分からん。アーサーはどうだ?」
「私もこれまで治して頂く機会などなかったので……」
三人揃って他の事を知らんのか……。
まあライラはこの前聞いた話から仕方ないだろうし、執事が教会で治療を受ける機会などないか。
「他の宗教がどの様な事をしているのか、知るのも必要でしょうか?」
「これだけ広い都市なのだから、何かしら宗教間での取り決めはあるだろう。ミリーさんか、あのギルドの受付に聞くのが良いだろうな」
「良ければ調べましょうか? 二日もあればそれなりに調べられると思いますが?」
それは執事の仕事というよりは情報や裏の仕事の気がするが、そこまでしなくても良いだろう。
何故か色々と知っているミリーさんか、長年生きているマチルダさんに聞けば大体の事は分かる。
それでも駄目なら、頼めばいい。
「お気持ちは嬉しいですが、先ずは知人に聞いてみることにします」
「そうですか……。出すぎた真似をして申し訳ありません」
スッと頭を下げるアーサーだが、執事なだけあって堅い。
初めての取引で会社に伺った時の俺くらい堅い。
下手にもっと楽にして良いと言った所で、柔らかくなんてならないのはよく知っている。
「いえ。大丈夫ですよ」
「提案する前に行動し、必要となった時に出すのが執事と言うものだろう? 言われる前に行動せよ」
「はっ!」
うん。だがらそれは執事じゃなくない?
それともこの世界ではそれが普通なのか?
「すみません。遅くなりました」
ゆっくりとティータイムを楽しんで? いると、やっとオーレン達が二階から降りてきた。
少し席を移動し、三対三になるようにする。
「改めて礼を。フィリアを治していただきありがとうございました」
三人揃って頭を下げる。
もしも俺が治さなかったら、借金するしかないが、そもそも返す当てのない金を貸してくれる場所はまずない。
教会と契約し、四十万ダリア分を犯罪奴隷として返さなければならない。
これが大人ならば一種の経験となったかもしれないが、学生であるオーレン達にとっては致命的となる。
しっかりと感謝してほしいものだ。
「礼ならマチルダさんへ。それに、契約を守っていただければ、私からは何もありません」
「そうですか……」
「契約にある依頼だけど、どんなものになるの?」
オーレンには軽く話しておいたのだが、そこまでは聞いてなかったのか?
「色々ですが、採取や雑務の手伝いなどが主となります。後は買い出しやちょっとしたお手伝いなどですね」
「本当に四十万ダリアは払わなくて良いのよね?」
「はい。ギルドで交わした通りです。また何かありましたらギルドを通して呼びますので、これで失礼します」
新たなる舎弟をゲットしたが、今はこれと言って頼みたい事がない。
こいつらに金を稼いで来いと言っても、二束三文程度にしかならん。
「……今は大丈夫なんですか?」
席を立ち、宿から出ようとする俺にオーレンが話しかけてくる。
「オーレンさんもスフィーリアさんも、身体はともかく心が疲れているのではないですか?」
「それは……」
フィリアの事をどうこうしようと、駆けずり回っていたはずだ。
金の事を考えると、結構なストレスになるのは、俺がよく知っている。
無いとは思うが、無理をして死なれれば治療した意味が無くなってしまう。
少しの間自由にさせてやろう。
「また後日お会いしましょう。レイネシアナ様の導きがありますように」
軽く頭を下げ、支払いをしてから宿屋から出る。
これで今日の前菜……前半の用事が終わった。
「アーサーは冒険者ギルドに登録しているのですか?」
「いえ。どのギルドにも所属していません」
執事なんて定職にありつけていれば、技巧ギルドならともかく、冒険者ギルドには登録なんてしないか。
「その話が出ると言う事は、この後はギルドに行くのか?」
「はい。思いの他時間が空きましたので、お金を稼ぎにダンジョンへ行こうかと」
本登録までにやっておきたいことはあるが、金がない事には始まらない。
もっとこう、物々交換とか、闇市的な事が出来れば良いのだが、地味にちゃんとしているんだよな。
金がなければ、何もできないのだ。
本当に世知辛い。