成仏させますしてください〜幽霊貴族に取り憑かれて困ってます   作:姫之尊

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9(最終話)

「なあ千夏、はやく報酬をくれんか」

 

「雪実もさっさと成仏しちゃえばいいのに」

 

 勝負の日から時が過ぎ、土曜日になった。

 原稿も最後の仕上げに差し掛かる。 

 信蔵さんと話してから、何故かペンがよく進むようになり、締め切りまでかなりの余裕が出来た。

 勉強机の椅子を回し、後ろから不満をぶつけてくる鎌倉貴族を見る。

 雪実はもはや遠慮もなくベッドに伏せ、私の本棚にある漫画を無断で手に取って開いている。

 

「なんてことを言うんだ。まだ勝負の褒美も貰ってないんだぞ」

 

「じゃあ報酬は雪実が成仏する方法を見つけるってことで」

 

 そう言うと雪実は口を開いて唖然とした。

 仰向けに寝転がって顔だけこちらに向けている構図が、なんとも腹立たしい。

 

「なに? そんなに嫌なの?」

 

「嫌だ! 私はもっとこの世界を謳歌したい。春乃に教えてもらったはんばーがーとやらを食べてみたい」

 

「それで成仏するなら食べさせてあげるよ」

 

 ちょっと意地悪を言ってみると、雪実は黙って本を読み始めてしまった。

 

 源之助さんが成仏したという話は、瞬く間に学校中に広がり、幽霊達も人間達も皆どうやったら成仏出来るのかを考えている。

 特にトメさんなんかは、

 

「私今以上に満足なんて出来なさそうだから一生成仏できないかも。あ、一生は終わってるわね」

 

 などと幽霊ジョークを声を高くして飛ばしていた。

 

 だが実際、成仏した本人から出来た理由を聞くことは出来ないので、今広まっている、何かに満足したら成仏出来るという前提自体が間違っている可能性もある。

 

「まあ冗談は置いておいて、人の役⋯⋯じゃなくて幽霊の役に立てたんだから、多分校長が何かくれるよ」

 

「あの童からの褒美などいらん! 千夏からがいいんだ」

 

 まるで駄々をこねる子供のような口振りである。

 

「うーん、じゃあ何が欲しいの」

 

 もう色々と面倒なので、私の持ち金でどうにかなるならそれでいい。

 

「千夏からの愛⋯⋯」

 

「うん。現状それは無理だ。ごめんね」

 

「拒否が早すぎる!」

 

 ベッドを叩いて雪実は座り直した。

 

「なぜ決めつける。すぐに無理と決めつけるのは良くないと漫画に書いてあったぞ」

 

「日常生活で漫画のセリフ引用する厄介オタクみたいなこと言わないでよ」 

 

「え?」

 

 頭の上にはてなを浮かべるように不思議そうに首を傾げる仕草がムカつく。

 

「残念だけど雪実に愛なんてないんだよ、あなたはそんなに仲良くない昔馴染みの芸人的な位置にいるんだよ。面白いからたまには一緒でもいいけど、話していると疲れる。そんな人だよ雪実は」

 

「うん⋯⋯よくわからんが貶されているのだけは分かる」

 

 雪実の声が震える。私はさらに追い討ちをかけるため、口を開いた。

 

「だって考えてみてよ。いきなり家に現れて人の作品貶すわ。人の寝床を足袋で踏むわ。四六時中くっついてるわ。知らないものを見つける度にしつこく聞きに来るわ。その癖役に立つことは100回に1回しかしない。逆に聞きたいんだけどこんな男がずっと傍にいたらどう思う?」

 

「うん。手が出るな。それに付き合うのを遠慮させてもらう⋯⋯って、私はそこまで酷くないぞ。おい、その冷たい目をやめてくれ⋯⋯」

 

 無意識のうちにそんな目をしていたのだろう。

 私を見る雪実の顔が怯えている。

 瞬きをして切り替えると、雪実の顔色に余裕が戻った。

 

「じゃあ千夏が私に愛をくれることは無いのか」

 

「なんか無駄に感受性が豊かな人みたいなこと言ってるけど、まあ私が雪実を見る目が変われば可能性がないこともない」

 

 雪実の言う愛がどのようなものかは分からないが、友愛くらいなら抱くこともあるかもしれない。

 

「ほんとうか、なら私はどうしたらいい。こう言ってはなんだが、出会った時からそう思っていた」

 

 可能性が芽生えたことに高揚したのか、左手を胸に当てて身を乗り出した。

 

「衝撃の事実をサラッと告白しないでよ⋯⋯じゃあとりあえず、もう少し公家らしく、慎ましやかな姿勢を見せること。後はそうだなぁ、私を雪実のことで感心させて欲しい」

 

「そうか⋯⋯うむわかった」 

 

「あとそうだなぁ⋯⋯」

 

 なにかないかと辺りを見渡し、描きかけの原稿を手に取った。

 

「雪実の助言で描き直すことにしたこれが入選したら見る目も変わるかもね」

 

「じゃあ絶対無理ではないか」

 

「おいこらちょっと待て」

 

 

 ────

 

 

「で、あの件君はどう考える」

 

 翌日書き上げた原稿を郵送し、そして今日は月曜日、久しぶりに部活に顔を出すつもりだったのに、放課後校長先生に呼び出されてしまった。

 

「やっぱり私は、現状への満足が源之助さんが成仏した理由だと思います」

 

 無論、呼び出された理由は先週の闘茶の時のことだ。なにか悪さをした訳では無い。

 どうやら、校長先生が闘茶を公認し、見学していたのは、霊が成仏する瞬間を見れると期待したからのようだ。

 

 先週の金曜日には、藤原さんからも成仏に関しての考察を聞いたという。

 

「だがそれならもっと幽霊達が成仏してもいいはずなんだよ。でも僕もあれは初めて見たんだ。この学校は結構幽霊同士の仲がいいし、生徒達の中にも優しく接する子はいる。君のようにね」

 

 決まったのばかりに得意満面な顔をしたが、子供がふざけているようにしか見えない。

 

「じゃあ⋯⋯強い感謝の念⋯⋯でしょうか」

 

 源之助さんの最後の言葉を思い出した。

 あの人は身体が消え始める時、私達に深く感謝していた。

 たった一言のありがとうには、源之助さんの思い全てが詰まっていた。

 

「君から感謝なんてことはが聞けるとは思わなかったよ」

 

「その発言、校長どころか大人失格ですよ校長(ショタ)先生」

 

「うん。謝るからその呼び方は絶対やめようね。誰かの前でされたら先生泣いちゃう」

 

 冗談はさておいて、そろそろ校長が私を呼び出した本題を聞きたい。

 

「ショタ話はいいとして、わざわさ校内放送で呼び出したからには他にもっと話したいことがあったんですよね」

 

「はは、与太話の亜種みたいな造語はやめよっか」

 

 校長が微笑するが、その目は全く笑っていない。

 わざとらしい席をして椅子の上で姿勢を正すと、校長は両手を机に置いた。

 

「少しずつでいい。幽霊達を成仏させてあけたいんだが、協力してくれないかい?」

 

「はい。絶対嫌です面倒臭い」

 

「即決!? 源之助さんに見せた優しさはどこにいっちゃったの?」

 

「いや、あれはただ好奇心で協力したらああなっただけですよ」

 

「うーん。現代っ子は正直でいいなぁ」

 

 校長先生は目を強く閉じながら、歯がゆそうにしている。

 そして目を開け、下から縋るような目つきになった。

 

「ほんとにしてくれない?」

 

「しません」

 

 即答すると、校長先生はあろう事か舌打ちをした。

 

「ショタが頼んでるんだから聞いてくれてもいいじゃないか」

 

「えー⋯⋯先生は大人ですし、だいたい私ショタ好きでもなんでもないですから。むしろ子供は嫌いです」

 

「僕は大人だよ? 見た目は子供、中身は大人」

 

「これに関しては先生の見た目が好青年でもおっさんでも年寄りでも嫌ですから」

 

 昔から子供は苦手だったが、最近はまとわりつく大きな子供のせいで嫌悪感を抱くようになった。

 断られたのがショックなのか、校長は机におでこをぶつけた。

 

「⋯⋯協力してくれたら行きたい高校への推薦書書くから⋯⋯」

 

 額を机にぶつけ、伏せたまま小さく呟いた。

 

 この学校は現在、中等部と大学はあるが高等部が存在しない。

 噂によると、高等部が存在していた頃、中等部の生徒がほとんど外部受験する情報が広がり、様々な憶測が広がったことで受験者数が減少したせいらしい。

 

 つまり幽霊を放置している学校自信が悪いのだ。

 

 

 そして推薦というのは、世間の受験生にとって最高の果実だ。

 推薦で決まってしまえば、一般入試の奴らの前で遊び呆けることが出来る。

 中学受験の前、私が逆に目の前で遊ぶやつらの誘惑を受けたので、1度くらい自分もそっちに回りたい。

 

 だが、こんな裏取引のようなことで推薦など貰ってよいのだろうか。

 もっとちゃんと、成績が高い子が推薦されるべきでは無いのか。

 

「わかりました協力はします。協力は」

 

 答えは否だ。

 貰えるものは貰う。それが賢い生き方だ。

 

 とりあえず今は協力する(てい)を取り、のらりくらりと躱させてもらう。

 

 校長に成仏の進捗を聞かれたとしても、

 

「やっぱり難しくて中々できませ〜ん」

 

 とでも言っておけば何も言えないだろうし、まさか生徒を疑ったりしないだろう。

 

 そもそも、入学の時点で学校の秘密をこの男は隠していたのだ。

 こっちが多少騙してもまだ物足りないくらいだ。

 

「そうか、ありがとう」

 

 校長は私を完全に信じたかのように純朴な笑みを浮かべているが、そもそもこの校長は私達を長年騙し続けている悪人である。

 

 

 笑顔の裏で何を考えているか分からない。

 

「では失礼します」

 

 校長室を後にすると、私の鞄を見張っていた雪実が壁にもたれかかっていた。

 

「聞いたぞ千夏、奴らの成仏を手助けするんだな」

 

「え、あー⋯⋯うんそうだよ」

 

 そんなつもりは毛頭ないのだか、正直に話すとこの男の口から嘘が漏れてしまいそうだ。

 

 

 鞄を肩にかけ、1階の美術室に向かって歩いていると、階段の手前で雪実が立ち止まった。

 私は雪実が止まったのに気づくまでに、階段を半分ほど降りていた。

 

「千夏、私は決めたぞ」

 

「へ? なにを?」

 

 振り返って雪実の真っ直ぐ伸びた手元を見ると、拳を握りしめていた。

 

 雪実が一体何を口走るのか、私はその動向に注目した。 

 

 

「私がこの学校の幽霊共を成仏させてやる。そして千夏に私を感心させてみせる」

 

「はあ?」

 

 それは突飛押しもない発言で、私は呆れて唖然とすることしか出来ない。 

 まず成仏すべきは雪実、あなたなのだ。

 

「千夏の作品を入選させるのは私には無理だが」

 

「おい⋯⋯」

 

「あの源之助が成仏できたのは半分以上私の手柄だ。よってまた私が千夏に手を貸し、幽霊達を浄土へ行かせてやるのだ」

 

 前半部分は置くとして、後半はたしかに私にとってはいい話かもしれない。

 この男も幽霊でなければ。

 

「あのねぇ、雪実は自分のこと考えなよ」

 

「私は今成仏する気はさらさらない。千夏からの愛を享受できるまでこの世に留まり続けてやる」

 

「はいはい⋯⋯じゃあまあ頑張ってね」  

 

 雪実がなぜかやる気になってるなら、止めることもない。

 雪実 は私のために行動するようなものだから、もし雪実が成仏に成功したら私の手柄にしたらいいし、これで私にくっつく時間が減るなら万々歳だ。

 

「ああ、見ておれ千夏、私の素晴らしき才覚を」

 

「幽霊を成仏させる才能なんてあっても仕方ないよ」

 

 やる気に満ち溢れ意気揚々としている雪実を背に、階段を降りて廊下を進むと、目の前から西園寺君が走ってやってきた。

 

「あ、いたいた天江さん」

 

 私の前で立ち止まると、西園寺君は息を切らしながら膝に手をついた。

 彼の仮初の身体にある心臓は機能しているのだろうか。

 

「どうしたの? いつもの雑誌は明日か明後日にならないと渡せないよ?」

 

「違う違う。そうじゃないんだ」

 

 西園寺君は深呼吸しながら背筋を伸ばした。

 

「僕が成仏するのを手伝って欲しい」

 

 私は隣の雪実と顔を見合せた。

 雪実はやや興奮気味に鼻の穴を膨らませている。

 

「わかった。それは雪実がするらしいから、一緒にどうしたらいいか頑張って探してね。じゃあ私はこれで。良かったね雪実」

 

 私はそう言って雪実の肩を叩き、西園寺君の前を通り過ぎてその先の美術室へ入った。

 

「千夏ぅ!?」

 

「えっ、ちょっ、天江さん!?」

 

 閉めた扉の向こうから、私を呼ぶ声が聞こえるが、関係ない話だ。

 

 

 

 

 




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